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英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第二章 止水の舞姫
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意志 2

 空腹に苛まれる胃袋を満たした後、俺たちはすぐさま天幕などを片付け馬車の中に移動した。


「悪いな、レイ。とりあえずそこで見張りしながら話だけ聞いていてくれ」

「大丈夫っすよ!」


 レイアードだけほろの外に立たせ周囲の警戒などをしてもらう。これから話し合う内容はとてもではないが、周囲には聞かせることができない。それだけ衝撃的で、おそらく信用できるものではない。仮に信用できたとしても、それは心に恐怖を刻み、一瞬にして秩序を失ってしまうというモノ。


(少なくとも今の段階では話せない、な)


 相変わらず厄介事に好かれてるな、とため息を付きつつ幌の中に身を投じる。中ではルナとフィリアーナが並ぶように座っており、ルナの肩の上にフィンが腰かけ、ツルキは隅で丸まっている。俺は声がレイにも聞こえるようにと幌の出入り口近くに座る。

 微妙に重苦しいような雰囲気、そして向けられる形容しがたい視線。さすがのフィリアーナも今回の事の重さを理解してるようで、多少は自重しているようで、いつもより目がギラついていない。あくまでも普段よりはというだけで、今もウズウズしてるって感じがその瞳からは感じ取れる。


(同時に何か憂いみたいなものもあるみたいだがな……)


 フィリアーナはこの辺り出身なのだから故郷を案じるのは当たり前なのだが、俺にはそれ以上に感じられてしまう。だからと言ってそれは全て憶測でしかないのだからどうにもできないのだが。

 そんなフィリアーナから視線を逸らし、ルナの方に顔を向ける。こちらは前者とは対照的で、これからの議題が分からないと言った感じである。それもそのはずでルナには未だに何も話していない。


(これから話すことはかなり衝撃的だろうが、まあお姫様(ルナ)なら平気かな)


 普段はオドオドとした部分もあるが、王族としてのルナは凛としていて芯がしっかりしている。だからこそ今回の話も動揺しないで聞けると確信している。だからと言って昨夜話さなかった理由にはなら無いのだが、それはそれとして、俺は一息ついてから話を切り出す。


「さて、この話をするには昨夜のことから話さないといけないな。俺は昨夜、散歩と称して少しばかり遠出をしていた。そして、そこでトレントたちの長、オールド・トレントと話をしてきた」

「っ!?」


 どこからともなく息を飲む音が聞こえてきた。オールド・トレントなどと言う大物と勝手に会合していたことを咎めるような、そんなように聞こえた。俺は悪いと思いつつ、話を続けた。


「そしてそこでとある(・・・)重要な話を聞いてきた。俺たちのこれからの旅に関わるであろう重要な話を、な」

「ねぇ、少し気になったんだけど……あなたたちの旅の目的ってなんなの?」


 ここまで静観をしていたフィリアーナが疑問を呈してきた。確かに、一国の姫が騎士の護衛も無く旅をしているのは不自然である。加えて、これからの話が旅に関わるとあっては余計に疑問を感じるだろう。


(……もう少し言葉を選ぶべきだったな)


 目下に迫る脅威を注視しすぎたせいで視野が狭まっていたと苦虫を噛み潰す。加えてあまりにもフィリアーナが自然に溶け込んでいたというのも大きな要因と言えるだろう。

 どう誤魔化すのがベストか思案し、適当に濁す。


「……折角世界が平和になったからそれを保つために各国を巡ってるんだよ。新婚旅行も兼ねて、な」

「ふーん、国交を保つためってことね」

「まあ、そんな感じだ」


 かなり苦しい言い訳だが、フィリアーナも一応は納得してくれた。もちろん疑わしそうな視線を向けては来るが、それ以上にどこか淡く切ない雰囲気を漂わせた。聞くべきか少し迷ったが、結局触れたとしても何かできるわけでも無いので話を進めることにした。


「まあ話を戻すが、どうやら魔術都市の近くで異変が起きてるらしい。しかも、かなり危険なレベルの、な」


 再び息を飲む音とともに訪れる静寂。知らぬ間に渇き始めていた口腔内を潤すように、用意されていた木のカップを手に取り、透明の液体を一口だけ含む。それは清涼感も無ければ甘味もない普通の水。それをゆっくりと飲み込み、軽く息を吐き出してから言葉を紡ぐ。


