意志 3
この日は空が茜色に染まった辺りで馬車が動きを止めた。途中の魔物との交戦を含めると昨日よりは明らかに進んでいない。当初の計画を聞いていないので順調なのか分からないが、予想ではかなり支障を来していると思う。
(それでも止まったという事は……おそらく)
周囲を見渡すと護衛の冒険者たちの疲労の色が見て取れる。まだ出発して二日だと言うのにここまでという事は、それだけ魔物との交戦が多いという事を暗に意味している。
だからと言って冒険者たちの疲労が激しいから休息を早めにしたというわけでも無い。その理由はおそらく――――。
「少しだけ時間いいかしら?」
幌から出て周囲を観察していると、タイミングを計ったかのようにフィリアーナが声を掛けてきた。その言い草は相変わらず誤解を生みそうなものだが、今回は神妙な面持ちのためそれも杞憂と終わった。
「別に良いが、俺だけで良いのか?」
「とりあえずはあなただけで大丈夫。そのあとルナたちにも話は聞いてもらいたけど……」
「分かった」
そう言って俺はルナたちに事情を話し、ねずみ色のクロークに身を包むフィリアーナの後に続いた。
雑多に並ぶ薄く煤色に染まった天幕の間をすり抜ける様に進むと、他より圧倒的に大きな二つの天幕が見えてきた。その二つの天幕を囲うように冒険者たちは天幕を張り巡らせているようで、視界は天幕に覆われていると言っていいかもしれない。
「ここに一座全員がいるのか?」
「そうよ。右が女性用で、左が男性用。それでこれから来てもらうのは右の方よ」
ふーん、と気の抜けた返事を返した。別に天幕は寝るためだけのもので、今の時間なら入っても問題は無い。現に右の方からも男が出入りしているのが見えるし。
俺は前を行くフィリアーナに続き、その天幕の入口を潜った。中は物がそれほど置かれておらず、本当に今日休むためだけと言った印象を与えた。
ただそんな場所だけに人は思いのほか入れるようで、かなりの人が視界に入る。耳を忙しなく動かす獣人に、筋骨隆々の男性、フィリアーナと同じような踊り子と多様な面々。そして余所者の俺はそれらの視線を俺は一手に受けた。好奇の眼差しがほとんどだが、中には冒険者を嫌うような嫌悪の視線なんかも向けられた。
(まさに針の筵、だな)
視線をフィリアーナの背中に固定して目を合わせないようにしながら、そんなことを思う。
「おい、フィリアーナ。そいつは誰だ?」
声を掛けてきたのは灰色の短髪の青年だった。視線を合わせないようにしてるので詳しくは分からないが、彼も一座の一人のようで両手には抜身の曲刀が握られている。どんなパフォーマンスをするのだろうか、などとどうでもいいことを考えていると、その曲刀を俺に向かって突き付けてきた。
「マーカス、止めて。彼は客人よ」
「ふんっ!どうせ、頼りない冒険者の一人だろ?」
この天幕の中でも特に俺を嫌うかのような視線を目一杯向けてくるマーカスと呼ばれた男。まるで親の仇だ、と言わんばかりである。
俺は辟易とした視線をフィリアーナに送ると彼女も呆れたと言わんばかりに溜め息を付いた。そのまま言い含めてくれるのかと期待したのだが――――。
「彼は私よりはるかに強いわよ……なんたって彼はあの晩、私を蹂躙したんだから」
「「はいっ!?」」
あろうことか、俺の腕に抱き寄せながら爆弾を投下した。腕に当たる豊満な双丘の感触も今は考える余裕がない。
作業をしていた女性は手が止まり、水を飲んでいた男は口から水か溢れているのに気が付かず、食事の準備をしていた者達は一様に手から食器を落とした。幸い木製だったので割れることは無かったが、それでも地面に食器が散乱しているのには変わりない。
一同に目を見開き言葉を失う。静まり返った天幕内には、信じられないと言った視線と主に女性の好奇的な視線、そして男たちからの呪わんばかりの視線。それは目の前のマーカスも同様だった。
「おい、どういう事だっ!?」
目を血走らせ、突き付ける曲刀はわなわなと震えている。
「どうも何も、誤解だ!フィリアーナ、言い方が紛らわしいんだよっ!そしてくっつくな!」
「別に嘘じゃないわよ?それにこんな美人に抱き着かれてるんだから役得でしょ?」
いくらねずみ色のクロークでその魅惑的な肢体を覆っているとはいえ、彼女の色香が無くなるわけではなく、腕に抱き着くような恰好をしながら妖艶な笑みを浮かべ見上げられたら、どんな男でもドキッとしてしまう。かくゆう俺もドキドキしているのだが、そのドキドキは別の成分が多量に含まれている。
付きつけれらた曲刀が今にも頬を掠めそうなほど不安定で、それに比例するかのようにマーカスとと呼ばれていた男の怒気も跳ね上がる。
「お、おいっ!落ち着けって、こんなのフィリアーナの悪ふざけなんだし……」
