魔術都市シャルド 2
その都市の風景は一風変わっていた。パラス領最大都市・シャルド、この街には王族が住むにも関わらず城がない。そのかわりに都市の中央には巨大な塔のような建物が建っている。外観は円錐、あるいは平面的に視れば台形に近く、上空から見ると中空管構造になっているとても不可思議な建物である。魔術塔・バヘル、コレがその塔の名である。
シャルドはバヘルから放射状に街が展開している。そしてそれらを囲うように巨大な外壁が建設され、外壁上には色々な魔法道具や砲台が並んでいる。
そんな堅牢そうな城壁を俺は御者台の上からぼんやりと見上げる。
(……かなり殺伐とした雰囲気が漂っているな)
確かに砲台などが設置されているのは当たり前の光景なのだが、それらを使えるようにするために外壁上を忙しなく人が動き回っている様が遠目にも見て取れると言うのは、それだけ切迫した状況なのだろうと言うのがアリアリと伝わってくる。
「流石にここまで来るとピリピリとした雰囲気が嫌でも伝わってくるわね……」
「その割には随分といい顔しているように見えるのは俺だけか?」
「あら、それは何かの誘い文句かしら?ルナもいるのに罪作りな人ね!」
幌から爛々とした瞳をのぞかせながら周囲を伺うフィリアーナの姿に思わず肩を竦めてしまう。そんな俺の態度を気にも留めず、むしろ軽口で返してくる辺り彼女の豪胆さと言うか欲に忠実な部分が良く分かる。
「はぁ……もういい。それで、俺たちが先頭でいいのか?」
「張り合いがないわね。まあそれはいいとして、問題ないわ。衛兵とかの対応は私の方でするから」
そのまま、表面上は面白みがないと言わんばかりの態度を取りながら幌の中に戻って行く。しかし俺は見逃さなかった、フィリアーナの口元がわずかに綻んでいたことを。
(……あれは間違いなく強者との戦いの匂いを嗅ぎ取ったんだろうな)
戦闘狂の豪胆さに若干たじろぎつつ、ふと後方に視線を向けると、フィリアーナの所属する一座の馬車とその数少ない護衛の馬車が整然と並びながら付いて来ている。その数は減ったながらもやはり集団の先頭にいると言うのはどこか心地が悪い。
「マフユ、居心地が悪いって顔に出てるよ」
「……仕方ないだろ、俺は集団を率いるタイプの人間じゃないんだから」
口元を手で隠しながらもニヤニヤしているのが見て取れるフィン、とても悪そうな顔をしている。その理由は言わずもかな俺をからかえるからであろう。もちろんソレが嫌がらせ成分だけでなく俺の気持ちを少しでも軽くしてくれようとしている気遣いがあるのは理解しているのだが……。
(なんだろ、このすごく負けた気分)
この含みのある様な、悪女を思わせる笑みを見せつけられるとどこか負けたような気分になるのは俺の性分のせいだろうか。
(今も俺の頬を楽しそうに突っついてるし……)
まあフィンが楽しそうならいいか、と半ば無理やり自分を納得させつつ、シャルドまでのそこそこ舗装された道を行き交う人々の様子を窺う。行き交うと言うよりは、一方的に逃げてきてるという方のが正しいのだが。
その足取りはとても早く、表情はみんな一様に怯えている。
「こりゃあ、完全に知れ渡ってますね。兄貴、どうするんすか?見たところ冒険者も結構いるみたいっすけど……」
「まあ戦うも戦わないも自分次第さ。それが冒険者だしな」
手綱を握っているレイアードが苦々しく口を開いた。そのこめかみには青筋が立っている。おそらく逃げると言うのはレイアード的に許せないのだろう。日頃威張っているならこんな時ぐらい逃げるな、そんな心情があるのだろう、あくまでも予想でしかないが。
そんなレイアードの堪忍袋の緒が切れないように適当に宥めつつ、先ほどよりもさらに巨大になった外壁を眺める。この距離にまでなるとさすがに外壁の内側から喧騒が聞こえてくる。それは人々の声もあれば、警報のためのアラーム音、そして金属を引きずるような音などさまざまである。
「なんか戦争前って感じの……物々しい雰囲気ですね」
「まあそんな感じか……下手したらそれ以上の状況だからな。まあもちろんルナは俺が守るから安心しろ」
