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英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第一章 英雄の帰還
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守護する黒衣の鎧騎士 3

 鎧騎士討伐を決行する日の朝、俺はいつも通りフィンに起こされた。だがベッドから起き上がるのにかなり時間がかかった。


(再び人をダメにする物に出会ってしまった……)


 相変わらず馬鹿げたことをと思うかもしれないが、俺にとってはまじめな感想である。

 低反発の枕に、身体を包み込むように受け止めてくれる布団。おそらく王宮御用達の品に違いない。そんな最高級品が浅い眠りしかできない俺に快適な時間を与えてくれた。快適すぎて身体が動かなかった、無論精神的な意味で。


「……これは完全なる堕落だな」


 ユーカリープを吸いながら、ボソッと呟く。

 ここはオーフェン城にある一室。なぜこんな俺に不釣り合いで苦手な場所で寝泊りしたかというと、ただ単にこの方が楽だからである。

 封印されている祠は城にある隠し通路からしか行くことができないらしく、わざわざ城下町から移動してくるのも面倒なのでご厚意に甘えたという次第である。


「さて……これからどうなることやら」


 白亜色の一人用テーブルに頬杖をつきながら、ぼんやりと考える。

 最初は知らんぷりをしようとしていた人間がいつの間にか中心にまで来てしまった。このままズルズル行けば傍観者ではなく当事者になってしまう。いつまでも傍観者でいられないのは分かっているが、それでもっと思ってしまう。


「……コレが、」


 首から吊るしてあるメダルを未練がましく触れる。もう決して輝くことのない十二個の宝石を一つずつ時計回りにそっと撫でる。

 もう決して使わないと誓ったし、もう使うことが出来ないにも関わらずいつまでも引きずり続けている。何がここまで執着させているのか、その珍しさか、その強さか、それとも唯一の物だからか……。


「今日は頑張ろうね、マフユ!」


 不意に俺の目の前に現れ、優しく声をかけてくれた。おそらく難しい顔でもしていて考えていることが伝わってしまったのだろう、俺に気を使ってくれた。その無垢な笑顔に俺は何度助けられたか……。


「そうだな……ありがと、フィン」


 思わず出てしまった感謝の言葉にフィンが驚いてる。普段俺がお礼を言わないからじゃなく、今言われるとは思っていなかっただけ。それでも俺の考えていたことが分かっているだけにその謝辞の意味が伝わったようで、今にも泣きだしそうなほど喜んでいる。


「ずっと助けてあげるからね!」

「ああ……今日もよろしく頼むからな」


 フィンの頭を優しくそっと撫でてやると、頬を朱色に染めながら気持ちよさように目を細める。

 それから握っていメダルをシャツの内側に戻し、装備をいつも通り整えて豪華な部屋を後にした。


 集合場所として指定された大広間に向かうとすでに騎士団とレイアード、そしてルナの姿があった。レイアードとロイズはやはりまだいがみ合っているようだが、さすがに分別はあるようで睨みあう程度で済んでいる。それを他人事のように見ているルドルフも相変わらずである。

 とりあえず巻き込まれるのは嫌なので、広間の壁際に佇む少女に話しかけた。


「おはよ、ルナ。今日はよろしくな」

「おはようございます!こちらこそお願いします」


 そういいながら深々と頭を下げるのはさすがヘスティア家の王女様といったところか。本日の彼女の格好はこの前のような美しいドレスではなく、露出を最小限にまで抑えたロングスカートに長袖のシャツ、その上からカントリー調の外套という冒険者的なスタイルである。だからと言って地味かと言えばそうではなく、その佇まいからは可憐さと高貴さがにじみ出ている。


(流石はヘスティアの紅玉ルビィーと言われるだけあるな)


 最近知ったことのなのだが、ルナのその美しさから紅玉と呼ばれているらしい。そんな有名な美少女を何も知らずに連れ回してたのだと知った時には少し恐ろしさを覚えた。


(闇討ちとか変な噂とかそんなのが無くてよかった……)


