九章四節 - におい袋
「……辰海のほど甘くない」
「おそらく、他にも十数種類くらい混ぜてあるでしょうからね。たとえば――」
空は匂いを確認しながら、何種類かの皿を与羽の近くに置いた。
金木犀をはじめとする数種類の花や樹皮、石らしきものまで与羽が見たこともない名前のものがたくさんある。与羽はなぜか空に促されるまま辰海の纏う香りを作るはめになった。
醍醐やこの作業場を取り仕切る香師の男性も、におい袋づくりに奮闘する女性陣に助言をして回る。
大斗と雷乱は彼らとは離れた場所で、それを見ていた。いかにも興味ないと言った態度だ。
「いい加減鼻がおかしくなりそうです、ご主人様ぁ」
そんな竜月の泣き言が聞こえる。
「そんなん私もだって」
鼻頭から眉間をもみながら与羽が応える。
「助けてラメ」
「がんばって。私はもう少しでできるよ」
ラメはすでに調香し終わったものを小さな袋に詰める作業に入っていた。袋は二つ用意してある。
「誰かにあげるん?」
「うん、今も中州でがんばってるアメに」
ラメはにっこり笑って夫の名前を出した。
「ね? ミサ」とラメは実砂菜にも話を振る。
「まぁ、お土産は必要だし……。あげてもどうせ無言なんだろうけど」
「そんな手があったんだ!!」
彼女たちの会話は、既婚者の千里にとって目から鱗だったようだ。
「におい袋を二つ作って片方を意中の相手に送るのは、薫町では昔から行われています。この匂いでいつも自分を思い出してほしいと」
醍醐はほほえましげにそう補足説明した。
「野火女官も誰かに差し上げる予定ですか?」
彼は竜月の皿の香料が多いことを目に止めたようだ。
「ただ計量間違えちゃっただけですけど、そう言うことならお兄ちゃんへのお土産にしますぅ」
「竜月ちゃんそれ意中の相手じゃ――」
「そう言うご主人さまはどうなんですかぁ」
与羽のつっこみに竜月ものんびりした口調で、しかし鋭く返す。
「乱兄にあげるかな……」
「ほら、一緒じゃないですか! でも、それ辰海殿が焚き染めていらっしゃるお香の匂いですよね? それを城主にあげるのは……」
「それは空が――」
「おや、わたしのせいですか?」
「それにこの匂い中途半端だし」
分が悪いと感じたのか、与羽は少し話の路線をずらす。
「男性の匂いをじっくり嗅ぐ趣味はないもので。あとはあなたの記憶と感性で補ってください」
「……なんかむかつく」
良い返しが思いつかず、与羽はそうつぶやいて自分の作った香りを確かめながら慎重に調香を続けた。
四半刻ほどしてできたものを包んで、桜柄の縮緬で作られた巾着に入れる。できた巾着は三つだ。細かい調整がうまくいかず、かさが増えてしまった。
それでも何かが違う気がするが、これ以上近づけるのは無理だとあきらめた。
竜月もできたらしく、与羽と同じく三つの巾着に収めようとしたが、少しだけ余って小さな袋がもう一つできた。
「一つはご主人様に」
そう言って愛らしい花柄の袋をくれる。すっきりとしたすがすがしい匂いがほのかにした。
「ありがと」
「匂いがけんかしますので、お部屋に戻ったらお荷物におしまいください。防虫効果のあるものを中心に合わせて、さらに匂いを控えめにしてあります」
「さすが『筆頭女官』」
竜月らしくない匂いだと思ったら、実用面を考えてくれたらしい。
逆にラメは可憐な蘭の匂い。実砂菜は巫女装束や神具にまとわせている香と同じ調香をしたのだと言う。
千里のは上品な香りの陰でほのかな桂皮(けいひ:シナモン)の匂いがした。
その後、練香や線香、香木などを嗅ぎ比べたり、お土産を買ったりして帰路につく。




