長い夜 3
左手にはオーフェンで貰った弓矢を持ち、右手で腰の矢筒から矢を3本ほど取りだす。俺の横ではレイアードが魔力を発し始めている。その魔力と俺たちの様子に気が付いたのか、護衛として周囲に散開している冒険者の一人が俺たちに近づいてくる。
「おい、お前ら。何のつもりだよ?」
苛立たしげに俺たちに声を掛けてくる男。右手には普通の剣を構えており、その姿は俺たちを威圧しているようにも思える。今回の契約内容を詳しくは聞いてないが、恐らくはオーソドックスな報酬だと予測できる。つまり日給+出来高、それに道中で倒した魔物の利権。なので護衛たちはそれこそ俺たちに得物を取られたくないという理由があるからこそ、このような高圧的な態度を取っている。
だが、生憎このような奴に構っている暇はない。なぜなら魔物がすぐそこまで迫っているからである。だが、俺たちの歯牙にもかけない態度が気に食わないのか、余計に突っかかろうとしてくる。
「おい、聞いてん……うおっ!?」
俺は矢を番え、そのまま男の方向に向かって放つ。矢は吸い込まれるように男……の後方にまで迫っていたコボルドの額を打ち抜き、絶命させた。しかしそんなのを悠長に確認することなく、続けざまに2本矢を放つ。
「「グギッ……」」
「レイ、突っ込め!」
「了解っす!」
矢はコボルドの胸と喉を貫通し、森から飛び出してきた2匹のコボルドを更に絶命させる。そのままレイアードに突っ込むように指示を出し、その隙に俺も矢筒から再び矢を取り出す。
「い、一体何が……」
「ボーっと突っ立てないで戦うか、他の奴に指示出すかを選べ!」
未だに思考が停止したまま茫然とコボルドの死体を眺めている男に俺は矢を番えながら、檄を飛ばす。呆けている男の先ではレイアードが魔物相手に大立ち回りを演じている。強化された拳でコボルドの顎を砕き、鋭い蹴りで胴を切断するその姿は流石の一言に尽きる。
無論俺もそれを眺めているだけではどこぞの誰かと同類になってしまうので、休む暇なく矢を放ち続ける。
「かなりの数がいるな……。っと、ウルフェンまで混じってるのか!」
魔物の群れの構成はコボルド単一では無く、ウルフェンまでいることに軽く驚きながら矢を放つ。通常魔物の群れは単一種で構成されている。そうでないと魔物同士で連携が取れなかったり、魔物同士で争うなどの事態が起こるからである。だが、今は共生関係も亜種でもない2種が同時に森から出現している。これはある意味異例とも言える。
「レイ、なんかこの群れはおかしいぞ。気を付けろよ」
「了解です!兄貴もお気をつけて」
返り血で頭から真っ赤に染まった男に心配されると言うのは些か妙な気分である。もちろんそんなことは口に出したりはしないのだが。
「俺たちも戦うぞ!」
「「おう!」」
俺とレイアードで相当数を屠った頃にようやく呆けていた男とほかの冒険者たちがやってきて、意気込みながらコボルドに向かって行った。かなり今さら気もするが、とりあえず残党は彼らに任せレイアードを呼び戻す。
「レイ、あとは任せて一端戻れ」
俺が呼びかけるとレイアードはすぐさま戻ってきた。まるで忠犬のような行動の速さである。
(……狂拳より狂犬だな)
そんなどうでもいいことを考えつつ、周囲の気配を最大限探る。
「兄貴、最後をあんな連中に後を任せてよかったんですか?」
気配を探っているとレイアードがそんなことを聞いてきた。表情には出ていないが、やはり最後の部分を任せたのが若干不満があるのだろう、チラチラと魔物がいる方を見ている。
「ああ、本来ならあいつらの仕事だしな。それよりもあの魔物どもは妙じゃなかったか?」
「確かにそうですね。こっちを襲いに来ているっていう感じはしませんでした」
さすがBランクの冒険者というだけあって、一から十まで説明しなくても伝わったようで俺の質問に淀みなく即答してくれた。
「どちらかと言えば何かかから逃げてきてるって感じだったよな?」
「そうっすね。確かにコボルドもウルフェンも下級ですから捕食対象になってもおかしくは無いと思いますが……」
「この辺りにはアレを捕食するほどの魔物が思いつかないもんな。オーガやサイクロプスなんて基本は迷宮にしかいないだろうし。グリフォンやヒヒポクリフなんて出たら騒ぎになってるはずだからな」
