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英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第二章 止水の舞姫
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戦場5 神と龍

すっかり更新が遅くなりました。

毎週プレゼンがあり、その準備に戸惑っています。まあそれは言い訳にしかならないのですが……。

それにしてもクドクなるのはなぜでしょう。とりあえず次当たりで黒龍との戦闘は終わる予定です。

「ド、ド、ド、ドラゴンだぁあああああっ!!」


 人と魔物が入り乱れる戦場でその声だけは嫌と言うほど鳴り響いた。

 その言葉が耳に届いた瞬間、誰もが手を止めて声を発した男が茫然と見つめる先に視線を向けた。


 悠然と闇空に浮かぶ影。彼らのいる地点からはかなりの距離があるにも関わらず、その小さな影がとてつもなく巨大に見える。それほどまでに威圧感のある存在。


――――バサッ、バサッ……


 力強く空気を叩く、あるいは切るような音。本来なら聞こえるはずもない距離感なのだが、戦場にいる全ての生物にその音が危機感を与える。


「う、うわぁぁあああっ!?」

「「「きゃぁぁあああ!!」」」


 ようやく現実に起きていることだと認識した誰かが悲鳴を上げながらその場を逃げるように走り出す。それを皮切り悲鳴は伝搬し、木霊するように戦場に瞬く間に広がる。まさに阿鼻叫喚と言うに相応しい状況に陥る。




「不味いことになったわね……」


 時を同じくして黒龍の姿を捉えたフィリアーナは苦々しく呟く。周囲には冒険者の姿はほとんど見えないが、それでも後方から嫌と言うほど逃げ惑う声が聞こえてきてしまう。そこから想像できる光景はまさに蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始める冒険者たちの姿。


「そうっすね……。弱い奴が逃げるだけならまだいいんですけどっ!」


 レイアードもフィリアーナと同様の光景を思い描きながら迫りくるエルクを自慢の拳で仕留める。


「えっと……どういうことでしょうか?」

「簡単なことよ、ドラゴン(アレ)に怯えるのは何も人だけじゃないってだけ」


 御覧なさい、とルナに言い含めながら氷華の一つを飛ばす。氷華は高速で回転しながら魔物たちを斬り裂いて行くが、斬り裂かれた魔物たちの様子がおかしい。切り裂かれても尚その歩みを止めようとはせずに、目を血走らせながら今までにない速度で迫ってくる。


「まさか……狂乱してるんですか?」

「その通りよ。だから今まで以上に厄介だわっ」


 悟ったように呟くルナに対して、フィリアーナは正解、と優しく微笑みかけながら狂ったように迫ってくる魔物を屠っていく。そんなフィリアーナの傍ではフィンが龍のいる方角をジーッと眺めていると、不意にそちらの方角で今までとは違った温かみのある優しい炎が上がった。


(あれは……ヘスティア様の炎?と言うことはっ)


 フィン同様にその方角を眺めていたルナはその炎が上がる直前に胸の奥にジワッと優しさを感じ、思わず両手をグッと胸の前で握る。

 胸の奥で感じる温かさ、それはまさしく己が信仰する女神ヘスティアの炎。


「あっ、見て!!龍の動きが止まったよっ!と言うことはあそこに龍の敵になる誰かがいるってことだよね!」


 フィンは急に場違いなほど嬉しそうな声を上げる。それに釣られるように三人は一様にそちらに視線を向ける。

 状況としてはまさに絶望的と言っても過言ではない。だがその炎を目にした瞬間、その絶望は嘘のように霧散した。


「あら本当ね。そしてそんなことができる冒険者なんて、一人しか思いつかないわ」

「確かにそうっすねっ!!」


 通常なら国が有する全兵力を注いでも龍の進撃を食い止めることなど不可能に近いにも関わらず、この場にいる4人はそれを単独で行っていると言うことに疑問を一切抱いていない。それはマフユの力量を知っている、あるいは過去を知っているからこその信頼とも言えるだろう。


「なら話は早いわね。かなり危険だけどあそこに向かいましょう。どうせ、アレに負けたら死ぬことには変わりないのだし」


 普段通り瞳をギラつかせながらもどこか困ったように微笑むフィリアーナ。彼女の視線の先には相も変わらず狂乱した魔物がまるで津波のように途絶えることなく押し寄せ、一向に減る様子を見せない。

