一章二節 - 惑う龍姫
「辰海殿なら大丈夫ですよぉ。ちゃんと自分の準備は自分でされるでしょうし」
あいかわらず、与羽の着物や装飾品を引っ張り出しながらも、竜月は積極的に会話に参加してくる。
「それよりも、あたしは雷乱が心配ですっ!」
「は?」
しかし、いきなりその矛先が雷乱に向いた。
着物をより分ける竜月の手が止まったことに、与羽は内心ほっと息をつく。
「雷乱だって、同行するからには相応の格好をしていただきますからねっ! しかも、ご主人様付きの護衛官を名乗るからには、少なくとも上等な裃を着てください」
裃は袴と上着が一対になった礼服の一種だ。主に下級武官や一般庶民が正月や高官と会うときなどに着用する。
雷乱は姫付きの護衛官と言っても、中州の官位を持っていないので、実際は庶民と変わらない。
「そんなめんどくせぇこと――」
「くどいようですが、中州とは違うんですっ! いくら雷乱が不良侍でも、ご主人さまに恥をかかせるようなことは許しませんっ!!」
竜月は与羽のとき以上に力のこもった口調で言う。
竜月が雷乱の説得に夢中になっているので、与羽は自ら荷造りをはじめた。着物や装飾品の中でも、家紋が入っているものや、青、黒、緑、紫など寒色から中性色の中州城主一族らしい色合いのものを選ぶ。
旅は晩夏から秋が中心になりそうなことも考慮した。
竜月の見立ては正確だったが、与羽には与羽の考えや好みがある。申し訳ないと思いつつも、竜月が見ていない隙にいくらかを抜いたり入れ替えたりした。
「あぁ。そうだ、竜月ちゃん」
そして、それが一通り完了したところで、未だ雷乱に説教している竜月に声をかける。
「なんですかぁ?」
竜月はパッと与羽の方を向いた。
あまりの反応の速さに、「お前……」と雷乱が怒りとも呆れともつかない感情をにじませてつぶやく。
「雷乱のことも心配ですが、あたしはご主人さま命なんですっ!!」
竜月が再度雷乱に向き直って、こぶしを固く握りしめる。ちなみに、仁王立ちだ。
竜月の気が雷乱を向いた隙に、与羽は深呼吸した。
時機を見て口を開くが、一度目は声を発することなく閉じてしまう。
「一時的なことなんだから、覚悟決めろよ」
与羽は、小さくため息交じりにつぶやいた。
「ご主人さま何か言いましたかぁ?」
与羽の声が聞こえたらしき竜月が、こちらを向く。
今だ。
「お願い事があるんだけど、あとで聞いてくれる?」
できるだけ軽い口調になるように努力した。
「今でも構いませんよー」
ちらりと雷乱を気にしつつも、竜月は自分の主を優先した。
「いや、時間がかかるから、夕方か明日以降で構わんよ。いや、出発前日くらいになるかも……」
「わかりましたっ! それではまた何なりとお申し付けください」
穏やかにほほえむ与羽に、竜月は姿勢を正して、一礼した。