交錯し始める運命3
言ってはなんだが俺は寝付きがとても良い、 と言うか寝ようと思えば一瞬で寝れる。だが、これは単に疲れているという訳ではなく、生きるために必用な技術だから身に付いた。
どんな人間にも睡眠は重要である。睡眠を取らなければ正常な判断は出来なくなるし、疲労も蓄積する一方である。1分1秒でも多く休息するために、最適化のために俺は寝付きが良くなった。それでも決して深く眠ることはない、いつも浅い眠りとなる。
「あっ、マフユ起きたのね!おはよう」
身体を少し揺すられた気がしたので目を覚ますと、そこには満面の笑みを浮かべた妖精がいた。フィンと旅をするようになってからはいつもこの笑顔に起こされる。だが、決して不快ではなくむしろ癒される。
「おはよう、フィン」
「……今日も酷い顔だよ?また悪夢見たの?」
「今日は見てないよ、いつも通りさ」
さっきまでの笑顔に変わり、今度は一転して心配そうな表情にシフトする。眠りが浅いせいもあるが、時には悪夢にうなされている。いつも同じではないが、決まって3パターンの悪夢を見る。どちらにしろ、俺があまり寝れてないのではないかと心配してくれるフィンは本当に優しい。
「いつも心配してくれてありがとな」
そう言いながら撫でてやると、スゴく嬉しそうに頬に手を当てながらモジモジする。本当に可愛いのだが、フィアンセとして当たり前よ等と時には冗談とも思えないことを口走るので、その時は聞かなかった事にする。
「ツルキもおはよう」
そう言いながら丸まって寝ているツルキの身体を優しく撫でてやる。すると、くるっと仰向けになりお腹を見せてくるので今度はそこを撫でてやる。それでやっと目を覚まし、猫のような伸びをし始める。その際に揺れる2本の尻尾を見ながら俺も一緒に伸びをする。
そのままベッドから立ち上がり、窓を開けて新鮮な空気を浴びる。そのまま頭陀袋から長い棒を取り出し、それを口に咥える。これはユーカリープと呼ばれる中空管構造をした植物の茎で、それを咥えて息を吸うと口の中に清涼感が漂う嗜好品の一つである。このユーカリープは無害でただ単に清涼感を味わうだけのものであり、価格は貴族御用達ならそれなりにする。しかし、俺が愛用してるのは1ダースたったの銅貨1枚で買える超安物である。安物のため効果は短いし、味も単一であるため飽きやすいと言われているが、俺はこれを10年近く使っている。
「またソレなの?マフユには似合わないよ」
「いやいや、俺には安物がお似合いだよ」
高級志向の相棒には不評だが、長い間慣れ親しんだ俺にはこれが一番である。決して安いから愛用しているわけではない。
頭に座るフィンにさんざん言われながらも、朝の空気と一緒にユーカリプの清涼感を楽しむ。徐々にユーカリープの味が薄れていき、やがて無味無臭になる。味のなくなったユーカリープに名残惜しさを感じながらも、ソレを捨てようと口から離したとき、外が何となく騒がしい気がした。
遠くのほうで人が集まっている気配がする、しかもかなりの人数がいる。そこまで感じ取ったところで考えるのをやめる。
(どうせ勇者を見に来た野次馬かなんかだろ)
そのまま枯草色の外套を身に着け、フィンとツルキを外套の下に招き入れ、外套と同じ色の頭陀袋を肩に担ぎ部屋を出る。
そのまま簡素な朝食をのんびり取りながら、今日の予定を頭の中で組み立てる。予定を立てながらも昨日聞いた情報も同時に整理する。
(それにしても今回の情報が本当なら色々と厄介なことになりかねないな……これも報いなのか)
そこまで考えて、思考を停止する。これ以上考えると昔のことをどんどん思い出してしまう。せっかく全てを投げ出し、仮初めかもしれないが自分で運命を選び取ったのだから。過去を思い出さないようにするために、さっさと店を出てお姫様を迎えに行くことに決めた。
中央広場を囲うように比較的大きい建物が並んでいる。武器屋から食材などの生活用品の店までジャンルは幅広い。その建物の中で他よりきれいな建物があり、そこの軒先にある木箱に腰を掛けながらこの建物に泊まるある人物を広場の中央にある大きな古い時計の針をボーっと眺めながら待つ。すでに長い針が9回転しており、約束の時間まで残りは半回転ほどである。昔から女性を待たせるのはマナー違反だとフィンに言われていたので早めに来ていた。
(まあ、女性と待ち合わせなんてしたことないが……)