「どうやら、龍が現れた、らしい」

「えっ!?」


 明らかに顕著になる動揺。ルナは口を手で覆い、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべ、昨夜のことを知っているフィリアーナでさえ目が泳いだ。それは二人にかぎったことではなく、幌の外に待機するレイアードからも動揺の気配が否応なしに伝わってくる。

 

「信じれないかもしれないけど事実だよ。私とフィリアも昨日それを聞いたからね……」


 ダメ押しとばかりにフィンが証言し、フィリアーナが頷く。この雰囲気から分かるように龍種が現れるというのはそれだけの事態であり、一介の冒険者がどうこうできる事態ではない。それこそ国レベルでの対応が必要である。


「正直言えば、ここで悠長に話し合ってる暇はないんだが……」


 幌の合間から外を見やる。他の天幕でも出発の準備が着々と進んでいるらしい。その視線から言いたいことを悟ったようにフィリアーナが重そうに口を開く。


「彼らが動揺して、好き勝手に動かれたら困るわね……。それこそ混乱して統制は出来ないわね」

「ああ。それだと雇い主のお前たちも困るだろうし、仮に龍種との戦闘を想定するなら少しでも冒険者はいた方がありがたい」


 仮に戦うとして、勝算はあるのかと自分に問いかける。相手は天空を駆け巡る巨躯。そのだけでも埋め難い差がある。加えて、城壁を易々と斬り裂く爪に、鋼すらも弾く鎧のごとき鱗、すべてを薙ぎ払うブレス。どれも絶望へいざなう要素ばかり。


(……それでも、なにかが)


 その何かを見出そうとして、記憶の海からとある場面を呼び起こす。


 記憶にある龍は天を覆うほど長い体躯に夜空の星々さえ霞むほど美しい煌びやかな白鱗を纏い、夜空そらを泳ぐようにして翔ぶ姿。ほとばしる白雷は地を呑み込み、劫火は森を消した。


――――その時俺は……。


 その瞬間、知らぬ間に瞑っていた目を開いた。時間にして1秒も閉じていなかったはずなのに、目にチカチカと光が走る。軽い倦怠感に襲われつつ、胸元のメダルを軽く握る。


(コレに賭けるしかない、か)


 未だに十全と力を発揮できないが、守りたいもののために戦うと決めたからには出し惜しみはしない。そう心に誓いながら、チラッとルナの方を見やると、目が合った。


「マフユ様……?」

「気にしなくても大丈夫さ、だからそんな顔をするな」


 その瞳は憂わしげで、おそらく俺の動作から心情を読み取ったのだろう。現に声も少し震え、心配するような成分が多く感じられる。 

 ルナには悪いと思いつつも、心が通じ合っていることが嬉しく感じてしまった。それを誤魔化すように、それにルナを安心させるために真紅の髪を軽く撫でる。


「んっ、マフユ様……」

「安心してくれ」

「はいっ!」


 気持ちよさそうに目を細めるルナに俺は力強く頷いて見せる、俺は大丈夫だ、と。それを見たルナは安心したように破顔した。そのまま見つめ合っていると――――。


「いつまでその空気続けてるのよっ!!」

「いててててぇー!ふぃ、フィン?」


 ギューっと音が聞こえてきそうなほど強く頬を抓るフィン。心なしかフィンの後ろにオーガの姿が見える気がする。


「もうっ!!」

「な、なに怒ってるんだよ?」


 真っ赤に腫れた頬を擦りながら、プイッと顔を背けるフィンに尋ねるが、知らないっ、と語気を強めて返される。困惑しながら幌内を見渡すが、頬を朱に染め俯くルナに面白そうに眺めるフィリアーナ、とどちらも助けを期待できない。

 ここでフィンのご機嫌取りに走るとさらに和やかな空気になりそうだったので、泣く泣く話を進めようと未だに赤い頬を擦りながらわざとらしく、オホン、と咳払いをして話を切り出す。


「えーっとだな、それでこのことを周囲に告げるタイミングだが……」


 突き刺すような視線に戦々恐々としながら、一応雇い主の一人を見る。フィリアーナは俺と目が合うと居住まいを正し、真面目な表情を浮かべた。


「そうね、とりあえず後で座長の方には私が告げておくわ。それで大丈夫?」

「ああ、それで今夜までに方針を決めておいてくれ。どちらにしても俺たちは魔術都市に用があるから、最悪俺たちだけでも護衛として付いて行くから」

「ありがとう。やっぱりあなたに目を付けておいてよかったわ!それじゃあ私は一旦戻るわね」


 スッと立ち上がり、気品漂うわすまま幌を出ていくフィリアーナ。その後ろ姿は相変わらず美しく、規律正しい騎士をほうふつさせるほど洗練された動作だった。


「さて、と……」


 その姿を見送ったあと、俺は背筋に冷や汗を感じながら断罪者フィンへと振り返った。彼女は背にオーガを携え、微笑んだ。


「マフユ……」


 そのあと野営地に澄み渡るような音が響き渡ったのは言うまでも無い。




 昨日とは打って変わり馬車の中は静まり返り、車体が揺れる音だけが何度も木霊している。ルナは読書をして、フィンはその肩に佇むと言った感じで以前と似たような光景が目に映る。だが、やはり依然と違い、どこか浮き足が立った雰囲気が漂っている。


