七章三節 - 賢帝の心配
* * *
「赤砂武官や漏日文官、吉宮巫女から簡単に話は聞いたが、説明してもらえるか?」
夕方の会食は中止になった。理由は中州の姫の気分がすぐれないから。
いつもならば、黒羽と中州の主要な面々が談笑しながら食事をする時間だが、今日は与羽の部屋にごく一部の中州の人々が集まっているだけだった。
「…………」
絡柳や辰海とじっくり顔を合わせるのは数日ぶりだったが、与羽は終始無言だった。部屋の隅にひざを抱えて座り、うつむいたまま動かない。
「与羽」
彼女の右に絡柳が膝をついて、いつもの厳しい口調で呼びかける。
辰海は与羽を挟んで絡柳とは反対側に座り、心配そうに与羽を見ていた。
ラメと実砂菜と竜月はそれとは離れた部屋の隅にかたまり、千里と雷乱は部屋の外で目を光らせている。
大斗はけがの治療に行ったきり、与羽の部屋に顔を出していない。
「黒羽嶺分城の使用人や官吏を中心に広まっている話は、俺の耳にも入っている。お前の容姿や出生について、変わりものについて話すような興味本位と好奇心にあふれた噂が――。お前はその話を聞くのが嫌なのだろう? 容姿が少し他の人と違うと言うだけで特別扱いされて――」
「…………」
与羽は聞いているのかいないのか。
「とりあえず、黒羽嶺分城の人々の心無い噂については、俺と漏日大臣の連名で黒羽領主――黄葉様に抗議しておいた。昼にあった騒動についても、目撃者全てにかん口令を出したようだな。お前が気に病むことは何もない」
「…………」
「与羽、聞いているのか?」
そう問うても、全く反応が返ってこない。
「与羽、お前が嫌な思いをしているのは分かる。悩んでいるのもな。お前の今の気持ちもある程度は察せるが、本当のところはお前の言葉で話してくれないとわからない。
大斗は機嫌が悪そうだったが、それでもお前を心配していた。
俺たちは中州の官吏で、今は城主代理を務めるお前の官吏だ。お前の不安や苦労は俺たちが引き受ける。話してくれ、頼む」
「与羽、僕からもお願い。教えて」
辰海もそう言って、与羽の手を取った。払われることを覚悟していたが、与羽は無反応だ。
しかし、与羽の顔を近くから覗き込むと、彼女の唇がわずかに開閉しているのが見えた。
「なに? 与羽。教えて」
「与羽」
辰海がやさしく言うと、絡柳も与羽の名を呼んだ。
「…………二人とも……」
与羽の唇が小さくかすれた言葉を紡ぐ。
「なんだ?」
絡柳も与羽の顔をそっと覗いた。
与羽は膝を抱いて座る腕に顔をうずめているため、目元は腕で隠されていたが、わずかに動く唇が確認できる。
「人の気もしらんで。分かった気になって――」
小さいながらも与羽から漏れたのは、非難の言葉だった。
「理解したいと思っている」
「例えば、先輩は大斗先輩や他の人になりたいって思ったことがありますか?」
与羽の言葉ははっきりしてきたが、そのかわり明確な不快が感じられた。
「…………ないな。もっと身分ある家柄に生まれればとは何度も思ったが、俺は今の俺で満足している」
いきなりの質問だったが、絡柳は素直に答えた。
「じゃあ、たぶん先輩に私の気持ちはわからないと思います」
しかし与羽の態度は変わらない。顔をあげることもないし、言葉が柔らかくなることもない。




