戦場 2 少女たちの戦い
時は少し遡り、ちょうど破鐘のような咆哮が都市を覆う少し前。
ルナとフィリアーナは冒険者ギルドのある大通りをキョロキョロと周囲を見渡しながら小走りしていた。無論フィンはルナの肩口に、ツルキはローブの下に隠れていた。
「ハァハァ……いませんね」
「えぇ……どこにいるのかしら?」
彼女たちが必死になって探しているのは言うまでもなく、二人の思い人である青年である。
「うーん……おそらくマフユだからどっかの路地裏とかで一人になってると思うんだよね」
「路地裏、か。……普段なら探すのも苦労しそうだけど、今みたいな状況なら逆に探しやすいわね」
長年の相棒でもある妖精の助言を聞いてフィリアーナは思案するそぶりを見せながら、結論を口にする。
確かに普段のような状況下ならこのような巨大な都市の路地裏になんている人間を探すとなれば何日も費やさなければまず発見はできないだろうが、幸か不幸か、今は人の気配が恐ろしいまでにない。それこそ大通りのこんな時間に清楚系美少女と踊り子装束に身を包み扇情的な色香を全面的に押し出している美女が並んで歩いていれば、鬱陶しいほど下品な声をかけてくる冒険者たちがいるはずなのに、今はそれが一切ない。
それどころか、時折灯りを片手にした巡回の兵とすれ違う程度で、本当に人っ子一人いないと言っても過言ではないほどである。
「とりあえず、人の気配がしそうな路地裏とかを探しましょう」
フィリアーナがそう提案し、ルナが頷いたまさにその時だった。
――――グォォォォォ!!!!
龍の力強い咆哮が静寂なる夜を一掃した。
「「えっ!?」」
思わず二人で瞠目し、ルナとフィリアーナは互いに見つめ合う。
そのまま彼女たちはその咆哮が轟いてきた方角をゆっくりと見やる。空が夕焼けのように赤く燃えている。
周囲を見渡せば慌てて建物から出てきて、ルナたち同様に空を見上げて、あり得ないとばかりに口を開いている。
その咆哮はすべての人の時を止めた、そんな印象を与えた。誰一人として、声を出すことも、動くことすらできていない。だた、浅い呼吸を繰り返しているだけである。
「くそっ!!冒険者たち、緊急事態だ!!可及的速やかに外門前に集合せよ、これは龍討伐の緊急依頼だ」
「お、おうっ!!」
バタンッ、と勢いよくギルドの扉が開かれ、中から長い瑠璃色のローブに身を包み、手には長大な杖を持ったエルフの貴公子・ギルド長のラファリアが姿を現した。
ラファリアはその風貌からはおおよそ想像がつかないような力強い声で、時を止められていたかのように動きを止めた人々の身体に活力を戻した。
彼の声によって動きを取り戻した冒険者たちが大慌てで宿やギルド内に戻り戦いの準備を整え始めている。その様子を見てラファリアはひとまず安心したように頷き、少し離れた位置にいるルナとフィリアーナをその澄み渡るような瞳で捉えると、彼女たちに歩み寄った。
「先ほどの私の言葉は聞いていたな?」
「は、はい」
近づくなり彼は一切挨拶等の前置きを無視して、本題に入った。
本来なら王族であるルナに対して不敬も甚だしいことなのだが、今はそれどころではないというのはルナ自身もよく分かっているし、またルナもそういうことは気にしない性格なので何も言わずに、彼の言葉に頷いた。そんなルナの隣はフィリアーナも同じように首肯している。
「よし、ならば悪いが君たちも協力してくれ……」
「も、もちろんです。ただ……」
スッと礼儀正しく頭を下げるラファリアに、大丈夫と告げるルナ。
ただ、彼女は言いよどみ視線も困ったように動き回っている。
そのことを訝しげに思ったラファリアは、そこでここには彼女たちしかいないことに気が付く。ルナとフィリアーナしかいないことに。
「……彼らはここにいないのか?」
マフユとレイアードがここにいないのか、という問いに対してルナは申し訳なさそうに頷くことしかできなかった。
その反応にラファリアは目に見える態度こそ見せなかったが、それでもやはり臍を噛むような思いなのには違いない。
「わかった。とりあえず君たちは彼らと合流するのだろう。ならそのあと頼んだ、伝えておいてくれ」
ラファリアはその場を急ぎ足で立ち去って行った。
「ルナ、仕方ないわ。こうなることは誰も予想できなかったし。とりあえず私たちは一度宿に戻りましょう。私も座長に話をしてこなくちゃいけないし」
