交錯し始める運命2
このガラッタに来たのは単なる偶然であった。
強いて言うなら、相棒の妖精フィンのために高級な花蜜を食べさせてやるためだった。
(なのにどうしてこうなった…)
偶然争っている現場に遭遇し、お節介的にその間に入り危うかったほうを助けただけ。それだけなのに、それがまさかの人物だとは誰が想像するだろう。
なかば現実逃避していると腹部に痛みが走る、間違いなく蹴られた。思わず苦悶の表情でも浮かべてしまったのか、目の前にいるお方に心配されてしまう。
「あの、どうされましたか?」
「あ、気にしないでくれ。いつものことだから…」
いつも腹部が痛いと勘違いされかねないがこの際気にしていられない。
とりあえず、この場を離れ外套の下にいる相棒のご機嫌取りをしなければいろいろ危うい気がする。
だが、それが簡単にできないから困っている。なんせ目の前にいるのは正真正銘お姫様なのだから。
少し前にそれを聞いたとき、俺の予想が当たっていてどれだけ嫌になったことか…
助けたあと、とりあえず外套を離してもらえなので場所を移動しようと提案した。騒ぎを聞いてだれかくるかもしれないし、何より相手の容姿が目立つため、先ほどまで相棒と話していた場所に戻った。そこでとりあえず、少女が落ち着いたころに話しかけた。
「とりあえず名前を聞いても…」
「あっ、ルナ=ヘスティアです。先ほどはありがとうございました」
そういって頭を下げる少女だが、正直その名前を聞いて逃げ出したくなっていた。
ヘスティアという苗字、間違いなく8つ存在する王族の一つであり、とある女神の名。かの十二神の一柱で、俺の過去に関係あるがゆえにこの少女からは距離を置きたい、叶うなら出会わなかったことにしたいほどである。
とりあえず逃げるのは無理そうだから、ここは跪いて敬意を示し、敬語を用いたほうがいいかなどと考えるが今更だなと結論付ける。そもそも一応命を救ったわけだし、多少は融通が利くだろうと勝手に考える。
(あまり関わりは持ちたくないが、色々気になるからな)
なんでお姫様が一人でいるのかとか、なぜあんな危険なことしてたのかとか、どうして辺境のこんな村にいるのかとか様々な疑問が浮かぶ。
「えーっと、ルナ姫とお呼びすればいいかな?それとも王女殿下?」
「えっ、いや、その呼び方止めてください!ルナで大丈夫なので」
徐々に弱々しくなる声に思わず先程勇ましく戦っていたのかと疑いたくなる。そもそも、姫とか王女殿下って呼ばれるの嫌なのかと疑問に思うが、自分もそのような呼称から逃げ出したのを思いだし、なんとも言えなくなる。
「それじゃあルナと呼ぶけど、王女様がこんなとこで何してんだ?」
「それにはいろいろわけがあるんですが……」
彼女の話を簡単にまとめると、数日前に女神ヘスティアから何か不吉な者の気配が忍び寄っていると告げられ、それ以来交信が途絶えてしまい、加護の弱くなり始めているらしい。8つの王家のみならず、神との縁がある家系は大体はその神を崇拝し、貢物などをする。その対価というわけでもないがお告げや加護などをもたらしてくれる。
神様のほとんどは気まぐれな性格が多く俺が知っている神たちも大概は気まぐれなお方ばかりで苦労した記憶がある。しかし、俺の知る女神ヘスティアは真面目というのは変だが、決して気まぐれに人を困らせるタイプではなかったはずだ。何より最高位の十二神の1柱の加護かなくなるのは非常に緊急事態である。
「その困り果てたところに、かの勇者様が現れたとお聞きしたので」
お力をお借りできないかと、とまで聞いたところですべてが合点した。
つまりこの王女様の先ほどの危険な行為は、噂でしかない本物かも疑わしい勇者に会うためのものであったと。
「そんな噂でしかないもののために自分でくるとは大した王女様なことで。部下の兵士に任せるんじゃダメだったのか?」
「それが今回の事態をわが一族は重く受け止めていないのです。なので協力してくれる者もいないので……」
なるほどな、と思う。確かに冥界の神に支配されていた頃なら重く受け止めていただろう。しかし、それはすでに封印されて今は平和そのものだ。そんなすぐに何か起こるとは到底思えないし、王女様とは言えまだ子供には変わりないから積極的に手伝ってくれるやるもなかなかいないだろう。
「それで自分で探しに来た、と」
「……はい。それにやはり自分の言葉でお伝えしたほうがきっと伝わると思ったものですから」
とても良い心がけだと思う。その美しい心がけに対してなんだか俺の心が多少痛む。まあ、俺の心は置いておくとして、こんな素晴らしい少女が危険なことをするのはよろしくないので、王女様に対し説教といいうほどではないが、注意する。こんなことが知られたら俺どうなるんだろうとか思うが、必要なことだから仕方ない、はず。
