守護する黒衣の鎧騎士 5
今回はかなりグロいかも知れません。
その姿を視た瞬間、魔女という言葉が頭に浮かんだ。別に"魔女"という単語に侮蔑的な意味があるわけでない。
ただ過去に魔女と言えば強力な魔法が使えるという畏怖の象徴とされていた時代もあり、また知り合いに魔女と名乗る人がいるのでそんなことを思ってしまった。
そんなことを考えながら宙に浮くローブの女を観察していると不意に目が合った。
「あなたがアレを倒したのね!へぇ……確かに恐るべき魔力量ね。冥界でもそんな魔力量の者見たことないわ」
「……何?」
聞き逃せない単語に身体が反応してしまった。眼前に鎧騎士がいるのすら忘れてローブの女を睨む。
「そんなに睨まなくてもいいんじゃない?」
「お前……何者だ?目的はなんだ?」
「女性に向かってあれこれ質問するなんて無粋よ」
女は肩を竦めながらそう言うと、手を前に差し出す。するとそこに漆黒の瘴気が渦を巻き始める。それは先ほど霧散したモノとよく似ている。
「悪いけど、あなたたちに構ってる時間は惜しいの。さよなら」
手の上で渦巻いていた瘴気を俺の前にいる鎧騎士に向かって放つ。
それと同時に黒い波動が魔女の女から放たれ、周囲を薄暗い空気が覆い始めた。
「グォォォォオオオオオオ!!!」
それを浴びた鎧騎士は急に野獣のような雄たけびを上げた。その音圧は空気を震わせ、それに呼応するように死の大地からいなくなったはずの亡者たちを呼び覚ました。
「なっ!?さっき倒されたはずじゃ!?」
「一体何が!?」
「チッ、フィン!気を緩めるな!ツルキも頼む」
瞬く間に取り囲むように現れた不死者にレイアードとルナはすっかり驚き、狼狽しきっている。すぐさま加勢に向かおうと、痛みを無視して両手の剣を振るおうとした瞬間、亡者たちを虫けらのように屠りながら鎧騎士が俺目掛け突っ込んできた。
「くそっ!」
掠めゆく巨剣を見送りながら、カウンターを狙おうとすると巨大な何かを叩き付けられ紙切れのように飛ばされた。
「ぐはっ……」
肺の空気を無理やり吐き出させられながらも、前に目を向けると首を切り飛ばすように巨大な刃が迫っていた。上半身を必死に捻り躱すと、背後にいた何十という不死者の身体が真っ二つにされた。
(うそっ……だろ)
その受け入れがたい光景をむざむざと見せつけられながらも、なんとか間合いを取ろうと立ち上がる。しかし簡単にはそんなことをさせてもらえるはずがなく、恐ろしい速度で巨剣が俺を襲う。
「ふふっ、せいぜい最後まで足掻いてね!」
俺が死に物狂いで巨剣を躱し続けていると、愉快そうに笑いながら踵を返しローブを翻しながら女は突如現れた闇の中に姿を消した。
「ぐっ……ツルキ、使え!」
剣戟の嵐の中、何とか向こうで戦っているツルキに指示を出した。俺の言葉を聞くと同時にツルキのから膨大な魔力の奔流が巻き起こり、瞬時に世界を白銀に染め上げた。
それは最初に不死者たちを無に帰した時と全く同じだった。白銀の彫像は雄たけびとともに砕け散り、危機は脱したと思われた。
「ど、どうして!?」
障壁を展開しているフィンが狼狽しきった声を上げた。無理もない。真っ白な大地から再び亡者どもが這い出てくる、いや創りだされてくるのだから。
「これは……闇魔法!?だが、なぜ?」
全身の切り傷から血が飛び散らして躱しながら、声を出してしまう。
闇魔法は人族が使うことができない魔法。そして例外を除けば冥界の者にしか使えない固有魔法である。
「あの魔女、冥界の者か!?しかも"怨嗟反魂傀儡"まで使えるのかよ……」
