五章六節 - 銀狐の誘惑
「まったく、あなたは相変わらず自由奔放ね。私の部屋に捕まえたカエルや昆虫を次々見せに来ていたころと一緒。仕方ないわね。私が辰海の代わりにもんであげるわ!」
「え、ちょ……! やめっ――」
「あああ姉上っ!」
「あら、小さいけど、形は悪くないのね。ちょっと筋肉がつきすぎてるのかしら。少し鍛錬の量を減らすだけで、もう少し大きくなるかも――。あと、細いから、もっとよく食べてお肉を付ければ……。ん~、もうちょっと触ってみないとわからないわね……」
「与羽がかわいそうです、姉上!」
辰海が止めようとするが、姉が相手と言うこともあり、下手に手を出せずにいる。
「女の子相手だと、余計ひどいんだね……」
「あたしもここまでひどいのは初めて見ましたぁ……。嫁ぎ先で上品な振舞いを続けていた反動もあるかもしれません。これほど自由にふるまえる機会は、そうそうなかったと思いますから」
千里と竜月がそう言葉を交わす。
「これってもしかしてあたしたちもやばい?」
「いいえ、みなさんは銀龍殿とさほど面識がなかったように思うので大丈夫です。ご主人さまたちの次に危険なのは――。あはは……」
使用人家の娘として、幼いころからともに遊んでいた竜月は、ほほをわずかにひきつらせて乾いた笑みを浮かべた。
子どもには見せられないような銀龍の攻めは続く。
「あぁもう! なんて素敵な体なの! 全身細いくせにしなやかで、若柳のような体躯ね! 辰海、あなたはすごいわ! こんなに素晴らしい体をした女性のそばで何年も耐え続けられるなんて! 私があなたならとっくに――」
「っと、姉上!!」
「たつ……ぅ」
銀龍の毒牙にかかった与羽が、辰海に助けを求める。
髪も着物も乱れ、ほほは紅潮し、大きな青紫色の瞳からは涙がこぼれそうになっている。
「与羽……」
思わずごくりと唾を飲みんでしまった。
与羽に手を伸ばしかけていたことに気づき、慌てておろす。先ほどまでの羞恥心や緊張とは違う熱を感じた。これはまずい。自分でわかる。
「ごめん、ちょっと出てくる」
硬い口調でそう告げて、辰海はこの場から逃げ出した。
「なかなかの誘惑上手ね。惜しかったわ」
それを見て銀龍が与羽をほめる。
そして、声を落ち着けて与羽の耳元で言った。
「さっき、あなたは『誰かのものになるつもりはない』って言ったけど、それだけじゃないのよ。相手もあなたのものになるの。どれくらいあなたのものになるかは相手次第でしょうけど、政略結婚の私でも、幸せを感じられたわ。愛情なく結婚した私に、やさしく温かな言葉をくれたし、かわいい娘が生めたのも旦那のおかげだわ。今では、旦那の事が好きだし、きっと向こうも私を好いてくれているはず。たまに浮気されると気分悪いけどね。
今の自由な状態も幸せでしょう。でも、結婚したらまた違う幸せがあることも忘れてはいけないわ。そこのところ、しっかりと天秤にかけなさい。銀姉からの大切な大切な教えだからね? 忘れちゃだめよ」
「うん」
体をさぐられながらも、与羽はうなずいた。
かなりの変人だが、根はいい人なのだ。
古狐の人はみんなそう。人の良さや素直さ、高い能力などの長所を変人を装うことで隠そうとしているのではないかとさえ思えてくる。
「分かればいいわ。それともう一つ。これは完全に身内びいきだけど、辰海は素晴らしい男よ。中州一、――いいえ、風見や黒羽にさえ辰海ほどの男はいないわ! もしいつか、あなたがその気になったら、まずは辰海のことを考えて欲しいの。それで、辰海じゃ不満だって言うのならかまわない。あなたにとって、もっと素敵な人を見つけなさい。でも、誰か一人に決める前に、一度でいいから絶対辰海を見てあげて。表面だけじゃなく、彼の考えや気持ちや深いところまで全部。きっとみせてくれるから」
今度の与羽は何の反応も示さなかった。それでも、聞こえているのは確実だ。
「辰海の姉としてのお願いね。絶対辰海よりいい男なんていないんだから!」
そして、やさしく諭すようだった銀龍の雰囲気がもどった。
「さて、辰海もいなくなったことだし、もう少しむいても大丈夫かしら」
そんな明るい声を聞いた瞬間、与羽のほほを涙とも汗ともつかないものが伝い落ちた。
少なくとも銀龍はこの奇行を非常に楽しんで行っているようだ。
「も、もうやめ、て、くだ……」
いつもは重くて嫌いな正装の重ね着に感謝しつつ、与羽はしっかりを襟を掻き合わせ自分の体を死守した。




