ボスが手を抜かないラストバトルにおけるインフレ現象はきっと半端じゃないことになる
こんばんは、遊月奈喩多です!
今回は、王道の冒険物、そう、「魔王を倒すために旅立った勇者のお話」を書いてみました!
はい、説明は以上です。それでは、本編をお楽しみください!
……の前に、予告じみたものをしますね?
この話を読んだ後、あなたは60%くらいの確率で「こいつら、役割逆だろ」と言う!
えぇ、杉田ボイスなんて出ません。
では、本編スタートです!
魔王に滅ぼされた古城。なすすべもなく泣き叫びながら消えていった無辜の命。高らかに笑い、自分の絶対性を謳う魔王。
『この我に歯向かうものは、全て等しく永劫の闇へと消し去ってくれようぞ! さぁ、慄け、矮小なる存在よ! その身では至れぬ領域が眼前にあると、その魂に刻み付けるがよい……! フ、フフ、フッハハハハ!!!』
その物語を読んだとき、少年は決意した。
「この世界のどこかには必ず魔王がいるはずだから、僕の手でそいつを見つけ出して倒してやるんだ……っ!」
それは、無垢なる決意。
周囲の大人たちも、幼い彼の決意を笑うようなことはしない。たとえ魔王などと呼ばれる存在が現実にはいないとしても、幼子が熱く胸に抱いたひと時の夢を砕くような真実を告げる者は、いるはずもない。
魔物もいなければ魔法もない、平和な世界。
この少年はきっと、誰もが1度は見た夢を見ているに過ぎない。その夢はやがては時間の波がさらい、録画録音しておけばいずれは黒歴史として結婚式辺りで流すことができるだろう――周囲の誰もがそう確信して疑わなかった。それは、誰もが通り抜けた、繰り返される歴史。その波間に漂う、1つの泡に過ぎないと。
「それじゃ、未来の勇者様にはこの場にいる全員分のオレンジジュースをおごってもらおうかな!」
「えっ、僕のお小遣い……」
「頼りにしてるよ、勇者様!」
「うぅ……、ふっ! おれにまかせろ!」
「それでこそ勇者だぜ!」
「よし、じゃあ俺も……」
「お父さんは自分でお金払ってよ!」
「そっか、ダメかー」
「ダメ」
「はいはい」
そして響き渡る談笑。穏やかな風景。こんな穏やかな日常が続くことを、恐らくはこの少年自身も含めて、誰も疑ってはいなかった。
やがて、少年の願いは現実のものとなる。
世界の深淵。闇の中に漂う、黒き祭壇に、その存在は来訪者を待ち構えていた。
――よくぞ来た、勇者。ん? 勇者……か?
3年前に事象の地平面でその存在が確認され、やがて生命のある星、地球へと飛来した瞬間に全人口の92%を死に至らしめた存在――魔王。身長は平均的な大人と同じ程度のその存在を打倒せんと、名だたる国々がそれぞれに持てる兵器を全て投入したが、それらは全て、周辺で生活を営んでいた人々を消滅させるだけであった。
かくして、「魔王」が現れて半年としないうちに世界の秩序は失われ、細々と生き残っていた人間たちは更にその人口を減らすこととなった――世界を突如襲った混沌に乗じてその衝動をあふれ出させた人間同士の争いによって。
極秘で準備されていたシェルターにいち早く非難したことによって誰一人欠けることなく生き残っていた常任理事国――といっても、国の体はすぐに失われてしまったので、元・常任理事国と言うべきだろうか――の首長たちは、加速していく人類同士の争いを食い止めるべく、突如空から飛来した存在を「魔王」と名づけ、全てはこの「魔王」を殺すことで解決するに違いないという考えをそれとなく人類に浸透させる計画を立てたのであった。
各地において形成されているコミュニティのオピニオンリーダーの役割に据えられた人間をそれとなく調べ、それとなく噂話の形でこの考えが耳に入るようにするという、他力本願に過ぎる計画。
しかし、彼らにはもう、それに縋るしかなかった。場を支配する空気に流され、魔王を倒さんと立ち上がる人間が現れることを期待する以外に、考えることはできなかった。何故ならこの直後、ストレスのかかる役割に疲れた彼らは「死ぬ前に子孫を残さなければ」という、近くのスラム街から発信された考えに思考を支配されて、世界にまつわる意思決定を放棄してしまったからである。