怨嗟反魂傀儡とはかつて、俺が戦った冥界の4貴族の一人が編み出した最悪の魔法である。魂を闇に染め、それを入れ物に定着させ、暴れせるという魔法。しかも自我など無く、ただ復讐、欲望、破壊、など怨嗟に染め上げ、魂は成仏することなく苦しみながらさまよい続ける。
つまり、入れ物をいくら壊しても壊れた魂はそこにあり続けるので、減ることのない死兵団を築くことができる。
「えっ、えっ!?ツルキちゃん?」
慌てた声を出すルナを方をみやると、彼女の手の中でツルキが仔犬の姿に戻りぐったりと寝ていた。
「あ、兄貴!?」
「心配するな、魔力を使い切っただけだ。休ませておいてやれ」
ツルキは過去に魔力が枯渇する呪いを受けた影響で本来の神々しい姿ではなく、比較的魔力消費が少なくて済むように愛玩的な仔犬の姿をしていた。それでも魔力の減衰は抑えられないため、俺の守護獣として契約してた。
それにより生きていくには問題ない程度に俺から魔力が供給されていたのだが、今回渡した魔力分を足しても"凍獄"を2回も発動するのは負担だった。
「それよりもレイ、今はお前も活躍しろ!フィンだけで相手するのは負担がデカい!」
両手に握る剣で何とか対応しながら指示を出す。
剣が接触するたびに俺の腕の骨はミシミシと嫌な悲鳴を上げ、周りでは巨剣に巻き込まれ呻き声を上げながら不死者たちの身体が粉砕されていく。
「う……ぐぅ」
必死に歯を食いしばり、腕に力を入れて巨剣を受け流し、躱しているが一向に攻撃に転じる暇がない。
いくら反撃してもその巨大な盾で綺麗に弾かれ、少しでも体勢を崩すと怒涛の剣戟が襲いかかる。それは傍から見れば蹂躙されているようにしか見えない。
「弄られる趣味は……ねぇんだよっ」
剣閃を潜り抜け、さらに盾を無理に突破しようと身体を引き絞り、二本の剣で横薙ぎをする。脇腹の傷口は悪化の一途を辿り、服を真っ赤に染め上げている。
痛みを堪えながらの渾身の一撃。これだけ勢いを付けた攻撃を正面から受ければさすがの鎧騎士でもグラつく。そこで俺は一気に勝負を付けようと考えていた。しかし――――。
ガキーーーーーン!!
激しい衝突音が聞こえた。だが、吹き飛ばされたのは俺と盾だった。一瞬、なぜだ、と頭をよぎったが即座に理解した。
(引かずに押したのかよ……)
空中で受け身の姿勢を取りながら起きたことを把握する。
鎧騎士は受けるのではなく、盾を攻撃に使った、迎撃を選択したのだ。そのせいで俺は吹き飛ばされ、奴は盾を失った。作戦的には成功とは言い難いが、結果オーライである。
「これなら防げまい!」
着地と同時に切り込む。ボタボタと血が流れ落ちる。
流石の鎧騎士も未だに体勢を整い切れていない。それでも巨剣を振るってこれるのは見事と思わず感心してしまう。
だが、その程度の剣閃なら躱しきれる。迫りくる巨剣を右の剣で無理やり軌道を変える。ガリガリっと刃毀れする耳障りな音が聞こえる。それを無視しながら懐に入り込み、勝負を決めにかかる。
「もらったっ!!」
無数の剣閃が漆黒の鎧に吸い込まれるように叩き込まれていく。痛みで手を止めてしまいそうになるが、そこをグッと堪えてただひたすらに剣を振るう。
「はぁぁああああ!」
両手での左右同時の薙ぎ払い。二つの剣閃は重なるようになりながら鎧騎士を吹き飛ばした。
息も絶え絶えにして、右手で傷口を押さえ、左の剣を杖代わりにしながら鎧騎士の方を睨む。
砂埃が舞っていて見えないが、今のところ動きはない。俺としてはアレで止めにする予定である。
(頼む……終わってくれ)
半ば祈るように見続ける。しかし俺は心の中で分かっていた、まだ終わらせてくれないということを。
――――ガシャン!
