長い夜 2
何とか間に合った。だけど駆け足だったために内容を精査出来ていません
ルービエの町の門前には蟻がたかるように人々が押し寄せてきている。しかもその8割以上が男だと言うからむさ苦しくて仕方がない。そしてそんなむさ苦しい集団がこぞって外熱い視線を送る先には二人の女性が佇んでいる。
片やヘスティアの紅玉とまで言われる清楚系お姫様。片や今は外套の下に隠れているが、その肢体は世の男ども虜にしてしまうほどの妖艶さを持つ踊り子。両方とも千人が千人認めるほどの容姿を持っている。そんな二人が相対した結果――――砂糖に群がる蟻の如く男が寄ってきたのである。
「うぉーー!どっちも綺麗すぎるだろ!!」
「お前はどっち派だよ?」
「俺はあっちの優しそうな方だな、お前は?」
「ばっか、普通は向こうの気の強そうな方だろ」
周囲では謎の派閥が出来上がりつつあるらしいが、その話題の中心にいる人物たちは気が付いていないらしい。
(ルナもこういうのには慣れてるのか?それとも俺が頼んだから張り切って周りが見えてないのか?)
恐らく両方だろうな、と結論付けて二人(正確には四人)の様子を陰ながら見守ることにした。
「なるほど。つまりこちらの方はルナ姫の護衛という事でしょうか?」
「はい、そういうことです。ですので先ほどのお話はお受けできません。申し訳ありません」
何の躊躇いもなく頭を下げるルナにさすがのフィリアーナも驚きを隠せずにいる。俺もルナとそこそこ付き合いがあるから驚かないが、それでも一国姫としてこの低姿勢は素直に好感が持てる。現に外野たちも謎の盛り上がりを見せているし。
「なるほど、確かにこれほどのお方なら護衛にも適任でしょうね。ですが、見たところ彼以外には護衛がいないように思えますが?」
そう言いながらも気配を殺しているはずの俺に視線を向けているのは気のせいだと思いたい。
「はい。でもレイさんは一人でも十分なほど実力者ですので」
さすが王女だけあった腹芸にもそこそこ精通しているらしい。
確かに護衛はレイアード一人である。俺は名目上はルナの婚約者であり護衛ではない。またレイアードの実力に関しても確かに十分ではあるので嘘ではない。
(なにより俺の存在を上手く隠してくれている……あとでお礼を言わないとな)
ウンウンと頷きながら、ルナの腹芸に感心する。フィリアーナは俺が隠れている場所から視線をずらしたようで、恐らくは今頃レイアードを値踏みするように視線を向けているのであろう。
「ふーん、まあルナ姫の言いたいことは理解できます。しかし、あなた方の目的地がどこだか分かりませんが、この先は護衛一人ではいささか危険だと思いますが?」
そんなルナに対して一歩も引かず、むしろ意味ありげな言い方をするフィリアーナ。だが、不思議とルナとフィリアーナの間には不穏な空気は流れておらず、むしろどこか友好的とも思える印象がある。
「どういうことでしょうか?」
「いえ、なんでも魔術都市の方でどうやら何かあったようで。そのせいで道中に魔物たちが増えているそうですよ」
それを聞いてルナの視線がフィリアーナから別の場所に動く。別にたじろいで逸らした、というわけではなく、その真紅の瞳で捉えているのはフィリアーナの後ろにいる護衛として雇われた冒険者たち。おそらくだが、彼らの反応を見て情報の真偽を確かめようとしているらしい。
(なんて言うか……いつものルナと違うな)
恐らく今のルナこそが王族としてのルナ=ヘスティアなのだろうが、正直言っていつものホンワカとした優しいルナが俺の良く知るルナなので若干意外性を感じる。
そんなことを感想を抱きつつも、フムと顎に指を這わせながらフィリアーナの言っていたことについて考え込む。
「具体的にどの範囲のことを指しているのか、いまいち分らないが少なくとも俺の記憶では比較的安全だった気がするんだが……」
