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龍神の詩7 - 嵐雨の銀鈴  作者: 白楠 月玻
三章 峠越え
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三章四節 - 水上の舞

 

  * * *


 同時刻。


 正規の手順をすべてすっ飛ばして、部屋に駆け込んできた竜月(りゅうげつ)の報告を受けた辰海(たつみ)が見たのは、淡い月光にきらめく数多(あまた)の滴だった。

 その中心に与羽(よう)がいる。すねまで水に浸かりながらも、水を含ませた木扇(もくせん)を持って舞っているのだ。

 その対面には、短い柄杓(ひしゃく)を持った吉宮実砂菜(よしみや みさな)巫女。こちらも無駄のないなめらかな動きで、掬った水を与羽に向けて放っている。


 与羽がそれを扇で受け、天へ向けてはじきあげた。大きな水塊が、月を映しながら形を変え、小さく分かれていく。

 高く跳びあがった与羽がそれを下からたたき上げると、その塊はさらに小さく霧散して、光の雨が降り注いだ。

 与羽はその下で優雅に舞っている。水に浸かっているとは思えないなめらかさだ。


 岸には油断なく辺りを警戒しつつも、ほとんど気配なく赤砂千里(せきしゃ ちさと)武官が佇んでいた。


 与羽を止めるために来た辰海だったが、気づけば懐から横笛を出していた。与羽と実砂菜の動きを見極め、だいたいの拍子をつかむ。そして、唇にあてた笛にゆっくりと息を吹き込んだ。

 奏でる曲は即興だが、与羽たちが舞いやすいように中州でよく用いられる節回しを多用した。


 そこで辰海の存在に気付いたのだろう。与羽がちらりと辰海を見て、笑みを浮かべた。そして、すっとあらかじめそう舞うことが決まっていたように、動きを変える。流れる調べに乗ったのだ。


 以前天駆(あまがけ)で見た舞も美しかったが、本物の水を纏う今の舞も良い。

 緊張のない動きが、なめらかな円を描く風水円舞(ふうすいえんぶ)の動きに良くあっている。


 辰海は夢中で笛を吹き続けた。


 しかし、与羽の動きは次第に遅くなる。

 そして、最後には水面(みなも)に倒れ込んでしまった。


「与羽!?」


 辰海は叫んで駆けだした。

 笛をその場に投げ捨て、ためらいなく湖に踏み込む。

 そして、仰向けに浮かぶ与羽に水を蹴散らしながら、駆け寄った。


「大丈夫!?」


 与羽を助け起こしながらそう尋ねる。

 与羽は驚いたように辰海を見返した。彼女のそばで同じように舞っていた巫女の実砂菜(みさな)は、わずかにあきれたような顔をしている。


「ちょっと疲れただけ」


 与羽は何でもないように答えた。その顔にはさほど疲労の色も見えない。


「半分遊びで倒れたのに、駆けてこられてもなぁ……」


 そういたずらっぽく笑っている。


「え……?」


古狐(ふるぎつね)君は与羽のことになると、むきになりすぎるから」


 実砂菜が笑みを浮かべて言う。辰海の行動を面白がるような笑みだった。


「まぁ、いいけど」


 与羽はすでに笑みをひっこめている。見慣れた無関心の表情だ。この顔をされると、感情が読み取りにくい。


「与羽?」


 辰海の問いかけに答えることなく、与羽は立ち上がった。身にまとった薄手の着物も、背に流れる長い髪も濡れ、肌に張り付いてしまっている。夜の淡い光に、与羽の体の線がはっきりと浮かび上がっていた。


「……っ」


 辰海は女性に対する礼儀として、慌ててうつむいた。

 しかし、与羽は全く気にしていない。


「ミサ、これあずかっといて」


 与羽は舞で使っていた扇を実砂菜に渡し、辰海を見た。


「ちょっと泳ごう」


 それだけ言うと、返事も待たずに湖の深みに向けて足を踏み出す。


「ちょ――」


 ここでやっと辰海は、自分がここに来た目的を思い出した。与羽を止め、部屋に戻ってもらうのだ。

 しかし、与羽はすでに腰辺りまで水に浸かる深さまで進み、まさに泳ぎはじめようとしていた。


「待って! 与羽!」


 そう叫ぶものの、与羽は聞く耳を持たない。

 辰海は急いで与羽を追いかけた。

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