新たなる旅路2
ここ最近の旅では決してなかったモノが、つい先ほど始まった旅から加わった。
その一つが腰と背にある重みである。腰には剣、背には弓が背負ってある。どちらも先日謎のオーガと戦った時のような鈍ではなく、鈍になる一歩か二歩手前の品である。お金がないわけではないのだが、俺の戦い方では並みの物ではもたない、というかすぐ壊してしまう。それに、別段危険があるとは思えないのでこの程度で十分である。
(まあその油断のせいで先日は酷い目に遭ったのだが……)
過去の過ちから学んで、鈍から変えただけ良しとしてほしい。
それは置いておくとして、他に変わったのが馬を使っているということか。最近はのんびり歩いて旅をしていたのだが、とある理由で現在は馬に乗って旅をしている。
そして新たに加わった重みというか、ものが現在後ろに乗っている少女である。そもそも馬に乗る決断をしたのも、ルナと旅をすることになったからである。
女性であり、なおかつ皇女であるルナに野宿をさせるのはさすがに色々と問題があると思い、少しでも移動の速度を上げるためにわざわざガラッタの村で買ってきたものだ。もちろん最初は彼女だけ馬に乗ってもらい、俺は歩く予定だったのだが……
(俺が手綱を握っている理由がわからない)
村を出発した頃は、確かにルナだけが乗っていて俺は馬を引いていた。
しかし、その道中で交わした会話がすべてを変えてしまった、本当に何気ない会話だったはずなのに……
『あのマフユさん、お怪我の方はどうでしょうか?』
『ああ、まだ少し痛むが大したことはないかな』
『痛むのですか!?なら無理はなさらないでください』
『え、いや無理はしてないけど……』
『無理はいけません!』
本当に大したことはなかったのだが、事実として少し痛んだので正直に言ったのだが間違いだった。
なぜかそのままルナの勢いに押されてしまい、知らぬ間に乗せられていた。当初は俺が後ろに乗る形だったのだが、それは見た目的にも物理的にもアレだと思い何とか手綱だけは譲ってもらい今の形に落ち着いたのだが、そこでも再び問題が発生した。
(この温もりと柔らかさは色々とヤバい……)
先にも述べた通り、俺の後ろにルナが乗っているという形をとっている。言い換えるならルナが俺に抱き着いているといっても過言ではない。もちろん俺がそれを強要したなんて事実もない。
にも関わらずこうなってしまっているので、背中にふよんふよん、と嬉しい反面危険なものが当たっている。しかも馬に乗っているので普通より揺れるわけで、それが見事に暴れてくれているわけであり『ぅん……』などと艶かしい声と息遣いが聞こえるわけで……。
「えっと、やっぱりルナ一人のがいいか?」
「だ、大丈夫です!」
赤面しながら、強めの語調で言われてしまっては俺としてもこれ以上何も言えない。
別にルナが馬に乗れないというわけではない、王族というだけあって乗馬も嗜みとして習っているはずだし。それにも関わらずこうなったのには、一言でいえばルナの優しさ、なのだと思う。
だけれどもその優しさが今はとても辛い。如何せん、女性と関係を持ったことのない俺が女性とこんな密着したことあるはずもなく、しかもその相手が美しい王女様なのだから尚のこと緊張してしまう。
(加えて意外に大きいし……)
常に外套を羽織っているので分かりづらかったのだが、ルナはなかなか立派なものをお持ちのようで、平均より大きいと思われる。もちろんこんな俺なので女性の平均など知るはずもないのだが。
(……こんな状況でも人間悲しくなれるんだね)
普通の男にとってこれ以上な役得はないはずなのに、落ち込めてしまう自分に思わず感心してしまいそうになる。
とりあえずこれ以上動揺してしまうと態度にも出てしまうし、精神的なダメージだけでは済まされない。しかし、やはり女性のアンテナは末恐ろしいものであり一切態度に出していなかったのに、枯草色の外套の一部に黒い怨念のようなものが見えてしまう。
「……えーっとですね、フィンさん?」
「なに?」
一切の感情を無くした低い声が返ってきた。背中に当たる温もりなんて実は錯覚だったのではと思うくらい今は寒気を感じる。理不尽だと言い返せたらどんなに俺の人生楽なんだろうとシミジミ思ってしまう。
「弁解の余地なんてあったり……しませんよね」
「もちろん。……あとで覚えてなさいよ」
今ここで必殺の一撃を放たないだけフィンの優しさを感じる。だが、このあと馬から降りたあかつきには恐らくメンタルとフィジカル両方に大ダメージを負うことは確定している。
こうなってしまったらできることはこれ以上刺激して被害を拡大させないように努力するしかない。
(現実逃避し、無我の境地に至るのみ)
いささか腰の引けた作戦にも思えるかもしれないが、フィンがこのような状態に陥ってしまったら甘んじて全てを受け入れるしかない。
(俺がこの試練を乗り越えれば良いだけだ!)