俺を絶望へと叩き落す音が砂埃の中で響いた。その音は次第に大きくなり、やがて――――壊れた鎧の奥から死人たちの怨嗟を体現したような闇を覗かせながら、俺の前に姿を現した。
限界を通り越した身体に鞭を打って、再び剣を握る。脚も頭もフラフラ、疲労に加え血を流し過ぎた。
「……頭に血が足りないのか、傷がやけに浅いな。いや治り始めてるが正しいのか」
一瞬自分の目を疑い、血まみれの手で目を擦った。しかし、やはり何も変わらない。いや、ある意味変わりはじめている。
「はぁ……冗談だろ?」
もう苦笑いするしかない。あれだけ怒涛の反撃で傷つけたはずなのに傷は徐々に狭まり、新な漆黒の金属が再生している。そして最終的には新品ではないかと思うくらいになった。
「それは反則だろっ!?」
脇腹の傷口を抑えながら、一度仕切りなおすために距離を取ろうとバックステップを試みたところ、ゾクリと背筋に冷たいものが走った。
(冗談だろっ!!)
目の前で起きていることを信じたくなくて、心の中で自分に叫びかけた。
鎧騎士と俺との間の空間にいくつのも歪みが形成され、その一つ一つが渦を形成し、無情にも弾丸となり襲いかかる。
(くそっ……)
内心で思い切り悪態をつきながら、どうにか躱そうと脚を動かそうとするとその脚を何者かに掴まれた。
「なっ!?……ちっ」
足元を見ると不死者が群がるように足首を掴んでいる。すぐさま剣でその腕を斬り落としていく。
しかし、その間にも空間の歪みは増えていく。足枷を外しきった時にはすでに歪みが俺を囲うように形成されていた。
歪みの数は13、逃げ場はなく無傷での回避は不可能。今までの戦闘経験が冷静にかつ的確に絶望的な状況だと告げる。
「すぅー……はっ!」
俺は魔法は一切使えないが、魔力だけなら使える。息を吐き出し、気合を入れてから魔力を剣に流し込む。微かにぽわっ、と薄紫色に刃が光る。
別に流し込んだからと言って、レイアードの魔闘拳のように強化されたり、炎を纏ったりできるわけでない。ただ、魔力が纏われているだけで切れ味も何も変わらない。
だが、魔力を纏わせることでできることが一つだけある。それは魔法の中の魔力を"斬る"ことができる。べつに氷や岩といった魔法なら普通の剣で斬れるのだが、空気や炎、水と言った固形以外の場合は剣で斬っても意味がない。なのでそれを起こしている魔力を直接斬ることによってその魔法自体を消滅させる。
魔力に直接干渉できるのは魔力のみ。なので魔力を纏わせることに魔力を斬ることも可能となる。
「うぉら!!」
襲いかかる空気の弾丸を一つ一つ真っ二つにしていく。しかし、13とういう数に加えて、通常の剣は魔力が纏わせにくく無理にやっているので負担が大きく、また魔力を流すには別に神経を要することになるので負荷も自然と大きくなる。
(うぐっ!?……これが限界、か)
10発目を叩き斬ったところで腕と身体に限界が訪れ、剣に魔力を纏わせられなくなる。仕方なく顔だけを覆うように腕をクロスさせ、防御姿勢を取る。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
三発の空気弾が無情にも撃ち込まれる。鈍器で殴られたのではないかと疑いたくなるような鈍い音があたりに鳴り響く。
「はぁはぁはぁ……っ」
腕の一発、脇腹に二発。なんとか耐えきったものの満身創痍なのは変わらない。
右腕はおそらく骨が折れているようで激痛が走り、剣を落としてしまう。その落ちた剣も刀身から粉々に砕け散った。あばら骨も何本か逝ったようで息をするたびに痛みが襲う。
なにより酷いのは脇腹である。今まで血が溢れ出ていた場所にさらにピンポイントで受けてしまったために、痛みがカンストして何も感じなくなっている。必死に折れた右腕でそこを押さえるが、生暖かいものが止めどなく出続けていることしか分からない。
「マフユッ!」
「マフユさん!?」
必死に叫ぶ二人の温かい声がとても遠く感じる。
(フィンのやつ、守りを忘れて出てきそうじゃん。ルナなんて目元から涙が溢れてるよ……)
二人を見ながら、なぜかぼんやりとそんなことを考えてしまった。
(あ……れ?)
