新たなる旅路3
昨夜聞いたとある噂、何者かが俺たちを探しているというもの。噂にも関わらず確実にいる、というのが何とも言えないが。
正直誰かに恨みを買うようなマネはしていない……はず。自信を持って言えないのが悲しいとこだが、それはこの際どうでもいい。
相手の思惑が判らない以上手の打ちようがないので、とりあえず警戒するしかない。このことをルナに話すか迷ったのだが、結局は話さないことにした。
初めてともいえる冒険でだけでかなりの精神的負荷がかかってしまうのに、それに加え何者かに警戒しなければいけないなど辛すぎる。
(何よりすごく楽しそうだしな)
馬の上にいるルナは目をキラキラ光らせながら周りを楽しそうに見ている。
ルナの生い立ちについて何も知らないが、この反応を見る限りそんなに外を散策することができなかったのだろうと思う。
そもそも冥王が支配していた時までは外は危険すぎて子供は遊びに行くなどできなかったのだから当然と言えば当然の反応と言える。王女様など子供以上に手厚く守られていただろう。
(まあ俺の場合はこの環境が当たり前だったけど)
小さいころから当たり前のように外の世界にいた。それを疑問に思うことは無く、それこそが常識だったともいえる。
むしろ冥王がいなくなってからは危険度がかなり低下したので、厳密にはあの頃の環境とは言えないのだが実際そんなことどうでもいい。
「ルナ、あんまりはしゃぐなよ。これから結構辛くなるだろうからな」
「は、はい!すいません」
「いや、そんなに畏まる必要もないけど。適度なリラックスも必要だし」
本当に外の世界が珍しいのか、植物やら動物やらを興味津々に観察し、気になったことは何でも聞いてくる。俺としても今までの旅と違って新鮮味があるためか、その都度レクチャーしてやっている。
思えば今までの旅での会話はほとんどが殺伐とした内容か、フィンとの癒しの会話しかしてなかった。そのためか自然と楽しい気持ちになっている。
もちろんフィンを蔑ろにすることは決してない。俺の大切な相棒を忘れるなど、いろんな意味で恐れ多くてできるはずもない。
しかし、そんな気遣いも無用だったようでフィンとルナは知らぬ間に意気投合し、俺がむしろ忘れ去られ始めている。一時的とはいえ、旅を共にする者同士仲良くしてくれるのはとても有り難いのだが、俺も一応旅の仲間だということを忘れないでほしい。……せめて頭の片隅でもいいから考慮してもらえるとうれしいと思う自分が悲しくなる。
(まあ、楽しくやれてるならいいか)
そんな約一名を除いて和気藹々とした旅をしているが、周囲の警戒は怠っていない。
「フィン、防壁魔法を頼む。ルナはバックアップ頼むぞ」
「任せて!」
「わ、分かりました」
俺の掛け声により一気に緊張感が高まる。フィンとルナを中心に球形の防壁が展開され、ルナは右手を前に出して構えを取っている。
俺としてはここまで警戒する必要のない魔物だと分かるのだが、一応この旅では初めての戦いになるので用心しておく。
少しすると、木々の隙間を縫うように複数の影が飛んできた。 目の前に燃え盛る鶏冠に真っ白な羽毛、翼の割に体が多少太めだが、一応空を飛び回る3羽が現れる。
「やっぱりローストバードか。フィンは状況に応じて防壁頼む、ルナは魔法で倒してみろ」
「分かりました!」
ローストバード、簡単に言えば鶏冠部分が燃えている鶏である。魔物の中でもかなり弱い部類に入り性格も温厚なため、駆け出しの冒険者の大多数がまず一番最初に倒す魔物と言える。
温厚な性格ではあるのだが、身に危険を感じるとある変化をすることから”ロースト”と名前がついている。
「ルナ、仕留めるときは一撃でな!じゃないと……」
そういいながら、弓を構え矢を番える。そしてあえて右足の部分を狙って放つ。
放たれた矢は見事に右足に命中し、ローストバードは草むらに堕ちる。その草むらから煙が上がり始めたかと思うと、火の玉と化したローストバードが勢いよくこちらに向かって飛んでくる。
それを冷静に眺めながら腰の矢筒から矢を1本抜く。横目でルナを見ると、危ない!と言いたげな表情を浮かべている。
確かに初見では驚くかもしれないが、俺は何百回以上もこれを見ているので平然と躱すことくらい容易にできる。突っ込んでくるローストバードを難なく躱しながら矢を番え、別のローストバードに狙いを定める。
「こんな風に火の玉になって襲ってくるからな。注意するのはこれくらいかな」
後ろには先ほど躱したローストバードがいるのだが、もう気にする必要がないので意識の外に追いやる。そして、そのまま今度は心臓部分に狙いを定め矢を放つ。
すると今度はローストバードの胸を貫き、そのまま後ろの木に磔の格好となる。
内心で弓の腕がまだ鈍っていなかったことに安堵しつつ、ルナと交代する。
「それじゃあルナ、やってみろ」
「えっ、あ、はい!」
