追憶の断片
どうして笑わないのか、そう問われて心のどこかで思わず喜びを感じてしまった。自分のことをそこまで見て、そして心配してくれる人物がフィンやツルキ以外にもできたという事に心が潤されていく。
それと同時にやはり俺は未だに笑えてないのか、と気づかされてしまった。自分的には笑えているつもりなのだが、やはり失ってしまったものはもう戻らないらしい。
「……えっと、お話しにくい内容なのでしょうか?」
だんまりとしてしまっている俺の態度から、俺が話すのを嫌がっていると思ったルナが申し訳なさそうに顔を俯かせている。その隣のフィリアーナも同様に難しい表情を浮かべている。
「いや、別に話したくないとかじゃなくてだな……。こればっかりは俺からどう説明していいか分からないんだよ」
困ったように後頭部を触りながら二人に釈明する。
現に俺が笑えていないと言うのに気が付いたのも、過去にフィンに指摘されてからようやく気が付いたようなものだし。
なのでどう説明していいのか手段を持ち合わせていない、と二人に告げていると不意に肩の上から慈愛に満ちた声が聞こえてきた。
「説明はいらないよ。今までマフユが体験してきたことをそのまま話せば、二人の質問の答えになるから」
「いや、あんな血生臭いような話をしてもだな……」
フィンの提案にはかなり驚いてしまった。
正直、俺の今までの人生を語ったところで彼女たちの求める答えにつながるとは到底思えなかった。加えて彼女たちにとって聞くに堪えないような話ばかりになってしまうと思うし。
そんな理由から言い淀んだ俺だったが、ルナとフィリアーナ、二人の女性は聞く覚悟があるようで、すっかり口を閉ざしたまま静観を貫いている。
「二人も覚悟があるみたいだし、今さらマフユのこと変な目で見たりしないから安心しなよ」
私の言葉を信じて、と言わんばかりに微笑みを浮かべる相棒。そのように言われてしまっては俺もこれ以上駄々を捏ねる訳にはいかない。
フーッと大きく息を吐き出し、腹を括った。
「それなら話すが、正直聞いていて気持ちのいい話では決してない。途中で嫌になったら言ってくれ、主そこで話を止めるから……」
そう前置きをして、俺は二人に聞かせるように語り始めた。
あるいは自分への戒めのように、忘れることは許されない、と言い聞かせながら記憶の糸を少しずつ手繰り寄せ始めた。
俺が始めて誰かの命を奪ったのは物心つく前だった。
暗黒街――――そう呼称される云わばスラムのような場所に俺はいた。
当然スラムと呼ばれるだけあり、治安は悪い。もちろんこの時代、冥王のせいで世界中の治安が悪かったのだが、暗黒街はその中でもずば抜けて悪かった。
何せそこは都市の中にあるスラムではなく、都市の外に創られたスラムなのだから。
当然のように魔物は跋扈し、魔物が人を食らう光景、または人が人を食らう光景など毎日のように血の匂いで溢れていた。
それでも人が減少しなかったのは魔物を食らう人も当然のようにいたし、極貧の者が流れ着いたり、強姦も赤子を棄てるというのも日常茶飯事だった。
そこには法も秩序も罪もない。弱肉強食、その一言に尽きる世界だった。
そんな場所にいたせいか、俺も当然のように他の命を奪った。
もちろん人を食べようとは思わなかったが、自分を守るために人の命を幾重に奪った。そんな普通の思考からすれば地獄のような生活を数年ほど経験した。
それから俺の世界はまた変わった。
俺は何者かによって黒い塔に連れて来られた。あの時のことを俺はあまり覚えていないが、奴らは確か冥界の神を崇拝している狂信者たちだった。
やつらは口々に俺に語りかけていた、「お前は眷属になる可能性がある」だの「我らの神のために御身をささげよ」、煩わしいほど言っていた。
もちろんその塔には俺以外にも多くの死んだ、あるいは絶望した目をした奴らが大勢いた。
そいつらも俺同様に口々に言われ、そしてともに戦闘訓練を施された。まああれは訓練というなの淘汰だったと今なら分かるが。
