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英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第一章 英雄の帰還
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守護する黒衣の鎧騎士 2

 青年の名はロイズ=グラッド、貴族の家に生まれ幼少の頃より剣技を磨き、今は騎士団の副隊長の座に就いている。ロイズから見て彼らの隊長であるルドルフの印象は正直言って掴み所のない男であった。

 普段は飄々として、あまりやる気もない。しかしながら国王からの信頼は絶大で、その剣の実力も紛れもなく本物である。ロイズ自身も以前手合せをお願いしたのだが、全く勝てる気がしなかった。あの城塞のごとき堅牢な防御は並みの武芸者ではまず破ることはできないとロイズは思っていた。

 現に先ほど、多少名の通った狂犬のごとき冒険者が手も足も出ずに倒され、今は訓練場の隅で寝ている状況である。そして当然のように、あの兄貴とか呼ばれている男もロイズと隊長の手によって同じ運命を辿るものだと思っていた。


(二人でやる必要があるのだろうか……)


 確かにこの男の殺気を目の当りにしたときは、化け物と対峙したように感じたのだが、今は眼前にいる奴からはその雰囲気を感じない。それどころかやる気すらないように思える。

 今までの言動に加え、神聖な戦いの場でのその態度が気に食わず、思わず殺気が昂ぶってしまっている。


(……すぐに地べたに這わせてやろう)


 開始の合図とともに切り込もうとしたのだが、ロイズは彼の目を疑った。男の姿を見失うと、次の瞬間には10mはあった間合いを詰めきっていた。


(まずいっ……)


 咄嗟のことで判断が鈍り、結果として中途半端な行動をしてしまった。このまま強烈な一撃を入れられ終わる、と思った瞬間、横から頼もしい影が現れその一太刀を受け止めてた。


「大丈夫か、ロイズ」

「すいません、隊長。油断しました……」

「仕方ないさ、俺たちは規格外の男と戦ってるんだ。それよりもまだ向こうは準備運動程度だ、気を引き締めろよ」


 正直言えば、侮っていたし油断もしてた。だが、あの動きで未だに本気でないのが信じられなかった。だが、それはルドルフの顔を見て納得した。

 ごく稀にしか見せない真剣な表情。それは嘘を言ってるでも、過大評価してるわけでも無く、事実を雄弁に語っていた。

 それを見てロイズは考えを改めた。かつて対峙したことのない化け物と戦っていると思うようにした。


(これで万に一つの可能性の潰えた……終わりだ)


 彼の思ったこの一言は決して奢りから出たものではない。長年の訓練と研鑚の積み重ねによってできた自信の表れからの一言である。

 ロイズは騎士団に入団してから、常に隊長のルドルフの傍でともに戦ってきた。最初はルドルフが一方的に合わせるという形だったが、それが年月をかけて連携へと昇華した。そしてその連携は自信へと繋がり、数多の敵を倒してきた。今ではこのヘスティア領では敵なしと言われるほどのモノになった。

 だからこそロイズは驚きを隠せなかった。この10分間の打ち合いの中で、直接攻撃の魔法が禁じられているとはいえ、一人の男に確実に押されている。

 しかも打ち合うほどに、目の前の男は強く速くなっていく。始めから服に掠りしかしなかったのだが、今はそれすらも無くなってきている。それに――――。


(隊長がこんなに苦しそうにしているとこなんて初めて見た……)


 チラッと横目でルドルフを見ると、表情こそ崩れていないが、額から汗が流れ落ち盾を構える手がしびれ始めて震えている。こちらは身体強化の魔法を行使しているにも関わらず、差は目に見えるように開く一方である。

 ロイズは軽い戦慄を覚えた。かつてここまで追い込まれたことは無かった、それもたかが冒険者風情に。


(……とても同じ人間には思えない)


 ある意味では至極全うな感想だった。魔法を使わずに、剣の腕のみで魔法を凌駕するなど人間の芸当とはとても思えない。それほど魔法とは圧倒的なものである。

 それから何度かの打ち合いを繰り返し、互いに距離を取った。ロイズはもちろんだが、ルドルフも完全に疲れが目に見えるようになった。肩で息をして、表情も完全に曇っている。

 それに対し、向こうではいまだに息一つ乱さずこちらを見据えている。あろうことか、溜め息をもらし、今までとは逆の手で剣を握り構えたのである。


(……余裕の表れか。それともまだ奥の手があるのか?)


