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英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第二章 止水の舞姫
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長い夜 4

 馬車の外からは冒険者たちの歓喜ににも似た笑い声が聞こえて来る。今回の作戦に参加していたのはDランク前後の冒険者たちだと思う。そのためか、今回の思わぬ追加報酬には喜びを隠せないらしい。特に俺とレイアードで大半の魔物を掃討したにも関わらず、その全てを譲ってやったということもあり、彼らは大した苦労もせずに稼げたので喜びも一入なのかもしれない。


「随分と気前が良いのね?」


 そんな外の様子を察知したのか、俺たちの馬車になぜかいるフィリアーナが呆れたように聞いてくる。


「前にも言ったろ?俺は生憎と金には困ってないんでね……」

「そういえばそうだったわね」


 そう言いながら俺を見定めるように見てくるフィリアーナ。その視線はやはり肉食の獣を連想させる。


「……何だよ?」

「いえ……お金持ちで強くてカッコよくて、その上ルナみたいな可憐なお姫様をお嫁にもらってるから……実ははお偉い貴族さまだったりするのかなってね?」

「まさか。単なる小市民の旅人さ」

「とてもそうには思えないんだけど……ねぇ?」


 肩を竦める俺に、さらに詰め寄るフィリアーナ。彼女の温もりとルナとは違った女性の甘い香り、そしてなによりその流し目気味の上目づかいは正直ドキッとしてしまう。


「フィ、フィリアさん!マフユ様を困らせないでくださいっ」


 そんな俺を助けてくれるのは可憐な美少女のルナである。フィリアーナの反対側から俺の腕に抱え込むようにして引っ張り、フィリアーナとの距離を取ってくれる。それは有り難いのだが、ルナの意外と大きく柔らかいモノが腕に当たり、これはこれでどうすればいいのか行動に困る。


「あらあら妬けるわね。でも安心しなさい、ルナ。決して取ったりはしないから、ね!」

「べ、別に、そんな……」


 わたわたと必死なルナにウインクを決めながら言い包めるフィリアーナ。こういう恋愛系に関してはフィリアーナのが一歩上を行っているらしい。


「兄貴、そろそろ出発するみたいですよ!」

「……ああ、分かった」


 知らぬ間に外の解体作業は終わっていたようで、レイアードが出発するという旨を告げに来た。俺はルナとフィリアーナのやり取りに巻き込まれて呆気に取られながらも、何とか返事だけをすることができた。




 それからしばらくの間は魔物の襲撃も無く、比較的穏やかに馬車に揺られていた。天幕の間から漏れてくる日差しの色はいつの間にか茜色と夜の色が混じりだしている。おそらくもうそろそろ野営の準備にかかる頃だと思う。


(それにしても……)


 チラッと女性陣が集まる一角、正確には馬車の中心部を見る。あの後も話題は尽きることなく永遠と話し続けていた。噂には聞いていたが、女性陣のあのトーク力には目を見張るものがあった。

 そんな俺の呆れたような、驚いたような視線にルナが気が付いた。


「マフユ様、すいません。お休みの妨げをしてしまいましたか?」


 ルナはやはり周囲の気遣いができるタイプのようで申し訳なさそうに聞いてきた。俺はそれに大丈夫だよと優しく返す。俺じゃあ会話の相手をできないし、少しでも楽しんでもらっている方が俺としてもうれしい部分はある。……もちろんそんな事、口が裂けても言えないのだが。


「あ!じゃあ、マフユも一緒にお話でもする?」

「俺が、か?」


 そんなことを考えていると、目が合った相棒から予期せぬ提案をされた。俺がそういうのを苦手としているのを知っているフィンがそんなことに差そうなんて珍しい。


(……ここ最近まともに相手をしてやれなかったから不満が溜まってるのか)


 フィンから発せられる不満オーラから何となく言いたいことは察しがついた。だが、察しがついたと言っても嫌なモノは嫌である。子供の好き嫌いの言い訳みたいで悲しいが、気にしたら負けである。

 

(だからと言って一人では回避できないんだが、な)


 俺もいい歳したおっさんなので、嫌々と駄々を捏ねても誰も取り合ってくれないし、下手すれば白い目で見られる。もちろんそれでも一応は回避できるのだが、そのあとが問題になるので却下。

 なら方法は残されていないように思えるが、あくまでも一人・・の時は、である。


(俺の予想ではそろそろ……)


 そう思っていると次第に馬車の速度が落ち始める。


「む?」


 フィンが不愉快そうに声を漏らす。さすが相棒と言うだけあって俺の狙いが分かったらしい。だが、すでに時遅しである。

 

「残念だが、そろそろ野営の準備をしないといけないみたいだな」


 馬車が止まったのを確認してから、さも残念そうに嘯く。フィンは俺のそんな態度にうぬぬと唸りながら恨めしそうに睨んでくる。その顔が何となく可愛いなと思いつつ、これ以上やると身の危険があるので泣く泣くご機嫌取りの方向へシフトする。


