表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第一章 英雄の帰還
22/64

守護する黒衣の鎧騎士 4

間に合ったのでこの時間に投稿してみます。

前のように朝が良い場合は感想とか拍手の先でご連絡ください。

 社が目視できる距離まで接近したが、それでも50mほどある。

 俺一人なら突っ切る余裕はあるのだが、今は片手にルナを抱えているし、後ろにはレイアードもついてきている。最悪レイアードは自分で何とかできるとは思うが、やはり抱えたまま走り続けるのはきつく、その後の騎士たちとの一戦を考慮するとこの辺りにいる有象無象たちを蹴散らす必要があった。

 そのため渦中の中で脚を止め、ルナを一端降ろす。


「兄貴、こんなとこで止まってどうするんですか!!?」

「ここら一帯を掃除する」


 気負いのない声でそう告げると、「マジっすか!」と驚きと尊敬の籠った声が上がる。

 もちろん俺がするわけではない、残念ながら俺にそんな力はない。ある意味他力本願なので気負いなく言えた。


「ツルキ、おいで」


 外套の下で休んでいる相棒に呼びかける。すると、ぴょんという言葉が似合いそうなほど軽快に飛び出してきた。そのまま体をフルフルと振るわせ、グーッと猫のように伸びをする。戦場ここには似つかわしくない動きで、レイとルナは心配そうな顔をしてるが、むしろ俺には頼もしく見えた。


「悪いけど頼むな」


 掌に球形に魔力を圧縮し集める。俺の無駄にある魔力の一割程度がそこに凝縮されている。高名な魔法使いならこの量で大規模な殲滅魔法2回は使用できる。その魔力の塊をツルキに向けて飛ばす。

 その魔力の塊がツルキを包み込むと、突如変化が訪れる。白銀の長毛と胸と首回り漆黒の毛はそのままだが、強靭な四肢に、九つの尾、鋭利な爪と牙、王者の風格が漂う眼光、体高は優に1mを超えており、とても子犬ほどの大きさだったとは思えない。


「えっ!?兄貴……」


 レイアードは狼狽えているし、ルナは「え?え?」とオロオロしている。とても敵陣の真っただ中にいるとは思えない行動である。その様子に内心で苦笑いしつつも簡単に説明する。


「ツルキは"九狼クロウ"という名の神獣だ。これが本来の姿。さて……」


 簡単な説明を二人にしたところで俺はツルキに目を向ける。目を合わせただけで俺の意図が伝わったようでグルルル、小さく唸ると同時に、一気に冷気と魔力が放出され、それがツルキを中心に渦を巻き始め周囲の温度が一瞬で下がる。さながらダイアモンド・ダストのようにキラキラと輝いてるが、それを呑気に鑑賞できているのは俺くらいで二人は目を瞑っている。

 そしてそれが収まったと思った瞬間、吠え声とともに世界は白銀に染まった。


「い、一体……なにが?」

「これはまさか……絶対零度アブソリュート・ゼロ


 レイアードは相変わらず信じられないと茫然としたままである。ルナもかなり驚いているが、それでも魔法を分析出来ているだけレイアードレイアードよりすごいと思う。


「ルナの言うとおりそう呼ばれてるな。ただツルキ的には"凍獄"と言うらしいぞ」


 そんな補足を加えていると、横ではツルキが止めに入っていた。この凍獄はルナの言い当てた通り絶対零度という魔法と類似しており、その名の通り分子の運動を全て奪う最上級の複合魔法である。つまり周りの生命活動を全て奪う魔法である。

 現に不死者アンデットは完全に停止し、周囲の枯れた木々でさえ真っ白に染まり切っている。どこにも命の息吹は感じられない。それでも不死者は死んだ者のなれの果て、つまり息吹が無いのは当たり前。なので――――。