「そうですね。レイさんもいるでしょうし、マフユ様ももしかしたら……」
直観的に青年は宿ではなく、最前線へと赴いているに違いないと察しながらも二人は念のためにと宿へ踵を返した。
「あ、ルナ様!ご無事でしたかっ」
宿の前はかなりごった返していた。
慌てるように中心街に向かっていく貴族の馬車やその流れとは逆に緊張した面持ちで外門に向かう冒険者や魔術師の一団などほとんど秩序が無くなっていた。
そんな中で、一際目立つ雰囲気のレイアードがルナとフィリアーナの姿を確認するなら冒険者たちを問答無用で押しのけながら彼女たちの前にやってきた。
「私たちは大丈夫です。それでレイさん、マフユ様をお見かけしませんでしたか?」
「えっ?兄貴はてっきりお二人と一緒かと思っていたのですが……」
「どうやら彼はそのまま向かったようね……。仕方ないわ、とりあえず私は一度座長に会ってくるわ」
「分かりました。それではここで待ってますね」
戻って来てるのではないか、という淡い期待を込めて確認したのが、やはり戻っては来ていなかった。
半ば分かり切っていたとはいえ、やはり少女たちは目に見えて落胆した。だが、いつまでも落ち込んではいられないとフィリアーナはすぐに行動に移せるようにと、座長であるマルレーヌに話を付けに言った。
「ルナ様、これからどうしますか?」
「そうですね……。とりあえずマフユ様に合流しましょう。そのためにお力を貸してください」
「もちろんです!兄貴の元までお連れしますよ」
とりあえずマフユを探しに行くにしても、ルナだけの力では到底どうにもならないと、彼女はレイアードに懇願するように頭を下げた。
もちろんレイアードも兄貴と慕う人の伴侶のお願いを無下にするようなことは無く、任せろと言わんばかりに胸を叩いて見せる。
その様子にホッとルナは胸を撫で下ろしつつ、心の中でただひたすらにマフユのことを想った。
(……マフユ様っ)
ギュッと両手を握りしめるルナ。すると不意に肩口から可愛らしい声が聞こえてきた。
「ルナ、仕方ないよ。マフユは昔から自分が傷だらけになるのは厭わない、損な性格してるんだもん」
フィンがルナを慰めるように、同時にマフユを叱りつけるように言い放った。この場に彼がいたならきっとまた苦い顔をしつつ、項垂れていたに違いない。そう思うとルナはクスッとかすかに笑みを溢した。
「そうね。そんな彼を支えてあげるためにも、私たちもすぐに外門に向かいましょう……。きっと彼はあそこにいるはずだから」
「フィリアさん……」
いつの間にか戻ってきていたフィリアーナがフィンの言葉に力強く答えた。
そしてその言葉にルナとレイアードは首肯し、三人は劫火の柱が上がる空を見上げ、決意したように互いにうなずき合った。
そうして三人は外門へ駆け足で向かった。
外門前の広場はすでに多くの冒険者や兵士たちで溢れ返っていた。そんな中をレイアードが自ら先頭になり、無理矢理かき分けて進んでいく。
「これは……想像以上に混乱しているみたいね。まあ仕方ないのかもしれないけど」
そう溜息混じりに呟くフィリアーナだが、戦場の空気を感じ取ったせいか瞳が爛々と輝いている。だがその輝きもいつもとのモノとは違い、どこか憂いのような感情も少しだけ混じっている。
それはまさにフィリアーナの中の戦闘狂としての性質と最愛の人を想う気持ちの葛藤によるものだった。
「フィリアさん、大丈夫ですか?」
そんな彼女の些細な変化に気が付いたのはルナだった。ルナは彼女の瞳に映る微かな憂いを察知し、心配そうに彼女を見つめている。
「……いつまでも迷っていても仕方ないって分かってはいるのだけどね。どうにも彼のことを想うと戦闘に喜びを感じる自分が嫌になっちゃってね」
「それがフィリアさんならマフユ様は決して嫌いになんかなりませんよ。それにその力はマフユ様のお背中を守ることができるのですから、私からすれば羨ましい限りですよ。ですから……」
ボソッとつぶやくフィリアーナを励ます、あるいは本気で羨ましがるルナ。
そんな彼女の表情を見てしまっては、フィリアーナとしてもこれ以上悩むわけにはいかない。何より彼の力になれるのなら、思う存分に闘おうと思えてくる。
