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英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第二章 止水の舞姫
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戦場 4 黒龍

 鋭い偏角を誇る牛頭の魔物――――ミノタウロス。ギルドの公式のランクは正直覚えていないが、それでもかなり高ランクの魔物にカテゴライズされていた気がする。

 筋肉の鎧を纏い、並みの冒険者ではかなわないであろう膂力を誇るにも関わらず、加えて両手には大戦斧を握っている。まさにウシ金棒おのである。


「その大戦斧ぶきどこで手に入れてるんだよっ!!」


 前々から思っていた疑問を両手で必死に握る大戦斧に乗せて豪快に振り回す。ブンッと豪快な音を立てながら、数匹のミノタウロスの身体に大味な傷跡を残す。


「もう、いっちょーーっ!!」


 戦斧自体の重さに加え、遠心力に身体を持って行かれそうになりながらも、なるべくその力の流れに逆らわずに勢いのまま担ぎ上げ一気に振り下ろす。


――――ガンッ!!


 激しい爆砕音とともに砂埃や岩石に交じって血肉が飛び散る。それらで顔を汚しながら、その生温かくどこか懐かしい感覚に思わず顔を顰めてしまう。

 

(この狂った感覚、どうにかならないもんか……)


 地面を大きく抉っている大戦斧をゆっくりと担ぎ上げながらそんなことを思う。相変わらず戦いの記憶は俺の中で嫌と言うほど深く刻み込まれている。それが冒険者として生き残るには良いことなのかもしれないが、俺はもう少しのんびりとした人生を歩みたいとも思う。


(まあ、俺の場合知らぬ間に戦いに身を投じてしまうんだけどな……)


 どこぞの戦闘狂思考に若干哀しさを覚えると、それに伴って肩に担いだ大戦斧の重みが増して思わずガクッと身体が沈みそうになる。

 そもそも常人なら間違いなく大戦斧こんなものが持ち上がるはずないし、仮に持てたとしても体中が悲鳴を上げるに違いない。そんな超重量の大戦斧を担いでいるのだから身体が悲鳴を上げるのは仕方ないと言えるだろう。


(まあ昔の俺ならこれより重くデカい戦斧を振り回してたけどな……歳かな)


 ふらつきそうな身体を両足で踏ん張って耐えながら、空いている手で胸元のメダルを軽く触れる。この中にある武具には当然のように神の持つ力の象徴とでもいうべき大戦斧がある。それと比べると今持っているミノタウロスの大戦斧などおもちゃのようなモノのはずなのだが、いかんせんブランクがあるせいで重く感じる。


「全く……昔よりはるかに弱くなったにも関わらず大勢を守ろうと戦おうとするなんて傲慢以外の何ものでもないな」


 大きく自分に向かって嘆息を吐きながら、下げていた視線を上げる。相変わらず牛頭の魔物たちが俺を射殺さんばかりに睨んでくる。しかも仲間を半数以上殺されたとあって興奮し、鼻息が荒い。


「むさ苦しいのは勘弁してくれ……」


 肩に担ぐ大戦斧を気だるげに構え直し、残るミノタウロスたちを殲滅するべく一気に踏み込んだ。




「ブッ……モ……」


 肩口から切り裂かれ、その荒い呼吸を繰り返す口から微かな声を上げながら倒れ行くミノタウロスをみならがら俺はようやく、ふぅ、と軽く息を吐き出せた。

 辺りにはせ返るほどの血臭と真っ赤に染まった大地、そしておびただしい数の肉の塊。


「さすがに……疲れたな」


 それらの戦場特有の光景を眺めながら休息代わりに軽く言葉を漏らす。

 戦いが始まってどれくらい時間が経ったのかよく分からないが、森を焦がす炎が先ほどよりも強くなっている。その熱気に加え動き回っていたせいで汗が額から顔に付着した血と混じり合いながら伝い、枯れ草色の外套に赤い水玉模様を創る。


「……結構気に入っているだけどな」


 体中をじっとりと湿らせる嫌な汗を吸った服が異様に重く感じ仕方なしに枯れ草色の外套をグイッと脱ぎ捨てる。別段優れた機能を有しているわけでも無いごく普通の外套だが、俺が殺戮者えいゆうとして戦っていたころからずっと愛用していただけあってかなり愛着がある。まあもちろん替えもたくさんあるのだが。


「さて、と。そろそろあっちが……っ!?」


 地面に突き立ててある大戦斧はすっかり刃毀れ・摩耗しすでに鈍器と化している。そんな一見すれば使い物にならないような武器を持って行くかどうか逡巡しながら都市の方角を眺めていると、突如身を焦がすほどの熱気を帯びた突風と殺気が背後から押し寄せてきた。