「ワオォォォォーーン」


 ツルキが強く遠吠えをした瞬間、すべてが粉々に砕け散った。辺りには白い平野が残っているだけ。


「お疲れさま、ありがとな」


 労いの代わりに顎の下を撫でてやると、見た目の凛々しさとは裏腹に気持ちよさそうにしてる。

 そして社に目を向ける。結界か何かの作用で凍獄の影響を受けておらず、禍々しい気を発している。

 俺は屍の跡をザクザクと砕くようにしながら一歩ずつ社を目指す。近づくにつれ鎧騎士の細部がよく見えてきた。


「ここからは俺の仕事だ。それにさっきので何となくわかったとは思うが、おそらく魔法はこいつらには()()()()。だから魔力は無駄にしないように温存しておけよ」

「分かりました……お気をつけて」


 ルナが悔しそうに返事をした。先ほど、ツルキの凍獄の影響を全く受けなかったことから予測するにおそらく魔法が効かないか、この周辺のエリアだけは魔法が使えないかのどちらかである。俺的には後者が良いなと思いつつ、敵を見据える。

 鎧騎士の片方の装備には何となく既視感があった。

 2mはある鎧騎士の姿を隠してしまうほど巨大で重厚感のありそうな八望星があしらわれた盾。そして空いてるもう一方の腕には、普通の人間ではまず両手でも持てなさそうなほど大きく、幅の広い黒い剣。その装備はルドルフを連想させた。もちろんスケールは全く違うが。

 もう一方の鎧騎士は3mはある長大な槍を持っていた。

 その二体は目は無いのだが、俺を確実に()()()()

 不思議な感覚に捉えられながら、俺は腰に差してあるもう一本の鞘から剣をスッと抜きながら、二対の鎧の丁度真ん中に構える。


「フィン、いつも通り防壁頼むな」

「こっちは任せて、そのかわりあまり怪我しないでね」

「……ああ」


 相変わらずの勝つのは大前提の労いの言葉を頂き、苦笑しながら返事する。


「レイアード、万一の場合は死ぬ気でルナ()()は守れ」

「了解っす!」

「後方も警戒しとけよ」


 とりあえずこれで当面の間は鎧騎士()だけに全神経を注げる。

 頭を切り替え、一気に思考をクリアする。風景から色が消え、次に風景自体が無くなる。聴覚は鎧騎士が発する音しか捉えない。

 間合いは10m弱。身体に入っている不要な力を抜き、体勢を低く構える。フーッと深く息を吐き出し……地面を一気に蹴上げる。


「はぁっ!!」


 短い裂帛の気合とともに槍を持つ方に右手の剣で右切上みぎきりあげを狙う。もちろんそれは槍によって防がれるが、承知の上である。左腕を引き絞り、がら空きの胴に左薙ぎをお見舞いする。

 キンッ、と金属音が響くが胴を捉えることはなかった。巨大な盾が防ぎ切っていた。


既視感デジャブだな)


 などと呑気なことを考えていると、巨剣が俺のがら空きになった胴を縦に貫こうと迫る。無理やり身体を捻り躱そうとするが、刀身が広い分、刃が左腕を掠め血が飛び散る。

 痛みに顔を顰めながらも左脚で巨剣の腹を思いっきり蹴り飛ばす。その反動を利用して距離を取る。


「くそっ……本当にどこかの騎士にそっくりだな」


 毒づきながら血の滴る左腕を咥える。傷はそんなに深くないようだが、痛いものは痛い。

 痛みを忘れるためにどのように攻めるかを考える。しかし考える時間はあまりもらえなかった。槍持ちが疾風の如く迫ってきた。

 無数に繰り出される突き、躱し、弾きを繰り返すが確実に急所を狙ってくる。しかも厄介なこと懐に飛び込めばそこは剣の間合いと言わんばかりに、後方に構える剣持ちと入れ替わり巨剣と盾が侵入を阻む。

 距離を開ければ槍に襲われ、詰めると剣と盾に追い出される。


「くそっ……」


 剣と槍を躱しながら罵ることしかできない自分に腹が立つ。

 横目でチラッと防壁が展開されている方を見ると、フィンとルナが心配そうに見つめ、レイアードは苦虫を噛み潰したような顔をしながら血が滲むほど拳を握っている。おそらく力量の違いを実感させられ、戦えないことを悔しく思っているのだろう。


