十章一節 - 風見の四兄弟
風見領主と中州城主代理の謁見は昼過ぎから行われた。
風見側は領主と黒羽の月見宴に呼ばれていた長男と次男を含む三人の息子、中州側は与羽と漏日大臣、絡柳、辰海と言う面々だ。風見領主一族と中州の要人たちの親交を深めるのが目的だろう。もちろん、今後も相手国と良好な関係を気づきたいのは中州も同じだ。
まず風見領主は、長男と次男の紹介をした。
長男市偉は三十一歳。顔立ちも服装もいたって平凡だが、落ち着いた賢そうな雰囲気が好印象だ。逆に次男の満喜は、顔立ちこそ兄と似ているものの、体つきがしっかりして、活発な印象を受けた。長男が次期領主として文官を治め、次男がそれを支えるものとして武を受け持っているのだと言う。
この場にいない三男は、国内の工芸や芸術発展のために風見中を巡っており、今は薫町から遠く離れた場所にいるのだそうだ。
そして、末席には四男醍醐が座っているが、彼はどうも兄たちからの評判があまりよくないらしい。
「お兄方様とは、あまり仲がよろしくないのですか?」
会談後、与羽は部屋に戻りながら、隣を歩く醍醐にそう尋ねた。
二人以外近くには誰もいない。辰海たちはまだ風見領主やその長男次男と話を続けている。
「かなり直接的な問いですね」
醍醐はそう面白がるような笑みを浮かべた。不快には思っていないようだ。
それまではたわいもない話をしていたが、与羽はどうしてもそこが気になっていた。
「わたし自身は嫌いではないんですがね……。領主に息子は四人もいらないんですよ。国を継ぐ長男と、彼に何かあった時のための次男さえいれば……。志兄様――三番目の兄、厚志兄様は、それにすぐ気付いて元服と同時に薫町を離れて、自分ができる範囲で国の繁栄に努めています。わたしも志兄様同様ここを出ればよかったのでしょうが、兄と同じことをしたくないと言う気持ちもあり、悩んでいるうちに今となってしまいました」
「でも、私たちをもてなしてくださったり――」
「たまたま、市兄様も満兄様もいなかったからです。黒羽の月見宴がなければ、おそらくわたしはちらりと一度あいさつをするだけだったと思いますよ」
「…………」
与羽はかけるべき言葉が見つからず、醍醐を見上げた。
「慣れているのであまりお気になさらず。さほど深く政務に携わらないのも、気楽でいいものですよ。そこそこ父や兄に手を貸しつつ、たくさんある空き時間で自由に遊びまわって」
そう言う醍醐の顔は、確かに遊び人らしい軽薄な笑みが浮かんでいる。
「本当に――?」
「心の底から、今の放蕩人生を楽しんでますよ」
醍醐は与羽の問いを遮って答えた。
「風見にはおいしい酒も料理も多いですし。中州や黒羽、天駆、華金、赤砂、青原、早瀬――、場合によっては遠く海を隔てて離れた外つ国のものも入ってくるんですよ。薫町の女性は高貴で上品な人が多く、少し馬を飛ばせば花街のある大きな都市もあります。領主一族のはしくれですから、お金には困りませんしね。
あなたもせっかく女性に生まれたのですから、無理に兄を手伝おうとせず、もっと気ままに生きてもいいんじゃないですか? あなたの場合、それで文句を言う人もいないでしょう?」
「それは……」
与羽は口ごもりつつも、はっきりと首を横に振った。
「私は大好きな兄と中州のためにできる限りのことをしたいんです。守られるだけの姫ではいたくないので」