多少呆気に取られていた状態であったのか反応に戸惑いがあったが、それでもすぐに俺と位置を変わり、魔法の準備をしているとこを見るとやはり肝が据わっていると思わず感心してしまう。
もちろん俺だってただ単に後ろで感心しているわけではなく、念のために矢筒から一本矢を取りだし、いつでも援護できる姿勢を取っている。隣ではフィンが防壁魔法の準備もしてるし、万が一の場合が起きても心配はない。
(さて、どんな魔法を披露してくれるのか楽しみだな)
この世界の魔法に決まった形や名前は存在しない。魔法使いたち曰く"魔法は自由な発想の顕れ"らしい。要するに属性なんかは決まっているのだが、それをどのように展開するかは魔法使いの裁量に依存しているらしく、工夫次第で多くのことができるらしい。
もちろん大規模なことをしようとすれば相応の魔力が必要となるのだが、だからと言って魔力が多いから強いというわけでもない。それに、魔力の質によって使いやすい属性なんかも違うらしいのだが、さすがにそのあたりまでは詳しくない。なんたって魔力が無駄に多いだけの残念なタイプであり、魔法なんて碌にしらないのだから。
最後の方に多少脱線したが、つまりはルナがどのように魔法を展開してくれるのかが気になっているのである。
俺が後ろで楽しそうな視線を送っているのには気が付かないほどルナは集中している。わざわざ手を向けて照準を付ける必要はないらしいのだが、感覚的な問題で手がある方がやりやすいと言われている。
「行きますね!氷針」
ルナが展開した魔法は言葉通りの氷で作った針である。針と言っても、そんなに細いことはないがそれでも貫通力は高そうな形状をしている。作られた針はローストバードに目掛けて飛んでいき、見事に胸などに命中し一撃で仕留めた。
「どうでしたか?」
今回の自分の成果に対しどのように評価されるか、期待と不安が混じった眼差しで聞かれた。
「お見事だよ。魔法も、仕留めたことも両方な」
「確かにそうだね!ルナすごいよ」
「そうですか!やった!!」
褒められたことを素直に喜んでいる姿を見ると、歳相応の少女だなとしみじみ思う。実際の年齢については詳しく知らないが少なくとも俺よりは年下だと思う、実際に生きた時間も、生まれてから流れた時間どちらにしても。
それに本当によくやったと思う。確かに魔法使いは普通の冒険者よりアドバンテージが大きいが、それでも一撃で仕留めろと言って、ちゃんとこなす辺りは見事だし、魔法の選択も概ね良しと言える。
「魔法の属性が氷じゃなく、土属性だったら完璧だったな」
「ううっ、すみません。水や風、火属性は使えるのですが、土は苦手で……」
「そうなのか、じゃあ仕方ないな」
人族が使える魔法の属性は大きく分けると火・水・風・土・雷・聖の6つに分類される。そして先ほどルナが使用した氷とは、水と風の複合魔法である。水は液体であるため殺傷性が低く、多く魔力を込めないと貫通力が出ないのだが、それを氷にすることで使用魔力を抑え、攻撃力を上げることができる。つまりルナはできる範囲の最善の選択を取っていたということになる。
「で、でもなんとか土属性の魔法も使えるように努力しますね!」
「いや、4属性使えるなら充分だろ?それに俺は魔法使えないし」
「そうだよ!魔法使えないマフユが言っちゃダメだよ」
めっ、て感じでフィンに怒られてしまった。いつもこんな怒り方だと俺としても怒られるのが楽しみになりそうなんだが。もちろんドMではないため、怒られること自体は嫌いだということを忘れないで頂きたい。
そんなどうでもいいことを考えながらも、とりあえず俺は最初の1匹を除く2匹のローストバードを回収する。俺が仕留めた方は胸の一点にのみ穿った跡があるだけでその他の部分は綺麗なままであるが、ルナの方は少し原型を無くしている。そんな俺の行動をルナは不思議そうに見ている。
「何をなさっているのですか?」
「ん?せっかく獲ったんだから血抜きしてるんだよ。今日の夕食にする予定だが嫌か?」
「食べれるんですか?」
冒険者の間ではローストバードを食べるのはポピュラーなのだが、ルナは王族の娘。そんな人間が食べたことがあるはずがないと今さらながら思い出した。
「食べれるよ、下手な魔物なんかより余程美味い。まあ、王家の食卓に出されるものではないが」
「そうなのですか……少し楽しみですね」
てっきり嫌だとか言われると思ったのでこれまた予想外の反応だった。意外とルナは冒険者向きの性格をしているのかもしれないなと思いながら、2匹目の血抜きを終え頭陀袋に仕舞い込む。
ルナに若干変な目で見られたが、何かを思い出したかのように立ち上がり、俺に質問してきた。
「あの、こちらのローストバードは良いのですか?」
ルナが指差す先には黒焦げになったルーストバードが横たわっている。
ここで、そういえばローストバードの名前の由来について話していなかったことを思い出した。
「なんでローストバードって言うか知ってるか?」
