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序章二節 - 城主の提案

「……なんだか、すみません」


 書記をしていた辰海(たつみ)が小さくなった。彼はこの指示書をよこした古狐(ふるぎつね)大臣の息子だ。


「それだけ信頼されている、ということかもしれないがな」


 絡柳(らくりゅう)の口元に淡く笑みが浮かんだ。どこか野性的な笑みが、もともと男性的な美しい顔をしている絡柳に近寄りがたいすごみを加える。


「いいでしょう。お任せください」


 はるか南――卯龍(うりゅう)が駐留している方角を見据えて言う絡柳に気おされて、辰海は一歩退いた。

 ほとんど反射的に与羽を見ると、彼女も無関心を装いつつも、絡柳とは十分な間合いを取っている。


「うんうん。がんばって、絡柳」


 乱舞だけは、絡柳の雰囲気など気にすることなく、彼の間合いに入った。元気づけるようにその肩を叩いている。こういう時、やさしい好青年に見える乱舞の一筋縄ではいかない部分が垣間見える。


「本当は僕が直々に出向いてお礼を言えればいいんじゃろうけど、まだ中州が混乱しとるから、代わりに与羽を連れて行っちゃって」


「へ?」「え?」


 与羽と辰海が同時にすっとんきょうな声を上げた。


「お前、自分が何を言っているのか、わかっているのか?」


 絡柳も探るような目で自分よりも若い中州城主を見ている。


「わかっとるよ」


 乱舞の顔には淡く笑みが浮かんでいるものの、その表情も雰囲気もいたってまじめで真摯(しんし)だ。


「卯龍さんも行かんし、向こうの領主級の人と話そうと思ったら、それくらい身分のある人じゃないと。大変なこともあるじゃろうけど、絡柳や大斗もおるし、辰海くんや竜月(りゅうげつ)ちゃん、雷乱(らいらん)がいれば何とか乗り越えられるんじゃないかな」


「……ちょっと考えさせろ」


 乱舞はさらりと言ったが、与羽を同行させた場合、絡柳の中ではたくさんの問題が生まれる。


天駆(あまがけ)に行くのとはわけが違うんですよ」


 辰海も絡柳と同じ心配をしているのだろう。柔らかな口調ではあったが、否定的な意見を示した。


「わかっとるよ」


 しかし、乱舞は穏やかな笑みを浮かべたままそう答える。何年も彼の片腕として、ともに政務をこなしてきた絡柳は、その笑みにわずかに苦いものが見えた気がした。

 乱舞も自分と同じ心配をした上で判断を下したのかもしれない。


 ――それもそうか……。


 中州城主として今まで様々な人と会ってきた乱舞は、現在絡柳が危惧(きぐ)している場面に直面したことがあるはずだ。

 その時の感情も、絡柳以上にわかっているだろう。

 そして、乱舞は与羽のことも良く知っている。

 それをすべて考慮して、与羽を行かせようとしているのか……。


「乱舞、お前は中州と与羽どちらのことを考えている?」


 絡柳は、いまだに自分のそばにいる乱舞だけに聞こえるように尋ねた。


「中州」


 乱舞は中州城主の顔で答えた。


「でも、与羽にできないことはさせない」


 決して楽な旅にはならないだろう。それはここにいる誰もが少なからず感じている。

 それでも、乱舞は与羽ならば乗り越えることができると信じているのだ。


「お前はお前で、『中州』過ぎて困る」


 中州に昔からある家には、家風とでも呼べそうなそれぞれの性格がある。

 乱舞の場合、普段は穏やかな好青年の顔に隠れているが、たまにそれが顔を出す。いや、その二面性自体がすでに中州一族らしいものなのかもしれない。


「まぁ……。いいだろう。城主がそこまで言うなら、あとは俺が調整する」


 絡柳は汗で張り付いた長髪をかき上げた。

 中州は未だ夏真っ盛りだ。


 その判断を聞き、与羽は浅くうなずいた。その顔はいたってまじめで、いつものいたずらっぽい笑みは欠片もない。

 辰海は喜びが二割。不安と覚悟が残った感情を半分ずつ支配している。すでに、頭の中では今後の予定とやるべきことを考え、それがまとまるにつれて覚悟が不安を押さえつけていく。


 乱舞だけは、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ありがとう、絡柳」


 無邪気に言う中州城主に、絡柳は深くため息をついた。

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