 おそらく最初の頭に血が昇った状態のロイズなら前者しか考えず、心を乱していただろう。だが、今までの攻防が彼を成長させていた。


(どちらにせよ、こちらから仕掛け手数で圧倒するしかない!)


 ルドルフと軽いアイコンタクトを交わし、ロイズは動いた。それとほぼ同時に相手も動き出していた。

 ロイズが繰り出したのは突き、そしてマフユ(相手)も同じく突きを繰り出した。このまま行けば相討ちとなるし、そうならなくても恐らくルドルフが仕留める。どちらにせよ二人の勝ちとなる。


(……どういう意図かは分からないが、これで終わりだ!)


 右手で放たれた細剣レイピアと左手で放たれた剣、ともに同じ軌道をたどり、すれすれですれ違いながら両者の肩口に吸い込まれる――――ことは無かった。


「なっ……に」


 今の刹那に起きたことがロイズには理解できなかった。握られていた剣が急に重さを無くしたかと思えば、知らぬ間に細剣が宙を舞っており、自分の首筋にはなぜかルドルフの剣が突き付けられている。

 一瞬ルドルフの裏切りかと思ったが、もちろんそんなことはないし、そもそも模擬戦で裏切るメリットがない。

 ルドルフの方を見ると、彼も同じように何が起きたか分かっていないという表情でルドルフの首にも剣が当てられている。そして二人の真ん中には暗赤色の髪をした青年が静かに立っていた。


「……俺の勝ち、でいいよな」


 気負いの全く感じられない声でそう告げられた。



 ルドルフがやれやれといった顔をしながら手に持っていた盾を離し、ロイズが釈然としないと思いながらも観念したように両手を挙げたところで審判が思い出したように声を発した。

 俺はその声を聞くと同時にルドルフの腕から手を離し、借りていた剣を腰の鞘に戻した。そのまま一息付こうとした瞬間、わぁーっと割れんばかりの歓声が俺を襲った。


(うぉっ!?なんだ?)


 思わず歓声に気圧されながらなるべく自然に歩き出す。俺が一歩動くたびに好奇の視線が付いて来るという苦行に耐えながらフィンとツルキを預けたルナの元に歩み寄る。


「マフユー、お疲れ様!!」


 "おめでとう"とは言わずに"お疲れ様"という辺りが何ともフィンらしいなと思う。勝つのは当たり前と思っているフィンの期待を裏切らずに済んだと、ホッと胸を撫で下ろしながら俺の前に浮かぶフィンに簡単にお礼を言う。

 足元にはツルキがやってきて、いつも通りそのままトタタタッと見事に足をよじ登り定位置に戻っていった。


「いやはや、旅人にしておくには勿体ない逸材……ぜひ我が城で傭兵として雇われないか?」


 俺が歓声の嵐から現実逃避気味に相棒たちと戯れていると、ルナの隣から落ち伝いた声で手放しの賛辞が送られた。

 俺は国王の前まで行き、騎士っぽく片膝をついた。その瞬間俺を取り巻くのは視線だけとなり、訓練場には静けさが訪れた。


「お褒めいただきありがとうございます。ただ、俺は集団行動が苦手なのでむしろお荷物にしかなれませんので……」

「そうか……まあ無理強いは出来んからな」


 残念そうに頤を触るのを見上げながら、国王の視線が俺から離れたのを確認してルナの横に移動した。


「マフユさん、すごかったですね!お疲れ様です」

「ああ……」


 こんな場所でお姫様が俺のような奴に敬語を使っていいのかと疑問に思いながらも、結局俺も失礼な返ししかできなかったのでお互い様ということにした。


(それにしても……)