そのままフィリアーナに視線を向ける。
(俺の印象ではフィリアーナは戦闘狂の類。そんな人間がわざわざ護衛を雇うとは考えにくいんだよな……)
気になったのはフィリアーナの態度である。戦いを求めるなら護衛はむしろいない方が都合が良いのでは、と思う。
だが、そこまで考えてから頭を振って忘れる。俺の持っている知識はあくまでも古いもので当てにならない。
加えて特にフィリアーナとそんな深い仲ではないために性格などは完全には断定はできない部分がある。しかし、初対面の人間に対して戦いを挑む辺り戦闘狂の類だと俺は思う。もちろんレイアードと言う若干判断し辛い前例もあるが、あくまでもアレは異例であると認識している。
(これでフィリアーナもレイと同じだったら俺は人を見る眼の無さに落ち込むな……)
落ち込む落ち込まないの冗談はさておき、より強い相手を求めるなら魔物と対する場合でも単独で挑みたがると思う。もちろん、一座としての決定や安全を確保するという団体としての意見で護衛を雇っているという可能性も捨てがたいが、先の会話から推測するにフィリアーナ自身も強い護衛を欲しているようにも思える。
(……そうなると強ちハッタリと言うわけでもない、か)
俺なりの考察を終えたところで視線を再び戻す。すると、俺と同様考察が終わったようでルナとフィリアーナの方で動きがあった。ただし、その変化は俺の予想からはかけ離れたものだった。
「……ん?」
頭の上に疑問符が浮かび上がっているのが自分でも認識出来ているほど不可解な光景だった。
先ほどまでと同じように二人の美女は相対している。しかし、表情が劇的に違っていた。フィリアーナは先までと同じで、高貴な雰囲気を漂わせながらどこか妖艶さと自信に満ち溢れている。一方でルナはと言うと、恥ずかしそうに顔を赤く染めて、自信なさげにキョロキョロと周囲を見ながら今にも俯きそうである。
何となく理由を察して、これ以上は辛そうだと判断し意を決して馬車の影から飛び出る。
「ルナ、大丈夫か?」
「ま、マフユ様!?」
急に俺が庇うような恰好で現れたことにルナはかなり驚いているようで、先ほどまであんなに凛々しく、どこか気高さを放っていた雰囲気は霧散して、一人の少女として顔に戻っていた。
「色々任せちゃって悪かったな、あとは俺がどうにか引き継ぐ」
「あうっ……」
そう言いながら頭を撫でながら俺の影に隠れてやるようにすると、別の意味で頬を朱に染めながら可愛い声を出していた。
その声を名残惜しく思いつつも、周囲を一回見渡す。
急に現れた俺にフィリアーナだけでなく、レイアードや座長、周囲の野次馬までもが驚いている。かくゆう俺も内心で自分の大胆な行動にかなり驚いている。
(……だけど一人だけその驚きが別な方向を向いている気がするんだが)
この場にいる大多数は急に現れた"俺"という存在がどこから出てきたのか、という部分に驚いているのだが、若干一名だけは"俺"という存在とがこんなに早く再開出来たことに対して驚いている。いうなればギャンブルで大当たりしたようなものだろう。
(完全にロックオンされたな。……腹ペコの魔獣より質が悪い)
恍惚とした表情しているフィリアーナを見ながらそんなことしか思えない。普通なら美女のそんな表情の一つでも見れたら役得だと思うのだが、そんな気分にはとてもではないがならない。
「縁は異なもの味なものとは良く言ったものだ……」
「あら、それは私に気があると解釈していいのかしら?」
ため息交じりに皮肉気味に独り言をつぶやいたのだが、フィリアーナはそれをわざわざ嬉しそうにしながら拾った。
「そんなはずないだろ……それに俺の存在に気が付いてただろ?」
肩を竦めながら返す。このフィリアーナと言う女性の前ではどうにも軽口の応酬になってしまうらしい。
