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龍神の詩7 - 嵐雨の銀鈴  作者: 白楠 月玻
九章 薫風の町
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九章三節 - 香木の町

 

  * * *


 薫町(かおるまち)はその名の通り、山地帯で採れた木を加工し、様々なお香を作っている町だ。

 町のはずれには川が流れ、船での交通も容易。なおかつ黒羽(こくう)嶺分(みねわけ)とも近く、中州方面へ抜ける峠道の中継都市でもある。その利便性から数代前の風見(かざみ)領主がここを都と定めた。


 もとが小さな職人町だったため、町自体はさほど大きくない。

 面積は牛車が通れる大きな道が幾本も張り巡らされていることもあり広いが、人口は中州城下町よりも劣る。平野部や大河のほとりには、この薫町(かおるまち)以上に巨大な町がいくらでもあるのだと言う。


 風見領主へのあいさつを終え、黒羽同様、中州と風見両国の主要な文官が話し合いをはじめて数日が経っている。


 宵闇に覆われた通りを行くのは、風見領主の四男――風見醍醐(だいご)。そして、与羽(よう)をはじめとする中州の面々――文官のラメと巫女の実砂菜(みさな)、筆頭女官の竜月(りゅうげつ)、そして護衛の雷乱(らいらん)大斗(だいと)千里(ちさと)。時間に空きがあるからと(ソラ)もついてきた。


 辺りに彼ら以外の人通りはなく、少し冷気を帯びた薫風だけが吹き抜けていく。

 醍醐はできるだけ与羽が人目に触れないように配慮して、薫町を案内してくれた。

 ある日は牛車で移動し、ある日は今のように宵時に行動する。


 あえて確認はしていないが、黒羽での出来事はすべて風見へ伝えられているのだろう。

 屋敷での生活も、風見の使用人とは必要最低限の人数、回数しか会わない。確かに、物珍しげな視線にさらされるのは嫌だが、こうやって気を遣われるのも気にくわない。それでも、与羽は相手の厚意をむげにできないので、何も言わず現状に甘んじている。


 今日は薫町で最も腕のいいと言われる香師を訪れた。香木を乾燥させている小屋は町の外にあるそうで、作業場には乾燥済みの素材が整理して並べられている。

 ここで香の原料になる草木の重さを量って切り分けたり、様々な香りを合わせて香を造ったりするのだそうだ。


 一通り作業場を見せてもらい、香の制作過程を聞いた後、におい袋の製作体験をさせてもらえることになった。最近、自分で調香して自分だけの香を作るのが、薫町の女性の間ではやっているらしい。昔から上流階級のたしなみとして行われていたことが、町娘たちにまで広がったのだと言う。


 与羽は小さく刻まれた多様な材料の前で左ほほに手を当てた。

 香に関する知識は教養程度にあるだけで、調香したことはない。


「まずは中心になる匂いを決めるんですっけー?」


 与羽の隣にいる竜月は、「あたしは白檀(びゃくだん)の匂いが好きですぅ」と「白檀」と札のつけられた皿を見た。


「……いっぱいありますね」


 白檀と記されたものが十近くある。それぞれ産地や加工法、刻み方が違うのだそうだ。

 竜月はそのすべてを手元に引き寄せ、慎重に匂いを確認した。強く吸ってしまうの鼻が麻痺するので、器の上で手を仰いでいる。

 護衛としてついてきた千里(ちさと)も興味深げに沈香(じんこう)の皿に手を伸ばした。

 ラメと実砂菜(みさな)もそれぞれ調香をはじめている。


「お悩みですね」


 未だに動かずに数々の皿を眺める与羽に声をかけたのは空だ。


「う~ん」


 与羽は唸り声で返す。


「あまり考えず好きなにおいを混ぜるだけでもいいにおい袋はできますよ」


「例えば――」と空が何枚か皿を取り、自分でにおいを確認した後、与羽に差し出す。


「桜じゃん」


 与羽はそれにつけられた札を見て不満げな声を漏らす。


「一番あなたになじみのある匂いかと」


「そりゃ、辰海(たつみ)で慣れとるけど……」


 与羽はためしに刻まれた香木の匂いを嗅いだ。

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