 横目でルナをチラっと見ると、大輪の花が咲いたような笑顔を浮かべている。感情豊かなお姫様だなと感想を抱いてしまう。


(……俺には一生できない顔だな)


 笑顔なんて似合わないできるのは苦笑いのみ、などとどうでもいいことを考えていると、今度は鬱陶しい奴が声をかけてきた。


「さすが兄貴っす!マジで感服しました!!」

「……なんだ起きてたのか?」

「弟子として兄貴の戦闘術を見逃すなんてできないっすよ!!」


 俺の辛辣な物言いを気にも留めず、目をキラキラと子供のように光らせられるその心意気に思わず俺が感服してしまいそうになる。

 そもそもあの戦闘のどこが凄かったのか逆に聞きたくなる。


(俺の中ではかなり綱渡りな作戦だったんだがな……)

 

 溜め息をぐっと堪えながら、二人に騎士との戦いを思い出す。


 あの時の俺は、そもそも剣が一本しかないことを内心で毒づいて、どうにかならないかと模索していた。そして、俺は剣を見つけた――――前に丁度良く用意されていることを。


(……アレをどうにか利用したい)


 細剣レイピアと普通の剣を握る二人の手を見据えた。そしてある方法を思いつく。

 先手を取ることも、カウンターを狙うことができなくても、同時に同じ技を重ねるように出せば片方は邪魔をすることができない。


(そして奪うなら突き技の時が適しているな……)


 誰も剣を跳ね上げてくるなんて予測はしないだろうし、突きは片手で握る方が比較的楽に技を繰り出せる。

 剣を左手に持ち替え、あとはタイミングのみだったのだが、幸運にもすぐにその時が来た。持ち替えた直後にロイズが突きを出す動作をしたのである。


(あとは奪って、そのまま二刀で攻めるっ!)


 ロイズが地面を蹴ったのと全く同じタイミングで、地面を蹴り互いに間合いを詰める。ロイズの目には困惑が浮かんでいた。

 そのまま互いの剣の切っ先は吸い寄せられるように接近し、交叉し、あとは肩口に当たるのみだったのだが、俺はその前に手首を返し、細剣レイピアを剣で絡め捕るようにし、そのまま跳ね上げた。

 だがこの時誤算が生じた。確実に奪うために少し強めに跳ね上げたのが仇となった。


(……ウソだろ)


 ロイズが困惑したせいで握る力が弱まっていたのか、細剣レイピアは高々と宙に舞いあがってしまったのだ。このままでは捕れないと判断するや否や、すぐに思考を切り替えルドルフに目を向ける。

 さすが戦いに慣れているだけはあり、またロイズを信頼してる。追撃するために剣がしっかりと俺を捉えている。

 だが、()()何が起きているか理解できていない。


(一か八か賭けるしかないっ)


 ルドルフの右袖を無理やり、空いている右手で掴みそのまま強引に軌道を変えロイズの首筋まで誘導する。そして左の剣でルドルフの首を狙う。

 一瞬でもタイミングがずれれば、俺の手が無様にぶつかり合い、その末に負ける。

 そして俺は賭けに――――勝った。 



 当初思いついた勝利の映像ビジョンとはかなり変わったが、勝ちには変わりない。だが、あまりにも不細工な勝ち方だとしか俺には思えない。


(今思い出してもダメな点しか思いつかない……)


 なぜ周りはこんなに歓声を上げているのか不思議でしょうがない。とりあえず模擬戦が終わったのを噛み締めるためにウーンと一回大きく伸びをした。



 羨望の眼差しを背に受けたまま、俺たちは再び会議室のような部屋に戻っていた。無駄な時間を過ごしたように思っていたが、思わぬ収穫があった。


(話がかなりスムーズに進むな) 


 隣に座るレイアードは静かにしているし、ロイズも俺を睨むようなことをしなくなった。その結果、俺がしたいようにできるようになった。


「さて、話をまとめると当日はお主とレイアードで作戦を行い、案内役にはルナを同行させる。騎士団は不測の事態が起きた場合、迅速に対応できるように待機している……ということで良いかな?」