雰囲気に当てられたのか、幌から顔を出しながら周囲を伺うルナの表情が不安に歪み、両手を胸の前でギュッと握りしめている。それでも決して目を背けようとしないのは王族としての血なのか、それとも彼女自身の心の強さなのか、あるいは両方かもしれない。
そんな健気なルナの頭をそっと撫でる。馬鹿の一つ覚えかもしれないが、これで彼女が安心してくれるなら俺はいくらでも撫でる。安心したような表情を綻ばせるルナ、そんな彼女を見たあと、俺は馬車に乗る一人一人の顔を見て、全員に聞こえるように言葉を発した。
「おそらく今回はかなり辛い戦いだろうな。だけど俺は戦うからには負けるのだけはごめんだ、そしてそれ以上にここにいる誰かが傷つき欠けて欲しくないと思っている。だから絶対に死ぬな、無茶するな」
「ふふっ、マフユがそんなこと言うなんて珍しいね!」
「おとぎ話に出てくる英雄みたいね、カッコいいわよ」
「マフユ様も決して無理はなさらないでくださいね!」
「兄貴とともに戦えるの楽しみにしてるっす!」
珍しく柄にもないことをしたらフィンには驚かれ、フィリアーナにはからかわれ、ルナに釘を刺され、レイアードは闘争心に火が付いた。
何となく予想外の展開にどうしていいか分からなくなり、結局頭を掻きながら空を眺めることしかできなかった。
「お前たち、何者だ?今シャルドは厳戒態勢が敷かれている。観光などの目的なら早々に立ち去れ」
外門に差しかかると、待機していた衛兵たちに奇怪な視線を向けられた。まあそれも無理はないなと思いつつ、俺の横に座って待機するフィリアーナに視線を向けた。ちなみに今はレイアードとツルキだけが幌内にいて、俺は狭い御者台の上で手綱を握りながら右にルナ、左にフィリアーナ、肩にフィンと両手に華状態になっている。そんな状況のせいもあるのか、衛兵の言葉に棘がある。
「私たちは旅の一座です。後ろの馬車の何台かにうちの団員がいて、ほかは護衛の冒険者の方たちです。厳戒態勢と聞こえましたが、何かあったのですか?」
さも何も知らないと言わんばかりに白々しく聞き返すフィリアーナ。だが、さすがルナ以上に腹芸の持ち主という事もあり、まるで違和感がない。さらに彼女自身の色気をいかんなく発揮し、衛兵の顔が赤くなっている。
「え、えっと、だな。ここから南に行った場所に龍が顕現したのだ。そ、それの対応があるために、限界体勢を敷いている」
「龍ですか!?それは大変ですね、どうしましょうか?」
衛兵は完全に色気に当てられたのか、口調が軟化し、たどたどしくなった。周囲にいるほかの衛兵たちも一様に顔を赤くし、こちらを強いては俺の両サイドを眺めている。
そんな衛兵たちには目もくれず、フィリアーナは見事な演技を続ける。うん、女って怖いな、とある意味この世界の不条理な現実に直面しつつ、平静を装って俺も演技に参加する。
「ギルドも方も緊急で依頼を出しているだろ?なら俺たちも一端の冒険者として今回の事案に関わろうと思うのだが?」
「そ、そうか!それは助かるな。ならギルドの方に顔を出してくれれば詳しい話は聴けるはずだ」
「分かった」
簡単に返事をすると俺はすぐさま手綱を緩め、馬たちを進めさせる。
外壁を潜り抜けると、まず目に付くのはやはりバヘルだろう。その威圧感と言うのは城と比較しても劣らない。それから街を簡単に眺める。建物は一様に灰色に近い色をしたレンガ造り。だからと言って殺風景かと言えばそう言うことは無く、窓枠や看板は赤や緑などカラフルだし、街路樹なども多く植えられている。
(こんな状況下じゃなければかなりにぎわっているんだろうな)
そんな感想を代弁するかのように、目端には怯えた表情をする住人や忙しなく駆け回る兵士のような人物、それに怪しげな道具を持ったローブを着た人物などが頻繁に映り込む。そんな彼らも俺たちを見ると異様に驚いた表情を見せる。
それも無理はないな、と思いながら後方に続く馬車の集団を思い浮かべる。俺たちに続くように続々と馬車が入国していく、普段なら当たり前なのだが、今の状況下だと珍しいに違いない。
「さて、と。フィリアーナ、これからどこに向かう?」
「とりあえず冒険者ギルドに向かってもらえるかしら?情報も得られるだろうし、何より護衛の任を解かないとダメでしょ?」
「まあ俺たちは半ばフリーだが、後ろの冒険者たちはそうだもんな。分かった」
