十章二節 - 放蕩息子
「わたしからすれば、あなたのようなかわいらしい女性には、危険には身をさらさずいてほしいものですけどね。まぁ、それは平和な風見にいるから思うことかもしれませんが……」
いたわるように延ばされた醍醐の手を、与羽は無意識によけた。
はっとして、一歩下がった足をもとの位置に戻したが、もう遅い。
「『お前に私の何がわかるのか』って顔をしてますね」
「正確には『あんたに私の何がわかるんよ』ですけどね」
与羽はわざと冗談めかした口調で訂正した。
「申し訳ありません。反射的によけてしまっただけで、そこまでは考えていませんでしたが……」
「いや、一応あなたにも警戒心はあるのですね。先ほどのはよけて正解ですよ」
再度手が延ばされたが、今度はあえてよけなかった。
剣を持つ人特有の硬く乾いた手のひらがほほに触れる。
「信じられないかもしれませんが、わたしは本当に今の生き方が気に入っているのですよ。兄たちや彼らに従う要人たちは、わたしのことをただのごくつぶしとしか見てませんけどね」
「もう少しおしゃべりしましょうか」と醍醐は渡り廊下の欄干によりかかった。
与羽にあてられた部屋はもう目の前だったが、そこでは竜月や千里が待っているはずだ。彼女たちに聞かれたくない話なのだろうと察して、与羽もその隣に立って醍醐を見た。
彼がしてくれたのは、領主一族に不必要な四男として自分がどのように生きて来たのかと言う話だ。政務に関わっても、関わらなくても二人の兄に邪険にされてしまう。しかし、三番目の兄のように薫町を離れる気にもなれず、兄の目に触れない程度の仕事をこなしながら遊び暮らす日々。
酒と女に溺れる話を聞くのは不快だったが、普段の無関心を心がけてやり過ごす。
それでも、彼の言葉からは風見の文化水準の高さや物の豊かさなどに関する誇りがうかがえた。
「厚志様が工芸や芸術など『職人的な文化向上』に努めておられる一方で、醍醐様は飲食や娯楽など『庶民的な文化向上』に努められているのですね」
彼の話を聞いたあとそう感想を述べたのも社交辞令ではなく、本当にそう思ったからだ。
「そんなことを言われたのははじめてですよ。無理やりきれいな言い方をしようとすれば、確かにそうかもしれません。それでも、わたしは仕事ではなく遊びでやっているつもりなので」
ここで醍醐は与羽を見て笑みを深めた。
「あなた方中州一行のもてなしも、仕事じゃなければもう少し楽しんだんですがね……」
どこか悪意の見え隠れするいたずらっぽい笑みに、与羽は再び後ずさる。
しかし、それよりも素早く結わずに流していた髪を一房すくいあげられた。
「きれいに洗ってくしけずり、高級な香油を擦り込んでいる令嬢を探しても、ここまでつややかにまとまった髪をしている人はなかなか見つかりませんよ」
醍醐は与羽の長い髪を指に絡めて、さらさらした触感を楽しんでいる。
そこに唇を近づけられ、慌てて髪を奪い返そうとしたが、強くつかまれていてできなかった。
「とてもなめらかでやわらかいです」
醍醐の笑みを浮かべた唇が、髪の毛をかすめる。
与羽は軽くこぶしを握りこんだが、国際関係を考えるとそれを振りあげるまではできない。