そして、世界は「勇者」の登場を待ちわびるだけになった。
あの日、魔王の恐怖を伝える物語を読んで勇者になると決意した少年。
そんな彼の決意は、時の流れによっても彼の心から消えることはなかった。決意したその日に思い付いて、ネットで調べて発案した肉体改造トレーニングはその後10年経つ現在でも続けていたし、何より彼は研究を欠かしはしなかった。ひたすらに「魔王」の登場する作品――ゲーム然り、漫画然り、小説然り、アニメ然り、演劇然り、楽曲然り――で毎日頭の中を魔王で満たし、その嗜好、思考、志向を理解しようと努めた。
それについて来ることのできなくなった同輩ばかりの世界からは離れ、ひたすらに魔王研究に没頭した。
そして、3年前。
そんな少年を笑い、呆れ、やがては見放すようになった周囲との軋轢に苦しむ毎日は、突如として終わりを告げることとなる。
『いつまでそんな夢を見ているんだ! 現実を見ろ!』
『隣のAくんはもう働き始めているのに、どうしてこんな馬鹿げたことを……』
『お前さ、頼むから俺の幼馴染だってこと黙っててくれよな』
『中二乙www』
もう、彼にそんな言葉をかける者はいない。
何故なら、彼の見た夢は決して馬鹿げた妄想ではなくなったのだから。
空からやってきた存在が92%の命を奪い、残った人類は混沌とした時代の中で争い続けた。その姿を眺め続けた少年――いや、もう青年と呼ぶべきか――は、心の底から震え上がった。
とうとう、僕の時代がやって来た……!
彼を止める者は皆、「魔王」の襲来時に、もしくは混沌とした争いの中で死に絶えた。誰も止める者のいなくなったことを喜びながら、青年――いや勇者は1人、「魔王」の待つ地へと向かって旅を始めたのであった。
人類を守る。その使命感を背負って……!
見よ、決意に満ちた眼差しを! 聞け、決意の言葉を!
「フッハハハハ!!! 僕をバカにしやがって! 見ろよ、死んだのはお前らの方じゃないか! 生き残ったのは日頃の鍛錬を欠かさなかった僕の方だっ! 無様に命乞いなんてしてきやがったけど、そんなの知らないね! あの世で悪魔に焼き犯されながらしっかり見てろよバカ共、この僕が魔王のやつもそっちに送り込んでやるからよぉ。ふっ、フッフッ、フッハハハハ!!!」
…………………………。
かくして、魔王を打倒すべく、勇者になりたい1人の青年は旅立ったのであった。
――ほぉ、なるほど。こうするとこの牛の肉はもっと美味くなるのか
世界の深淵に追いやられた存在。地上では争いが絶えず、それは「彼」の目にはとても醜いものに見えた。だから「彼」は地上に留まることをやめて、地下深くに自らの居住地を作ることにした。
地下に逃げ込む前、地上のあちこちを見て回ったときに偶然見かけて気に入った建物――読み漁った書物から、それが「教会」と呼ばれるものであることを「彼」は知った――を模した居住地を作った後、「彼」は地上で続いている争いを根絶する方法を考えることにした。
恐らく原因は、自分がこの星に下りてきたときに多くの生物が死んだことだろう。しかしそれは仕方がない。この星の重力バランスを全く考えず、元々いた場所に合わせた重力を身に纏ってしまっていた自分にとって、それはもはや避けられようもない事故としか言いようがない。星すら壊しそうだったので慌てて重力の感覚を変えたものの、時は既に遅く、世界はほぼ滅びてしまった。
問題は、その後である。
残った人類は、互助に目覚めるでもなく、むしろお互いに略奪を始め、更に転じて己の欲望を満たすためだけに争いを始めたのである。
始めはそのメカニズムを理解できずにいた「彼」も、残った書物を読み漁るうちに、社会の形が急激に変わったことによる情勢不安がこのような現象を引き起こすことを理解した。
――そうか、あのときに多くが死んだことによって……ということなのか?