こうして最後の絶望をいかに軽減できるかという恐ろしい試練が幕を開けた。
そしてその日の夜前には次の村にたどり着いていたわけなのだが……。
試練の結果、見事に死刑確定となり、今現在今晩宿泊予定の宿の一室でフィンの前で正座をしているダメ人間。
(仕方ないじゃないか、母親の温もりすら知らないのにあんな立派なモノを……)
俺は生まれた時から独りだった。なぜだか知らないがたった独りであり親の顔も名前も知らない、いや知らなかった。
普通なら物心つく前の記憶など覚えているはずないのだが俺は知っていた。だからと言って独りじゃなくなるということは無いのだが。
そんな生まれのために親の愛情や温もりなんて知る由もなく、女性とも触れ合ったことがなかったので、今回の一件で背中に触れたのが初めてだった。もちろん伝聞では知っていたが、実際のはすごかったとだけ言っておこう。いい歳してとか思わないで欲しい、そんなの自分が一番分かってることだから。
(どうせ俺なんて無能の中の無能ですよ……)
こんな感じなことを考えているが、現在絶賛お説教タイムであり前には仁王立ちで飛んでいるフィン様がいる。お説教が始まってから何回謝罪の言葉をしたことか……10回過ぎたあたりから数えるのを止めたし。
「ちょっと、マフユ!聞いてる?」
「はい、もちろんです」
現実逃避気味にあれこれ考えていたのに気が付かれたのか、それともついに死刑の時が迫っているのか。思わず体に力が入ってしまう。
「まあいいわ。今回はこれくらいで許してあげる」
「……へ?」
思わずすっとんきょんな声を出してしまった。
なぜならまだお説教しか受けていない、つまり死刑執行はされていない。なぜだ、といった視線を向けるとフィンが急に頬を赤く染めそっぽを向いた。
「……マフユ身体まだ怪我してるから早く治してよね」
どうやら俺の身体を気遣ってくれているらしい。本当にそういうとこが優しくて、一緒に旅をしていてよかったと思う。
「ありがとな、フィン」
「別に今回だけ特別なんだからね、勘違いしないでよね!」
これがいわゆるツンデレというやつなのか。その辺はよく分からないが本当に可愛くて癒される。
フィンは恥ずかしくなったのか「外を見てくる」と言ってそのまま窓際まで飛んでいき、外を眺めるフリをしている。
(外見てないのバレバレだぞ)
なぜわかるかって、カーテンが閉められたままだからである。カーテン越しに外を眺めても何も見えないし。
そんな初歩的なことにも気が付かないほどに照れているフィン。優しいし、若干抜けていたりと見ていて本当に飽きない。これで必殺の一撃がなければ文句ないのだが……。
それもフィンの良いとこの一部だとポジティブ解釈して外に出る準備をする。準備と言っても、頭陀袋を置いて髪を隠せるようにターバンのような布を巻くだけなのだが。
「じゃあ、ちょっと飯に行ってくるな」
「うん……ただ、くれぐれもだらしない顔だけはしないように」
フィンの有り難いアドバイスに思わず足を縺れさせながらもルナとの夕食兼今後の予定調整のため宿を出た。
今回立ち寄った村はガラッタから馬で一日程度しか離れていない、つまりまだ辺境ともいえる小さな村である。そんなわけであり、旅人や冒険者と言った連中は少ないし、村の規模もガラッタと同じ程度と言える。
なので人ごみ嫌いの俺にはありがたいのだが、弊害も残念ながら存在する。俺はまだ髪の色が暗いのであまり目立たないのだが、ルナはどうしても明るいので目立ってしまう。かといって外套のフードを被ると人が極端に少ないとこでは逆に注目を浴びてしまうので、髪を隠せるようにルナにも布を巻いてもらっている。
「悪いな、やはり慣れないか?」
「いえ、目立つのを避けるためには仕方ないことなので」
そんなことを言いながらしきりに頭に巻かれた布を気にしているルナが目の前に座っている。王女様がそんなことをしたことがあるはずがないので気になるのは当然だと思う。それでも食事の作法が相変わらず見事なままなのは王女としてのプライドなのか、教育の賜物なのかはよく分らないが、素直に感嘆してしまう。
「それじゃこれからのことだが、次の村まで最低でも3日はかかるんだ」
「そうですね」
「だからどうしても野宿になってしまうのだが……」
遠回りのルートを通れば一日ごとにどこかの宿に泊まりながらオーフェンまでたどり着くのだが、それだとどうしても1か月近くかかってしまう。