(恐らくそれを少しでも抑えるために普段通りの行動を取ってるんだろうな)


 これから龍と会合する可能性を考えれば、むしろ落ち着こうと意識できてるだけ見事だと思う。

 龍とは、いわばこの世界とは別次元の生き物(・・・・・・・)である。もちろん強さと言う意味でもだが、龍とはそもそもこの世界の生物ではない。だからこそ、龍の顕現はこの世界では大事なのである。


「……すっかり強くなった、な」


 普段通りに振舞おうとする少女の姿を瞳に映しながら、誰にも聞こえないようにそっと呟く。この旅はこれからさらに過酷になるだろうが、それでも彼女はきっと最後まで付いて来てくれる。そんな予感を心から喜ばしく思う。


(もちろん、その旅を続けるために頑張らないとな)


 決意を新たに意識を切り替える。

 静かな馬車の中で俺は座禅を組み、刀身の無い短剣の柄を握る。目を瞑り、そのまま手に魔力をゆっくりと集中力と一緒に集める。

 閉じられた瞼の先で、光の粒が集まり始め、それらが集合し結晶を創り出し、それらが一つの刃を形成している感じが脳内で再生される。それは決して現実で起きていることではなく、あくまでも想像イメージなのだが、俺には半ば確信めいたものがあった。すなわち――――。


「ふぅーっ」


 瞼を上げると、そこには確かにどこまでも均一な刀身で刃が鋭い短剣が顕現していた。もちろん、まだまだ未熟で美しさが欠け無骨という印象を与えるが、数日前までの無様さを考えると十分及第点と言える。

 その短剣を幌内を軽く照らす光にそっとかざす。そのくすんだ様な刀身は鈍く輝き、逆に鋭い刃は光を強く反射する。


「凄いですねっ、マフユ様!!」

「あ、本当だね!昔と同じくらいにはまともになった感じ」


 俺がやや満足げに刀身を眺めていると、フィンとルナもそれに気が付いたようで、それぞれ感想を述べてくる。


「ああ、やっと昔と同じ程度にはなったな」


 返事をしつつ、脳内に保管されている記憶と手元の短剣を比較する。あの頃もくすんだ様な短剣しか作ることは出来なかったが、やっとそれと同程度にはなった。つまりここが龍と戦う上での最低ラインという事になる。


(他はあの頃より落ちているだろうが、それでもとりあえずこれで勝算が少しは上がったな)


 出来上がった刀身を壊すように、魔力を霧散させる。すると刀身はすぐさま透過し始めて、柄だけが手の中に残る。それをどこか後ろ髪を引かれるような気持ちで見ながら、ふと疑問を感じる。


(そう言えば、なんで急に元の水準にまで戻ったんだ?)


 確かにここ数日隠れながらも鍛錬はしていたのだが、正直不細工なモノしかできなかった。それが急にここまでできるようになったのは流石に不自然すぎる。

 何かきっかけがあったのか、と思案を巡らせる。そして思い浮かぶ二つの可能性。


(……過去の自分に立ち返ったから、か?)


 心臓辺りを擦りながら、昨夜の暴走を思い出す。あのどこまでも研ぎ澄まされたような感覚が身体に残っているから、というのは理屈としては十分かもしれない。

 それはそれで嫌だな、と臍を噛むような思いをしつつ、もう一つの情景を思い浮かべる。


(もしくは……やっと戦う理由ができたからか?)


 今まで誰かのためと散々言っていたが、結局はどこかで迷っていた。だが、昨夜それがルナのお陰で無くなった。真の意味で俺は戦うことを決意した、迷いがなくなったからこそ上手くいったという可能性。こちらはどちらかと言えば希望的観測が多いが、それでも――――。


(後者だったら嬉しい……な)


 目の前で心底嬉しそうな笑顔を浮かべるルナを見ながらそんなことを思った。

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