「それは残念ね。それとあなたがいることは知らなかったわ、ただ気配を隠すのがお上手な方がいるのは勘づいてたけどね」
「小心者の弱者はいかに強者から逃れられるかで生存率が変わるもんでね」
極上の笑顔でウインクを決めるフィリアーナに周囲の男たちは完全に胸キュンしてしまっている。うーん、シュールな光景だな。
そんなシュールな光景に胸やけを起こしそうになっていると、クイクイと後ろから遠慮気味に外套が引っ張られてた。
「ん?」
「え、えっと、マフユ様。あの方とお知り合いなのでしょうか?」
今にも泣きだしそうな顔で聞いてくるルナ。フィンとは対照的なのだが、これはこれで俺に危機感を与える。
「いや、別に知り合いって仲じゃないぞ」
「そうよ、安心して」
俺がルナに弁解していると、なぜかフィリアーナも同じように否定してくれた。有り難いと心の中で呟きつつもどこか不安を拭い去れない自分がいる。そしてその予想は見事なほど的中してしまい、フィリアーナがまさかの一言を発する。
「私と彼は情熱的な一晩を共にした仲でしかないから、ね?」
思わず絶句してしまう。確かに激しく戦っていたから情熱的と言うのは語弊は無いが、わざわざ誤解を招くような言い方はやめてほしい。
「何が"ね?"だ!完全に誤解を招く気満々じゃねーか。ルナ、昨日も伝えたがあの女に喧嘩を吹っかけられただけだぞ」
「あら、そうだったかしら?確かあなたに手を掴まれた気がするんだけど」
「お前がちょっかい出さなきゃ、んなややこしい事態にはならなかったぞ!」
悪びれる様子もなく、ただただ面白そうにあの手この手で場をかき乱すフィリアーナ。周囲の男たちの視線がどんどん痛いもの変わり始めている。口々に「あの野郎……」とか「美女二人に手を出してやがんのか」とか、しまいには「夜道で覚えてろよ」などと物騒な声まで聞こえてくる。
後ろではルナも混乱仕切っているし……。
(勘弁してくれよ……)
天を仰ぎながら、内心でそう叫ばずにはいられなかった。
「フィリアーナさんって踊り子なんですか!」
「ふふっ、そうよ。ルナもシャルドに着いたらぜひ公演を見に来て、きっとビックリするから」
「はい、楽しみにしていますね」
俺たちの馬車は現在、魔術都市シャルドに向かって進んでいる。進路の先には十台以上馬車が巨大な蛇のように連なって進んでいる。旅の一座である舞踏の旅団の馬車とその護衛である冒険者たちが乗った馬車である。その周囲にはぽつぽつと警戒のために騎馬隊が並走している。
なぜこうなったかと言えば、単純にフィリアーナ達の提案に乗ったからである。正確に言えば押し負けたとも言えるが。
あのあと、俺はルナとついでにフィンの誤解を解くのに奔走させられた。怒るフィンを宥めて、悲しそうなルナに必死に弁解をして、やっとのことで誤解が解けたのである。あんな経験はもう御免こうむりたい。
俺はそこまで苦労をしたのだが、女性陣はなぜか仲が良くなった。特にフィリアーナとルナはとても意気投合しており、今も家の馬車でフィンを混ぜて三人で楽しそうに談笑している。
「……はぁ」
俺はその光景を見て、なぜか溜め息しか出ない。とりあえずここにいても場違いな気がしてしまうので、御者台に移動する。
「あれ?どうしたんすか、兄貴」
「ん、なんか女性陣が楽しそうなんでこっちに来た」
訝しげな視線を向けて来るレイアードに簡単に馬車内の様子を告げながら隣に腰を下ろす。目の前に馬車が多くあるせいか、いつもの風を切る様な感覚が無くて若干寂しく感じる。
「それで、この辺の状況はどんな感じなんだ?」
「まだはっきりとは言えないっすけど、確かにおかしいとは思いますね。この短時間で魔物との戦闘が3回、どれも規模は大したことありませんが、違和感はあります」
「そうか……」