要するに同じ檻に入れられ、見世物のように殺し合いをさせられる。その戦い、あるいは血や肉と化した敗者は神の供物となったとされ、生き延びた一人だけが次の檻に入れる。
檻の外では狂信者たちが蠱毒の原理などと叫んでいたような気がするが正直どうでもいい。俺はその檻の中で数年血を浴び続け生き延びた、化け物なのだから。
もう幾度目とも分からない檻での戦いに勝利した俺は、いつも通り血の海の中で身体を休めていた。
あの頃の記憶と言えば、赤い世界と鉄の生臭い匂いで構成されていると言っても過言ではない。そんな折の中で横になる俺はふといつもとは違うことに気が付いた。
檻の周りに人がいない、加えて何やら騒がしさがある。その喧騒はどんどん広がり、同時に熱がどこからともなく流れ込んできた。
熱といっても、誰かに抱きしめられる温かく心地の良いものではない、純粋な熱さ。
その熱とともに俺のいる部屋までやってきたオレンジ色の波は瞬く間に視界を染め上げた。
普通ならここで慌てるのだろうが、俺にはその心が無かった。いっそこのままその波に飲み込まれたいとすら思った。
しかし、その願いが聞き入れられることは無く、その波は俺を呑み込むことは無く、ただ檻と黒い塔を灰燼へと化しただけだった。
いつ振りかに見た空は灰色の雲に覆われ、俺の身体を嫌と言うほど濡らした。
ザーッザーッ、と煩いくらい降りしきる雨の中、俺は瓦礫の山の中に佇んでいた。周囲にはこれと言って目立つモノは無かった気がする。
ただそんな雨の中、俺は導かれるようにどこかに歩き出した。それは無意識だった、本能あるいはなにか作為的な力かもしれない。
何もない、禿げた灰色の地面。そこに脚を踏み入れると別々の方角から足音が聞こえてきた。現れたのはどちらも自分と似たような恰好と強烈な血の匂いを放つ少年たち。
違うとすれば放つ雰囲気だろうか。片方は高貴、または孤高を思わせ、もう片方はどこか愉悦に浸るような炎を瞳に宿していた。
俺たちは互いに視線を巡り合わせ、そして全てを悟った。
――――同じ境遇を今まで生き延びてきた同士
――――これから似た運命を辿る友
――――そして最後は殺し合う敵
それを本能が察し、それ以降は目を一切合わさずにまっすぐに進み、互いにすれ違いながら別々の方角に向かって行った。
この時が後の英雄と呼ばれる者たちの最初の出会いだった。
そこで俺は一度思考の旅を止め、視線をルナとフィリアーナに向ける。
案の定、二人の顔は真っ青になっていた。まあ当然の反応と言えるだろう。
「どうする?辛いならもうやめるが……」
「い、いえ……お願いします」
「ええ、私も聞くわ。もちろん、あなた自身が辛いな強要は出来ないけど……」
二人の声にハリが無く、心なしか震えていた。それでも聞くと強い意志を示したのであれば、俺自身止めるつもりはない。彼女たちの求める答えが俺の話にあるというのだから。
「分かった。なら少しだけ休憩しよう」
そう告げて、俺は窓を開ける。
湿った生暖かい風が頬を撫でる。いつもならこの風に不快感を感じるのだが、昔のことを思い出したことが原因なのか、今はそれに心地よさを感じている。
俺の心の随分と苛まれているらしい。
生ぬるい風で少しだけリフレッシュした俺は、そのまま振り返り未だに顔色が悪い二人の為に水を入れてやる。
「マフユ様、申し訳ありませんっ」
「別に気にするな。というか俺の話で気分が悪いんだし」
水をくむ俺に申し訳なさそうに近寄ってくるルナ。だが、やはり気分が相当悪いようで足取りが重く、ふらふらしている。
「い、いえ……私たちが無理やり聞いているので……」
気丈に振舞おうとするルナを諭して椅子に座れせておく。
そして元気のない彼女たちの前に程よく冷えた水を差す出す。
ルナもフィリアーナもか細く謝辞を述べた後、ゆっくりと水を口に運ぶ。さすがに飲んですぐに気分が良くなったりはしないが、それでも徐々に彼女たちの顔に血色が戻り始めている。
「少しは良くなったか?」
「はい、申し訳ありません」