責任を感じた「彼」は、「おいしい料理で胃袋からカレのハートをゲット!」という色褪せた雑誌の特集を参考に、地球の食事について研究を始めた。そして時に、住む場所を追われた者たちに「ボランティア」という活動を模して振舞うこともあった。そのときに人々が見せる幸せそうな顔は、「彼」の心を確かに満たした。
しかし、人々の感謝は次第に欲望や憤怒、嫉妬へと変わる。
こんな美味い物をこの人(?)は持っているのだから、殺して奪えば自分が裕福な暮らしを営める……自分たちはこんなに困窮しているのに、何故この人(?)はこんな物を他人に振舞うほど余裕があるのか……この人(?)はたんまりと溜め込んでいるに違いない、許せない……これらの思いは、「彼」には容易く伝わった。
その思念に耐え切れず、「彼」はその町を離れた。
その後、幾度となく繰り返される同じ営み。2年の月日はあっという間に流れ、「彼」は地上から姿を消した。
――もっとだ! もっとこの星の文化を学び、人々を真の意味で幸福にしなければ、彼らの争いは終わらないのだ……!
地下に住居を作り上げ、集められるだけの書物を集め、「彼」は1年に亘り人類の文化を研究した。中でも、服飾文化の多様さに「彼」は驚愕した。その服に対する人類の思慕、そして抱く淡い欲望。「彼」にとって俄かに理解しがたいものもあったが、なるほど、よく読みこんでみると、単なる神事にまつわるだけの衣服であっても欲望の対象となりうるのかも知れない……「彼」はある種の納得とともに、人々に配るために神事にまつわる衣服――いわゆる「巫女服」という物を作り始めた。
――神主とやらも似たデザインの服を着ているのだから、これは男女共通の衣装であるはずだが、はて?
書物(?)には顔の造型が現実に即していない少女が着ている姿が主に描かれているのに疑問を抱きながら、書物(?)を見て最後の確認をする。
――まったく、汚し過ぎだ! 乱暴に剥ぎ取るなど、生地が傷むではないか!
思わず、本筋から逸れた怒りすら覚えるくらいに一生懸命、巫女服を作っていた。
しかし、「彼」は気付いてしまった。
より人類が納得できるであろう、「結末」の作り方に。
世界の深淵。闇の中に漂う、黒き祭壇で、その存在は来訪者を待ち構えていた。
――よくぞ来た、勇者。ん? 勇者、か……?
祭壇に座る存在――「彼」は、思わず疑問の声を投げかける。「彼」の呼んだ「勇者」に似た格好をしてはいるものの、それを迎え撃つ存在が感じるという圧倒的なオーラというものを、「彼」は感じることができなかったからである。
「ハッ、魔王にも疑問符投げかけられる勇者とかな。お前も、僕を馬鹿にするのか?」
旅する中で見つけて立ち寄った旧家で強奪した剣を構えながら、勇者になりたかった青年は低い声で問う。しかし、彼もまた内心では困惑していた。
何かこいつ、魔王っぽくなくない?
彼が想定していた魔王は、意味があるのかどうかわからないが恐らく魔力がどうとかそういう関係なのだろう重たそうなローブを身に纏い、意味もなくフハハ笑いをして、そして何かしらの野心であったり絶望であったりを抱えて全てを滅ぼすために淡々と準備をしている……そんな、長年研究していたというにはお粗末に過ぎる気がしないでもない「魔王」像であった。
しかし、目の前にいる存在はどうだろうか。青年は思わず目を擦る。
この「魔王」は、祭壇の向こうに立っている。それはいい。
何やら圧倒的な強さを持っていそうである。それもいい。
意味があるのかわからないが、巫女服が飾ってある。えっ?
そして、到着したときから美味そうな匂いが漂っている。えっ?
床には、巫女ものの同人誌が散らばっている。どういうこと?
そもそも、「魔王」自身が巫女服を着ている。何を考えている?
