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龍神の詩7 - 嵐雨の銀鈴  作者: 白楠 月玻
九章 薫風の町
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九章五節 - 二つの桜香

 風見の屋敷で彼らを出迎えてくれたのは、風見領主との会議を終えた絡柳(らくりゅう)辰海(たつみ)だ。


「良い匂いがしますね」


 醍醐(だいご)の手前、臣下としての礼を取りながら、絡柳がそう声をかける。香の加工場にいる間に、着物に様々な香りがついてしまったらしい。

 動くたびにそれが舞い上がって、辺りに芳香を振りまいた。


「それではわたしはこれで。ごゆったりお休みください」


 客間はもう目の前だと言うこともあり、醍醐がそう言って踵を返す。与羽たちが話しやすいように気を遣ってくれたのかもしれない。


「これを作ったんです」


「におい袋か?」


 絡柳は与羽が差し出した袋を受け取った。


「よろしければ差し上げますが……」


「いや」


 絡柳はその香りを確かめて眉間にしわを寄せた。


「これはこっちだろう」とそれを辰海に押しやる。喧嘩を売る気にはなれない、と言うような呟きが聞こえた気がした。


「これは……」


 辰海は驚いたような表情を浮かべている。


「なんか足りんような気がするんだけど、何が足りんのんかなぁ?」


「足りないと言うか、余分なものが混ざっている感じかな」


「比べてみて」と辰海は懐から小さな巾着を取り出した。辰海がいつも焚いているのと同じ香が入っているらしい。枯れた桜の葉っぱをくしゃくしゃにした時のような、わずかに甘みのある芳香が漂う。


「あれ? 思ったほど甘くない」


 甘いにおいを作ろうと意識しすぎるあまり、与羽が作ったにおいは、作り物のような甘ったるさだった。それに比べると、辰海の匂いは、もっと自然でほのかに香る甘さだ。


「うん。また中州に戻ったら調香教えてあげるよ。それは君にあげる」


「ありがと。じゃ、代わりにそっちあげる」


 与羽は自分が作ったにおい袋を指差す。


「ありがとう。大事にするね」


 辰海はにっこりほほえんだ。



「そっちの首尾はどう?」


 与羽と辰海の会話をしり目に、大斗は絡柳にそう問いかける。


「順調だ。急げばしあさってにはここを発てるぞ」


「ちょっと疲れが見えるけど――?」


「あぁ、昨日中州からの伝令が来てな」


 絡柳は半眼になって視線を遠くに向けた。


「定期的なものでこれと言ってまずい報告はなかったんだが、細々した対応に追われた」


 それで昨夜はあまり寝ていないらしい。


華金(かきん)の前線は完全に後退、規模も小さくなって解散しそうな感じだな。国境の砦に卯龍(うりゅう)さんがいるから、そちらは大丈夫だろう。城下はいたって平穏。その分、城はごちゃごちゃしているみたいだ。復興を急ぐあまり、他の部分をおろそかにしてしまったからな。漏日大臣は今も部屋で次回の官吏登用試験の計画を練っている」


「この時期からですか?」


 近くにいたラメが話に入ってくる。上級文官の彼女も、中州のことが気になるらしい。


「あぁ。今年の試験は戦で流れてしまったから、年末か正月末ごろに行うらしいな。戦後の官吏の整理と合わせて。予算決定の件もあるし、中州に帰ったらしばらく忙しいだろう。あと、官吏登用試験の関係で、漏日(もれひ)大臣は風見領主との会議が終わり次第先に中州へ戻るそうだ。あとは天駆(あまがけ)だけだから、同行している武官の半分くらいを一緒に中州へ返す。すでに名簿はできているが、あとで確認を頼めるか? 大斗」


「かまわないよ」


 大斗はいつも通り澄まして答えた。


「助かる」


「ただし、明日ね。今日はもう休みなよ。お前が会議してる間に目を通しといてあげる」


「これくらいの疲労ならほとんど負担じゃないんだが……」


「それでも休めるんなら休んどきなよ。仕事が残ってるんなら、古狐(ふるぎつね)にやらせればいいだろう? あいつはまだまだ余裕そうだよ」


 確かに与羽と話す辰海は笑顔で、身だしなみもしっかりしている。疲労の欠片も見られない。

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