二章四節 - 龍姫の本音
――僕は乱舞さんじゃなくて、与羽を選んじゃったからね……。
辰海は、少し眉根を寄せて言葉を切った与羽を見ながら思った。
もちろん後悔はない。
「『少し――』なに?」
言いたくなくて言葉を切ったのだとは分かっていたが、あえて尋ねてみる。
「少し――」
与羽はつぶやいて、「んんー」とうなりながらその場にあおむけに倒れ込んだ。
「なに?」とせかすと、与羽は天井を眺めながら目を細めた。
「少し、残念かなぁと思わんこともない」
ぶっきらぼうに言う言葉の裏に、どんな感情を隠しているのだろう。
ちらりと向けられた与羽の目は鋭い。
「けど、絡柳先輩を追い落としてまで、上に行ってほしいとも思わん」
その言葉を聞いた瞬間、辰海はわずかにたじろいだ。
くぎを刺されたと思った。距離を置いた時期もあるが、幼いころから与羽を見てきた辰海は、誰よりも与羽のことを理解できる自信がある。しかし、与羽も同様に、ある程度辰海の行動や思考が把握できるらしい。
今も、与羽が望むのなら、どんな手を使ってでも上に行こう、と策をめぐらそうとした瞬間にそう言われた。
「うん」
辰海は与羽の脇に座り直して、彼女の前髪をそっとすいた。
与羽は仰向けに寝転がったままだったが、旅の初日で疲れているのだろう。
与羽は馬に乗るのが苦手だ。今年の頭に天駆を訪れて以降、たまに練習していたおかげで、ある程度の乗馬はできるようになった。
しかし、今日の与羽を見ていると、まだまだ不慣れで、ひどく神経を使っているようだった。疲労とともに、きっと体のあちらこちらが痛んでいるはずだ。
「疲れた?」
「少し……」
辰海が問い、眠そうに瞳を閉じた与羽が短く答える。
そうやって、たわいもない話をして過ごした。
与羽もそれに合わせてどうでもいいような軽い質問をし、辰海も穏やかに答える。黒く染められた与羽の髪をすきながら。
そして、その答えを聞いた与羽が、時々口もとにいたずらっぽい笑みを浮かべるのだ。
そんなささやかなことが、とても幸せだった。
本当は旅に同行する武官をはじめ、あいさつをしなくてはならない人がいるのだが、明日以降にしよう。
与羽の疲労をいいことに、辰海はそう予定を組み直した。




