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英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第二章 止水の舞姫
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戦場 3 それぞれの戦い

 魔物たちの雄叫びや冒険者たちのときの声、そしてそれらを瞬間的に掻き消す砲声。静寂と言う文字は確実に奪われていた。


「さすが魔術都市って言われるだけあるわね。あんな兵器モノ初めて見たわっ」


 周囲に携える氷の華を両手に持つ羽扇で器用に操り、魔物たちを切り刻みながらフィリアーナは感心したように呟く。

 彼女の視線の先にあるのは魔術都市の城壁の上から放たれた一条の光。その光が青夜空に一本の道を描くと、その通り道にいた空を飛ぶ魔物たちが一瞬にして灰となっている。


「そうだね。私もマフユと長年旅してるけど、昔はあんなの無かったよ」


 得意の風魔法で魔物たちを牽制するフィンもフィリアーナと同様に感心した様子で夜空の残光を眺めている。


「ただ、放射の間隔が長いところ鑑みるに相当燃費が悪いみたいね。加えてこんな状況じゃ地上に向けて放射できないからギルド長辺りはやきもきしていそうね」

「そのおかげでフィリアはこんなに戦えるんだから、フィリアにとっては良かったってとこかな?」

「……あなたもどこかで戦っている主人と一緒で人の事良く観察みてるのね」


 フィリアーナの嬉しそうな瞳を見ながらフィンはクスクスと声を上げながら軽口を叩くように指摘する。そんな指摘をされてしまったフィリアーナはどこかバツの悪そうな笑みを浮かべながら軽口を返す。


 会話だけ聞けばかなりリラックスし余裕のある状況に思えるが、実際はそこまで余裕があると言うわけでも無い。

 周囲を見渡せばそこはもうかつ見た草原の面影は一切残していない。

 荒野の様に地面がむき出しになり荒れ果て、そこには地獄絵図のように人や魔物が血を流し倒れ、あるいは原型をとどめずに散らかっている。

 そしてそれらの屍を粉砕するかのように魔物たちは半ば狂乱したような状況で途切れることなく襲い掛かってくる。


「せめて魔物の進攻(コレ)が夜に起こらなければ、あるいはこんな乱戦にはならなかったんでしょうけど……」


 レイアードが得意の魔闘拳を駆使し、次々と魔物を屠りながら苦々しく呟く。

 確かにレイアードの言うとおり、いくら予測よりも事態が早く起こっていたとしてもコレが日中ならあるいはまだ余裕があっただろうが、さすがに時間が悪かった。


「まあ、それを含めこちらも準備不足だったという事ね。それにまだこちらには切り札(かれ)もいることだし」


 フィリアーナの言葉に、フィンもルナもレイアードも同一の人物を思い浮かべる。彼さえいればこの劣勢の状況をも覆せると信じて、彼女たちはひたすらに魔物の群れに飛び込んで行った。






目の前には壁にように立ち憚る巨大な影がある。そいつの鋭い眼は俺のしっかりと捉え今にも殺さんとばかりに襲い掛かろうとしている。


「……あの時よりはマシか?」


 そんな言葉を漏らしながらグッと途中で拾った戦斧を両手で構える。

 思い出すのはルナと出逢った村ででのこと。あの時はまともな武装が無く、加えてまだ戦いのイロハも知らないルナを守りながら戦っていただけに今の状況のがマシなのかと思ってしまう。

 目の前にいるソイツの頭部からは白亜の強剛な角が二本生えている。真っ赤な肌とそれをさらに凶悪に見せるような筋骨隆々な体躯。それはまるで鎧のようで、オーガの存在を余計に大きく見せている。


「グルゥゥゥゥ……」


発達した鰐を開き、口の奥からは低いうなり声が漏れ、鋭い牙が見え隠れしている。そんな俺の持たない特徴ぶきばかり見せつけられてしまってはやる気も無くなるが、その最たる武器はそんな生ぬるいものではない。オーガの最大の武器はその体躯から繰り出される膂力でも無ければ、その鋭い牙でも無い。その異様なまでに発達した腕に持つ金棒である。地面を引きずるようにして持つソレは、黒く鈍い光を放っており、表面には棘スパイクが付いてる。


「……あの時の変異種と比べればマシなのは分かるが、やはり勘弁してほしいな」


 溜め息と共にそんな言葉を漏らしながら身の丈ほどある戦斧をグッと担ぎ、地面を力強く蹴る。さすがに戦斧が重く足腰に溜まった疲労と共に痛みが走るが、気にしている暇も休んでいる暇もない。


「ぅおらっ!!」

「グオオオッ」


 歯を必死に食いしばりながら戦斧をスイングする。それに合わせるようにオーガも引きずっていた金棒を軽々持ち上げ振り回す。推定だが100㎏はありそうな金棒を片腕で悠々と持ち上げるオーガ、その纏っている筋肉が見せかけ出ないことをアリアリと見せつけられ、辟易とせざるを得ない。


――――ガキンっ!!!!