視界がコマ送りのように傾き始める。
膝からガクリと崩れ落ち、知らぬ間に地面に横たわる姿勢になっていた。
必死に横目で鎧騎士の動きを把握しようとする。鎧騎士は俺に一瞥した後、踵を返してどこかに向かって行った。
社の前に戻るのかと、一瞬考えたが奴が向かったほうに社はない。そっちにあるのは――――。
「……ま……て」
蚊の鳴くような声で必死に呼び止めようとする。無様に血だらけの手を伸ばす。俺はまだ戦える、そっちには相棒たちがいる、手をだすな、色々な感情が身体を動かそうとする。
しかし無情にもそんな声が届くはずもなく、鎧騎士は一歩、また一歩とフィンが障壁で守るほうへと近づいていく。
「マフユ、マフユーっ!」
「マフユさん!!」
「あにきーっ」
フィンやルナ、レイアードが必死の形相で悲痛の声を上げながら俺の名前を叫んでいる。向こうも不死者たちに囲われ大変だと言うのに、それでもである。
(た……のむ。に……げ……てくれ)
掠れゆく意識の中、ただひたすらに願う。
今の俺に鎧騎士を倒す力もない。力がない、力を捨てた自分が今は憎い。
金属音を伴う足音が次第に小さくなっていく。もうすぐフィンたちの元へ奴はたどり着くだろう。それでも彼女たちはきっと逃げ出さない。なぜなら――――。
「ぐぁあああーー!」
咆哮のように声を上げ、何が何でも立ち上がろうとする。骨が軋み、傷口から血があふれ出し、全身が悲鳴を上げる。
それでも俺はノロノロと痛みに耐えながら立ち上がった。
「こんな俺でも……フィンはいつでも信じてくれ、た。俺なんか、のため、に……ルナは涙を流してく……れた」
そんな人たちを俺は――――。
「守りたい……んだっ!」
その想いだけで俺は彼女たちの元まで脚を進めた。
左手でひたすら邪魔する不死者たちの首を跳ね飛ばし、彼女たちを襲っている鎧騎士に肉迫した。
両者の間に割って入る。俺の存在に気が付いたようで苛立ちめいた咆哮を上げる。
「グォォォォオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
今の俺に躱しながら鎧騎士の剣閃を躱しながら、重たい一撃を放つ余裕など皆無である。だからこそ俺は踏み込んだ。
深々と巨剣が肩口から切り裂き、肺まで達したところで止まった。ゴフッ、と口から血があふれ出す。だが俺はそれすらも気にせず、剣が鎧と接触した瞬間さらにもう一歩踏み込み、あらん限りの力を込めて振りぬいた。
ドゴーーーーン!!
すさまじい音を立てながら鎧騎士は巨剣を握ったまま吹き飛んだ。
俺は鮮血の雨を肩から降らす中、ドシャっと音を立てて倒れこんだ。
「…………――っ!!」
血の海の中で、誰かが必死に叫んでいる。誰だろう……。身体が冷たい。
目の前に誰かが見えるけど……。
ルナは、自分を恨んでいた。何もできない守られているだけのお姫様な自分を。目の前に迫りくる漆黒の騎士。後ろではレイアードが必死に戦い、傷つき障壁の中で倒れている。
ルナには王位継承権などはなく、また政略結婚させられるようなこともない。なぜなら彼女は女神ヘスティアに認められた、姫巫女だからである。
一般的に王位継承権は男児である。だが、男は神の寵愛を直接受けることができない。過去に男が寵愛を受け、増長したことがきっかけと言われている。そこで一族として神の寵愛を受けるために必要なのが姫巫女と呼ばれる存在である。
姫巫女がいるからこそ、女神の寵愛を一族に受けることができる。なのでルナはある意味では人柱ともいえる。彼女に何かあれば次の姫巫女候補が生まれるまで一族もそしてその領土も寵愛を受けられない。だからこそ彼女は自由を奪われ、大切にされてきた。
(私は守られているだけが嫌だったのに……っ)
ルナが王宮剣術を習っていた理由は、過保護にされ過ぎたということがある。冥王が存命だった時代、彼女はずっと城に軟禁されていた。そんな自分が嫌になり、身を守る術を学んだ。
だけど今はどうすることもできない。旅の中で偶然私と出逢ってしまい、巻き込まれた目の前の青年やその仲間たちを助けることさえ叶わない。
彼は今の私たちだけでも逃げろと目で訴えている。そこまでしてくれる義理は無いはずなのに、彼は完全に被害者であるにも関わらず。
(ごめんなさい……ごめんなさい……)
ルナは目から涙を溢れさせ、口元を抑えながら心の中でずっと謝っていた。逃げない自分のことを、そして何より――――。
(マフユさん……なら負けないって勝手に思い込んでいて、ごめん……なさい。自分勝手なのは分かっています。だけど……)
――私はあなたを信じていますっ!