「気を遣わせてしまって悪いわね……。それにしてもあなたの英雄の一部って意味が少しだけわかったわ。ほかにもいたのね、あなたと同じように戦っていた人が」
そのフィリアーナの言葉にはルナも弱々しく頷いている。
まあ二人には英雄の一部としか話していないし、当然と言えば当然だろう。それに俺は他に多く命を賭した人がいたからこそ英雄と呼ばれているんだ、なんて言うタイプでもないからな。
「まあ、その二人については今度別の機会があれば話すさ。それよりも続き、いいか?」
血色がよくなりつつあることに安堵しつつ、二人の許可を取ってから再び記憶を遡及した。
それから俺は神々の使いになった。
まあ端的に言ってしまえば、単なる使い走りと言うのが適切だろうが。
俺は生まれた意味を求め力を欲し、神々は俺に力と答えの場所を啓示した。ようするに互いの利害が一致した形だった。
そこからの戦いも当然のように、今まで同様に血生臭い世界だった。
魔物を切り殺し、冥王に力を貸すモノは問答無用で灰燼にし、俺の答えのために多くの命を奪った。
そんな旅の中でフィンやツルキと出逢えたことは大きな財産となったが、俺にとっては失われたあるいは奪ったものが多すぎた。
欲した答えも、そしてそこから続く道も俺を苦しめるものばかり。それが俺にとってあるいは相応の罰なのかもしれない。
とどのつまり、俺は英雄ではないし相応しくも無い。単なる殺戮者でしかないのだから。
「と、まあ色々と省いた部分もあるが、コレが俺の今までの人生かな」
久々に長々と語っていたせいか、喉に渇きを感じたので、テーブルに置いてあるコップに手を伸ばした。
すっかりぬるくなってしまってはいるが、この際気にせずそれを煽る。
しかし、その不味さにウッ、と思わず吐き気を催した。過去のことを思い出してしまったせいか、口の中に鉄の味が嫌と言うほど広がり、胃や心臓を鷲掴みにしてくる。
幸いにもそこまで表だった態度が出ていなかったのか、ルナとフィリアーナは気が付いた様子が無い。
(……っ)
二人に気付かれないようにと、無理やり口の中の生臭い液体を飲みほし、鷲掴みにしてくる感覚を押しやる。
そのまま窓に視線を向けると、そのガラスには酷い顔をした男が映っていた。
「さて、二人にとって答えが得られたかは分からないが、俺は少し出てくるな」
そのまま二人の顔は一切見ないで、そそくさと外套と剣を携えて逃げ出すように部屋を出た。
青年が立ち去った後の部屋には女性のすすり泣きが小さく木霊した。
それは最愛の人に絶望、あるいは恐怖してしまったからではない。最愛の人の心の傷の大きさがあまりにも計り知れないものだったからである。
日頃からその人は笑わなかった。それでもどこまでも優しくいつも自分に安心感を与えてくれている。
なのに自分はそんな人に何もしてあげられていない。あまりも深い心の闇、その一端を知ってしまい、自分の無力さを呪った。
その横にすわる女性もまた、同じように悲しみに暮れていた。
なぜあれほど強いのに戦いに興味を持たず、むしろ嫌うのか理解できなかった。闘争を求める自分かrすれば不思議だったのだが、今の話を聞いてしまっては、むしろ自分の浅ましさが嫌になった。
彼に戦いを求めた自分が嫌、彼とともに戦うことに喜びを感じていた自分が恥ずかしい。そんな思いが彼女の心を容赦なく潰しにかかっていた。
そんな二人に対して妖精は小さな口を開いた。
「別にマフユは二人に悲しんでほしいから話したんじゃないよ?二人を傷つけるために、忘れたい過去を口にしたんじゃない。二人が知りたいって、そしてマフユも心のどこかで知ってほしかったんだと思う」
昔のマフユなら絶対に口にしなかったもん、と出ていった青年を思いやるように呟く。
それはどれだけ青年が二人の少女に心を開いているか、言外にそれを伝えていた。そう言われた二人は溢れる涙を拭って、妖精を連れて青年の跡を追うように部屋を出た。
無駄に話数が増えている。予定外です。




