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龍神の詩7 - 嵐雨の銀鈴  作者: 白楠 月玻
九章 薫風の町
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九章二節 - 姿なきもてなし

「たくましい手のひらをされていますね」


 風見醍醐(かざみだいご)は屋敷内を案内しながらも話し続ける。相手を退屈させないようにと気をつかい、精いっぱいもてなそうとしているのだろう。


「姫には武術の心得があるとうかがっておりますが、相当な手練れとお見受けします。歩いている姿も、軸がしっかりとして、重心がほとんどぶれていませんし」


「ありがとうございます」


 醍醐が与羽の目を見てにっこりほほえみかけてくるので、与羽も笑みを浮かべてそう返す。

 どこからどう見ても、仲が良く友好的な二人だ。


「わたくしにも少しばかり武の心得がありますので、よろしければいつか胸をお借りしても構いませんか?」


「はい。私でよろしければ」


「楽しみにしています」


 与羽の返事に醍醐の笑みがさらに深まった。


 与羽以外の中州の面々は、談笑する二人の後ろを無言でついてくる。

 すぐ後ろに漏日(もれひ)大臣と絡柳。その後ろに辰海と大斗がいた。到着してすぐ領主にあいさつできた黒羽(こくう)と違い、今回は人数を極力減らしてある。


 大斗と絡柳がさりげない動作で辺りを確認して警戒しているが、使用人さえほとんど見当たらない。たとえ使用人を見かけたとしても、中庭を隔てた向かいの回廊を歩いている場合がほとんどで、誰ともすれ違わなかった。


 通された部屋も全く人気がない。

 しかし、脇に置かれた卓にはきゅうすとゆのみ、焼き菓子と砂糖菓子がぴったり人数分用意されていた。

 楽の音が聞こえてくるが、こちらも演奏者の気配は感じられない。多くの人が中州一行のために動いてくれているが、極力それを悟られないようにしているのだろう。


「どうぞ楽な姿勢でおくつろぎください」


 醍醐は自らきゅうすを傾けてお茶をついでいる。


「お手伝いします」と辰海が椀に盛られていた菓子を小皿に取り分け、それぞれに配った。


 与羽は配られたゆのみをそっと取り上げた。若草色の茶から良い香りが漂っている。

 ゆのみを通して緑茶の熱が伝わってきた。まだかなり熱そうだ。


 与羽が目立たない動作で息を吹きかけて冷ましている間に、大斗と絡柳が茶に口をつけた。次に大斗が砂糖菓子に、絡柳が焼き菓子を口に運ぶ。


「いかがですか? 今年摘んだ新茶と、与羽姫のお口に合いそうなお菓子を用意したのですが……」


 醍醐も自分の茶を飲みながら問う。


「良い香りです」


 まだ茶に口を付けられていなかったが、与羽は現時点での感想を言った。他の人々は言葉を発しない。


「お茶が熱すぎましたか?」


「いえ、大丈夫です」


 心配そうにする醍醐に与羽は軽くゆのみに口を付けて見せる。軽く含むくらいしかできなかったが、それでも緑茶の芳香を感じることができた。


「お茶もお菓子もたくさんありますので、遠慮なく召し上がってください。中州の皆様もですよ」


「お気遣いありがとうございます」


 漏日大臣がほほえむ。


「いえ。わたくしはこのようなもてなしに不慣れでして、何か足りないものなどございましたらいつでもおっしゃってください」


「十分足りておりますよ」


「それなら良いのですが……。申し訳ありません。本来ならばわたくしのような末子の放蕩息子などではなく、兄がもてなすべきなのですが、あいにく兄は二人とも黒羽の月見(えん)に呼ばれておりまして――」


「月見宴に呼ばれたにもかかわらずお断りしたこちらに非があるので、全くかまいません。それに、醍醐さまは若いにもかかわらず、非常に優秀でご親切な方だとお見受けします。姫にも非常に気を遣って接してくださっておりますし」


「女性の扱いは得意分野ですから」と醍醐が冗談めかして言えば、漏日大臣が愉快そうに笑う。


 その隣の絡柳も口のはしを緩めて笑みを浮かべた。目はあまり笑っていなかったが……。


 謁見までの時間を待つ間、与羽はもっぱら醍醐と談笑していた。

 醍醐が風見国の風土や工芸、歴史などについて話すのを笑顔でうなずきながら聞く与羽。その笑みが社交用に作っているものなのか、自然に浮かぶものなのか、辰海でさえ判別がつかない。

 与羽が上品に声を抑えて笑うたびに、髪に飾ってある鈴が鳴り、辺りに流れ続ける調べに、シャラシャラとした音が合わさった。


「表情が硬いよ」


 辰海の隣によってきた大斗が、小さく言う。


「気のせいです」


 辰海はそっけない口調で返した。


「ふふん?」


 普段大斗と話すときは、できるだけ慎重な言葉遣いをする辰海の冷たい言葉を聞いて、大斗は興味深げに眉をあげた。


「男の嫉妬は醜いよ?」


「分かってますよ」


 からかうように言って挑発してみると、辰海は鋭い目で大斗を見た。


「あの男には気を付けた方が良い。与羽はすぐに人を信じるからね。誰かさんのせいで、男に対する警戒心がほとんどない」


「悪かったですね」


 過保護な自分のことを言われていると察し、辰海は不機嫌に応えた。


「悪くはないさ。お前がこのまま与羽を守り通すならね」


「当り前です」


 辰海はツンとあごをあげて、大斗から顔をそらした。

 与羽を盗み見ると、彼女は楽しそうに笑いながら醍醐と話している。気に入らないが、国と国の交流と言う面から考えれば、非常にうまくやっていると言えるだろう。

 風見にいるのもせいぜい、半月だ。辰海はそう自分に言い聞かせた。

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