十章三節 - 放蕩息子の戯れ
「醍醐様、戯れが過ぎます」
そのかわり、内心戸惑いながらではあったが、硬い口調でそう言った。
「そうですか? 仕事でなければ、もっといろんなことをしたいんですけどね……。無理を承知で聞いてみますが、風見に嫁いでみませんか?」
「醍醐様にですか?」
与羽は髪をつかまれた状態でできる限り、彼から距離をとろうとしながら問う。声がとがってしまうのは仕方ない。
「そうです。あなたのことは結構気に入りましたし、風見と中州のことを考えるとこの上なく良い組み合わせだと思いますよ。わたしの風見での立場も安定しますし」
「一番最後のが、最大の目的ですか」
醍醐が中州城主の妹と婚姻を結べば、二人の兄も中州との強い絆を持った末の弟を重宝することだろう。
「それもありますが、あなたの姿や性格も悪くないと思っています」
彼はうそをついているようには見えないが、女性へ声をかけることに慣れているだけかもしれない。
「そのような類のお話は、お断りすることにしています」
慎重に相手の様子をうかがいつつ、言葉を選ぶ与羽。
「わたしや風見では不服ですか?」
「中州を離れたくないだけです」
「それではわたしが婿として中州に行きましょう。そうすれば、兄たちにあれこれ言われることも減りますし」
「遠慮申し上げます」
与羽はきっぱり言って再度掴まれたままの髪を奪い返そうとしたが、やはり無理だ。
「どうしてです? 気になる男でもいますか?」
「それは――」
与羽は口ごもった。不意に脳裏をよぎりそうになった影は、意識的に排除する。
「身分的にも、外交面でもこれほど良い組み合わせはないと思いますけどね」
彼は掴んだままの黒く染められた髪に唇を押し付けた。先ほどよりも強い触れ方だ。
ゾクリと与羽が身を震わせる。髪に神経は通っていないはずだが、何とも言えない嫌悪を感じた。
一歩ひこうとしたところを、髪を引っ張って戻され、もう片方の手を伸ばされる。
指先がほほに触れると、先ほどふれられた時とは違う嫌な感触に肌が粟立った。
「やめてください」
何とか毅然とした態度を保ちつつ、抵抗を示そうとするが、先ほど同様、相手の身分を考えると手をあげることもできない。
いや、あげようと思ってもできなかった。あまりの出来事に体が委縮して動かない。
一度握ったはずのこぶしは、いつの間にかほどけ、今は指先が力なく宙を掻くのみだ。何のために大斗や絡柳に稽古をつけてもらってきていたのかわからない。
自分の情けなさに鼻の奥がツンとした。
醍醐が一歩近づき、空いた手で与羽の腰を抱き寄せようとした。
重心を落として踏ん張りそれに抵抗すると、醍醐の方からさらに近づいてくる。
髪が解放される感覚があり、腰を抱いているのとは別の手であごをあげられる。
乱暴な手つきに、与羽は思わず爪先立った。それで体の均衡を崩したところを、強く抱き寄せられる。
「いい加減に――。大声を出しますよ」
早口になってしまったが、与羽の言葉はちゃんと醍醐に伝わったらしい。
「どうせ放蕩四男のいつもの行動で済みますよ」
「しょっちゅう部屋に女性を連れ込んでますからね」と自嘲するように笑む。
「中州と風見の仲を裂くおつもりですか?」
これは下手をすれば国際問題になる。
「あなたが風見に嫁いでくれさえすれば済む問題です。中州城主と中州国を想うなら――」
与羽が醍醐から受けた行為を絡柳なり漏日大臣なりに伝えれば、すぐに彼らは抗議などのしかるべき対応を行うだろう。
だが、与羽は中州と風見の関係が険悪になることを望まない。自分が我慢して黙ってさえいれば中州と風見は今まで通り、風見に嫁げば今まで以上の交流が生まれるだろう。風見が独占している高度な技術を得られる機会もあるかもしれない。
そう、自分が耐えさえすれば……。
「賢い女性は頼もしいです」
醍醐は大抵の女性ならうっとり見入ってしまいそうな甘い笑みを浮かべて、親指の腹で彼女の唇を撫でた。反抗的に醍醐を睨みあげていた目が、潤んできた。
「あなたは汚い!」
それでも何とか批判の言葉を絞り出す。
力みすぎて裏返った声が、辺りに響き渡る。