熟考した上で、青年は判断する。そうか、こいつはとても魔王には見えない――むしろ同好の士にも見える――その姿で、僕を惑わそうとしているんだ。魔王だから、僕が巫女+陵辱ものが好きなことくらいお見通しなのだろう。
人の性癖まで盗み見るとは、なんてやつだ!
「下らない作戦に出た時点で、お前は僕の敵じゃないな、魔王!」
青年は、改めて剣を構える。
その姿を見て魔王――「彼」もまた、気持ちを取り直す。
どう見ても、書物で読んだ「勇者」とは思えない青年であっても、「魔王」である自分の前にやってきた勇敢なる者である。勇敢なる者――ならばそれは「勇者」ではないか!
いくら下卑た笑みを浮かべていても、どう見ても勇者というよりいわゆる「中ボス」に相応しい雰囲気を漂わせていたとしても、返り血で赤黒く染まった鎧や剣といった、装備品の管理の杜撰さが目に付いて説教の1つでも垂れてやりたくなっても、この「魔王」を倒そうとやって来たのだから、この青年は「勇者」なのである。
略奪を是としているような雰囲気に多少気圧されながら、咳払いを1つして、「彼」は書物で学んだ「魔王」としての振る舞いを再開する。
――よくぞ来た、勇者よ! 我は常世全ての命を喰らい、全てを滅ぼさんとする者! さぁ、貴様の旅はここで終着だ。貴様もまた、……、その前に、貴様、私の仲間にならないか?
「……しまらねぇ魔王だな。『なる』って言うと闇の世界を贈るぞとかいうやつだろ? 答えはノーだよ! 当たり前だろうが。ま、女だけの世界とかだったらもらってやってもいいけど?」
――?
「さぁ、戦おうか、魔王!」
――う、うむ。おっと、その前に……
「もういいだろ! 友達にもならないし、永遠に仕えるとかもないから! 体液と血液を循環交換してゾンビになるとかもお断りだからな!」
――ん? その循環、交換……とは何だ?
青年は多少の戸惑いを伴いながら、「いや、こっちの話だから」と首を振る。そして、居室に入ったときから感じていたことを改めて思う。
……こいつ、やりづらい! きっとこれがこの魔王の作戦なんだろうけど、それをいつまでやるんだよ! もうそろそろ終わりにして戦いに入るものなんじゃないのか!?
――ならばよい。では、戦おうか、勇者よ!
「い、いきなりだな、おい!?」
――む、何か必要だったか?
「いや、別にそんなことはねぇけど……。よし、行くぞ!」
……何か違うような気がする。
偶然にも重なった両者の思考を内包しながら、「勇者」と「魔王」の戦いは、予定調和のごとく始まった!
「はぁぁぁっ!!!」
「勇者」の剣が一閃し、「魔王」の衣服を通して皮膚をわずかに削る。打倒魔王を目指して鍛え抜かれた剣技は、地球に生きる人類より遥かに頑丈な皮膚を持つ存在すらも切り裂くことができるまでになっていた。
――小癪な! 見よ、これが滅びの光だ!!
「魔王」の手から放たれる一条の光が、「勇者」の左腕を掠めて通り過ぎる! その温度で「勇者」の左腕は溶け、痛みに苦悶する「勇者」を、次の一撃が容赦なく襲う!
「うおりゃ!」
しかし、「勇者」も負けてはいない。「勇者」は、壁にかかっていた「巫女服」を目の前にかざした!
――ぬぅ!?
瞬間、「魔王」の攻撃が緩み、放たれた光も瞬時に止まる。その隙を突くように、「勇者」の剣が「魔王」の右腕を切り落とす!
――ぐぉぁぁぁぁ!!!
「フッハハハハ!!! 勇者をなめるなよ、魔王! 僕はなぁ、この日を夢見て日々鍛錬してきたんだぜぇ!? 絶対に倒してみせるよぉ……! フッハ、なに!?」
不敵に哄笑する「勇者」の体が、床に沈み込む! 床を軋ませながら、肺を潰されて血を吐く「勇者」。左手をかざす「魔王」が、よろよろと立ち上がる。
――さぁ、絶望せよ! 勇者!!