「野営の準備が終わったら二人で昔みたいに散歩行こうぜ。だからちょっと待っててくれ」

「えー、しょうがないな!ちょっとだけだからね」


 フィンは顔をプイッと背けながらも、その横顔は怒っているどころか完全にニヤけている。俺はチョロいな、などとは決して口には出さずに手を軽く振りながら馬車を降りて外に出た。



「おい、レイ。今日はここで野営か?」


 外に出て凝り固まった身体を伸ばしてほぐしながら御者台から降りてきたレイアードに話かける。


「そうみたいです。それにしても兄貴、降りてくるの早いっすね!」

「んー、まあな」


 とても逃げてきたなどと言いたくないので、適当に濁して流す。そのまま周囲を見渡す。

 太陽は半分以上が沈み、月がその姿を現し始めている。俺たちの通ってきた赤土色の道もすっかり影に飲まれている。知らぬ間に林を抜けていたようで、赤と黒の草原が辺り一面に広がっている。もちろん草原と言っても今立っている場所のように数センチ程度の背丈しかない草もあれば、所によっては俺の腰よりも草丈がある場所もある。


「さて、それじゃあ俺たちも準備するか」

「ですね!」


 俺たちの馬車は最後尾を走っていたので、準備もその分だけ遅くなる。現に先頭を行っていたであろう冒険者たちの集団はすでに野営の準備が終わっているようで、火を囲うようにしてもう休んでいる。

 そんな集団をしり目に俺たちも準備を始めるのだが、基本的に少数のためやることは少ない。それこそ、俺とレイアードの天幕を張れば後は終わりである。本当なら俺も馬車内で寝てよいのだが、今は集団で行動しているし、ルナも慣れない環境で辛いだろうからという配慮の下、俺も外で寝ようと思っている。……何となく使わないような気もするが。

 そんなことを思いつつ、すぐに小さめの天幕が張り終わった。


「さて、これで終わりか。それじゃあ俺は少し散歩に行ってくるな」

「了解です!」


 張り終わった天幕を見ながら俺は横にいるレイアードに散歩に行くと告げる。レイアードはそのまま夕食の準備を始めている……相変わらず有能である。


「あ、それと飯も先に食べてていいからな。少し遅くなると思うから」


 そのまま馬車へと歩みを進め、中にいるフィンを呼ぶ。俺が呼びかけるとフィンは嬉しそうに飛び出してきた。


「もう行くの?」

「ああ、少し遠出したいから早めにな」

「えー」


 そこまで告げるとフィンは露骨に嫌そうな顔と声を上げた。どうやらそれだけで散歩の本当の意味を悟ったらしい。さすが相棒を手放して褒め讃えたい。


「まあまあ、そう嫌そうな顔するなよ。俺だって乗り気ではないし」

「むぅー」

「仕方ないだろ、さすがに今回のはその辺のじゃ対応するのは難しいだろうからな」


 小声で話しながら、チラッと周囲ですっかりくつろいでいる冒険者集団を見やる。フィンも分かったのか、はぁと大きく溜め息を付く。


「……まあ、マフユの頼みじゃ仕方ないか。昔みたいに散歩できるならいいし」

「きゅる!」

「ツルキも来てくれるのか、助かる」


 いつの間にか足元にいた、もう一人の相棒。俺がこれから何をするのか悟っているようでスルスルっと俺の身体を伝って登ってくる。


「ありがとな、ツルキにフィン。ルナ、それじゃあ少し散歩行ってくるな、レイにも伝えたが飯は先に食べてて大丈夫だからな」


 フィンを指先で撫でながら、馬車の中にいるルナに声を掛けて、俺たちはすっかり闇色に染まった街道を逆行し、目指すは蠢く(・・)森。

 そんな俺たちの行動をまるで察していたかのように、馬車の影からそっと覗いている者がいた。





 蠢く森――――冒険者たちの間でまるで都市伝説のように語られる一つの現象である。

 これは別目の錯覚や幻術と言った類のモノではない。実際に森が動く(・・)のである。この現象の正体はトレントと呼ばれる木の姿を模した魔物が大群――それこそ千や二千と言った数――が移動する際に起こるものである。

 魔物が大群を形成するのは珍しいことではなく、小型の昆虫型の魔物や身近なモノで言えば繁殖期のオークが集落形成するのもこれに当てはまる。だが、目撃頻度で言えば蠢く森と言うのは何百年に一度起こるかどうかという極めて稀有な現象である。現に冒険者ギルドの記録でも2、3例程度しか残されていない。

 俺はそんなまさかの事態に直面しかかっている。


「本当にマフユって損な性格しているよね!」

「……それは褒めてるのか?」

「あはは、どうだろうね!」


 明かりもほとんど届かないような暗闇の森の中を、松明も無しに俺は駆けている。フィンは俺の横を優雅に飛んでいる。その横顔はどこか嬉しそうである。


「まあ、損な人生だってのは嫌ってほど知ってるが、な」


 自嘲気味に言葉を漏らしながら、隆起した地形を躱しながら平坦な道を走るように駆ける。


「もう、そんなことないでしょ?いろんな人と出逢って、今ではこんなに人のために動けてるんだからさ」


 どこか哀しそうな笑みを浮かべながら、俺の存在意義を必死に認めようとしてくれる相棒。こんな相棒だからこそ、一緒に旅をしてこれたのだろうとつくづく感じる。


「頼りにしてるよ、相棒」

「任せなさい!」


 俺は剣の柄に軽く握り、不気味な音を立てる暗闇の中に少しずつ足を踏み入れた。



 近づくにつれてその規模の大きさがよく分かる。最初はカサカサという、どこか不気味ながらも気にならないような微かな音でしかなかった。しかしそれは徐々に形を変え、今では不自然な地鳴りのような低く腹の底に響く音になっている。