(なんだかんだ彼我の差を感じれるのか……)


 それならまだ成長できるな、と完全に今考えるべきことではないことを思いながら、腕の力をスッと抜き、迫り来る巨剣を受け流す。そのまま巨剣は地面を抉り突き刺さっている。

 好機とばかりに加速するが、間合いを詰めるのは剣持ちの方でなく後方待機する槍持ちのほう。間合いに侵入した俺に薙ぎ払いで応戦するが、それを跳躍で回避、そのまま袈裟と逆袈裟をほぼ同時討ち込む。

 カーン、と空洞の鎧の中を金属音が反響する。鎧の表面が切り裂け、隙間から深淵のような暗さが垣間見える。


「グォ……」


 槍持ちは体勢を崩しながら、怨嗟の呻き声のような音を漏らす。


――――行けるっ!!


 確かな手応えを感じ、双剣による連撃を繰り出そうとした瞬間、漆黒の暴風が横から吹き荒れ、俺だけを飲み込み、きりもみ状態にしながら弾き飛ばされた。

 何度か地面に叩き付けられた後、どうにか体勢だけを立て直し剣を杖代わりにして片膝立ちの姿勢を取る。


「ぐっ……」


 痛みを堪えつつ、何が起きたか理解しようとする。槍持ちが何かをしたわけじゃないのは確か、ならばと思い剣持ちを見る。微かにだが魔力の痕跡を感じる。おそらくは剣持ち(あいつ)の魔法だろうと辺りを付けていると横から相棒の頼もしい声が聞こえてきた。


「マフユ、今のはあっちの奴の魔法だよ!気を付けて!」

「……やっぱりか」


 魔法まで使えるという認めたくない事実を溜め息と一緒に飲み込む。

 せめてどうにか分断できないか、と必死に頭を働かせる。もちろん妙案など簡単には思いつくことはなく、仕方なく足に力を立ち上がり剣を地面から抜く。


(また振り出しに戻ったな……ん?)


 大体の間合いが戦い始める前と同じ10m弱になっていることに気が付き、泣き言のように思っていると違和感を感じた。

 先ほどは追撃が来たのに、今は来ない。動き出しが遅かった今なら致命傷を与えるいい機会だったのに……。それに二体も最初の立ち位置に律儀に戻っている。


(可能性は無きにしも非ず、か)


 僅かな可能性を活路につなぐために自分に檄を入れながら再び突っ込んだ。

 ただ、向こうも簡単には接近させてくれない。無数の漆黒の風の弾丸が俺を弾き飛ばすべく飛来する。


「ちっ!?フィン、そっちは……」

「こっちは任せて!それよりもマフユは集中して」


 俺の考えを見透かすように間髪入れずに返答が返ってきたことにいつも通り頼もしさを感じる。相棒を信頼して風の弾丸を躱す。ズガガガッ、という重い音を立てながら先ほどまで俺が立っていた地面が砂埃を上げながら次々と抉られていく。

 相棒フィンたちの安否が一瞬気になるが決して目線はブレない。フィンが「任せて」と言った限り俺がすることは目の前の鎧騎士《敵》を倒すことに集中する。


(……こんな間合いが長く感じるとはな)


 いつもなら一挙手一投足の間合い、地を強く蹴れば詰められる程度のモノである。しかし、今はそれができず下唇を噛み締めてしまう。まるで途切れる様子がない空気の弾丸が進路を阻み、それに伴い次第に砂埃で視界が閉ざされていく。

 