 顔を腕で覆いつつ、目を細めて腕の間からその方角を見る。常人から見れば、地上を焼き尽くすほどの業火が夜の闇すらも照らしているようにしか見えない。だが――――。


「本命がここで……か」


 今にも折れてしまいそうなほど頼りなく見えてしまう大戦斧どんきの柄を握りながら夜空の一点だけに集中する。

 闇夜に紛れてその影が徐々に姿を現す。その影は一見すれば鳥にも見える。だが、その影には刺々しさと圧力を感じる。


「……っ」


 生唾を呑み込む音がやけに鮮明クリアに聞こえてくる。それと同時にもう一つ聞こえてくる音がある。

 ミノタウロスの群れを倒してから俺の周囲はようやく落ち着きを取り戻し静寂とは言わないまでもある程度静かになっていた。それでも相変わらずほかの場所には魔物が跋扈ばっこし、耳には雄叫びや悲鳴が嫌と言うほど聞こえていた。

 しかし、今はもうそれが聞こえない(・・・・・)。正確に言うなれば、そんなものに構っている暇がないと言うのが正しい。


――――バサッ、バサッ……


 力強く空気を叩く、あるいは切るような音。その音が聞こえるたびに地上には鎌風が吹き荒れ、血飛沫が上がる。

 未だに彼我との距離はかなり離れてるいはずなのにその絶望的とも言える巨大さと重圧プレッシャーを嫌と言うほど感じさせられる。

 それらの王者の風格とでもいうべき要素が次第に近づいてくるにつれ、そいつの姿がはっきりと闇夜に浮かびあがり、同時にその真紅の瞳と視線が合った(・・・)


――――ズドーーーーンッ


 視線が合った瞬間、その姿は瞬く間に消え、次には激しい地鳴りと共に鎌風と砂嵐が俺の視界を遮った。

 鎌鼬が俺の頬や四肢に無数の浅い傷を負わせ、砂が荒々しく肌を撫でる。


「くっ……」


 身体を縮こまらせ影響を最小限に抑えようと努力する。そんな中でも視線だけは逸らさないようにと、腕の隙間から必死にこの嵐の中心地を見る。


(……動きが無いだけでもありがたいと思うしかないな)


 砂嵐の中央では未だにソイツは微動だにせず、ただ低く唸り声をあげている。

 俺としてもこんな最悪な状況コンディションの中で戦いたくはないので向こうの気紛れには感謝の念しかない。そんなことを想いながら必死に耐えていると、砂嵐・鎌風ともに弱まり始め、いつしか奴の姿がはっきりと顕れた。

 知性を宿した真っ赤な瞳に、鋭い爪と牙、立派な双角、雄雄しい銀の皮膜の翼を持つ。その四肢は巨木のように太く、体躯は鋼のように強靭な筋肉に覆われる。その身を包む黒金クロガネ色に輝く鱗は堅牢さの象徴。


「……こいつはヤバいな」


 その圧倒的ともいうべき差を見せつけられ、思わず笑いそうになってしまう。その笑いは気が狂ってしまったせいか、それとも歓喜の笑いか正直考えたくない。

 いっそ清々しく降参して逃げ出せたらどんなに楽なんだろう、と思いたくもなってしまうが、過去にも今にも俺にはその選択肢はない。


「つくづく今の自分の弱さが恨めしいな……。あと過去の俺も」


 無い強さ(モノ)強請ねだり、同時にある逃げ出さない精神(モノ)をどこか恨めしげにつぶやく。


「はぁ……。こうなった以上、俺のやることは単純シンプルだな」


 嘆息を漏らしながら、眼前に待ち受ける絶望ドラゴンに視線を向ける。そのまま手に握る大戦斧どんきをズドッと勢いよく地面に突き立て、首から吊るされるメダルにゆっくりと手を伸ばし、掴むと同時に無造作に引きちぎる。そして、手に握るメダルにそっと呟くように言の葉を紡ぐ。


「慈愛に満ちる炉の守護者よ、盟約の元に聖炎にて怨嗟を燃やし、我に降りて我が身を纏え――――ヘスティア」


――――ゴーーーーッ!!


 メダルにある真紅の石から癒しの炎が吹き荒れ、俺を優しく包み込む。炎は緋色のゆったりとした袖の無い長い法衣のようなものへと変わり、腕には火をモチーフにした腕輪、髪は長い真紅となる。背には炎の羽衣。そしてメダルは溶けて、流麗な大太刀へと変化した。


「ふぅ……」


 やはりこの姿になれたことにはどこか安心感があり、思わず息が漏れる。

 黒龍は俺から放たれる魔力、あるいは神の力の一端に警戒心を露わにしたようにその慧眼で俺を睨み、その咢から炎の残滓を漏らす。

 そんな黒龍に対して、俺は大太刀の切先をゆったりと向ける。


「悪いが、俺の大切な者たちを守るために死んでくれ」


 その俺には似つかわしくない言葉と共に辺り一帯は爆炎に飲み込まれた。




 大太刀が振り下ろされるたびに慈愛に満ちた業火が、黒龍がその咢を開くたびに万物を灰燼へと帰す無上なる劫火があたりを呑み込む。

 互いを象徴すべき炎は幾度となく衝突しては、消え去る。そのせいで周囲はすっかり焦土と化している。


「……この程度の被害は目を瞑ってもらうしかないな」


 衝突しあう爆炎で周囲の音が聞こえない分、俺のモノとは思えない高い(アルト)声が耳に良く残り、思わず苦い顔を浮かべつつ、都市を管理しているであろう人たちに許せと呟く。