最後のコボルドを倒して喜んでいる冒険者たちをしり目に俺とレイアードは物思いに耽る。しばらく考え込んでいると冒険者の一人が俺たちに話しかけてきた。その人物は最初に茫然としていた奴である。
「あ、あのよぅ……」
「ん?なんの用だ?」
商人のように今にも手を擦り合わせそうな雰囲気を漂わせている男に対して、レイアードが高圧的に対応する。それによって男は完全にビビッてしまったようで、ビクビクと身体を震わせている。こういう時はやはりレイアードほど役に立つ男はいないとつくづく思う。
(俺だと見た目に迫力が足りないし、ルナはそもそもの段階でそういうの向いてないし)
ウンウンと頷きながらビビッている男を眺める。もちろん助け舟などは一切出さずに全てレイアードに任せる。
「おい、こっちは忙しいんだが?これ以上兄貴の邪魔をするのか?」
「あ、あの、えっとだな……」
「言いたいことあるならさっさとしねーか?」
完全にチンピラと小物が織りなす一幕だが、残念ながら最後まで見ることはできないらしい。俺は未だにどこぞの悪役をこなすレイアードを呼ぶ。
「レイ、そこまでだ。いつでも戦える準備しろ」
「ちっ、意味の分からない奴め……了解っす、兄貴!」
レイアードは絡んでいた男に舌打ちをしながら興味なさげに暴言を吐き捨てる。そして俺に振り返ると、そこにはいつもの従順なレイアードに早変わりしていた。今まで絡まれていた男はその豹変ぶりに目を白黒させながら腰を抜かしている。
(……この変わり身っぷりに驚かない方が無理があるか)
そんな妙な感想を抱きつつ、俺はかなり軽くなった矢筒から矢を再び3本取り出す。周囲にいる冒険者たちは俺たちの行動を不信な目で見ていたが、すぐさま警戒の色が伝搬したようで慌てながら戦闘準備をし始める。
「レイ、俺の矢の本数はもう心許無いくらいしかないからバックアップは期待するなよ」
「そう言いながら兄貴は頼りになりますからね!でも了解っす」
レイアードのその過剰な評価というか、信頼をどこか苦く思いながら呆れたような笑みで適当に誤魔化す。
今思えば俺から少し歩み寄ったおかげか、昔よりはるかにレイアードと軽口を叩けるようになった。仲間と戦うと言うのもいいものだ、と思いながら弓に矢をゆっくりと番える。
さきほどコボルドたちが現れた森の方から今度は地響きのような音が聞こえてくる。
「これはまたとんでもない数が来そうですね、兄貴」
「だな……それにしてもなんかうちの馬車も若干騒がしいくないか?」
不用心だとは思いながらも後ろにある馬車を見てしまう。私も~と参戦を望むような力強い声とそれを窘めるような可愛い声が交互の聞こえてくる。その声の主たちに覚えがありすぎて居た堪れない気持ちになってしまう。
(……あとでルナには謝っておこう)
脳内にメモ書きを加えながら、ゆっくりと弓を引き絞る。ギリリと耳元に弦の張る音が聞こえてくる。その音を感じつつ、神経は森へと向ける。そして、ソレが姿を現す前に放つ。
――――フギャァァァー
金切り声のような耳劈くな音が森から響き渡る。それを聞き、周囲の冒険者たちは何が現れるか悟ったようで緊張の色が濃くなる。
「レイ、来るぞ!」
「任せてくださいっ!!」
木々をなぎ倒しながら現れたのはオークの集団だった。その先頭には右目がつぶれたオーク、俺が放った矢が打ち抜いたのである。だが、そのオークからは怒気や殺気の類が感じられない。むしろ何かに怯えるような、そんな感じすらする。
「やはり何かいる、な。レイ、とりあえず全部やるぞ!」
そう叫びながら俺はレイアードが戦っていない方に弓を向ける。そちらには意を決したような表情をしながら戦う冒険者たちがいる。やはり苦戦をしてるようなので、そちらのオークの目や喉といった比較的筋肉が少ない部分を重点的に射抜く。俺の援護が功を奏したようで冒険者たちは軽く傷を負いながらも少しずつオークを倒していく。
それを確認すると同時に俺は矢筒に手を伸ばす。指先に触れた残り数本を全て手に取る。
「また補充しておかないとな……」
小さい声でボヤキながら誰も相手をしていないオーク数匹に狙いを定める。今回狙うのは膝関節であり、完全に足止め目的である。次々に放たれる矢が正確に膝を貫き、オークたちは雪崩のように倒れ込み悲痛な叫び声をあげている。