「こんなことを言うのも難だが、ルナの探し人は人違いだと思うぞ。だから危険な真似は止めたほうがいい」
わかりました、という返事を聞いて安堵する。聞き分けが良いことに対してもだが、何よりこの不届き者め、打ち首だ~的な展開にならなかったことに対する安堵も含まれていたことはもちろん秘密である。
そんなどうでもいいことに胸を撫で下ろしていたせいで、彼女の何かを決意した表情を見逃してしまった。
「そこでお願いがあるのですが……あっ、そういえばお名前をまだお聞きしてませんでした」
確かに思い返せば目の前の少女には名前を尋ねたが、俺は自己紹介していなかった。なので簡単にマフユです、とだけ名乗る。苗字については知られたくないので伏せておく。そもそも知られるといろいろ厄介なことになりかねないし。今でも十二分に厄介ごとの渦中にいる気もするが。
「えーっと、それでお願いっていうのは?」
聞きたくはなかったが、もしかしたらそんなに厄介ごとではないかもしれない。 それに聞かずにうやむやにして立ち去るなんて不届きをこれ以上重ねたくないし。
「……腕を見込んでお願いがあります。先ほどおっしゃった通り、勇者様ではないと思います。しかし、その真偽をどうしても自分で確かめたいのでお力添えしていただけないでしょうか?」
想定していた中の最も厄介なことではなかった。これなら俺の正体がバレる可能性がそんなに高くない。もちろん正体をバラせばこの娘の依頼は完了するのだが、それを選ぶとその先がヤバいのでそれは選択肢から外す。
「本来ならが俺程度が受ける依頼ではないが、お姫様の依頼ならば断わるのは忍びないから力になろう」
かなり恩着せがましく言ったのは、要するに今回だけだからなと遠回しに言いたかったでけである。決して嫌な奴ではない、たぶん。
それに対し、ありがとうございますと笑顔で言われてしますと心が痛む。
「とりあえず、真偽を確かめるならご本人に会うのがいちばんだろうな」
「私もそう思い、先ほどの二人組にお願いしたのですが……」
「ああなった、と。そもそもなんであの二人お願いしたんだ?」
ルナ曰く、勇者様はなかなか人前に現れないらしく、会うには約束を取り付けないといけないらしい。しかも、その約束を取るには審査が必要ときた。つまり、先ほどの一件を起こした俺は会える可能性が低く、彼女も同様だ。
「とりあえず悩んでいても仕方ないから村の中心に戻って、情報を集めるか」
「そうですね」
そういって、立ち上がるとついに痺れを切らした相棒から痛烈な一撃を鳩尾に叩き込まれ思わず座り込んでしまう。座り込んだ俺に駆け寄ろうとしてくれたルナの前に外套の下から現れた小さな影が立ち塞がった。
「これ以上私の大切なマフユに近づかないで!」
両手を広げながら高々と宣誓しているフィン。俺を大切に思っているなら鳩尾に一撃入れるのはどうかと思うぞと苦言を呈してやるべく、ゆっくりと立ち上がると今度は俺が叱責される番だった。
「マフユもマフユよ!私というものがありながら……」
必死に訴えかけてくる姿は何とも愛らしいのだが、いかんせん先ほどの痛烈な一撃が台無しにしている。それになんかお前で欲求を満たしているとも思われかねない発言はやめていただきたいのだが……ルナも向こうでキョトンとしてるし。
「えーっと、とりあえず紹介しておくよ。こいつは妖精族のフィンだ。フィン、聞いていたと思うがあっちは王女様だからあまり不敬な発言は控えておけ」
一番の不敬はおそらく俺なのだが、この際をそこには触れない。
王女様と聞き、フィンがうぬぬと小さく唸る。たじろいでいるところを見ると聞いていなかったのかと思う。フィンも俺の事情については理解してくれているので、余計なことは言わないだろうが、それでもこれ以上鬱憤が溜まるとどうなるかわからないので、指先で頭を撫でてやる。すると、嬉しそうに目を細め気持ちよさようにしているのを見ると、先ほどまでの剣幕が嘘ではないかと思わされる。
「……初めて妖精族を見ました」
ようやく立ち直ったルナは物珍しそうにフィンを観察している。まあ確かに妖精族は珍しいとは思う。俺はフィンと長年旅をしているためそんなことは思わないが、妖精族はあのエルフたちと同じかそれ以上にプライドが高く、滅多に人間の前には現れない種族である。妖精族と出逢った者には幸運が訪れるとまで言われるほどの存在を目にすれば誰だって観察したくなるのは当然ともいえる。
「俺の相棒で長年一緒に旅してるんだ」
頭を撫でながら紹介してやると、これでもかと言わんばかりに胸を張って自慢している。そんなそんな様子が微笑ましく思わず癒されてしまう、念のため付け加えておくが神に誓ってやましい視線は向けたことはない、神を崇拝していない俺が言っても説得力には欠けるが。