「こんなに視界が悪くても関係ないのかよっ!?」


 濛々と立ち込める砂埃を穿つようにしながら俺を正確に漆黒の弾丸が打ち抜こうとする。それに感覚を割き過ぎたせいで巨大な影が蠢いているのを察知するのが遅れた。


「なっ!?うぐっ……」


 長大な槍が俺の身体を掠める。間一髪で身体を捻ったので腹部に穴が開くことは無かったが、見事に切り裂かれ生暖かさが左足まで覆っている。

 鉄の臭いが強烈にして視界も眩む中、倒れないように足を踏ん張る。槍持ちは砂埃の中に姿を消すと同時にまた空気の弾丸が襲いかかる。


「くっ……」


 痛みを堪えながら躱す。動くたびに、ドクドク、と傷口が波打ち血があふれ出す。しかし立ち止まることは許されない。加えて死角からは槍が俺を仕留めにかかってくる。


(……嬲り殺しとはこのことだなっ)


 痛みを堪えながらやけくそ気味に毒づく。

 折角開けそうになった活路が遠のく。接近が許されず、魔法での援護も期待できない。


「……本当に自分が嫌いになりそうだな」


 "撤退"という二文字を決して許してくれない本能が恨めしく思う。 "生き残りたいなら勝て"とひたすら囁かれている気分である。

 長生きするのは逃げ足の速い奴とか臆病な奴だというのは、一部ではは真実かも知れないし俺もそうだと思いたい。だが、実際は彼我の差が圧倒的な奴を前に命を乞うてもきっと虫けらのように扱われるだけだし、逃げようとしても勝てない相手に逃げ切れるとは思えない。

 ならどうするか……勝つしかない。過去の俺はそう考えて、戦いでは勝つことこそが生きる道だと信じてきた。そのツケが今呪いの如く俺を動かしているのかもしれないし、本能がそうさせているのかもしれない。


(どちらにせよ……勝つしかない、か)


 はぁ、とため息交じりに息を吐き出し、痛みに顔を顰めながら砂埃の中を駆けだした。

 

 前後左右に加え上空からも襲いかかる空気の弾丸を避けていたせいで俺は方向感覚をほとんど失っていた。さらにいくら相手の気配が分かると言っても空気の弾丸のせいで、正確な場所が特定できない。そのせいで後手に回っていた。


(だが、ずっと疑問に思っていたこともあった……)


 駆けるたびに脇腹から溢れ出る血を押さえながら考える。


(剣持ちのほうはどうやって俺を()()しているのか……)


 最初は何かしらの特殊な方法で俺を認識して攻撃しているのかと思っていた。しかし、それなら槍持ちが攻撃してきた際に攻撃が止む理由がない。正確に俺が認識出来ているなら仲間への被弾なんてするわけがないからである。


(つまり……正確には個体ごとの存在を認識できていない可能性が高い)


 その仮説を裏付けるように空気の弾丸は次第に正確性を欠き始め、数が目に見えて減少する。それに比例するように砂埃の中にある気配がはっきりと捉えられるようになる。


「つまりお前たちは動きの鈍い気配に向かって攻撃していた!……だろ?」


 導き出した答えと共に裂帛の気合を乗せ、剣戟を振るう。剣先に感じる確かな抵抗に心躍らせながら、そのまま剣を振りぬく。宙を舞う黒変した鎧の左腕部分。

 表情や感情など無いはずの鎧騎士の奥で驚きと困惑の感情が視えた気がした。


「グォ……」


 相変わらず耳障りな呻き声を上げる槍持ちに構わず両手の剣を振るう。

 切り裂かれていく鎧の奥からどんどん瘴気にも似た漆黒の何かが漏れだす。それと混じり合うように宙を赤い液体が舞う。


「くそっ……傷口が……」


 動き回るうちに脇腹の傷口がさらに悪化したようで、鮮血が舞い俺の頬まで濡らし始める。知覚してしまうと痛むもので、思わず手の動きが一瞬停止する。その隙を見逃してくれるような相手ではなく、剣はくうを切ってしまう。


