四章四節 - 中州国官吏
そして、駕籠の簾があげられた。
用意された履物をはき、差し出された手を取ってゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫?」
手を貸してくれた辰海が、小声で問う。
与羽は桃色に染められた唇を引き結んで、浅くうなずいた。
「笑って」
その硬い表情を見かねたのだろう。辰海が与羽の後ろへ下がりながら、耳元に吹き込んできた。
与羽はわずかに口角をあげる。穏やかな笑みになるように。
「行け」
斜め前に立つ絡柳が小さく口の動きだけでそう言う。
「顔をあげて」
与羽を挟んで絡柳とは反対側の前に立つ漏日大臣も小さく助言をくれる。
与羽は顔をあげた。
その勢いに、髪飾りに使われていた鈴が小さく鳴る。
正面には、黒羽領主――烏羽黄葉がにこやかな顔で立っている。
与羽が一歩踏み出した。
それに合わせて、一歩前に並んだ絡柳と漏日時砂も足を進める。
さらにもう一歩。
後ろに辰海が控えてくれているのを感じる。
直垂で正装をしていても、いつもの桜の匂いは健在だ。
三歩目を踏み出す。
後ろで、人の動く気配が感じられる。
大斗をはじめとする最上級の官吏や、巫女の実砂菜たちがついてきてくれているのだろう。
四歩目五歩目――、それ以降は最初ほど緊張も恐怖もなくなった。
ここは中州ではないが、周りには信頼する中州の官吏たちがいる。
与羽の周りについているのは極少数の人員だ。しかし、はるか後ろには筆頭女官の竜月や護衛官の雷乱、他にも今回の旅につき従ってくれた五十人を超える中州の官吏が整列して見守ってくれている。
指を組み合わせ、祈るように自分の女主人を見つめる竜月が見えた気がして、自然と与羽の口元に笑みが浮かんだ。
もう意識しなくても、ちゃんと歩けそうだ。
最前列に立つ人々まであと十歩ほどのところで、絡柳と時砂が左右に分かれた。しかし与羽は止まらず、さらに数歩進む。
正面の黒羽領主まであと五歩と言うところで立ち止まった与羽の後ろには、自慢の官吏たちが並んでいるはずだ。
「中州国城主――中州乱舞の名代として参りました。中州与羽と申します」
緊張で声が震えるかかすれるかするのを覚悟していたが、与羽の声はいつも以上に良く響き渡った。
与羽が頭を下げると、後ろの中州勢全員が全く同時に頭を下げる気配が感じられる。
前方――特に使用人たちから感じられたざわめきが心地よい。中州国官吏の一致団結した動きを初めて見たときは、与羽もかなり驚いた。
「このたびは、突然の訪問申し訳ありません。しかし、先の嵐雨の乱における貴国の甚大な協力にぜひとも直接お礼申し上げたく――」
頭をあげ、与羽はあいさつの言葉を述べた。あらかじめ用意されたものを暗唱しているのだが、途中でつまらないか、早口にならないか、内容を忘れてしまわないか、気が気でない。
最後に、「嵐雨の乱では、誠にありがとうござました」と再度頭を下げた時には、内心で胸をなでおろした。
「黒羽国有事の際には、中州国もできる限りの助力をさせていただきます」とさらりと付け足すと、最前列に立っていた男性は穏やかな笑みを深めた。