「の、ノリノリだな、お前……。それでこそ、魔王……だ!!!」
しかし「勇者」も負けてはいない、強めた語尾と一緒に気合を入れて立ち上がり、懐から取り出した火炎瓶を投げつける! しかし、「魔王」はそれを巫女服の袖であっさりと振り払う!
――効かぬわ!
「知ってるよ。お前、どんな兵器使っても無傷だったらしいからな」
一閃! 「勇者」の剣が「魔王」の胴体に深々と突き刺さる!
――ぐぅぅぅぅっ!! やるではないか、勇者! それでこそ、それでこそ我を、魔王を倒してこの世界に安寧をもたらす者ぉぉぉぉ!!!
「は?」
――は、とは?
「何かお前、勇者側みたいな発言が凄いよな。まぁ、倒すけど。勇者はあくまで僕だから」
――む? まぁよかろう!
些細な疑問を洗い流した「魔王」は、残った左腕に力を集中させる。
――正直な話、妙に外道じみた気配の漂う貴様などに倒されるのは納得がいかないような気がしていたが、今その瞬間に貴様が我に向けている目は、まさしく勇者のものだ! 貴様ならば、魔王を倒すことで人類の心に希望を取り戻し、必ずやこの世界を平和に導いてくれるであろう! ならば我は、そんな貴様にここで最大の試練を与えようぞ!!!
瞬間。「魔王」の左腕が赤く光り、手のひらから波動となって放たれる! 「勇者」はそれに、右腕を前に突き出して応じる! 体中を砕くような重圧が、「勇者」を襲うが、それでも「勇者」は持ちこたえた!
「だから……っ、お前は……っ、何でそんなにっ、勇者を送り出す王様っぽい発言がそこまで堂に入ってるんだよ……っ、魔王っ!!!」
自分が何をしているのか、「勇者」には理解できていなかった。手を前に押し出し、「魔王」の手から放たれた波動を受け止める! そして、「ぬぅぅぅりょぉぉぁぁああああ!」という叫び声とともに、受け止めた波動を、上に向けて受け流した!!
そして、暴走した力が瞬く間に地上を砕く!
それを「勇者」と「魔王」の双方が理解したのは、地下深くに構えられている「魔王」の住居に光が差し込んだときである。次の瞬間、頭上も足下も、全ての地面が崩れ去った……!!
「!?」
――!?
気が付くと、「勇者」と「魔王」は宇宙空間に放り出されていた。
「な、何が起こった……?」
――こ、これは……!
双方、既に理解していた。彼らの戦いはあろうことか、双方の(特に「魔王」の)意図を裏切って、地球を滅ぼしたのである。この場合、注目すべきは片腕で星を砕くレベルの力を放ってみせた「魔王」なのか、その場のノリとはいえその力をこれまた片腕で受け流してみせた「勇者」なのか、それは恐らく些事である。
宇宙を渡っている「魔王」はさておき、ただの地球人である「勇者」もまた宇宙空間に投げ出されてしまったのである! しかし、その危機にあっても「勇者」の闘志は些かも衰えない! むしろ彼は、笑ったのである。
「ふ、フフフフフフ、フッフ、フッハハハハハハハ!!!」
不敵というには、むしろ絶好調に過ぎる哄笑。その顔に浮かぶのは、紛れもない歓喜であった!
「フッハハハハ!!! お前、お前さっ、やっぱり最高だよ! やっぱなぁ、ずっと思ってたんだよ! 魔王ともなればこれくらいはできるんだろうなって! やってのけた、やりやがった……! ほんと、最高だよお前!! フッハハハハ!!!」
――貴様、よく笑っていられるものだな
「これが笑わずにいられるかよ! だってほんと、こんな凄ぇこと、安穏と生きてたってそうそうないぜ!?」
守るべき世界がなくなっても、「勇者」は笑う!
何故なら、「勇者」にとって世界とは守るべきものではなく、あくまで「魔王」との戦いの舞台に過ぎなかったのだから!!