そもそも旅をしていたので待ち合わせる相手もいないし、一緒に旅をしているなら待ち合わせの必要もなかったので正直その手のことは知らなったので今回はフィンに感謝しておく。 恐らく今後の人生において女性と待ち合わせする機会はもう永遠に訪れないとは思うが。そんなボッチ宣言を心の中でしているうちについに10回転目に突入した。それと同時に宿屋の扉が開かれ、中から外套を頭からかぶった人物が現れた。その人物は俺のほうを見たかと思うと小走りで近づいてきた。さすがお姫様、時間ぴったりだし、走る姿も様になっていると思わず感心してしまう。
「マフユさん、おはようございます」
「おはようございます」
丁寧な挨拶に思わず釣られて似たような感じで返してしまう。もちろん、俺ははっきり言って育ちがよろしくないので作法やら丁寧な言葉遣いというものを知らない。対照的にルナはお姫様なのでそういうこうとはきちんとしている。なので、俺の挨拶にぎこちなさを感じたのか小さく笑い声を漏らす。
「昨日と同じで大丈夫ですよ、無理しないでください」
俺としてもわざわざ使えない言葉づかいをしようとしたわけではなく、反射的にそうなってしまっただけである。第一昨日あれだけ不敬な真似をしているわけだし。
そんな俺の心を察知したわけではないと思うが、先ほどまでとは打って変わって緊張した面持ちになっている。
「それでこれからどうしますか?」
情報収集のため酒場へ行きますか、と聞かれるがそれにかぶりを振ってみせる。キョトンとしているルナに対してこれからの具体的な予定を簡単に伝える。
「酒場は昼ごろに行く予定だ、それより先に武器屋に行こうと思う」
「武器屋に、ですか?」
そう聞き返すルナの顔はかなり強張っている。急に武器屋と言われれば危険なことが起きるのかとどうしても思って考えてしまうのはごく自然なことである。そんなルナの誤解を解いて、真意を伝える。
「別に何か危険なことをするわけじゃないさ、ただ"もしも"のための護身用にな」
だって俺は何も身を守る道具を持っていないのだから、と言いながら腰の部分を見せてやる。通常冒険者なら得物の一つは持っているのにあいにく俺は何も所持していない。正確にはこの世に一つしかない武具を持っているのだが、それはもう使う気はない。
「冒険者なのに珍しいですね」
「俺はもうほとんど旅人みたいなものだからな……」
そう言いながら左の手首から吊るされた不思議な円盤に知らないうちに触れていた。懐かしむように、あの頃を思い出すように、そして縋るようにしながら何度も触れていた。そんな自分の無意識の行動が女々しく思える。
一方、ルナの方は疑問に思いながらも一応は納得してくれたようでそれ以上は何も追求してこなかった。
この村にある武器屋は広場を挟んで丁度真向かいにあたる。なので何も会話がなくても別段居心地が悪くなるということはない。中に入ると、そこは流石辺境の村という感じで品揃えは決してよろしくない。よろしくないのだが、いくらなんでもっと思わされる。
(どう考えても少なくないか?)
商品棚にはほとんど武器は飾られておらず、防具の類も無いに等しい。それにも関わらず店主の男性はご機嫌そうだからわけがわからない。そのご機嫌な店主は俺たちの存在に気が付いたのか鼻歌混じり声をかけてくる。
「いらっしゃいませ、何をお探しで?」
そのご機嫌さが不気味すぎて、思わず何をしに来たのか忘れかけてしまい口ごもってしまった。それでも店主は機嫌が良いようで嫌な顔せずに手をこすり合わせながら待っている。
「え、えーっと、この店で一番安い武器が欲しいんだが……種類は何でもいいから」
「そうですか、それならあちらから選んでください」
こんな大した利益にもならないような注文にも関わらず、やはりご機嫌なままだから恐ろしささえ感じてしまう。ルナも若干腰が引けている。俺もこれ以上この店主と関わりたくないので、さっさと武器を選んで立ち去るべく、店主の指差す一角に足を進める。
確かに一番安いものと言ったが、そこは想像以上のものが置いてあった。樽や木箱の中にあるのは、刃毀れした剣や、柄にヒビの入った槍、錆びた短剣などとても命を預けることはできないような物ばかり。
「……これをお買いになるんですか、マフユさん?」
困惑気味に聞いてくるルナ。まあ当然の反応であろう、なんたってこんなのガラクタに等しいものなんだから。だが、俺にはそんなのはどうでもよかった。要するに武器を持っているんだということが相手に伝わればいいのだから。