「あら?私は悪ふざけじゃ身体は許さないわよ?それこそ、私より強い殿方じゃないと、ね」
それと同時にウインクを決められたことによって、ダムが決壊した。
「冒険者っ!!俺と決闘しやがれっ!」
不穏な空気が流れる天幕に、そんな声が響き渡った。
「おい……コレはどういう状況なんだ?まさかこの決闘のために俺は呼ばれたんじゃないだろうな?」
天幕の中に突如として設けられた舞台。それは簡素なもので、木の杭を10本ほど建て、それを繋ぐようにロープを縛ったような即物的なモノ。広さ的には直径10mほどで、それを囲うようにして一座のメンバーが集結している。それだけの規模にも関わらず、天幕内にはまだ余裕がうかがえるのでその広さがよく分かるだろう。
そんな見世物カゴに入れられた俺は、折りの外に佇むフィリアーナに語調を少し荒くしながら問いただす。
「流石ね、その通りよ。ただ、そんなに怒らないで。私だってこんな真似はしたくなかったのよ?」
申し訳なさそうな表情をしながら小首をかしげるその姿には相変わらずあざとさを感じる。だが、それを理解しながらも苛立ちが静まってることを鑑みるに、俺も大外男だという結論にしかならない。
はぁ、と嘆息を吐きつつ、事情を聴く。
「んで、今回の首謀者は誰なんだよ?」
「私たちの座長よ。何でもあの話を信憑性を高めるためにあなたの強さを知りたいんだって」
「それと同時に周囲の奴らにも後に聞かせた時、お主の話が真実だと分からせるためじゃ。お主が真に強ければ、周りも抵抗せんじゃろ?」
周りに聞こえないように耳元で呟くフィリアーナ。だが、その声を地獄耳で聞いていた人物がいたようで、足りないことを補完するかのような内容が厳かな嗄れ声とともに聴こえてきた。その声の主はフィリアーナの後ろから現れた。そこにいたのは一人の杖を突いた老婆。身長はフィリアーナの肩程度であり、肩口程度に切りそろえられた白髪に小さなメガネを掛けている。
「この人が、この茶番を画策した座長か?」
「ああ、座長をしとるマルレーヌじゃ。にしてもお主がこの跳ねっ返り娘を倒し、籠絡した豪傑かの?」
俺の敬うという事を知らないと言わんばかりの言い草を気にした様子も無く老婆は衝撃的なことを口にした。その内容に、……は?っと思わず言葉を失った。倒した記憶も無ければ籠絡してもいない。ましてや豪傑ですらない。未だに見定めるかのような視線を送る老婆に訂正しようと声を出そうとした瞬間、横から別の声が飛んできた。
「別に籠絡されてませんっ!!それに彼には婚約者がいますよっ」
「そうなのか?その割にお主、この前この男のことを話しているときに、むぐっ!?」
「ごめんなさいねっ!とりあえずそう言う意図があったという事だけ念頭に入れておいてくれたら嬉しいわ。さ、座長はあちらに行きましょう」
老婆の口を両手で塞ぎながら捲し立てるように言うフィリアーナ。そしてそのまま座長をどこかに連れて行った。
それを茫然と見送っていると、背後の殺気が高まり始めた。色々と言いたいことはあるが、とりあえずは目の前のことを片付けるべく殺気を放つ男の方を向く。
「てめぇ……絶対にゆるさねぇからな」
両の曲刀の切先をスッと向けたまま、今日一番の殺気を放つ。その構えはどこか曲芸めいたモノを感じるが、決して隙があるわけではない。要するに芸を技に昇華させたようなモノなのだろう。
「はぁ……何も悪いことをした記憶はないんだがな。だが、戦いを始める以上を負けることはできない」
そのまま外套の下から鞘に納められた短剣を取り出す。生憎闘争があるとは思っていなかったので剣は持ってきていない。しかもこの短剣も厳密には闘争目的で持っていたわけではなく、たまたま持っていただけの物。なぜならこれは――――。
「おい、ふざけてんのか?」
俺が握る鞘から抜いたソレを見て、マーカスは額に青筋を浮かべる。周囲の一座の人間たちも頭に疑問符を浮かべている。
「別にふざけてないさ。生憎今は手持ちがこれしかないんだ。それに今から幌に戻って武器なんか取りに行ったら俺の連れが不審がるだろ?」
肩を竦めながら、手に握るソレを構える。確かに不審がるのは当たり前かもしれない。なんと言っても、握られているのは刀身が存在しない短剣なのだから。頭に血が昇った者なら馬鹿にされていると勘違いしてもおかしくない。現に目の前の男は顔を真っ赤にしている。
「……だったら、俺に負けた時にソレを言い訳にするなよ、冒険者風情がーーぁっ!!」
怒りとともに肉迫する曲刀、俺はそれを見ながら脳内には先から美しさの欠く刀身のイメージが構築されている。そして、そのイメージを模るように魔力が手元の短剣に集中し……。
――――キンッ!!
