四章二節 - 黒羽嶺分
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黒羽の都は、「嶺分」と言う。黒羽国の北、華金山脈のふもと近くにある大きな町だ。中州と黒羽、風見三ヶ国の国境にほど近い町と言い換えることもできる。
もともとは華金山脈の名残である、緩やかな起伏に富んだ丘陵地帯の比較的平らになった谷間に作られたらしい。しかし現在は街が大きくなったため、なだらかな斜面にも家が立ち並び、その外側には小さな集落や田畑が延々と広がっている。
辺りには全く木がないため、嶺分の町の様子は遠くからでも確認できた。
しかし、実際に入るまでこんなに大きな町だとは思わなかった。
駕籠の簾越しに町の様子を見ていた与羽の目がどんどん丸くなる。堂々とした様子を見せるために、ほとんど体を動かさないようにしていたが、視線がせわしなく動いてしまった。
隊列を崩さずにゆっくり進む通りは、中州城下町同様土が良く踏み固められている。
通りの脇に並ぶ建物も、木壁に彫られた装飾などの外装が違うだけで、中州にもありそうなつくりのものが多い。
道行く人の身なりは、上等な絹の訪問着から擦り切れたぼろ布を纏ったものまで様々だが、意匠自体は中州でもよく見かけるものだ。
一つ一つを見れば、中州城下町とさほど変わらない。
しかし、それが集まり一つの町となった瞬間、自分が全く違う国に来たのだと確信させられる。
状態は同じでも、通りは中州城下町の大通りの三倍はあろうかと言うほど。
通りの両脇に立ち並んでいる建物は、どれも三、四階建てで、それ以上のものもある。駕籠に座った低い視点からでは、建物の間口も屋根もほとんど見ることができない。
そして何より、人の数が違いすぎる。城下町中の人をこの通りに並べても、この人ごみは作り出せない気がした。
今まで見たことがないほど広大で巨大な町だ。
すでに町に入って、半刻(一時間)は経っているはずだが、直線の通りはまだ続いている。これが中州城下町の大通りなら、すでに一往復していてもおかしくない。
さらに大きくきらびやかになっていく建物と、たまに見られる大きく丈夫な橋を無言で見送ること、一刻(二時間)。やっと堀らしき幅広の水路と、その先の石垣が見えた。
湖に島のような巨大な城が浮かんでいる。その敷地だけでも、中州城下町の三分の一ほどが入るかもしれない。石垣の上には、さらに石垣。ざっと見て、三層の構造になっているようだ。一番上には、烏の濡れ羽色の瓦に覆われた五重の屋根と黄金の飾りを持つ天守が堂々と鎮座している。
この嶺分の町で最も高い建物だ。
この城自体もかなり高い位置に建てられている。町を見渡せるようにするためか、水害を防ぐためか周りの町よりもはるかに高い場所まで石垣が積んであった。
そのため、城へ向かうための橋には、城へ向かって急な上り坂と、登り階段がしつらえてある。
与羽たち一行は、ゆっくりとその橋を渡った。
橋の両端には、黒羽と風見の兵が並んで立っている。中州からともにやってきた人々だ。与羽たちの前を進んでいた彼らだったが、先に中州城主代理とそれを国境まで迎えに来た上級官吏たちを通すために、道を開けてくれた。
与羽はそれを横目に、駕籠に乗ったまま金属の鋲が打たれた重厚な門をくぐった。
門の内側――三の丸は平らで広い空間。門番がひかえる隊舎と三重にしつらえられた立派なやぐらがあるものの、それ以外は樹木と無造作に置かれた岩で庭園らしきものが作ってあるだけだ。庭園の開けた部分は、有事の際には、兵が集合したり天幕を張ったりできる。木や岩が密集した部分は、万一敵兵が城に侵入した際に、その進行を阻害することができる。機能性は十分だ。