 実を言うと、マフユが知らないだけで色々な噂や憶測が流れているのだがそれは別のお話である。


「絶対に安全とは言い切れないから本当は連れて行きたくはないんだけど……ルナがいないとどうにもならないから。だから悪いけど頼むな」

「いえ、私たちこそお願いしている立場なので……それにマフユさんがいれば安全だと私は思っておりますので!!」


 その眼差しからは完全に信用し切っていると言ったものがヒシヒシと伝わってくる。それに対して俺は苦笑いを浮かべるしかない。

 こんな武器を振るしか能のないダメ野郎にそこまで信頼を寄せてくれるとは、と思うと嬉しさよりも気負いのが大きくなってしまう。


「兄貴、おはようございます。今日は頑張りましょうね!」


 こちらも何故かやる気満々と言った表情を浮かべるレイアード。

 その後ろに構えるルドルフもいつも通り飄々と表面上はしているがやはり気合いが漏れてるし、その横のロイズは言わずもかなと言った雰囲気。

 改めて見回すとやる気がないのはどうやら俺だけのようである。


(……こういうときに限って何か不測の事態って起きるんだよな)


 ネガティブな考えだとは分かっているし、最悪な予想ほど当たりやすいというのも何となく知ってるのでなるべく考えたくはなかったのだが、そこで考えてしまうのが俺なんだなと心のどこかでそっと呟いた。



「ここが入口になります」


 ルナが緊張気味にそう告げた。

 俺たちはあの後、最後の確認を終えルナに先導されるまま城の裏側まで歩みを進めた。そして俺たちの目の前には大きな壁画の前にいる。そこにはロバと炎があしらわれたヘスティア家の紋章が刻まれている。

 俺はこのヘスティア家の紋章に見覚えがあった。正確に言えば、これだけでなくオリュンポス十二神すべての紋章を知っている。俺が持っていた神器に刻まれていた。


(……たくっ、女々しすぎだよ)


 知らぬ間に服の上から胸の中心を触っていた。正確にはそこにあるメダルを、だが。忌々しい記憶のはずなのに縋ってしまう。捨てたのにあると思ってしまう。

 今はそんなことを考えている暇はない、集中しろ、そう自分に言い聞かせた。騎士団の人間を含め、全員が壁に描かれた紋章に釘付けで俺の奇行に誰も気づかなかった。


「それでは開けますね……すこしお下がりください」


 言われた通り全員が2、3歩ぐらい壁から後退する。それを確認すると、ルナは集中するように目を瞑る。次第にルナの右の手の甲に壁画と同じヘスティア家の紋章が浮かび上がり始める、その色は血のように赤い。 

 そのまま右手で壁に触れると、壁画の紋章も同じように赤く輝く始める。

 ゴゴゴゴッと地鳴りにも似た音がし始めるとともに壁画の下に階段が現れ始めた。


「……ここが入口になります。中も入り組んでいますのでお気をつけてください」


 ルナは多少疲労が混じったような声をしながらも、先陣を切って地下へと続く階段を下りていった。


 中は薄暗く、あまり空気が循環しているように感じられなかった。だが特有のカビ臭さや湿気と言った類のモノは一切感じられなかった。全員が地下に降りてきたのを確認すると、ルナをはじめとする魔法使いたちが光の魔法を使い始めた。


灯火ライト


 ルナたちがそう口にすると、手のひら大の小さな光が俺たちを囲うようにいくつも現れた。場所が場所なら幻想的で感動する者がいただろうが、あいにくこんな地下で感動できるはずがない。


「さて、ここからは一応何があるか分からないから俺が先頭を行こう。ルナは後ろから道だけ行ってくれ」

「分かりました、お願いします」


 ここは建前上いつもの感情豊かなルナではなく王女としてのルナが全面的に出ている感じがした。

 それは置いておくとしても、俺が先頭を歩くことにしたのは念のための保険である。国王の話では一応安全らしく、魔物もこの中にいることはありえないらしい。なのでルナを先頭にした方が早いとは思うのだが、なにかあった場合俺が一番対応できるので変更した。


「それにしてもなんか変な感じっすね」

「まあ普通の地下じゃありえないからな……」


 俺たち冒険者にとって地下とは迷宮区ダンジョンを連想させる。迷宮区とは過去に冥王が創った魔物を作り出す生物兵器と言われている。その迷宮区ダンジョンは基本的に魔物の巣窟であり、外よりも魔力が多いため体が重く感じたりすることがある。

 しかし、ここではそういうことはなく、魔物もいないためレイアードには少し変に感じるのだと思われる。


 それからしばらくルナの案内の元、入り組んだ迷路のような道を何時間か進むと、ほかより多少広めの部屋に出た。


「あの階段を登れば祠への道が見えてきます」

「結局何もなかったっすね!」


 レイアードをはじめ騎士団全員が安堵の表情を浮かべていたが、俺はむしろ警戒心が高まっていた。この部屋に入った瞬間、途轍もなく濃密な()()臭いが階段の上の扉から漂っているのを感じた。