激しい金属音を立てながら曲刀と短剣が交錯する。
「なっ!?」
マーカスや周囲にいる観客たちが一様に目を見開き、驚いたように声を漏らす。俺はそれを見れて心なしか優越感に浸っている。
「何なら、負けた時の言い訳のためにここで一撃入れておくか?」
さっきの意趣返しと言わんばかりに、手を止めているマーカスを挑発する。普段の性格を知らないし、知る気も無いが、今は頭に血が昇っているので簡単に乗ってきた。
「ふざけんじゃねェーー!!」
憤怒の咆哮とともに剣戟の乱舞が襲いかかる。予想外だったのはその太刀筋がその辺の冒険者と比べると圧倒的に鋭いことである。頭に血が昇って剣閃が雑になっていなければかなり苦労しそうな相手である。
(挑発して正解だったな……)
振り下ろされる右の曲刀を短剣で受け流しながら、そんなことを思う。俺が言うのも難だが、正直その太刀筋はかなり読みにくい。型と言うのもが無く、予想外の体勢から予想外の斬撃が放てると言うのはやはり曲芸から曲刀術に昇華させただけはある。
「ハッ!!」
「くそっ!!」
今も俺が脚を払って体勢を崩したにも関わらず、体幹が凄いのか曲刀を斬り上げてくる。しかもそのまま勢いを利用して独楽のように空中を回転する。正直非常にやりにくい。
だからと言って俺も決して引くことは無い。なにせ俺には短剣術という概念がない。あくまでも自己流である。
「疾ッ!!」
俺の中での短剣の利点とは、その予備動作の少なさだと思う。どんな武器でも射程範囲が長くなると、その分予備動作が多くなり、結果として相手に先を読まれやすくなる。だが、短剣は最小の動きで様々な斬撃が放てる。もちろんその射程範囲の短さは短所となるのだが、それは俺が引かずに接近してしまえばいいことであり、なんら問題はない。
故に俺は短剣を持った時は常に前に出て、躱す、受け流すしかしない。超攻撃的戦法とも言える。
「ふっ、はっ!」
「く、くそっ!!」
一転して攻勢に出た俺に対して、マーカスは間合いを嫌い、また息継ぎをしたいのか必死に距離を取ろうと下がる。だが、俺はそれを許さない。ましてやこの10m程度の檻の中、いくら下がろうとも逃がしはしない。
「くっ……そった、れ」
呼吸が苦しくなってきたのか、マーカスの動きが鈍く遅くなる。次第に脚の運びが雑になり、曲芸染みた動きに切れが無くなる。もちろん、そこを見過ごしてやる義理も無く、一気に攻め立てる。
鳴り響く剣戟の音。それは紛れも無く俺が攻めている証拠とも言える。間髪入れずに突きを放ち、そのまま踏み込み切り上げる。それを両の曲刀を交叉させ防いでくるが、今の防御には力が籠っていない。まさに苦し紛れの動作、そんなので防がれるほど俺の攻撃は甘くない。
「らぁっ!!」
「な、に……」
裂帛の気合とともに、強引に押し込む。すると、片方の曲刀は見事にくるくると宙を舞い、放物線を描きながら舞台の外に飛んでいく。しかし、ここで外に飛んでいく曲刀を茫然と見守るではなく、残ったもう片方の曲刀で攻撃に出たのは見事だと言わざるを得ない。なにせ、相手は戦闘を専門職としていないからだ。
「うおぉぉぉーー!!」
息を荒げながら、尚声を張り上げるマーカス。あるいはそれは動かない身体への叱咤なのかもしれない。だが、いくら声を張ろうとも動きは鈍い。
その振り下ろされる曲刀を持つ手を、短剣を持たない手で掴む。そのまま身体を半身にしながら強引に引き、肘を鳩尾に打ち込む。
「ぐふっ……」
いくら弱めに打ち込んだとはいえ、急所への一撃は効いたようで一瞬にして動きが停止する。さらに追い打ちのように脚を払い、地面に伏せさせる。
「ふぅ……これでパフォーマンスとしては十分か?」
一息つきながら、周囲を見渡す。観客全員は驚いたように息を飲んでいる。その中の一角で唯一、驚いていない二人を見ながら、これでいいかと言わんばかりに問いかける。
そのうちの片方は妖艶な笑みを浮かべて、獰猛な肉食獣のように今にも乱入してきそうである。もう片方の老婆はと言うと……。
「ああ、十分じゃ。とりあえずこれで決闘はしまいじゃ。皆の者、すぐに片付けよ!」
マルレーヌの鶴の一声により、停止していた一座のメンバーはすぐさま再起動した。