なので今回は冒険者たちがよく使うルートの使用を検討している。このルートで行くと、オーフェンまで早ければ2週間でたどり着く。だが魔物が多く、村の数が少ないので野宿などが多くなってしまう。よって基本的に商人などはあまり好まず、冒険者の利用が多い。
リスクが高いようにも思われるが、ほかの冒険者もいるので最低限の自衛が出来れば急いでいる者たちにはこっちのが都合が良い。
(本来ならリスクの低く時間をかけて行くルートが良いんだけどね)
今回ばかりは少しばかり急ぎたいので冒険者ルートを使用したいと考えているのだが、ルナが耐えられるかという懸念がある。生粋のお嬢様に野宿をさせたりや水浴びを我慢させるのはどうかと思いながら、最悪遠回りするかなどいろいろ考えていたのだが。
「大丈夫ですよ、気にしないでください!」
と頼もしいながらも思わず拍子抜けする返事が返ってきた。ルナを見ると、心配や不安よりむしろ楽しみにしてるようにすら思える。
(お嬢様は俺が思っている以上に逞しいのかもな)
逞しさに感心しながら、これからのことの説明を始めた。
簡単に説明し夕食が終わったあと、ルナをしっかりと宿まで送り届けたあと再び酒場に戻っていた。無論酒を飲むために、ではなくフィンへのお土産と簡単な情報収集のためにである。
「この店にある最高級の花蜜をくれないか」
少数の冒険者と村人たちで賑わう店内をカウンターから横目で眺めながら40歳前後の女性マスターに注文をした。相変わらずお決まりの「お金は大丈夫か?」というやり取りを終え、代金を払い商品を受け取った後、この辺のことを聞いた。
「なあ、なんか最近変わったこととかないか?」
「変わったことね。まあ酒の肴になりそうな噂とかならあるよ」
その噂とは端的に言えばガラッタに勇者が現れたというものだった。ガラッタでの一騒動がなければ確かに肴程度にはなったのだが、その勇者のことを知ってしまった今では単なる噂にしかならない。
「……その顔だとその噂は知ってるって顔だね?野次馬にガラッタに行ってたのかい?」
「噂は聞いていたが、残念ながら野次馬には行ってないよ」
思わず顔に出ていたのかと焦ったが、きっと噂に何の反応を示さなかったせいで彼女はそう考えたのだと解釈した。なので今回は相手に何も悟られないように極めて平静に返答した。
「なら、もう一つ噂教えてやるよ。ガラッタに謎の魔物が現れたらしいんだよ」
そこまで聞いたときは、それは知ってるよと言ってやろうと思った。しかし聞いた手前失礼かと思い無感情に話を聞き流そうと途中まで思っていた。
「それで旅人2人組に退治されたらしいんだが、どうやらその二人組を探している奴がいるらしいよ」
「探している奴がいるのか?」
それを聞いてつい反応してしまった。
(まさかルナを追ってる奴が?それとも……)
思索に老けているとこちらをニヤッと口角を上げて見てるマスターが目に入った。ここまで興味なさげに聞いてた奴が急にこんなに食いつけば話していた側からすればしてやったりと思うのも当然と言える。
このままだと何となく癪に障るので冷静を装ってその噂について詳しく聞いた。
「なんで探しているのか理由は不明だが、確かにいるらしいよ。結構実力のある冒険者って話だよ」
「それ以外になんかないのか?」
「ずいぶん気になるようだね」
「……聞いたことのない噂話は好きなんでね」
「ははっ、そうかい。まあ、あと知ってるのはそいつが一人で旅してる男ってことぐらいかな」
会話の間、終始ニヤニヤされていたのが非常に悔しいが、聞けた情報は確かに有用だった。これ以上負けた気持ちになりたくないので、簡単に礼を言って店を出た。……負け犬とか言うなよ、傷つくから。
(いいもん、フィンに癒してもらうから)
そう意気込んで戻ったのだが、何となく癒してもらえそうにない雰囲気というかオーラを醸し出している。何もやましいことは無かったのに、危険だと俺の本能が叫んでいる。
(くそっ、花蜜を献上して寝るしかないのか……)
仕方なく花蜜を献上してご機嫌取りに走った。作戦は成功だったが、ここで下手なことすれば再び逆鱗に触れてしまう。そうならないためにツルキに干し肉を与え、頭の布を取り頭陀袋に仕舞った。
手早く包帯などを変え、寝支度を整えベッドに潜り込んだ。