俺はそのまま手綱を握る右手を軽く引いく。すると馬車は進路を変え、大通りを東に進んで行った。
武器屋や道具屋、さらには魔術都市ならではの魔法道具の専門店など冒険者に必要な物資を扱う建物が軒を連ねる街道を馬車の一団が行くと言うのはかなり目立つ。しかもその先頭の御者台に絶世の美女とも言うべき女性が二人も乗っていれば尚の事だろう。いつも以上に視線を感じて、ものすごく落ち着かない。
「あ!マフユ、あそこじゃないかな。あの人だかりができてるとこ!」
俺の髪の毛を握りしめながらフィンが空いている方の手で方角を指差す。俺も釣られてそちらに目を細めながら見てみると、確かにフィンの言うとおり人だかりができている。その建物は周囲よりも大きい、アレがおそらくこの都市のギルドなのだろう。
「フィリアーナ、どうする?さすがにあの混雑だと、とてもじゃないが全員は邪魔になるんじゃないか?」
「そうね……それじゃあもう少し進んだら端で止めてもらえるかしら?そのあと私と座長だけ残ってほかの団員は先に宿にでも行ってもらうわ」
俺はフィリアーナに指示された場所に馬車を止めると、彼女は軽快に、しかしその所作は優雅に御者台から降りて行った。
その後ろ姿を軽く見送ったあと、俺は幌内で待機するレイアードに指示を出す。
「悪いが先にギルドに行って情報収集してきてくれないか?お前のランクを示せばかなりの情報が手に入ると思うし」
「了解しました!そじゃあ少し行ってきますね」
颯爽と馬車を降りるレイ。こちらもその姿は様になっており、やはりイケメンはずるいな、とどうでもいいことを思ってしまう。
「マフユ様、これから私たちはどうしましょうか?」
「んー、とりあえずは情報を得てからだけど、俺たちはギルドとは基本別行動しよう」
「単独で動くと言う事でしょうか?」
「まあ、そうなるな。多少リスクもあるが、あまり注目を集めると逆に動きを制限されかねないし。それに、あの事も気になるからな」
そう言うとルナは周囲をキョロキョロと見渡してから、俺の耳元で小声で聞いてきた。
「……フィリアさんのことですか?」
「ああ……まあそっちはルナに任せるよ」
ポンっとルナの頭の上に手を乗せる。するとルナは両手を握りしめて「お任せください!」と力強く返してくれた。本当に頼もしいし、とてもかわいい。
「あらあらお熱わね、お二人さん?」
いつの間にか戻ってきていたフィリアーナがからかうように声を掛けてきた。そんな彼女に俺は軽く肩を竦めてみせる。
「それで、どうなったんだ?……って聞くまでも無いか」
俺たちのいる馬車を追い抜くように一座の馬車がゆっくりと進んで行く。加えてフィリアーナの後方で待機する老婆がいることから状況はある程度推測できる。
「さっき話した通りよ。これだけ少なくなれば大丈夫でしょう」
「だな。それじゃあルナ、俺は馬車を停車スペースに置いて来るからフィリアーナ達と待っててくれ。フィン、お前はどうする?」
「私はマフユに付いて行くよ」
「わかった。それじゃあちょっと待っててくれ。なんならギルド内にレイの奴がいるから先に行っててくれてもいいぞ」
俺は後方に馬車数台を引き攣れて停車場に向かった。
木陰にある停車場に馬車を止め、馬たちを軽く労ったあと、近くにあった窓からギルド内の様子を見る。そこにいる冒険者たちは筋骨隆々の強面というある意味で冒険者と分かりやすい者もいれば、サラサラの髪を靡かせるキザな者など多様だが、その中でも他と違うのはやはりローブを着た集団が多いと言うとこだろうか。さすが魔術都市と言われるだけはあるな、と感心してしまう。
「マフユ、早く行こうよ!」
「ああ、そうだな。待たせてるかもしれないし」
俺は枯れ草色の外くたびれたような外套の中から聞こえてきた相棒の声に従って、ギルドの表に向かった。その際、やはり後方から冒険者たちが付いて来るという慣れない状況に陥ったが。
(なんか知らないうちに俺が護衛たちのリーダーになってないか?)
居心地の悪さに身体を縮めながら俺は知らぬ間に足取りを早くしていた。
「あ、マフユ様。お疲れ様です」
「悪いな、待たせた」
ギルドの入口付近にルナたちは律儀にも待っていてくれた。俺はそのまま彼女たちを引き連れて異様な雰囲気漂うわせるギルド内に脚を踏み入れた。