「そうね……悩むのは全てが終わってから。そのためにも私は思うがままに戦闘を楽しませてもらうわ」
そのまま少女たちはそれぞれの決意を秘めながら、外門を潜り草原に躍り出た。
潜り抜けた先に待っていたのは魔物の大群だった。
「ちょっと、この数は予想外っすね……」
その数の多さに思わずレイアードは足を止めてしまう。彼はBランクの冒険者であり、かなりの修羅場を潜り抜けているはずなのだが、その彼を以てしてもその数は驚きを隠せないものだった。
レイアードですら体験したことない数なのだから、ルナはもちろん高度な戦闘技術持つフィリアーナが体験したことあるはずもない。
それでも彼女たちが怖気づかなかったのはフィリアーナの場合は持ち前の性格であり、ルナの場合はやはりマフユと過ごした時間があるからであろう。
「とりあえず兄貴を探そうとは思うんですが……」
「ンー、マフユだからきっと強敵が多いとこにいるはず。だから最前線か、もしくは……」
フィンはスッと視線をとある方角に向ける。その視線の先には空すらも焦がす劫火が吹き荒れている。
「わかりました。とりあえず、俺が道を開くのでお二人は付いてきてください」
マフユの弟子としての矜持か、あるいはマフユとの約束か、二人の安全を確保するためにレイアードはスッと前に躍り出て、そのまま力強く地面を蹴り、魔物の大群に突っ込んでいった。
嵐のごとく繰り出される拳と蹴り。それに飲まれ、魔物たちは瞬く間に絶命し、血と肉の雨となりレイアードに降り注ぐ。
すっかり彼の茶色の短髪は赤く染まり、額からは汗のように魔物たちの血が流れ落ちていく。
「……なるほどね。彼とともに旅しているだけあって、なかなか強いわね」
レイアードの闘う様子を後ろから見ながら、フィリアーナはどこか嬉しそうにつぶやく。
そんな彼女だが、もちろんただ黙って付いて行くなんてことがあるはずもなく、その長く健康的な脚で横から接近するオークの首を一瞬にして跳ね飛ばしている。
しかし、彼女の場合はマフユやレイアードのように返り血を浴びるようなことはなく、独特の舞のような足捌きで華麗に魔物を屠っている。
「お二人とも兄貴らしい人物はいましたか?」
「残念ながら見当たらないわ。それどころか、ほとんど人も見かけないし……」
「確かに魔物の数が多すぎますね……。レイさん、あまり無理はしないでくださいね」
かなり戦場の奥深くまで来た三人。
さすがBランクの冒険者だけあり血を拭いながら振り返るレイアードの顔に疲労の色は見えないが、それでも二人のために魔物を屠り続けているせいで魔力はかなり消耗している。
そんなレイアードを気遣うルナだが、レイアードは問題ないとばかりに快活に笑いながら、ブラック・エルクの身体を自慢の拳で貫く。
さすがに魔物の大群の中心まで突っ込んできただけあり、周囲にはほとんど人影は見えず、時折出会う人々は一様に瞳から光を失った者たちだけである。
そんな彼らの横をルナは沈痛そうな面持ちで駆け抜ける。ルナとしてもここまで酷い戦場は初体験であり、その光を失った人々をとある人物に無意識的に重ねてしまっている。
(マフユ様、ご無事でいてくださいっ……)
心の中で最愛の人の無事を祈るようにしていると不意に横でルナを守るようにして戦っているフィリアーナが声を掛けてきた。
「大丈夫よ……彼がこんな場所で倒れるはずないわ」
辛そうな表情をするルナの様子に気が付いたフィリアーナが優しい姉のような笑みを浮かべ魔物を屠りながら、貴女の考えていることが杞憂だ、と自信満々に告げる。
その自信はある意味ではマフユと戦ったことがあり、同時に背中合わせで戦ったことがあるからこそのモノかもしれない。
「……そうですよね。マフユ様のすごさを良く知っている私たちが信じないとだめですよねっ!」
同様にマフユの強さを知っているルナはその言葉を強く首肯した。
「その通りよっ!さあ、彼のもとに急ぎましょう」
そのようなやり取りをしながら三人は青年と合流すべく、魔物の大群の中をただひたすらに駆け巡った。
すいませんが、最近の忙しさのせいでかなり急ぎめにかきあげるという事をしているので、著しいクオリティーの低下があると思います。
なので当面の間は一日2話更新の固定ではなく、週によっては一話になることがあると思いますが、ご了承願います。