「おい、ルドルフ。一つ確認させてくれ」

「ん?なんだ、そんな怖い顔して……」


 部下たちと話していたルドルフに詰め寄った。俺のその行動にルドルフ以外の誰もが驚き、注目してる。それくらい血相を変えてしまっているらしい。


「前にこの先に行ったんだろ?その時、死者は出てないんだよな?」


 返答次第では胸ぐらを掴んでしまいそうなほど、俺は冷静さを失っていた。

 俺のその剣幕に動揺することなく、ルドルフはいつも通りの雰囲気のまま静かに答えた。


「ああ……けが人を出してしまったが、死者を出す前に危険と判断し撤退した」

「それは信じていいんだな?」

「もちろんだ……」


 その言葉を聞いて、俺は思いっきり握っていた拳から力を抜いて大きく息を吐いた。そしてルドルフの目を見て「すまない」と小さな声で謝った。


「いや、別にそれはいいんだが……どうしたんだ?」


 ルドルフは服装を直しながら尋ねてきた。それは周りの人々も興味があるようで、こちらに視線を全員が向けている。

 俺は階段の方を見据えながら言い放った。


「……あの向こうから濃密な死の臭いがする。嫌な予感がするんだ」


 その一言は空間にあるものすべてを緊張させるには十分なほどの効果をもたらした。


「正直何が起こるか皆目見当がつかない……全員このまま戻った方が身のためだと思うが」


 しばしの沈黙。おそらく悩み、葛藤しているのだろう。自分自身と騎士としての誇りとの間でせめぎ合いが起きているに違いない。


「いや、俺たちも行こう。無論当初の予定通り待機しか出来んが……せめてな」


 沈黙を破ったのはルドルフの申し訳なさそうな声だった。おそらく何もできず、人に任せるしかないことに悔しさを感じている。にも関わらず行くと言う時点で十分だと俺は思う。

 その後ろに控えるロイズを始めとした騎士たちも、言葉では言わないが目が同じように語っている。


(……国のためにここまでできるだけでも胸を張って良いと思うけどな)


 呆れ半分尊敬半分と言った感想を抱きながら、今度はレイアードを見る。彼もやる気満々と言った表情をしている。

 そして最後に――――。


「ルナ……姫さまなんだし無理しなくてもいいぞ?それにここまで連れてきてくれただけで十分君は役目を果たしたと思う」

「いえ、私も同行させてください。せめて王族として、依頼者として、見届けたいので……お役に立てないと思いますがお願いします」

 

 俺としては本当によくやったと本音で思ったのだが、それでも彼女は最後まで危険を承知で付いて来るという。その強い意志を前に俺は断ることはできなかった。


(……こんな人々を死なさせるわけにはいかないよな)


 人のために何かをしようとする自分を自嘲しながらも、そう決意した。


 俺を先頭に短い階段を上り、地上へはおそらく鋼鉄の扉一つのとこまで訪れた。

 ルナの方を見て、頷くのを確認し、扉に手をかける。たいして力を入れなくても鋼鉄の塊は簡単に開かれていった。

 

「……っ」


 思わず息を飲んでしまう。恐ろしく濃い死の臭いが体を包み込む気色悪さ、そして灰色の世界がそうさせた。


「お、おい……これは一体……」

「前の時はこんなじゃなかったのに……」


 後ろでは騎士たちの間で動揺が広がっていた。ルドルフですら動揺を隠しきれていない。

 俺はかまわずにそのルドルフに疑問を投げかける。


「参考までに聞きたいんだが、以前はどんなだったんだ?」

「あ、ああ。以前はこんなに木々が枯れていることはなかったし、空気も重くはなかった」


 同様の残る声ながらも答えてくれた。

 しかしながら反応を見るに、かなり劇的に変わっているらしい。レイアードを除いた全員が受け入れがたい現実に直面したように、周囲をしきりに見回し、不安混じりの声を上げている。

 かく言う俺も漂う臭いに動揺しかけている。


(……どうすればこんな()()がするんだよ)


 俺の指す"死"の臭いとは別に直接的な血の鉄臭さや肉の腐敗した臭いのことではない。第六感てきな要素で感じる危険信号のようなものと言える。例えるなら、大量殺人鬼はそのような雰囲気を纏ってしまうのと同じようなものと考えてくれればいい。命の残渣が纏わりついているとでも言えばいいか。