 いかにフィリアーナが闘争を求める性格といっても、こうまで邪魔されてしまうと辟易としてしまうのも事実である。

 そんな彼女たちを見かねたように、あるいは手助けするようにレイアードが彼女たちの前に出る。


「ここは俺に任せて、お三方は兄貴のとこまで行っちゃってください!!」

「えっ!?」


 レイアードの言動に驚きを露にするルナ。





「そうですね。私では戦力という意味では力になれないかもしれませんが、それでも何か別の部分でお役に立てるかもしれません」


 そう決意を口にしながら4人は力強い足取りで狂乱した魔物の群れの流れに逆らうようにして進みだした。






「またお前、か。何が目的なんだよ?」


 どういう魔法かは知らないが、空中に立つ紫紺色のローブを羽織った魔女に俺はアルト声で厳かに問いかける。


「また、はこっちの台詞セリフよ。あなたはとことん私の邪魔をしたいようね?」

「別にお前の邪魔をしたいわけじゃないさ。ただ、お前のすることが俺の邪魔になってるだけだ」


 不満であることを一切隠そうとしない棘のある口調で魔女は答える。それに対して俺も肩を竦めながら険のある声で返す。

 

「言ってくれるわね。まあいいわ、私のこの地でも目的はもう達したから。あとはせいぜいその黒龍にあそんでもらいなさい」


 俺の軽口に不快感をあらわにしながらも、魔女は開かれた次元の裂け目に姿を消した。

 咄嗟に「待てっ!!」と叫びながら追いすがろうとしたが、あいにく俺の目の前にいる巨大な存在がそれを許してはくれなかった。


――――グオオオォォォォォォォ!!


 遠雷のように響く咆哮とともに振り下ろされる鋭い爪。どんなに堅牢な外壁でも紙切れのように切り裂くであろうソレをわざわざ迎撃するなんて命知らずなことをしたくない俺はすぐさまその場から退避する。

 隕石でも落ちたのではないかと疑いたくなるほどの爆砕音が耳を刺激し、視界を砂煙と岩石・・が遮る。


「……さすがに反則だろっ」


 前足を振り下ろしただけでここまでの現象を引き起こす存在に対して今更ながらに悪態を付きつつ、土煙舞う中を全力で疾駆する。

 右と左どころか地震のように揺れているせいで上下の感覚すら怪しい中、俺は今までの戦いの中で培った経験だけを頼りに大太刀に魔力を込めながら斜めに切り上げる。


「らぁあああっ!!」


 勢いよく降り抜かれた大太刀の刃からは爆炎が滝のように吹き荒れ、土煙を焼き払う。

 そしてすぐに痛みと怒りが混じったような低い唸り声が爆炎の中から聞こえてきた。


「ちっとは効いた、だろ?」


 まなじりを上げ、獰猛な笑みを心の中(・・・)で浮かべながら俺は炎の嵐の中で苦しむ黒龍に告げる。

 しかし俺の言葉を否定するかのようにソイツは王者の雄叫びを上げ、力強く両翼を羽ばたかせ爆炎を霧散させた。

 だがやはり多少は効いていたようで銀の皮膜はすっかり黒く煤け、ところどころ目を凝らせば鱗から黒煙が上がっている。


「……まあ本当に微々たるものなのが悲しいがな」


 神装による一撃――相性が悪いというものあるが――を直撃させたにもかかわらず、目を凝らさないといけない程度のダメージしか与えられないことに流石に悲しくもなる。


「さて……どうしたもんか、ねっ!!」


 激昂に身を任せ繰り出される剛爪に尻尾、そして黒炎。

 剛爪により大地が割かれ、尻尾により土煙が舞い上がり、黒炎によりすべてが焼き払われる。その地獄とでもいうべき悪循環サイクルに身をさらされながら思案する。


(相性が悪い……かと言って、俺にはこれ以上手がない。さらにあの魔女おんなが言ってたことも気になる。どうにか打開策を練らないと、な)


 拮抗しているといっても、現状は魔力が残っているからようやく互角という状況なだけにどう考えても楽観視はできない。そもそも時間を稼いだところで黒龍コイツをどうにか出来る人物や策、あるいは魔法道具があるとは思えない。


(……いや、コイツが龍族である以上あの野郎がやってくる可能性はある、か。だが、アイツが現れたらそれはそれで俺の危機であることには変わらないだろうな)


 英雄の一部の一人、龍神・・の名を持つを男の姿が脳裏によぎる。

 龍族の不始末はその長たる龍神がつける、それは一般には知られていないことだが、それがこの世界の真実である。だからこそ過去にも龍の目撃例は少ない。

 ゆえに今回の事例は非常に稀有なことと言える。


「アイツが出てくる前に始末しないといけないし……。どんだけ条件厳しいんだよっ」


 意味のない罵りを口にしながら大太刀を水平に薙ぐ。相変わらずの衝突音と衝撃が耳や腕を麻痺させるが、黒龍もその衝撃で一瞬だけだが動きを止める。

 そのことに俺は満足しつつ、距離を取って魔力を大太刀の刃に添わせるように薄く込める。


(もっと……もっと薄く、鋭く……)