「ちょっと!?マフユ、大丈夫なの!?」


 間合いから逃がしてしまったことと、痛みで顔を顰めていると後ろから今にも驚嘆に満ちた声が聞こえてきた。いつの間にか砂埃は収まっていたようで、そちらに顔を向けると障壁の奥に今にも飛び出してきそうなほど必死の形相をしたフィンが見えた。その横には同じように心配そうな眼差しを向けるルナ。


「……今は出てくるなよ。問題ないからそっちを()


 仕方なく距離を取ってから、痛みで声が震えないように我慢しながら気丈に振舞う。俺の最後の言葉でフィンがキュッと口を結んだ。その瞳は「ずるいよ……」としきりに訴えている。

 その代わりに俺は剣を構えて見せて、「必ず勝つ」とフィンとルナの瞳に誓って見せる。

 次にツルキに目を向けると、スーッと脇腹の傷が冷たくなった。見るとそこに薄くあかい氷が張っていた。


「ツルキ、助かる。レイ、しっかり守ってやれよ」

「了解っす!」


 力強い返事が返ってきたことに安心しつつ、前に視線を戻す。

 今回はあえて10mという間合いを取った。そして予想通り鎧騎士たちは律儀に当初の立ち位置(ポジション)に戻っている。


「ある程度の距離か……。そこさえ見定めれれば……」


 小言のように呟きながら距離を測る。活路を開くための最後のピースを嵌めるべく三度地を駆けた。

 脚を踏み出したと同時に先ほどと同じように漆黒の空気の弾丸が無数に飛来するが、最小限の回避で脚は止めずに突き進む。

 次に隻腕の槍持ちが俺の接近を阻むべく薙ぎ払うが、今回は片腕な分、難なく躱せる。

 さらに進むと魔法での攻撃が止み、剣を持った方が盾を構えながら突進してくる。後方からは槍持ちが迫ってきている。


(なるほどな……やっと読めた)


 前後からの剣戟を器用に回避しながらまた間合いを取る。

 剣を地面に差し、凍った脇腹に手を添える。ヒンヤリとした中で血液がマグマのように荒立っている。そんなことを感じつつ、頭を整理する。


(10m以内が魔法撃退範囲、7mが魔法と近接戦闘、5mが近接戦での連携か) 


 この二体の使命を考えれば納得がいく。鎧騎士たちは社を守らなければいけない、つまり倒すよりもあの場所守ることに重きを置いている。なので社から10m以上離れることが許されない。なぜなら、俺に集中している間にルナたち()が社の方に行ってしまう可能性があるから。


(……やっと活路が拓かれたな)


 脇腹が抉られて未だに痛むし、頭も靄がかかったようにボーっとし始めている。背中には冷や汗、末端部分は冷たくなってきている。

 それでも、と思う。やっと戦い方が明確になった。俺がこれから戦うべきは7m付近。そこで槍持ちを撃破する。


「よし……やるか」


 目指すべき7mラインまで飛び込むと、手厚い空気の弾丸による歓迎を受けた。もちろん躱すのだが、今回は最小限の動きだけで回避する。多少掠る程度のものは全て無視し、槍持ちが出てくるのを待つ。

 ある程度砂埃で視界が悪くなると予想通り、巨大な影が蠢き始めた。俺はそれが発する音に耳を傾ける。ときどき空気の弾丸が重い鉛のような衝撃を伴って、身体を掠めるが気にしない。

 

(まだかっ……)


 歯を食いしばりながら、焦りそうになる心を無理やり抑え込む。身体のいたるところがジンジンと痺れている。掠った部分がおそらく腫れて、痣になっているに違いない。

 それでも待つしかない、今できる最善を尽くすために。

 四方八方から打ち出される漆黒の弾丸をただ躱し続けていると、不意にその数が減ったように感じれた。普通ではきっと気が付かないような差。


(躱し続けてた甲斐があったな)


 突如背後から長大な槍が心臓を穿つために差し迫る。

 しかし俺ははっきりと位置が把握できていた、だからこそギリギリまで動かずに耐えた。槍先が1mを切り、あと数十㎝と迫ったとき、身体を半回転させ右の剣で槍を弾く。そのまま左の剣で鎧騎士の胸の奥に()()魔法陣を貫いた。