 

「まあ……この程度で終わるはずもないんだけどな」


 大太刀を肩に担ぎながら燃え上がる炎の壁を眺める。

 この炎の壁の向こうからは相変わらず強力な気配と殺気を感じる。さらに嫌なことにその殺気は次第に膨れ上がり始めていると言うところ。

 その重圧プレッシャーに辟易としながら炎の壁を眺めていると、突如その炎が揺らぎ……巨大な影が瀑布のごとき殺気と共に姿を現した。


――――グオオオォォォォォォォ!!


 唸り声と共に食いちぎらんとばかりに迫りくる咢。俺は右足に力を籠めて、サッと躱す。身体の横を大蛇など可愛く見えるほどの首が勢いよく通り過ぎる。


「首が長いのも困りもんだなっ!」


 無防備とも言える首に担いだ大太刀を裂帛の気合と共に振り下ろす――――が。


――――キンッ!!


 金属同士がぶつかったかのような高音と共に、腕を超高度の何かを叩いたような衝撃と痺れが襲った。


「っ!?さすがは龍だな。どこまでも出鱈目すぎるっ」


 金属など問答無用に斬り飛ばすほどの切れ味と、そもそも刃自体が高熱を帯びているのでほとんどの物をバターのように溶かし斬ることの出来るはずの大太刀で、わずか数センチ程度の傷跡しか残せないことに思いっきり毒づく。


(……俺の技量がまだまだってのもあるが、やはり黒龍コレが炎を司る龍と言うのも要因の一つか)


 龍の首を蹴り飛ばして距離を取りながら、頭の中で状況を冷静に整理する。

 龍にも魔法同様に属性があるらしく、それによって使うブレスや耐性なんかも違うらしい。そして目の前にいるこの黒龍は炎のブレスを使っているあたり、炎を司ると龍らしい。そして炎を司るからにはその体制も持っているという事。

 そして俺の神装は現在、炎を司るヘスティアのみ。


「相性が悪すぎるな……。本当に無いものを強請りたくなる」


 臍を噛む思いで握る大太刀に視線を向ける。大太刀コレがほかの属性の武器だったらな、とかなり罰当たりなことを想ってしまう。

 そんなことを考えて本当に罰が当たったのか、視界の外から大木が枝に思えてしまうような、巨大な影が迫っていることに気が付くのが遅れた。


「くそったれっ!?」


 汚い言葉を漏らしつつ、迫りくる巨大でかつ堅牢な尻尾をどうにか凌げないか思考をフル活用する。


(後ろに下がっても範囲外まで出れないっ。なら上か……いや、今からじゃ間に合わない。なら……っ)


 回避するのは今からでは間に合わないと判断した俺はすぐさま、迎撃・・することにした。

 左足で力強く踏み込みつつ、大太刀に魔力を多量に込める。そして――――。


「らぁああああっ!!」


 気合と共に大太刀を振り下ろした。

 大太刀と黒龍の尻尾がぶつかり合う。ギリッギリッ、とぶつかる刃と鱗。その二者が擦れるたびに火花が飛び散るように爆炎が周囲を焦がし、俺の頬を黒く染める。

 しかしその拮抗は長く持つはずも無く、すぐさま俺の身体にあり得ない衝撃が走り、宙を舞った。


「がはっ……」


 地面に叩き付けられ、さらに地面を抉るようにして滑った末にようやく俺の身体は止まった。叩きつけられた瞬間、肺に溜まっていた空気を全て吐き出されたせいか、思考が上手く回らない。加えてあれほどの強打、身体の節々が動くことを必死に拒んでいる。

 それでも俺の身体は危機感を感じて、勝手に動いた。


「っ!?」


 回避行動をとりながら視界の端に映ったのは、真っ黒な炎の一線。その熱波だけでも俺の皮膚からジュゥゥゥ、と嫌な音がする。


「……ふつう、の龍じゃない、な」


 空気を肺に送り込みながら黒龍を見据える。

 その体躯は相変わらず王者の風格を漂わせてるが、先ほどと一つだけ変化している点がある。その体表面に血脈のように赤黒く紋様が浮かんでいる。それは本当に血が流れているかのようにドクドクと波打っている。


「……アレは確か、」


 明らかに視たことがある、あの赤黒い血脈を打つような紋様。そうアレは……。


「また貴方なのね……」


 ヘスティア領での一件を思い出していると、黒龍の上空から聞き覚えのある声がした。胸を押さえながらそちらに視線を向けるとにまたしても見慣れた光景(人影)が不満を表すように佇んでいた。

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