「……全くどれだけいるんだよ」


 暗闇の奥で、木々が動き続けているという非現実的な光景を目の当たりにしながら投げやり気味に呟く。普通これだけ、しかも森の中で接近したらトレントはこちらに気が付くはずなのだが、今はその気配が全くない。


「流石におかしいね。何かから逃げてきてるのかな?」

「だろうな。あんなに必死に動いてるからにはそれなりの理由がいるだろ」


 フィンと小声で会話しながら、トレントの大群がやってくる方角を見やる。それからトレントの行軍とは反対の暗闇に向かって声を掛ける。


「あっちは魔術都市でいいのか、フィリアーナ?」

「あら?やっぱり気が付いてたのね」


 さも当たり前のように暗がりから登場したのは、先の晩に月光の下で相対した時と同じ踊り子装束に身を包んだフィリアーナだった。彼女の周囲からは冷気のように冷たい魔力があふれ出している。


「全くこんなとこまで何の用だ?」

「私を燃え上がらせてくれるようなリズムが聞こえてくる予感がしたから付いて来たのよ!」


 極上の笑顔でそう言いのけるフィリアーナ。その瞳に浮かぶのは戦いを求める純粋なまでの欲求。


「……生憎だが、俺は戦いに来たってわけじゃないからな」

「あら、そうなの?その割にはしっかりと剣を握っているようだけど……」

「万が一のためさ。それよりも、先の質問に答えてくれないか?」


 心の底から不思議そうな表情を浮かべているフィリアーナに肩を竦ませながら俺は再び問いただす。すると、フィリアーナは居住まいを正しながら、どこか不満そうなオーラを発して答えてくれる。


「ええ、あっちは正真正銘"魔術都市シャルド"よ。それが何か関係あるの?」

「ん?いや、別に現状どうのこうの言うつもりはないが……」


 どこか要領の得ない俺の答えにフィリアーナが珍しく焦ったような、苛立ちめいた声で聴いてくる。


「シャルドになにかある、と言いたいの?」

「んー、その可能性もあるが……」


 俺はそこまで言って少し考える様に頤に手を当てる。そして――――


「まっ、とりあえず聞いてみれば分かるだろ」

「聞くって誰に?」


 大量の疑問符を浮かべるフィリアーナ。そんなフィリアーナに何も言わず、ただ意味深長な表情を向ける。そしてそのまま静かに動き出す、答えを知る者に会うために。




"ふむ、人間の小僧ごときが我に何ようだ?"


 トレントとは思えないような重苦しいほど殺気が俺と後ろに控えるフィリアーナに重く圧し掛かる。フィリアーナもこの事態には驚いているようで、いつもより目が大きくなってる。だが、同時に妖艶な口元には笑みが浮かんでいる。


(恐らくこんな大物にあったことを喜んでいるんだろうな……しかも強いと言う理由で)


 溜め息を我慢しながら目の前に巨木という言葉では言い表せないようなほど、巨大で威圧感のあるトレントの長を見る。トレントには上位種が存在し、エルダー・トレントという普通より強力な個体がいる。だが、目の前にいるのはソレのさらに上、すべてのトレントの頂点に立つ存在、オールド・トレントである。一説には何千年という時間をかけてここまで成長したと言われており、魔物のランクで言えばB相当である。

 そんなことを考えていると、前からさらに重たい殺気が放たれ始める。オールド・トレントに意識を戻すと、その木皮に浮かぶ表情には怒りが込められている。俺がだんまりなのが相当お冠らしい。


「失礼、トレントの長。少し萎縮してしまいましてね」


 居住まいを正しながら、なるべく失礼のないよう適当に嘯く。


"見え透いた嘘を吐くな、ワッパがっ!!"


 俺の嘘が気に食わなかったようで、殺気と同時に禍々しい魔力の奔流が俺とフィリアーナを飲む込むように放たれる。その魔力に呼応するように俺たちを取り囲むエルダー・トレントからの殺気が増す。


(なんでだろう……背後からも殺気が増してる気がする)


 振り向くのすら躊躇われるほど嫌な予感がして、別の意味で冷や汗をかく。とりあえず一縷の望みを信じてオールド・トレントに話しかける。


「俺たち、いや少なくとも俺には争いの意思はない。少し話を聞きたいだけだ!」

"小賢しい。貴様に取りつく島もないわ!!"

「はぁ……なら多少の犠牲は目を瞑ってもらうから、な!」


 俺はそのまま腰の剣を瞬時に抜き放ち、それに釣られるようにして背後ではフィリアーナが美しい羽扇を両手に構えた。

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