九章一節 - 風見醍醐
「匂いが違う……」
一泊二日の旅を終え、牛車を降りて初めに気付いたのはそこだった。
「薫町は香木加工の町だから」
そばに立っていた辰海が、小声で教えてくれた。
近くには、漏日時砂三位や水月絡柳五位もいる。これから、黒羽のとき同様出迎えてくれた風見の人々にあいさつを行わなくてはならない。
「ようこそ、風見国へ」
しかし、与羽が姿勢を正す前にそう声がかけられた。
はっとして声のした方を向くと、そこには二十歳すぎほどの青年。無造作に伸ばした髪を緩く束ね、たれた目に穏やかな笑みを浮かべている。
背後に老年の男が一人控えているだけで、他に出迎えのものはいない。
「中州国の与羽姫ですね」
はっきりとした声は、聞き取りやすく美しい。
「お初にお目にかかります。わたくし、風見国領主が四男、風見醍醐と申します」
「はじめまして。兄――中州城主乱舞の名代で参りました、中州与羽です」
相手の指先まで神経をいきわたらせたような洗練された礼に、与羽も良く響く声で言って礼を返した。
「先の戦では――」
すぐに嵐雨の乱での礼を言おうとしたが、「あ、その話はもう少し後で」と止められる。
「嶺分からさほど距離がないとはいえ、慣れない旅でお疲れでしょう? 休憩用のお部屋とお茶を用意しておりますので、まずはそちらにどうぞ。父――風見領主のもとへは後ほどご案内いたしますゆえ」
そう言って、一度手を叩く青年。
それを合図に、使用人らしき男女が音もなく集まった。皆一様にうつむき加減に目を伏せ、かしこまった態度だ。
「領主に謁見される方とその護衛の方はわたくしが休憩用のお部屋へ、それ以外の方々は彼らがそれぞれの客間までご案内いたします。
風見騎馬兵の皆さんは、本当にご苦労様でした。領主は皆さんともお話したいと言うことですので、薫町に滞在できるよう手配しておきました。早く故郷の町村へ帰りたい人もいるかと思いますが、どうかもう数日ご辛抱ください」
身分が下の人々にもためらいなく頭を下げる領主の息子には好感が持てた。中州で共に戦ってくれた風見の騎馬兵たちも、深く頭を下げてその言葉を受けている。
「それではまいりましょうか」
頭をあげた風見醍醐は、与羽を見た。最初に浮かべていた穏やかな笑みはいまだ崩れていない。
「はい」
与羽もよそ行き用の笑みを浮かべてそれに応えた。
「こちらです」
醍醐はさりげない動作で与羽の手を取ると、優雅な動作で身をひるがえした。
気を抜くと見とれてしまいそうな滑らかさだ。
「この屋敷は少し複雑な作りで、段差が多いのでお手を失礼いたします。躓かれたり、裾を踏まれたりする女性がなかなか多いのです。万が一中州の姫をこかしてしまったとなると、一生の恥ですから。中州の人々にも顔向けできませんしね」
そう与羽を見て浮かべた笑みは、先ほどよりも少し人懐っこい。口調もわずかに砕けているようだ。
「どうぞ」
振り払うのも失礼なので、与羽は素直に手を取らせた。
こちらは先ほどと変わらず、完全に外交用の顔と態度だ。