「はい、色々便宜を図らって頂き感謝します」


 椅子から立ち上がり謝辞を述べた。そして、ルドルフに促されるまま、部屋を出て彼に続いた。俺個人としてはここで帰りたかったのだが、国王が全面的な支援をしてくれるようで、これから城の武器庫から何本か気にいった武器を譲ってもらうことになった。


「それにしても青年、予想通りえげつないほど強いな」

「……そうか?」

「ああ、ロイズと組んで更に二対一で負けたのなんて初めてさ。いやー、世界は広いな」


 ただ付いて行くだけなのも難なので、先ほどの戦いの話をしていた。というか一方的話されていた。

 ルドルフは負けたことに対して、悔しさを見せるどころか豪快に笑いながら凄く楽しそうにしているのが表情を見なくても伝わってきた。

 恐らく同じ人間である俺に負けたことにより、まだまだルドルフ(自分)に伸び代があるのを感じれたのが相当嬉しかったのだろう、この男も根底は戦闘狂なのかもしれない。

 ただ俺は()()の人間ではなく、常識から外れた人間であるため、ぬか喜びに終わる可能性もあるのだが……そこには触れないでおこうと思う。


(……伸び代がありそうなのは事実だし)


 そのまま当たり障りのない、無難な会話をしてると今まで城で見た扉よりも大きく頑丈そうなものが見えてきた。ルドルフが懐から無骨な鍵を取り出し、鍵穴に差し込み、少し捻るとガシャンと大きな音が廊下に響き渡った。


「さあこの中から好きな物を持っていてくれ」


 気負いの感じられない声を出しながら、片手で巨大な扉をいとも容易く開けて見せた。かなりの馬鹿力だと思ったのは秘密である。


「うわぁー、さすが城の武器庫っすね」


 普段武器を持たないレイアードもその数に驚嘆に満ちた声をあげた。正直武器に関心がない俺でも少し心が惹かれそうになる。

 所せましに並べられた武器や防具の数々。しかもそのどれもが並みの品でないのは目で見てよく分かる。それくらいすごいモノが山のようにある。


「どんなのが好みだ?剣か?」

「どんな武器でも使えるが……」


 ルドルフの案内で武器庫をキョロキョロと見て回っていると、室内の一部が澄んでいるように感じられた。俺はその感覚に何となく覚えがあった。おそらく――――。


「退魔の力が宿る武具まであるのか……」

「ほう、さすがだな。使ったことでもあるのか?」

「まあ昔にアンデット退治の依頼の時に少しな」


 今までどのくらい武器をダメにしたかな、と考えてしまいそうになるが無駄になるのでやめた。千は軽く超えていることが確かなだけで思い出さない十分な理由になる。

 どうせ壊してしまう、と思いながら飾られている一本の槍を掴む。白塗りの柄に鋭く砥がれた刃、見た目より若干重いように思える。久しぶりに握る感覚を自分の中で反芻しながら、軽く振る。空気を軽やかに切り裂く音がどことなく心地よく感じる。


「ほう……見事な腕だな」


 感心したように俺の槍捌きをじっと見ている。ある程度満足したとこで槍を戻す。


「そんなに意外だったか?」

「いや、ここまで使えるとは正直思わなかった……」


 使えるの意味をただ振りませる程度と思っていたらしく、感心しきっていた。

 もちろんそんな人々を魅了する流麗な綺麗な型とかを知っているわけではない。あくまでも戦いに必要な槍術を知ってるだけ。それには流麗さなど無く、ただ無駄をそぎ落とした戦闘に特化したもの。だからある意味では振り回しているだけとも言える。

 その後も久しぶりに見た"良い"武具に心が躍っていたようで、一通り試した。


「それでいいのか?」

「ああ、満足だ」


 結果としていつも通り防具の類は一切なく、剣を2本と短剣、そして弓と要するに元から所持していたモノを変えただけという面白みのない形に落ち着いた。ちなみに弓だけは破魔の力が宿るモノを頂いた。

 これらの新たな装備で俺はついに国王の依頼に挑むことにした。

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