巨剣が振り下ろさる直前、その傷だらけの背中が突如現れた。一瞬幻かと思った。しかし幻じゃなかった。
その人はまたしても私を守ってくれた。だけど――――。
「――――っ!?」
その姿に思わず息を飲んでしまった。言葉が出てこない。辺りに立ち込める濃い血の臭い、真っ赤に染まる地面。茫然と立ち尽くしてしまった。
「ルナっ!!魔法をっ!!」
その言葉でハッと我に返った。フィンさんが私たちを囲うように防壁魔法の範囲を広げた。その表情には苦悶と悲しみで満たされている。
私は必死に回復魔法をかけた。私の魔力はそんなに多くないし、それに回復魔法の練度も高くない。
「止まって、止まって、止まって……」
縋るように念じながら両手を傷口に当てる。だが、血の勢いは止まらない。身体からどんどん力が抜けていく。魔力が底を尽き掛けている。
「どうして……ねぇ。どうして止まらないの……」
自分の無力さに涙が溢れる。
「なんで……こんなに無力なの……」
『大丈夫よ……あなたならできる。さあ、私の力を……』
「えっ?……」
頭の中に懐かしい女神の声が響いた。それと同時に体から溢れるような魔力が湧きあがる。
『今渡した魔力を彼に……やり方は分かるでしょ?』
この状況には似つかわしくないような茶目っ気を含んだように言い放った。
それを聞いて私にはすぐ何を言っているのかが分かった。
姫巫女が神々から特別な魔法を教えてもらえる。それは神祖魔法と呼ばれる、いわば魔法の元になっている魔法。私が教わったのは聖と火属性の複合魔法。"聖炎"と呼ばれる魔法。
この聖炎は魔力だけでなく、傷をも再生してしまう癒しの力。だが、使うには――――。
「やります!」
顔が真っ赤になっているが、気にしてられないと魔法を詠唱する。身体を赤い光がつつみ始め、身体が中から暖かくなっていく。次第に魔力が凝縮されていく。
(あとは……)
詠唱の終了とともに、魔力は最大限にまで高まっていた。今は体がとても熱く火照っている。
「はぁ……はぁ……」
熱さから呼吸が荒くなる。身体を少しずつマフユの頭の方にずらしていく。
彼の髪の毛をかき分ける。そのまま徐々に顔を寄せる。
(これは、人助け……よ)
自分に言い聞かせるように心の中でそっと呟く。次第にマフユから汗と血の混じった匂いがしてくる。だがそれは決して不快ではなく、なぜか心地よく感じてしまう。
そして唇を重ねた。
「……んっ」
その瞬間、膨大な魔力がマフユの中に流れ込んでいった。同時に業火のように紅い魔力が二人を包み込む。
「えっ!?これって……」
フィンが何かを知っているように呟いたが、ルナには聞こえないかった。
魔力の嵐が爆発したようにはじけ飛ぶと、その中心にはヘタリと座り込む真紅の髪の少女とその少女の髪と同じような結われた真紅の髪を背中まで垂らした人物が立っていた。
その人物の手には流麗な太刀が握られており、炎の羽衣を纏っている。
「……ヘスティア様?」
ルナにはその姿に心当たりがあった。それは城の神託の間に飾られる女神にそっくりであった。なので魔力枯渇による倦怠感を忘れ、思わずその名をつぶやいてしまった。しかし――――。
「残念ながら違うな」
その人物は振り向きながらそういった。その顔は中性よりもむしろ女性寄りかもしれない。だが、美少年でも十分通じそうでもある。そして声もやはり若干高めだった。だが、ルナにはその気負いのない口調に覚えがあった。
「マフユ……さんっ」
掠れゆく意識の中、溢れる涙を拭いながら愛おしそうにその名を呼んだ。
青年はどこか浮かない表情をしながら「……ああ」とだけ返事した。それを聞いて、ルナは安心したように意識を手放した。




