九章六節 - 下弦の月
「辰海君もそれなりにきつい仕事をこなしてくれているはずなんだが……」
「与羽ちゃんの前だからでは? あと、私もできることがあればお手伝いします」
ラメも心配そうな顔で絡柳を見上げている。
「仕方ないな。それなら、今日はお言葉に甘えさせてもらうとするか」
絡柳は首の後ろを掻きながら言った。
「与羽、すでに辰海君から聞いているかもしれないが、明日の午後風見領主が話したいと言うことだ。俺と辰海君が迎えに行くから、身だしなみを整えて部屋で待っていてくれ」
「わかりました」
素早く絡柳に向き直った与羽がそううなずく。
「辰海君は会議の議事録をまとめてくれ。明日の朝、風見で話し合われた分を中州へ送れるようにな。要点だけ抜いてくれればいい。明日の朝食の席で渡してくれると助かる」
「はい」
「頼んだぞ」
そして絡柳は踵を返した。
「漏日文官はついてきてくれ。仕事の引継ぎを行う。大斗もだ。名簿を渡すだけなら一瞬で済む」
「はい、大臣」「仕方ないね」
さっそうと歩きはじめた絡柳に、ラメと大斗が従う。
「僕たちも戻る?」
先ほど絡柳に会話を切られたこともあり、辰海がそう提案した。
「そうしようか」
与羽が眉間から鼻にかけてをもみながら答える。少し疲れているようだ。
与羽は時間を確かめるように夜空を見上げた。東の空に低く下弦の月が浮かんでいる。
「中州を発ってひと月と言ったところですか。あの時の月も下弦でしたから」
与羽と同じように上を見上げた空が言った。
「天駆につくのは十月になるかな……」
「これでも、当初の予定より早く進んでるよ」
辰海はのんびり歩きはじめた与羽に合わせて進みながら言う。
空と実砂菜は小さく場を辞す言葉を述べて、違う方向へと歩み出した。
「ごめんな、急がせて」
与羽は別れた彼らに軽く手を振って話し続ける。
「君のせいじゃないよ。話し合いが円滑に進んでるおかげ」
「けど……」
「君には君にしかできない仕事がある。君は少ないと感じているかもしれないけど、その分とっても大切な仕事だよ。君はそれをちゃんとやってくれてる。助かってるよ」
「それならいいけど……」
与羽はまだ腑に落ちていないようだったが、うなずいてくれた。
冷気を帯びた薫風が吹き抜ける。
最近、昼夜の気温差が大きくなってきた。暦も体感もすでに秋だ。
「暖かくして休んでね」
部屋の前まで来たこともあり、辰海はそう与羽に声をかけた。
「辰海もね」
小さな笑みを浮かべて部屋へ入っていく与羽。
それを見送ってから、辰海は自分にあてられた部屋へと足を向けた。