「レイ、そっちは大丈夫……だな」
「はい、問題ないっすよ」
とりあえずは心配して声を掛けようと思ったのだが、その姿を見てすぐさま不要だと判断した。なぜならそこにはオークの分厚い胸部を素手を貫きながら余裕の笑顔を浮かべる、そんな人間を心配する必要が無い。現に俺が呼びかけると気負いのない返事が返ってきたし。
そんなのを見た後なので若干やる気が失せていたのだが、これ以上移動が遅れるのも嫌なので俺は弓を背負い、腰の剣を抜く。そしてそのまま山積みになったオークの首を次々と切断していく。
「ふぅ……」
一息つきながら剣にこびり付いた血液を振り払い、鞘に納める。周囲を見渡せば冒険者の団体もオークを仕留めたようで一息つきながらも、手は必死に解体作業を始めている。
「兄貴、お疲れさまです」
「ああ、お前もな。とりあえず俺は馬車に戻るが、お前はどうする?」
魔物の死体を見ながら一応確認する。俺は金にも困ってないし、そもそも解体する気もない。だがレイアードは弟子と言っても本業は冒険者なので、彼の活動の妨げをする気はない。冒険者にとって魔物の素材は稼ぎの一つだし。
「俺も大丈夫です。この程度ならそんな金にもなりませんし」
さすがBランク、と思わず感心する。一応オークはコボルドなんかよりは全然ランクが上なので素材としてはいい値が付くのにそれをしないとはリッチな思考である。聞き耳を立てていた周囲の冒険者たちがレイアードの発言に驚いたような顔をしている。それと同時に欲しがるような目を死体の山、もとい宝の山に向けている。
「そういうわけだから俺たちの分も好きにしていいぞ」
「「「ありがとうございますっ!」」」
先ほどまでのけんかを売る様な態度が嘘だったかのように、全員が礼儀正しく腰を90度まで曲げて頭を下げていた。現金だなと思いつつ、その人間らしさが少し羨ましくも思えた。
そのまま彼らの後ろに見える森に目線を向ける。
(……こりゃあ少し面倒だな)
森から目線を反らしつつ、今夜の予定を組みたてた。
「随分とお楽しみだったようね?」
馬車の荷台部分に乗り込んだ際にかけられた第一声がそれだった。声の主は考えるまでもなくフィリアーナである。フィリアーナはプイッと顔を背けて、子供のように拗ねている。雰囲気的には凛とした大人な感じがするので少し意外感を隠せない。その横ではルナがアワアワと少し慌てており、その肩の上ではフィンが手を振っている。
(……なんというか、カオスだな)
そんな空間に呆れながら足を踏み入れる。そのまま血の付いた外套を脱ぎ、背中の弓を外す。
「別に楽しくなんかなかったがな。というか相変わらず誤解を生むような言い回しだな……」
「何よ、私だって踊りたかったのに!」
若干傍若無人気味な雇い主様に内心辟易としながら、外套を袋に仕舞い、代わりに綺麗な同色の外套を取り出す。それを羽織っているとルナが珍しく苦笑いしながら水を差す出して来てくれた。それをありがたくいただき口に少し含み、飲み込む。
「えっと、フィリアさんも悪気があるわけじゃないので……」
「ん?ああ、分かってるよ。一応だが一戦交えた仲ではあるし」
知らぬ間に愛称で呼ぶ仲になったんだな、としみじみ感じながらため息交じりに返す。別に俺だってフィリアーナがわがままな性格でないのは、ルービエを出発する際の態度で何となく分かっている。ただ、戦闘のことになると、どこか我慢ができなくなるという変わった病にかかっているだけなのだ、と勝手ながらに評価している。
(典型的な戦闘狂だな。このまま戦いを吹っかけられないようにしないとな)
馬車の隅でいじけているフィリアーナに多少の危機感を感じ、なにかガス抜きさせるアイディアを考える必要性があると念頭に入れる。
だが、今真に考えるべきことは別にある。
「フィリアーナ、いじけてるとこ悪いが少し気になることがあるから話がしたい。無論ルナも、な」
いじけていたフィリアーナは俺の真面目な声にすぐさま反応した。もちろん俺の横で甲斐甲斐しく世話してくれていたルナにも声を掛ける。その際に頭の上に手を置いてしまう。するとルナは頬を朱に染め、フィリアーナはそれを見てなにか物欲しげな表情をしている。どうしてだ?