俺たちはここまでに三回も魔物と遭遇している。その内訳としては、ゴブリンの中10匹前後の集団が1回とコボルドの集団が1回、そしてウルフェンという灰色の毛をした狼に近い魔物との戦闘が1回とどれも苦戦をしないものであった。もちろん、護衛の役割を担う冒険者たちがそれを退治しているので俺とレイアードは基本何もしていない。今回の契約では本当に危険なときのみ戦ってくれとフィリアーナに言われたからである。
「っと、どうやらまたか?」
「みたいっすね」
風景をのんびりと見ていると、一騎の騎馬が冒険者たちが乗る馬車に近づく。ここではさすがに会話の内容は聞こえないが、おそらく魔物が出たと見てまず間違いないだろう。
「すいません。馬車を止めるようにと前方から連絡が回ってきました」
「了解。レイ止めろ」
前を走る馬車から一座の少年と思しき人物から伝令が来た。その指示に従いレイアードはゆっくりと速度を緩めて、前方の馬車たちが止まるのとほぼ同時くらいに俺たちの馬車もゆっくりと止まった。
それからすぐに中位に位置する馬車から冒険者たちが出てくる。彼らは一座の馬車を守れるように配置に付いていく。
「この感じだと出たのは先頭ですかね?」
「だろうな。大方コボルドの集団だろうから苦戦はしないだろうが、問題はこの魔物の多さだな」
「そうですね、いくらなんでも異常としか言えませんからね」
確かに少数の集団が航行しているならこれだけ襲われても運がなかったで済ませれると思う。だが、今回は馬車が10台以上もいる大規模な集団である。それが何度も襲われるというのはいくらなんでも運がないでは済ませられない。
一般的に魔物と言えど本能的に危険をある程度察知できると言われている。もちろん、アンデットなどは別だが、今回遭遇したゴブリンやコボルド、ウルフェンと言った種はその傾向が高いとすら言われている。
「少し気になるが、な……」
戦闘が起きているであろう集団の一番前の方にぼんやりと視線を向ける。レイも同じことを思っているようでひっそりと呟いてくる。
「今から行っても終わってるでしょうね」
「だな。せめてこの辺りに魔物が出てくれると少しは異常の原因が分かるかも知れないのに」
今のところはこの周囲の森に異常は感じられない。そうなると原因はさらに遠方の場所にあるか、あるいは魔物の異常発生かにおおよそ絞り込める。どちらにしても一度魔物の様子を見てみたいと思うのだが、いかんせん今のとこは全て先頭集団付近で起きているため、良く観察出来ていないのが現状である。
だからせめて近くに現れないか、などといつもは考えないようなことを願ってしまった。そして本当にこういう時に限って願いは叶ってしまうのである。
「兄貴……」
「……ああ」
まだ護衛の冒険者たちは気が付いていないようだが、かなりの集団が森の中からこちらに向かってきている気配がする。しかも意外とその速度は速い。
「一応戦闘準備するか。フィン」
「なーに?」
「悪いけど、俺とレイは一端馬車から少し離れると思う。まあ大丈夫だとは思うが、一応警戒しておいてくれ」
「りょーかい」
中で寛いででいるであろうフィンを呼ぶ。完全にリラックスしているようで、その声にいつもの凛々しさが無い。俺としてはいい傾向だな、と思いつつ簡単に状況を説明する。それを聞いてもフィンの雰囲気は変わらず完全に安心しきった様子で中に戻って行った。
「二人とも心配しなくて平気だよー、マフユが戦うみたいだから安全だって」
中から聞き耳を立てていた二人はフィンからそう聞かされ、相反するであろう感情を見せた。つまりホッとしたものとあからさまに詰まらなそうな雰囲気である。どちらがどちらの雰囲気を発したかなど言わなくとも分かるだろう。
そんな雰囲気を察して苦笑いを浮かべながら俺とレイアードは御者台から降りた。