序章一節 - 最賢の書簡
後になって、「嵐雨の乱」と名付けられた華金との戦いからひと月。国境付近で続いていた小競り合いも落ち着き、戦は収束したようだった。
謁見の間の壁に貼り付けられていた名簿や地図もだいぶ減っている。
それと反比例して、中州城下町に住んでいた人が次々と帰ってきた。まだ修理の終わっていない家もあるが、がれきは片づけられ戦死者の供養も一通り終わっている。
「乱兄、卯龍さんからの報告書」
仕事の量は平常時よりわずかに多い程度まで減ったが、与羽はいまだに謁見の間で、城主である兄を手伝うことが多かった。今も、華金との国境付近に赴いている中州国第一位の大臣――古狐卯龍からの手紙を中州城主である兄――乱舞にわたしている。
武器を持ち出した戦いはなくなったものの、国境付近はまだ何が起こるかわからない状態だ。
地位と経験、武の心得もある文官一位で武官四位――卯龍自ら前線に赴き指示を出している。
「ありがとう」
乱舞はこの一ヶ月間疲労の消えない顔に笑みを浮かべて、それを受け取った。
すぐに封を切って、内容に目を通す。
床に広げてくれたので、与羽と乱舞の近くにいた中州最年少の大臣――水月絡柳も反対側から覗き込んだ。
「最初は関所付近の状態。とりあえずは、争いもなく、落ち着いてるみたいだね。関所に詰めている人のけがもなし。
蒸し暑い日が続いてるけど、体調のすぐれない人もなし。そのあとに書いてあるのは――」
内容をかいつまんで口に出していた乱舞の言葉が止まった。
「なるほどな」
その内容を読み、絡柳がうなずく。
「まぁ、そろそろ帰すべきだとは思っていたが――」
「確かに、引き留めすぎてるよね」
乱舞も絡柳に同意した。
「ん……」
与羽のもらした声も肯定だったが、わずかにさびしさが感じられた。
卯龍の指示は、大まかにこうだった。
戦後も中州にとどまり、復興を手伝ってくれた近隣国の兵士たちをそれぞれの国に帰す。しかし、ただ帰路につかせるだけではない。中州からも人を送れと言う。
主要な要員も書かれていた。文官は、漏日時砂三位と水月絡柳五位。
武官は九鬼大斗二位を筆頭に若手から中堅の武官名が十人ほど記されている。
それ以外については、城主に一任すると書かれていた。
しかし、そのあとに、最終的に決まったものは卯龍に送るよう他の文章よりも若干太い文字で記してあるところを見ると、良く卯龍の意図を考えて選ばなくてはならなさそうだ。そして、その意図は手紙のどこにも書かれていなかった。
「こういうところが『古狐』だよな」
絡柳がかすかにため息をにじませながら言う。
「どう考えても、試されている……」