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龍神の詩7 - 嵐雨の銀鈴  作者: 白楠 月玻
六章 龍の姫
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六章五節 - 冷王の鼓舞

「な……っ!!」


 与羽(よう)が慌てて身をひるがえし、大斗(だいと)の手から自分の髪を奪い返す。もともと大きな目をさらに大きく見開き、口まで大きく開いた状態で固まっている。


「元気だしなよ。野火竜月(のびりゅうげつ)がわざわざ俺のところへ相談に来たんだよ? 古狐(ふるぎつね)は忙しいからってさ」


 与羽の反応を見るように、大斗は語尾を上げて言った。

 竜月は強面(こわもて)な大斗が苦手だ。目が合いそうになるだけで、誰かの後ろに隠れることもたびたびある。そんな竜月が大斗に相談を持ちかけるとは――。


「げ、元気づけ方がおかしいです!」


 しかし、今の与羽には、女官の勇気ある行動よりも、自分に降りかかった災難の方が重要だ。

 口づけられた髪を握りしめ、まだ大きく見開いた目で大斗を見ている。


「確かに」


 護衛官の千里がそうつぶやきながら、部屋の隅に移動した。会話の邪魔にならないようにと、巫女の実砂菜と文官のラメもそれにつづく。


「そう? 華奈(かな)はこれで元気に長刀(なぎなた)を振り回してくれるけどな」


「それは怒ってるだけです!」


「いーえ、それは照れてるのよ」


 与羽の怒鳴りに、銀龍(ぎんりゅう)がほんわりと訂正を入れる。今日は「深窓の令嬢」状態らしい。


「確かにね、この城に来てからくだらないうわさを聞くようになったけど、お前は何も気にする必要はないよ。俺なんか、中州にさえまともに目を合わてくる奴がほとんどいないのに」


「へ……?」


 与羽は話の展開が読めず、すっとんきょうな声を出した。


「まぁ、俺自身はそんなに気にしてないけどね」


 大斗はそこで短く息をついた。


「俺は絡柳や古狐と違って、うまい言葉をかける自信はないよ。ただ俺の場合で言えるのは、俺は万人に好かれる人間じゃないし、俺はそれでいいと思ってる。

 中には、俺のことを悪く言うやつもいるよ? 腕が立つことをかさに着た高慢な奴、愛想のない偉そうな奴、顔が怖い、目を合わせられない、目を合わせて欲しくない――。色々ね」


 もう一度吐いた息の震えは自嘲だろうか。


「さっきも言ったけど、俺はそれでいいと思ってるんだ。お前もそう思えとは言わないよ? でも、お前の髪や目の色は、俺が強面なのと同じような個性で良いんじゃないの? 最初はその個性が受け入れられないこともあるけど、時間が経てば好きになってくれることもある。お前だって、最初は俺のこと怖かったかもしれないけど、今はだいぶ慣れただろう?」


「それは、そうですけど……」


 与羽は何か言いたそうにしていたが、それだけ答えてまた口を閉じた。


「俺もお前も一緒だろう? お前が不安に思う必要は何一つないんだよ?」


「それは……」


 しかし、与羽の反抗的な目の光は消えない。むしろ強くなっているようにさえ感じる。


「なに? 反論でもあるの?」


 大斗は普段通りの軽い調子でそう尋ねた。


「…………」


 与羽は口を開いてまた閉じた。


「はっきり言いなよ」


「…………私と、先輩は、……違います」


 与羽は何度か口をパクパクさせたあと、やっとその言葉を絞り出した。


「先輩は、怖くてもちゃんとした人間で、私は――」


 神の血を継ぐ、龍の姫。この姿は個性なんて言葉では片づけられない、人外の証明だ。


 与羽のほほを透明な雫が伝った。それは、丁寧に施された化粧を洗い流し、その下の龍鱗の跡をあらわにしていく。


「……ちょっと顔洗ってきますね」


「与羽」


 引き留めようとした大斗の手をはじきあげて、与羽は部屋を飛び出した。


「ご主人さま!」


 竜月が叫ぶ。


「待って!」


 護衛官の千里が素早く腰をあげて与羽を追おうとする。

 しかし、大斗がその前に立ちふさがった。


「俺が行く。刀を貸して。一本でいい」


 短く早口で言ったのは、彼もあせっているからだろう。

 ちなみに、今の大斗は丸腰だった。与羽のいる二の丸御殿の奥まで向かう手続きを簡単にするためにあえて武器は全く持たなかったのだ。


「はい!」


 千里は、すみやかに上官の指示に従った。


「俺が夜まで戻らなかった場合にだけ、絡柳と古狐に伝えて」


 鋭い声で指示を出しながら、千里の差し出した刀を奪うように取って大斗は駆けだした。

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