 重たく鈍い金属音を周囲に響かせながら俺とオーガは互いに逆方向に吹き飛ばされる。もちろんオーガの巨躯が宙を舞うようなことが起こるはずも無く、向こうは地面をズザザザッと滑っているのに対して、俺は無様に宙を舞っているのだが。


「全く……嫌になる、なっ!!」


 空中で姿勢を整え、着地と同時に戦斧を下段に構えながら疾駆する。金棒を弾いたせいか、オーガは未だに体勢が崩れたままであり、対応が遅れている。好機とばかりに俺はオーガの逞しい腕を戦斧で撥ね飛ばす。

 ズバンッ、と激しく空気を斬り裂く音と共にオーガの腕が金棒ごと宙を舞う。だが、俺の拝借していた戦斧も限界を迎えたようで柄の部分からパキッと音を立てながら、先端がどこかに飛んでいく。

 

「これは使いたくないんだがな……」


 仕方なしに俺は腰の剣を抜剣しながらオーガの腿や腕、肩を階段代わりに軽やかに駆け上がり、痛みに雄叫びを上げながらも俺の眼で追うオーガの口に抜き放った剣を突き刺した。

 ズボッと剣を抜くと同時にオーガを蹴り倒す。そのままズドンッと重たい音と共に大量の砂埃を巻き上げながらオーガは沈んだ。


「流石にオーガの棍棒は使えないな……。それにほかの武器を探すにしても……」


 地面に突き刺さるような恰好で落ちている金棒を見ながら、さすがに使えないなとため息をつく。かと言って血が滴り落ちているこの剣をこのまま使かったとしてもすぐに折れるのが関の山だろう。

 そう思いながらも、休み暇なく魔物たちが俺を殺さんとばかりに四方八方から雄叫びとともに押し寄せてくる。


「勘弁してくれっ!!」


 泣き言のように叫びながら、剣帯に刺さる鞘に手を伸ばす。木製で打撃しかできないが、無いよりはましと変則的な二刀流で魔物を屠る。

 首を跳ね、腕を斬りとばし、脚を折る。そんな感じで確実に魔物の動きを止めるが、それでも鞘は長時間使えず、何度か魔物の骨を折ったところでバキッと砕け散った。加えて左に握る剣も刃毀れが目立ち始めている。


(これ以上は不味いな……)


 なので他の冒険者たち、もしくは魔物が持っていたであろう武器を拝借しようと思ったのだが、生憎ここは魔物の群れの最奥と言ってもいい場所。魔物はたくさんいるが冒険者などいないし、何度も言うが魔物がたくさんいる。


「今度はミノタウロスの群れですか……」

 

 魔物の攻撃を躱しつつ、聴覚を敏感に働かせるとズドドドドッ、と物凄い音を上げながらオーガと違い一対の偏角を掲げながら接近してくる集団が視界に入った。

 その集団は自慢の角や手に持つバトルアックスで進路を妨げる魔物を屠りつつ、確実に俺のいる場所に向かってきている。ミノタウロス(やつら)は龍から逃げてきているだけのはずなのに、どうにも俺を狙い澄ましたかのように向かってくる。


「……どんな運の悪さだよ」


 自分の運の悪さを呪いながらオークの身体を台替わりにしてその場を飛び退く。


――――ブモォォォオオオオッ!!!


 俺が着地した瞬間に先ほどジャンプ台代わりにしたオークがミノタウロスの群れに飲まれ、消え去った。そのままミノタウロスたちが立ち去るのを見守ろうとも思ったが、そんなことすれば都市の近くで無用な被害が出てしまうし、ここで俺が孤軍奮闘している意味もまた無い。