俺はそのように言いながらルナの横に歩み寄る。もちろん今回が初見だったルナが知ってるわけがないのは百も承知だし、答えが返ってくるとも思っていない。
ルナを見ると質問したのに質問を返されてきょとんとしてしまっている。
「答えはこいつを見たまんまだよ」
そういいながら俺は地面に横たわる黒焦げの物体を指差す。
ルナはそれを見て、何か気が付いたような、しかし間違っていたらどうしようといった表情を浮かべている。あんまり引っ張るような内容でもないし、なんか苛めているような構図になっているのでさっさと答えを言うことにする。
「こいつらは命の危機に瀕すると、さっきみたいに火の玉になって攻撃してくるんだよ。まさに命がけの攻撃だな。そして最後はこんな感じに"ロースト"されるってわけ、それでローストバードって呼ばれてるんだ」
「そうなんですか……でも、それならこのほうが後程手間が省けるのではないでしょうか?」
ルナが言いたいことはつまり、このように燃えてくれた方が後でなんの労力も必要とせず食べられるのではないかということである。
「最初はそう考えた奴もいたよ。止めをさす手間も省けるしいいんじゃないか、ってな。だが、この状態になると非常に不味いんだ。食えないことは無いんだが……な」
「あ……なるほど」
「さすが、マフユが言うと実感がこもってるよね!」
フィンの予想外の口撃に思わず言葉が詰まる。ルナからは何とも言えない視線を向けられているし。いたたまれない気持ちになったので、ゴホンと咳払いをして空気を換えようと試みる。
「そういうわけなので、これからは一撃で仕留めるように」
苦笑い気味に「分かりました」と返された気がしたが、気のせいということにする。
それからに何回か魔物との戦闘を繰り返し、その都度いろいろレクチャーしていたら知らぬ間に日が暮れ始めていた。
これ以上の戦闘は危険度が増すため、早めの夕食を摂ることにした。
食事の準備はもちろん俺がする。お姫様の嗜みとしてもしかしたら料理を学んでいるかもしれないが、それでも専属の料理人が毎日の食事の準備をしているだろうし、そもそもこの状況で王女様にさせるのはまずい気がする。
(まあ、気にするのも今さらだけどな)
不敬ポイントなんていうのが存在していたらきっとカンストしてしまっているのは間違いないだろうし。
今は一応冒険者の先輩として食事の準備をする。そんなに料理が上手いわけではないが、頭陀袋には色々な香辛料や道具、食材があるのでそれなりのモノはできる。
とりあえずフィンに火を付けてもらい、俺は鍋に野菜と先ほどのローストバードをぶち込み火にかける。もう一羽の方はシンプルに丸焼きにしてしまう。
そんな男の料理を作っている姿をルナはまじまじと、好奇の眼差しで見ていた。そんなに珍しいことはしてないと思ったのだが、どうやらルナは俺の頭陀袋に一番興味があるらしい。
「この頭陀袋がそんなに気になるか?」
俺の質問に対し、ルナは俯きながら小さな声で「……はい」と頷いた。本人はどうやら自分の視線が気付かれていないと思っていたらしい。俺としてはかなり分かりやすかったのだが、そこを指摘するのは止めておく。
「これは魔法の袋なんだよ。知ってるか?」
「そうなのですか!実物を初めて見ました」
とても興味深そうに、しかし若干怯えながら人差し指でツンツンしている姿が可愛くて思わず見惚れてしまう。そんな俺の視線に気が付き、はっと恥ずかしそうな表情をして止めるのがまた小動物的でかわいい。
そしてそんな俺にも熱い視線が送られている。その視線だけで俺の丸焼きが完成してしまいそうで大変恐ろしく、冷や汗が止まらない。恐る恐る振り返るとそこに――――いた。
(……阿修羅さま、どうか罪深き私に慈悲を)
などと下らないことを祈っていたが、もちろん叶えられるはずもなくきちんとお叱り心と体の両方にを受けた。
「……いたたたたっ」
「マフユがだらしない顔してるのが悪いんだからね」
「いやいや、そんな顔はさすがにしてなかったと思うんだが」
「……なに?」
「いえ、何でもありません」
「……お二人って本当に仲がよろしんですね」
脇腹をさすりながらフィンに怒られていると、ルナにしみじみと感想を言われてしまった。確かに仲が良いことは認めるが、この状況で言われるのはどことなく不本意である。
だが俺が否定するよりも先にフィンの俺と仲がいいんだよ話がルナと展開されていた。
仕方ないので俺は自分で作った食事に手を伸ばす。結局作ったのは野菜と鶏肉のスープと丸焼きの2品のみである。ここ最近自分で作ったモノの中では手間を掛けた方だが、それでも手早く作ったので味に自信はなかったが、ルナは美味しいと言ってくれたので安心している。
もちろんお世辞の可能性もあるが、それでも不味いから作り直せなんて言われなかったので、ルナとフィンの女子トークに耳を傾けながら食事をする余裕があった。