「それに、ないよりはマシだろ」
そう言いながら樽と木箱を漁り始める。横からは何とも言えない視線とため息が聞こえてきたが、そこは無視する。
ガラクタの山から比較的マシともいえる剣と短剣を手にする。剣はもちろん刃毀れだらけだが、鞘は一応しっかりしてるし、短剣も柄の部分が多少短く切断されているが握れる。この二つを先ほどの店主に手渡す。
「二つで銅貨10枚ですね」
妥当な値段だなと思いながら代金を支払う。購入した剣を腰に差し、短剣は懐に仕舞い込む。
この世界の貨幣は例外を除き、100枚単位で銅貨<銀貨<金貨と推移する。そして例外として金貨の上に白金貨と言われるものがあり、これは金貨1000枚の価値がある。ほとんどの小市民は持つことすらないのだが。
閑話休題、不気味な店主に見送られながら、逃げるように次の目的地に向かう。そういえば品揃えが悪い理由を聞けばよかったかと一瞬考えたが、もう一度行く気にはなれないので忘れることにする。次の目的地である酒場に向かう途中、ルナも武器屋の品揃えと店主の態度に疑問を感じていたらしく、俺に聞いてきたが、もう一度戻るかと尋ねるとかぶりを振っていた。
そんなことを話していると、すぐに昨日訪れた酒場にたどり着いた。なぜ、ここにしたかと言えば単純にここしか知らないからである。店内は昨日と同様昼間のため、かなり空いている。そのままカウンター席に向かうと、マスターの壮年の男性は俺に気が付いて話かけてきた。
「昨日の青年じゃないか、どうしたんだい?」
「……聞きたいことがあってね、とりあえず注文いいか?」
コーヒーと紅茶、そしてホットミルクを注文しとりあえず腰を掛ける。ルナに何も聞かずに注文してしまったが、まあ大丈夫だろう。少しすると二つのカップを俺とルナの前に置き、昨日と同じように皿に適温のホットミルクを入れて出してくれた。
「これでいいだろ?」
「助かる」
色々と不思議そうな表情のルナ。ホットミルクの使い道もわからないし、皿で出てきた意味も分からないから当然と言えば当然だが。その疑問を解消してやるべく、皿を床に置き、ツルキと声をかけてやる。すると、器用に俺の足をつたって降りてくるツルキを見て、ルナは可愛いと声を漏らしている。
「紹介してなかったな、ツルキだ」
「ツルキちゃんですか」
すごくうれしそうにツルキを眺めるルナ。確かにツルキはこの形態の時は女子受けしそうだからな、当の本人(本獣?)はそんなことはお構いなしにミルクを一心不乱に飲んでいるが。
ルナは完全にツルキに夢中になっているので放置し、本題に入る。
「それで聞きたいことがあるんだが」
「何が聞きたいのかね?」
「昨日も聞いたが、あの勇者さまについて詳しく聞きたいんだが」
そんなに新しい情報はないがね、と言いながらも流石は酒場のマスターと言う感じでかなり多くのことを教えてくれた。途中からはツルキに集中していたルナも熱心に聞いていた。
なかなか有用な情報が多く聞けたのだが、どれもルナを納得させるには少しものたりないものばかりだった。やはり会うしかないか、とダメ元であることを聞いてみる。
「それじゃあその勇者にはどこで会えるかわかるか?」
「……君たちは運が良いのか悪いのかわからないタイミングで来たね」
「どういうことだ?」
「会うためには約束を取り付ける必要があるのは知っているよね?」
「それくらいはな」
マスター曰く、タイミングが良いとは今なら約束を取り付けずに会うことが可能らしい。それを聞いた瞬間ツイてると思った。しかし、タイミングが悪いとも言った。その理由はこの村を今朝出て行ったらしい。
「どこに行ったのか知ってるか?」
「君には前に話したろ?あの依頼をやっと受けてくれたそうだよ」
依頼を受けられなくて残念だったねと冗談を言っているが、今は時間が惜しかった。その依頼内容の詳細とどこに向かえばいいのかを聞いて、代金を支払いすぐに店を出た。言われた通り村を北上すると、小さな森が見えてきた。この先に花蜜の採れる場所と俺たちが探す人物がいるらしい。
「ルナ、ここから先は何が起こるかわからないか注意してくれ。フィン、万が一の時は頼むぞ」
ルナは緊張した面持ちのまま頷き、フィンは外套の中から出てきて任せてと力強く答えてくれた。そのまま俺の後ろにルナが続く形で森の中に入っていった。