「お美しいですね。ところでマフユさんは冒険者なんですか?」
フィンは褒められてうれしいのか先ほどより警戒心が和らいでいる。相変わらず簡単な性格だなと思いながらルナのほうを見る。
「まあ一応は、な。ほとんど旅人のようなものだが」
「あれほどの実力をお持ちなのですからそんなご謙遜を」
先ほどのはたまたま運が良かっただけであり、俺の実力なんかじゃない。そう言おうとしたのだが、横では鼻歌混じりにそうでしょ、そうでしょとかなり自慢げに嬉しそうにしているフィンを見て否定できず、話をそらすことにした。
「さて、おしゃべりはここまでにして情報収集に向かうとするか。フィンおいで」
呼びかけると嬉しそうに外套の下に戻ってくれたので思わずほっとする。これで当面は蹴られたり、痛烈な一撃はこないだろう。歩き出すとルナも俺の後ろをついてくる。
「ところでどちらに向かうのですか?」
「情報が一番集まるのは酒場だな。ただ、それは明日にしよう」
「え?夜のこれからの時間が人が多くよいのではないでしょうか?」
「まあそうなんだが、情報のためだとそうとも限らないんだ」
不思議そうな顔をしているので説明してやる。確かに夜のが人は多いのだが、その分間違ったものも多くなる。しかし、時が経てばそれだけ情報は整理され凝縮される。なので、俺は基本夜ではなく人の比較的少ない昼に酒場に赴くことにしている。
「それにあんたの場合は目立つというのもあるしな」
「な、なるほど」
かなり尊敬のまなざしを向けられるが、一番の理由はただ単に人が多くいるところが嫌いというだけなので、そこまで関心されるとなんとなく悪いことをしている気分になってしまう。もちろんそのことを言うつもりは一切ないのだが。
それらを気分的にごまかすように、歩みを少しだけ早くする。なんだかんだ色々とイベントがあったおかげで知らぬ間に日は沈み始め広場いた多くの人影は減っていた。人が少なくなったおかげで悠々と歩けるかありがたい。俺の後ろにはフードを深くかぶったルナがついてきている、フードをかぶせた理由は単に目立つからである、それはもちろん俺も同じだが。
そんな二人組でも日が沈んでいるおかげで目立たずに、比較的空いている食堂に入ることができた。
二人掛けの席に座り、俺が二人分の注文を済ませる。なぜ二人分かと言えば、お姫さまにはこういう店は初めてでどのように注文していいのかわからないらしい。とりあえず、俺だけフードを脱ぎ一息ついたところに注文したホットエールが運ばれてくる。それで軽く乾杯し、先ほど思った疑問をぶつける。
「なあ、ヘスティア王家の城ってここから結構離れてるよな?ここまで食事とかどうしてたんだ?」
ここガラッダはヘスティア家の領土の一角である。しかし、ルナの住むオーフェン城からは遠く馬でも最短で2週間近くはかかる。それなのに注文の仕方など知らないことを疑問に思うのは当然である。
「えーっとですね、恥ずかしながら貨幣を渡して代理で注文を……」
思わず絶句してしまった。まさか、その辺にいるやつに注文させていたとは。頼まれたやつはいい儲けだったに違いないな。何よりさすがお姫様と思ってしまった。さすがこれからのためにと思い簡単にレクチャーしてやると、とても興味深そうに聞いていた。
そんなことをしている内に、料理が運ばれてきた。俺がいつも食べている高くもなく安くもない平凡なパンと薄く切られた数枚の肉、そしてサラダである。こう見えて食事には気を使っているというか、主にフィンに文句を言われるのでバランスを大切にしている。
お姫さまの口に合うか少し心配だったが、どうやら普通に口にしてくれているのでとりあえず安心する。
「そういえば今夜の宿とかは決まっているのか?」
「はい、この村の一番いい場所を押さえてあります」
「……一番、ね」
発言もそうだが、その作法や物腰もやはり一流であり流石の一言である。それなのに、あんなことをしていたから驚きでもあるが。
なかなか経験できない食事を終え、ルナを泊まる予定の宿まで送ったあと、俺も今夜の宿を探す。もちろん泊まるのは安宿であるが。安宿の部屋は本当にベッドしかない狭い一室。その固いベットに腰掛けて、フィンとツルキに呼びかける。
「ほら、花蜜だ。ツルキには干し肉な」
フィンは嬉しそうに花蜜を飲んでいる。ツルキも干し肉をかみ千切りながら食べている。
「明日からいろいろ大変だが頼むな」
「まあ、マフユの頼みだから仕方ないね」
「ありがとな、フィン、ツルキ」
一人と一匹が食事を終えたのを見計らい、そのままおやすみと声をかけ、カンテラの火を消す。ツルキは枕の横で丸まり、フィンは俺の上にやってくる。そのまま薄い布団をかぶり、いつも通りの浅い眠りにつく。