「……悪いな。許してとは思わないが」


 そう言いながら剣をスッと鎧から抜く。すると今まで傷つけた部分から黒い瘴気が勢いよく吹き出し、霧散する。そして次第に鎧は鋼色に染まり始める。


『……ふふっ、気にしないで。それよりあなたが戻ってきてくれて嬉しいわ』


 急に頭の中に神秘的だがどこか優しさの感じられる女性らしい声が響いた。その声を聞いて一瞬戸惑いを覚えたが、諦め気味に呟いた。


「戻ってきたわけじゃないですよ……お久しぶりですね」

『あら、ずいぶんと大人びたのね』


 俺は無言のまま肩を竦めるしかできなかった。


『色々話したいことがあるけど、今はその場合じゃないわね。……あなたにお願いするのは酷であり、その立場にないことも重々承知です。それでもお願い……』

「……別にあなたが気にすることじゃない。それにもうルナに依頼されてるからな」


 チラッと横目でルナを確認する。今にも泣きだしそうな顔で胸の前で手をギュッと握っている。


『……気を付けて。彼の者の魂の欠片を集めようとするものがいるのを』


 それを最後にその神秘な声は聞こえなくなった。それと同時に脚から力が抜け、ガクッと膝から崩れ落ちる。剣でなんとか身体を支え、肩で思いっきり息をする。ゼェゼェと肺が悲鳴を上げている。玉状の汗が地面に垂れるのをうつらうつらの状態で見ていると絹を裂くような悲鳴が耳に届いた。


「マフユっ!!危ないっ!!」


 眼前には巨剣を軽々と片手で振りかぶった鎧騎士。いつの間にか魔法から近接戦闘に切り替えていたらしい。そこまで思い至ると、両腕が勝手に持ち上がり剣を交叉させ防御の姿勢を取っていた。


――――ガキィーン!!


 途轍もない金属音と火花を散らしながら巨剣と二本の剣がぶつかり合った。足元の地面は陥没し、ひび割れている。圧倒的膂力の差に愕然とする。


「う……ぐっ」


 両腕がミシミシと嫌な音とともにを上げ始める。なんとか押し返そうとするが、大木の如く動く気がしない。


(くそっ……。力が緩め……られない)


 歯を必死に食いしばりながら脱出のタイミングを計るが訪れない。それどころか剣が折れかねない。

 しかし、その均衡は二つの要因によりすぐに崩壊した。

 

「あぐっ……」


 氷が砕ける音とともに熱い血が噴き出した。それに痛みの加わり俺は姿勢を崩した。


氷針アイス・スピア!!」

「土弾!!」


 凶刃が俺をとらえる寸前で二つの魔法が眼前の鎧騎士に当たった。もちろん一切ダメージも無ければ意味のないのだが、そんなものが飛んでくるとは思っていなかったようで動きが止まった。

 その刹那、俺は両腕の力を抜くと同時に右足で地面を蹴って転がった。

 

――――ズガッ!!


 そんな音とともに先ほどまでいた地面は見事に切り裂かれていた。


「はぁ……はぁ……。ルナ、レイ、助かった。だが無理はするな」


 鎧騎士を挟んで向こう側にいる相棒たちに、こんな半分死にかけている人間が言うような言葉ではないと分かりながら言った。下手にあっちが攻撃対象に見られてしまったら、それこそどうにもならなくなる。厳しいかもしれないが、これが最善。


「……文句や罵りはあとでいくらでも受けてやる。だから任せろ」


 脇腹を押さえていた左手と剣の柄には血がべったりと付着している。もう時間をかけている余裕はない、そう判断し飛び出そうとした瞬間空から声が響いた。


「あら?まさかアレの片方を倒せる人間がいるなんて」


 声のする方を見ると灰色の空に深紫のローブを着た女性が佇んでいた。その声には驚きが含まれながらも、冷静でとても冷たかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