 長年戦場で生きていたせいで、そのようなものに敏感になってしまっている。そしてこの場所にはソレが濃密に充満してる。


「とりあえずルドルフたちはここで待機していてくれ」

「分かった……すまないが頼む」


 かなり自責の念にかられているようで、ずっと謝られっぱなしな状況に失礼ながら苦笑いを浮かべてしまう。ここも絶対安全とは言えないから気にする必要はないと思っているのだが。


「さて……ルナはどうする?」


 この中では唯一立場の違う少女に話しかけた。

 俺やレイアードは冒険者としてどこまでも自己責任だし、騎士たちは忠誠の下、危険を承知の上で動いてるが、ルナだけは違う。王族であり、彼女だけは危険に晒すわけにはいかない。

 だが、同時に見届け人としては最後まで付いて来る必要もまたある。なので最悪、成功にしても失敗にしても最後だけ確認させようと思っていたのだが――――。


「え、えっと……えっ!?」

「っ!」


 ルナが驚きの表情をしている。まあ無理もないだろう。どうしようか言い淀んでいたところを剣を抜いた俺に抱き寄せられるような格好になっているのだから。

 俺の腕の中でモジモジと動いているが、今は離すわけにはいかない。


「ま、マフユさんっ!?こ、これは……」

「悪い、緊急事態だ。我慢してくれ!」


 そう言いながら俺は右手に構える剣をルナの後ろの空間を斬りつける。「グオォォォ……」と謎の呻き声が上がる。

 その声を聞いてルナも何が起き始めているのか察し始めたようで、じっとしてくれた。


「レイアード、ルドルフ、警戒しろ!」

「ああ、分かった!」

「兄貴、何が起きてるんすか?」

「分からん……ただ、」


 先ほどまで呻き声を上げていたモノを一瞥する。そこにいるのはまさしく不死者アンデット。倒れてはいるが、やはりまだ動いている。毒づきながらルナを抱えたまま、距離を取る。

 周囲を見渡すと、どんどん地面が蠢き始める。それに伴って空気が淀み、心なしか暗くなった。


「……何が起きたかはあそこに行けば分かるだろうな」


 枯れた木々によって作られた一直線の道の向こうにあるであろう祠を見据えながら呟く。

 その方向には次第に地面から次々と不死者アンデットが現れる。


「ここは我々に任せ、作戦通り祠に向かえ!」


 大丈夫か、と聞こうとしたが口を噤んだ。彼らは誇りある騎士、それを心配するのは野暮だと思った。

 代わりに力強く頷いて見せる。


「レイ、付いてこい!」

「了解っす!」


 左腕にルナを抱えたまま、俺はレイアードを引き連れて祠を目指した。



 短く低い気勢を剣に乗せながら何度も不死者たちの頭を跳ね飛ばした。無論それくらいでは不死者たちを仕留めるには至らないのだが、退魔の力を持たない切れ味の鋭い剣ではこれが最善策だった。

 行く手を阻む者の首を重点的に跳ね飛ばし続けた。そうすればとりあえず動きが止まるし、俺を獲らえる事も出来ない。その隙に横を潜り抜け、ひたすら進んだ。


(しかし、なんなんだこの違和感)


 不死者アンデットは要するに生物のなれの果てとも言える。つまり基本的な体構造は変わらず、骨があるはずである。しかし刃からはその感覚が伝わってこない。いくら名剣とはいえ、そんなことはありえない。

 ほかにも不可解な点がある。


(この数……どこから?)


 この場所はいわば、ヘスティア家の秘密の場所と言ってもいい。つまり人が多くいたはずがない。それにも関わらず、眼前には俺たちを阻むように不死者の壁が出来ているし、後ろには首を跳ね飛ばして地面で蠢いているモノの山ほどいる。


「まるであの時に似てるな……闇魔法の一種か」


 過去のことを思い出しながら一つの可能性が脳裏を過る。あの魔法なら確かに今の現状も説明できる、しかしアレは冥界の者にしか扱えない上に難易度もかなり高いと聞く。


(あり得ないな……)


 自己完結していると、俺の腕の中から声が聞こえてきた。


「マフユさん……あそこが祠の入口です。そして……」


 弱々しい声と指さされた方向を見ると、確かに巨大なやしろのようなものが見えてきた。

 そしてその入口の両サイドには――――。


「あれが問題の鎧騎士、か」


 そこには闇色に染まった2体の鎧騎士がこちらを睨みつけるように泰然として構えていた。

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