……「勇者」が勇者としてどうなのかはさておき、その笑みに「魔王」は動揺した! そして、愚を犯した――平和的な性格ゆえに戦いのパターンをほとんど学んでこなかったが故の、「インフレ状態に入った主人公に対して技を見せる」というミスを犯してしまったのである!
――世界はなくなってしまったが、この戦いには決着が必要だろう! 消えるがいい、勇者! 星の塵となれ!
「魔王」の全身が光り、「勇者」を中心に超重力の場が築かれる!
「なっ……!? う、うげぇっ、くきくぅぅぅぉぇ、ぐぎゃぎゃぁぁぁああああああああああああああああああああっ!!!!!!!」
聞け、この悪の権化にも似た断末魔!
圧縮される空間と、そこに働く圧倒的な重力を前に、なすすべもなく「勇者」の体は押し潰される! そして、やがて閉じていく空間から、これまた悪の権化にも似た足掻きとして手を伸ばしながらも、抗えずに消えてしまった!
そして、誰もいなくなった空間の中、「魔王」はまたしても愚を犯した。
――お、終わったか……。何だったのだ、あの男は。
そう、これはフラグ! 「魔王」に限らず、いわゆる「ラスボス」の類が放つこの発言は、高い確率で主人公を、「勇者」を、この物語の場合は、勇者を夢見ていたあの青年をっ、復活させるのである!!!
「お前、本当に魔王かよ? そこら辺の勉強をさ、もうちょっとしておこうぜ」
――なに!?
慌てて振り向く「魔王」! しかし、「勇者」の不敵な笑みは変わらない。
「僕は今、自分の望むものを作ることができる。今はお前の技を無効化する肉体を作って難を逃れたぜ……!」
その発言に驚いたのは「魔王」である。「魔王」はすぐに「勇者」に取り縋る。
――望むものを作れる、だと!? ならば勇者よ、お前は「平和な世界」も作れるということか? そうかそうか、それならば安心だ。やはりそうでなくては!
「平和な世界? あぁ、まぁこのままじゃ暮らしにくいもんな。オッケー、作っといてやるよ」
――うむ、その世界ならばきっと我の料理も、
「お前をぶっ殺した後でなぁぁぁぁっっ!!!」
――ぬ!? ぐっ、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!
もはや彼が「勇者」なのかどうか、それは誰にもわからない。しかし、とにかく、「勇者」の剣が「魔王」を切り裂き、遂に宇宙の彼方に消滅させたのである! それは紛れもなく、人類の勝利であった!
「フ、フフ、フッハハハハ!!! 遂に、遂にやってやった……! 魔王は死んだ、魔王を……倒したぞぉぉぉぉ! フッハハハハ!!!」
宇宙空間で哄笑する「勇者」。そして帰る場所を、新たに得た力、《》で作り上げた後、青年はあることに思い至った。
「ん? 勇者って、魔王を倒したら何をするんだ?」
…………いかなる存在であっても、いずれは主人公ではなくなる。青年は知っていただろうか、その瞬間、主人公に与えられていた補正は大概脆くも消え去るのが必定であるということを。
新たに作られた地球の重力圏にいた青年は、その事実に落ちながら気付く。
「う、うわぁぁぁぁ~」
あー、あー、あー…………
主人公補正によって得られた力は、既に青年にはない。そして青年は……。
人類は、かつて宇宙から襲来した魔王の脅威に苛まれていた。その中で多くの命が失われ、絶望の淵に叩き落された人類を助けるために、1人の男が立ち上がった。
その者こそが、「勇者」。
魔王との戦いで、命と引き換えに地球を救ってみせた勇者は、今も夜空に輝く星となって我々を見守ってくれているのである。 完!
こんばんは、やはり遊月奈喩多です!
今作、『ボスが手を抜かないラストバトルにおけるインフレ現象はきっと半端じゃないことになる』はいかがでしたか? タイトル長い? 嗚呼、でもそれは気のせいよ♪
テンションの高いお話だったので、テンション高めにお送りしました。
きっと勇者は、空から私たちのことを見守ってくれていますよ、きっと! たぶん!
それでは、また別のお話で。
ではではっ!