 次第に刃紋が薄紅色に染まり始める。そしてそこを中心として俺の周囲の温度はグングンと上昇し始め、熱が肌を焼くようなヒリヒリとした感覚が身体を襲い始める。


「行くぞっ……」


 すっかり紅緋色に染まった刀身を肩に担ぐ。その熱は炎さえも焦がすほどのもので、炎を司る神装の姿をしてるにも関わらず俺の身を容赦なく焼き焦がす。


――――グルルルルッ


 それほどの熱が籠っているからこそか、黒龍は警戒したように低く唸りその瞳はしっかりと俺を捉えて離さない。

 だがそんなことは関係ない、と俺は剣線を下げて疾駆する。切っ先が地面を擦るたびに、砂や石は溶けてガラス化している。俺の駆けた軌跡を示すかのように一条の線がキラキラと、この場には相応しくないほど美しく光っている。


 接近する俺に対して黒龍はその咢を軽く開き、肺に空気を取り込み始める。それは龍の持つ必殺の一撃の予備動作プレモーションであり、無常なる劫火の一撃。近づくたびにその咢から火花が出ているのが見える。正直言ってあのブレスをまともに食らえば流石の俺でも一たまりもない。

 それでも俺は進路を決してずらさずにただ真っすぐに駆ける。距離が20mを切ったところでついにソイツの咢が大きく開かれた。その奥はまるで深淵のように暗く、中心では黒炎が今か今かと吐き出される瞬間を待ち構えている。

 そして次の瞬間、それは打ち出された。


――――轟っ


 猛狂う劫火、それらは瞬く間に俺の視界を暗黒色に染め上げた。

 ここで俺の持つ大太刀を振り上げれば慈愛に満ちた爆炎が黒炎から俺の身を守ってくれるだろう。だが、それをしてしまえばせっかく薄く鋭く纏わせた魔力が台無しになってしまう。


「っ!!」


 なので俺は意を決して強く地面を蹴る。

 加速する身体、同時に黒炎が容赦なく肌を焦がし、鋭い痛みが全身を襲う。それでも俺は脚を止めず、さらに強く踏みしめる。


「その、はね……寄越せっ!!」


 黒炎の嵐をから跳躍で抜け出し、銀翼の根元をめがけ大太刀を振りぬく。爆炎は出ない代わりに、その翼は意図も容易く機能を失った。


――――グオオオォォォォォォォ!!


 痛みからか、咆哮ブレスは止まり今までにないほどの雄叫びを上げる黒龍。それに追撃を加えるべく俺は首目掛けて薄紅色に戻り始めた刃を振り下ろすが、刃が触れる寸前で首が消え、代わりに横から何かがものすごい衝撃とともに衝突してきた。


「ぐはっ……」


 ゴキッと嫌な音を立てる腕。そしてそのまま地面に叩きつけられ、地面には俺を中心としてクレーターが形成されている。

 フラフラする脚、感覚のない右腕、このままここで寝てしまいたいという欲望が心の中で膨れ上がる。それでも身体は勝手に動き、ギリギリ無事な左腕で大太刀を握る。


「……俊敏すぎるだろっ」


 翼を失いながらも、尚その巨体と存在感を保ち続ける黒龍を見据えながら恨み言のように吐き捨てる。

 正直もう先ほどの手は使えないだろう。魔力を纏わせるのも時間がかかるし、この満身創痍の身体で、しかも片腕のみでこの大太刀を振りぬく自信はない。


死なない(・・・・)だろうが……勝てないな)


 そもそも翼を切り落とせたのだって、あそこが龍鱗が少ないからという理由でありほかの部位ではおそらく致命傷にはならない。

 神皇魔法ならどうにかなるかもしれないが、確実とは言い難いし、やはりこの体では使えない。


「万事休す……だな」


 諦めない身体とは裏腹にこぼれる言葉は諦めのもの。心はどんどん折れ始めている気がする。そんな時だった。


「マフユさまっ!!」


 背後から聞こえたその今にも泣きそうな、しかし俺を心配している優しい声。

 振り返るとそこには俺の大切な存在ひとたちが息を切らし、辛そうにしながら立っていた。


「……なんで、こんなとこにいるんだよっ」


 文句を言うように小さくひとりで言葉が漏れる。それでもその言葉とは逆に少女たちの姿を見れて心が安心してしまっている。

 

(全く……感謝するよ。過去の俺に、な)


 俺は今ほど諦めようとしない身体に感謝したことはないだろう。ようやくできた守りたいもの、そして戦う理由。ここで諦めてしまえばそれらも蹂躙されてしまう。それらを再び目にして折れそうだった心に嘘のように力が漲り、身体の痛みも不思議と消えた。それはもしかしたら勘違いかもしれない、現に身体の傷は消えたわけではないのだから。それでも……。


「俺は戦えるっ!!」


 大太刀の柄を力強く握りしめ、身体を律し、俺は黒龍と再び見合った。

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