 そして何より――――。


「あいつらのために頑張らないと、な!!」


 脳裏には相棒たち、謎の弟子そして俺のことを見ていてくる可憐な女性たちの姿が浮かんだ。

 今が仮初めの平穏だと言うのは自分がよく分かっている。それでも俺は今の時間が今までの人生の中で一番心地よく、人間らしく生きていると感じれる。

 それを守るため、大切な人たちを守るためならいくらでも穢れ、背負い、傷つく覚悟がある。

 それらを胸の奥にしっかりと刻み込み、俺は地面が陥没するほど強く蹴り、疾駆した。



 都市の方に砂埃を巻き上げながら駆けて行くミノタウロスの群れを弧を描くようにして追い抜き、そのまま進路を塞ぐように前に躍り出る。


「ブモォォォオオオオッ!!!」


 俺の姿を視認した先頭を走るミノがそこを退けと言わんばかりに号哭ごうこくを上げ、自慢の偏角を俺に向けてくる。


「悪いが、ここで死んでくれ」


 貫かんとばかりに肉迫する偏角を寸前のとこで屈んで躱しながら両手で大事そうに持つバトルアックスに手を掛けつつ、そのままミノタウロスの首を撥ね飛ばす。勢いそのままに飛んでいくミノタウロスの身体をスッと避けつつ剣を地面に突き刺し、代わりに奪ったバトルアックスを両手で持つ。


「せいっ!!!」


 バトルアックスを槍のように振り回し、次々と押し寄せるミノタウロスを切り刻む。


「ブモッ!?」


 さすがに次々と俺に前を行くミノタウロス(なかま)が殺され行くことに危機感を覚えたのか、ミノタウロスたちの動きがピタッと止まる。


「とりあえず動きは止めることができたな」


 ドスッと全長が俺の身長を優に超えるバトルアックスを地面に突き刺しながらミノタウロスの大群を眺める。 

 改めてみるとその数はとても多く、50は超えているように見える。しかもその全てが俺に対して威圧するかのように殺気を放っている。


(さっきまでの怯えた目はどこに行ったのやら……。まあ龍と比較すれば見た目がアレだからな、俺は)


 龍から逃げてきた魔物たちからすれば、確かに仲間が殺されはしたが俺など恐れるに足らないだろう。そもそも龍と人間を比較するのが間違っているような気もするが……。


「さて、それじゃあ第二ラウンドと行きますか」


 幸か不幸か、ミノタウロスたちが別種の魔物を屠ってくれたおかげで周りにはミノタウロスしかいない。多対一な状況には変わりはないが、混成されているよりは良いだろうと半ば自分に言い訳するように聞かせながら俺はミノタウロス狩りを始めた。








「くそっ!!さっきから全然進めないっ!お二人とも、大丈夫ですか?」


 途切れることなく、まるで雪崩のように押し寄せる魔物の群れに逆らいながら進むレイアードは魔物の鮮血に顔を染め悪態を付きながら、背後に控えるルナとフィリアーナを気遣う。


「ええ、こっちは大丈夫。だけど……」


 氷の華を自らの周囲にいくつも咲かせながら、接近しようとする魔物を絶命させるフィリアーナ。さすがにここまで乱戦になるといくら彼女の優れた足捌き(ステップ)でも返り血を躱しきることはできず、彼女の踊り子装束のところどころに紅点が出来ている。

 

「私、も大丈夫ですっ」


 フィリアーナの気遣うような視線を向けられたルナは肩で息をしながらも、足は引っ張れないとばかりに力強く返事をする。

 レイアードのような冒険者でも無ければ、フィリアーナのように戦いを好むような性格でないルナにとってこんな戦場を移動しているだけでも精神的にも体力的にも相当厳しいはずなのに、加えてレイアードやフィリアーナがいると言っても完全に魔物と戦わないで済むはずも無く、魔法やマフユに教わった短剣術を駆使しているような状況なのですでに限界を超えていてもおかしくない。

 にもかかわらず、決して弱音を吐こうとせず頑張っているのはやはり最愛の人を想ってのことなのだろう。

 その想いを理解できる、あるいはしているからこそフィリアーナは小さくかぶりを振って少しでもルナの負担を減らそうと、彼女たちの周囲に咲き誇る氷華の間を潜りに抜けてきた魔物を優先的に倒していく。

 ルナの肩の上に座るフィンもまた攻撃に割いていた風をルナと自分の周囲に巡らせ、風の結界を形成しルナの負担を軽くしようと策を講じる。

 

「ルナ、あまり無理しちゃダメよ。大切な彼に会うんでしょ?」

「そうだよ!単独で動いてるマフユにガツンと言ってやらないとねっ!!」

「……フィリアさん、フィンさん、ありがとうございます」


 ルナはそんな二人の気遣いに感謝しながらすっかり重たくなった身体に鞭を打って力強く走る。自分の視線の先にはきっと大切な人が今も傷つきながら必死に戦っている。 

 戦いが得意ではない自分が駆けつけても邪魔になるかもしれない。だが、戦いが終わったその時に傷つき切った彼を癒せるのは自分しかいないし、自分が癒したい。その想いを胸に抱き、ルナは必死にレイアードとフィリアーナに続いた。

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