四章五節 - 烏羽黄葉
「中州国の与羽姫殿下のお話は、たびたび伺っておりましたが、まさしく龍の化身のような姫君ですな」
第一声は、そんな面白がるような言葉だった。
「誠に勇ましく、美しい」
そう形容され、与羽は内心慌てた。穏やかで控えめで女性的な「姫君」を演じるはずが、城主代理と言う重役を意識するあまり、いつもの強気で男性的な「与羽」になってしまったようだ。
相手は、そんな与羽を好意的に見てくれているようだが……。
「黒羽国領主、烏羽黄葉と申す。戦の傷が癒えきらぬにもかかわらず、我らのためにこうして来てくれた中州の面々、風見、天駆の者たちも歓迎しよう。この黒羽嶺分城と城下にいる間は、わたしの名において全力で保護いたす。安心して旅の疲れを癒し、大いに語らい、親交を深めようぞ」
しわの目立ちはじめた彼の目は、与羽とその後ろに控える人々の顔を順番に見て言った。
黒羽領主がゆっくりと両手を広げる。
彼の後ろに控えるすべての男女が、姿勢を正すのがわかった。
「「ようこそ、黒羽嶺分城へ!!」」
黒羽領主がそう声を張り上げたが、彼だけではない。
彼のすぐ後ろに控えていた男たちも、その後ろの高貴な女たちも、使用人も、中州に助力に来てくれた黒羽兵たちさえもその歓迎の言葉を口にしていた。
全方位から響き渡ったその大音量に気おされ、与羽は思わず後ずさりかけた。
それを押し戻したのはいつの間にかすぐ後ろに移動していた五位の大臣――絡柳だ。
「堂々としていろ」
絡柳がそうささやいた。
文官三位――漏日時砂大臣も与羽の半歩後ろに控えている。
黒羽領主の目が絡柳と時砂を見て、より年長の時砂に止まった。
「盛大な歓迎、ありがとうございます」
時砂が笑みを浮かべて一歩前に出た。童顔の彼が笑うと、見ている側まで笑みを浮かべたくなる温かさを感じられる。まったく裏のない、純粋な喜びの笑みに見えるのだ。
「わたしは中州国文官三位――漏日時砂と申します。この一行の総指揮をしております。こちらはわたしの補佐。文官五位の水月絡柳です」
自然な所作で自己紹介と絡柳の紹介をおこなう。
「そう言えば、中州と黒羽は官位のつけ方が違うのだったな。しかし、二人とも若さに見合わぬ高官とお見受けする。与羽姫殿下と言い、中州城主は我々のために非常に優秀な臣下をおくってくれだのだな」
黒羽領主は淡くひげの浮かぶあごを撫でた。
「古狐殿もおられるのだな」と彼の視線が辰海を向く。
「お久しぶりでございます、黄葉様」
辰海が頭を下げる。彼とはかつて卯龍とともに黒羽を訪れた時に会い、何度か言葉を交わしていた。
顔を覚えられていたのか、身につけた直垂の家紋から判断したのか。どちらにしても、声をかけてもらえるのは光栄だ。
「銀狐の君――銀龍殿がぬしと会うのを楽しみにしていたぞ」
「姉上が――?」
辰海は内心首を傾げた。黒羽で風見に嫁いだ姉の話が出るとは思わなかったのだ。
確かに、ここ嶺分と風見の都――薫町は馬で数刻ほど。比較的行き来は楽だが……。
「中秋の月見宴にお呼びしたのだ」
黒羽領主は辰海の困惑を察したのか、そう付け加えた。
「そうなのですか」
辰海と銀龍の母親は黒羽出身だ。そう言うこともあるのだろう。
それでも、長年会っていなかった姉がいると聞くと嬉しい。もう六年近く会っていないのではなかっただろうか。
「彼女もこの二の丸御殿に宿泊しておる。積もる話もあるだろうゆえ、会いにゆくと良かろう」
「はい! ありがとうございます」
辰海は心から笑んで礼を言った。
その後もその場で短く互いの側近を紹介し合う。
黒羽側の男たちは、領主の血縁者と最上級の官吏たちだった。
そして、黒羽領主黄葉の「歓迎の宴の準備がしてあるが、まだ時間が早いので少し旅の疲れを癒されるがよかろう」と言う言葉でこの場は解散となった。
黒羽側には、事前に中州一行の名前や官位、役職の一覧を渡していたので、それをもとに下男下女がそれぞれの部屋へと案内していく。与羽を筆頭に、上級のもてなしが必要と判断された者は、このまま二の丸の御殿に、それ以外の者は三の丸の屋敷や隊舎に案内された。