フィリアーナの物欲しげな顔に多少の疑問を抱きつつも、俺は会議を始めた。メンバーは俺とルナ、フィンにフィリアーナの4人である。レイアードは御者台に乗り、いつでも出発できる準備をしている。
「それで、何が聞きたいのかしら?」
真面目な会議とあって、その表情もすっかり凛としたものになったのだが、未だに目だけは羨ましそうに俺を見てくる。とりあえずどうするべきか分からないので気が付かないフリをしながら話を進める。
「もう一度確認するが、この辺りの異変の原因は知らないんだな?」
「ええ、さっきも言ったけど本当に知らないわ。ごめんなさいね」
「いや、別に謝ってほしいわけじゃないから気にしないでくれ……」
なぜか罪悪感に苛まれる俺。そんな俺にルナが小首を傾げながら質問してくる。
「マフユ様は何か気が付いたことがあるのですか?」
「うん。さっき俺とレイは魔物の討伐に出てただろ?」
コクンと頷く二人、約一名はなぜか恨めしそうな目で見てくるが気にしない。
「その時に気が付いたんだが、どうにも今回の魔物の群れはおかしい」
「おかしいって具体的にどうおかしいの?」
「まず第一に魔物の群れの構成が単一じゃなくて複数から成っているんだ」
「つまり誰かが裏で操っていると言いたいのかしら?」
ルナは冒険者としての知識があまりないので不思議そうにしているが、さすが旅の一座というだけあってフィリアーナはその辺の事情を知っているようで、すぐに言いたいことが伝わったらしい。
「まあその可能性も無きにしも非ずと言ったとこなんだが、俺は別の可能性もあるんじゃないかと考えている」
「別の可能性って?」
「うん……何か下級の魔物を捕食する強い上位の魔物が出現したっていう可能性だ。戦った感じだと、俺たちを襲いに来たというよりは何かに怯えて逃げてる風だったからな」
そこまで話すと全員が一様に神妙な顔つきになる。俺は一息ついてからフィリアーナに再度尋ねる。
「フィリアーナ、お前ってこの辺の土地に詳しいか?」
「……詳しいか、詳しくないかと言えば詳しいかしら。だけど、ここ来たのは久々だから過去の知識しかないわよ?」
「それで十分だ。聞きたいのはこの辺りに上位の魔物が出たって話を聞いたことあるか?」
「最近も昔も無いわね。もちろん、私がいない時のは知らないけど」
肩を竦めているフィリアーナ。彼女の言葉の中に多少気になることがあったが、とりあえずは突っ込まず考えるべきことにのみ集中する。
(……だとするとこれは多少俺たちの旅の目的も絡んでいるのか)
頭に浮かんだのは先の封印の地での一幕。あの時は守護者たちに異変が起きていた。それとの関連を微かにだが感じ、避けて通れないかもしれないことに溜め息を付きたくなった。




