表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第一章 英雄の帰還
2/64

交錯し始める運命

 今から少し前の話。

 それまで人界は冥界の神とその手下の冥王によって支配されていた。

 天界の神々は人間を助けるべく一人の人間の少年を勇者に選定した。

 その少年は勇者として力をつけるとともに様々に変化する神々の加護を受けた武具を用いて、ついにはその使命を全うし冥界の王を退けた。そして天界の神は冥界の神を封印し、神と繋がりのある者たちに人界を任せた。

 その後、その勇者は英雄として人界の守護神になるはずだった。

 しかし、勇者は突如として姿を眩ませた。


 世界を救った勇者が常々口癖のようにしていた言葉。


"俺は勇者でもなければ英雄にもならない。俺はそんな高尚な人間じゃないし、そんな資格もない"

 結局行方の手掛かりになるものは無く、多くの憶測とともに年月は過ぎ去り、勇者はいつしか物語の存在になるはずだった。


 だが、今になりその勇者が辺境の小さな村に現れたという噂が流れ、勇者は人々の記憶の底に埋もれることがなかった。


 そして、ここはその勇者が現れたという辺境の村"ガラッタ"

 辺境の村のはずが人の数が多く、王都周辺の村並みの賑わいがある。

 その人だかりの中に他とは明らかに違う動きをする人物がいる。

 くたびれた枯草色の外套を羽織っており、肩には外套と同じ色の頭陀袋ずだぶくろを背負っている。

 その人物は蛇のように人混みをすり抜け、一軒の酒場に入っていった。

 酒場の中は昼間ということで、酒を飲んでいる人間はおらず人もほとんどいない。

 青年は店の様子を少しうかがったあと、フードを脱ぎながら一直線にカウンター席に向かう。

カウンターの向こうから壮年の男性マスターが声をかける。


「ご注文はなんだい?」

「ホットエールとホットミルクを頼む」


 一人なのに2つの飲み物を注文したことにマスターは不思議な顔をする。

それに気が付いた青年は、ああと外套の左側を捲り中を見せる。

 そこには小さな袋があり、その中から仔犬のような小型の生物が顔を出している。

 マスターの男性も納得といった顔をして、注文品の用意に取りかかる。

 しばらくして、ホットエールと皿にミルクを入れて出してくれた。

 ミルクの方は少し冷ましてあるのか湯気が少ない。


「ミルクはその方がいいだろ」


 助かると簡単に謝辞を述べて受けとり、皿を床に置いてやる。

 するとその生物は器用に青年の身体を伝って降りていく。銀色の毛に尻尾が2本生えているが、最も特徴的なのは胸と首の周りである。そこの毛だけは漆黒で深い闇のようである。

 その仔犬らしきものが夢中でミルクを飲み始めるのを見たあと、青年に話しかけた。


「ここらじゃ見ない顔だし、何よりその髪の色は珍しいな?」


 赤みがかった黒、暗赤色とでもいう髪の色をしていた。

 普通は黒色や茶色といった色であり、それ以外が出るのは特殊な場合である。


「確かに珍しいが、ほとんど黒のようなもんだ。半神人ハーフゴットとかのように色がついてるわけじゃない。かなり昔の先祖に、って感じさ」


 色が出る理由、それは神の血筋が混じった場合に現れる。

 血筋が濃いかその神に気に入られるなどすると色が濃く出る。、また神格が高いほど色は強くなる傾向がある。この青年の色はそれには程遠い色である。

 その理由を聞いてマスターもそれ以上は聞かなかった。それからグラスを手に取り磨き始めたところで青年が質問をした。


「それよりも、この村は何か祭りでもあるのか?外には人が溢れているが…」

「ああ、なんでもこの世界を救った勇者がこの村に、って噂が流れてね。君もてっきりそういう理由かと思ったよ」


 マスターは磨き終えたのかグラスを棚に戻し聞いてきた。

 まさか、こんな格好なりの野次馬がいるかと思わず聞いてみる。すると、確かになと笑いながら今度は別のグラスを磨き始める。


「ところでその噂とやらはどうなんだ?」


 どう、とはつまり真実か否かである。

 酒場のマスターならば多くの噂話を聞いていて、ある意味一番の情報通とも言える存在。だからこそ青年は聞いた。


「どちらとも言えないかな。そう豪語する男がいるのは確かだが」


 その言葉を聞いた途端、青年の外套がモゾっと動いた。

 下ではまだミルクを飲んでいるし、目の錯覚かとも思ったが青年が外套を抑えるような素振りをしている。

 見られていることに気が付いた青年は冷静な声で、なんでもない気にせず続けてくれと言う。


「私はキナ臭いと思っているが、まあ村興しには最適だがな」


 笑いながら、少し怪しいものを見る感じでグラスではなくこちらに視線を向けている。

 マスターがこちらから視線を外した隙に、静かにと小声で外套に話しかける。外套の下にいる何かは落ち着きを取り戻し、足元ではミルクが飲み終わり行儀よく座ってこちらに視線を向けているやつもいた。

 残っているホットエールをぐいっと飲んで、お礼を言い、そのあと小瓶を差し出し注文をする。


「すまないが、最後に花蜜はなみつを小瓶一杯にくれないか」


 すると突如、青年は背中を抓られるような痛みを感じ思わず出そうになった声を我慢する。

 顔にはかろうじて出なかったのか、マスターは奥へ花蜜を取りに行こうとしている。

 確かに俺が悪かったが、何もそんな痛くするなよと内心でぼやきながら、この店にある最高のやつをと付け足す。

 こんな見た目(なり)の者がそんなことを言えば当然の如くある決まった顔かセリフを言われる。

 つまり、お金は大丈夫なのか?というものである。

 今回ももちろん例外ではなく、お金は足りるのかい?と笑いながら言われた。

これはマスターの人柄なのだろうが、酷いときには冷やかしなから帰れとまで言われる。

 かなりの人格者だなと感心しつつ、金なら問題ないから頼むとだけ言う。


「じゃあ1級品の花蜜でいいな」


 その言葉に今度はこちらがおやっ?と思う。

 花蜜にはランクがあり、特級>1級>2級>3級と分類される。

 それから分かるように1級はかなり高級であり、普通の村なら文句なく良いものである。

 だが、このガラッタは辺境であるが故に自然が豊富であり特に良い花蜜が採れることで有名である。

 それなのに最高を頼んで1級とは違和感を感じる。


「なあ、ここでは特級の花蜜が採れると聞いていたんだが?」

「よく知っているね、その通りこの村では特級の花蜜が採れるよ…いや、正確には採れていただね」

「採れていた、とは?」


その質問にマスターは悩む素振りをみせ、こちらを少し見てから口を開いた。


「旅人に言うような話では無いかもしれんが、少し厄介なことになっていてね」


 マスターいわく、花蜜の採れる一帯に魔物が住み始めたらしく、それがとてつもなく強いらしい。何度も冒険者達が依頼を受けては負傷して戻るのが関の山らしく、それ以来良い花蜜が採れなくなったのだと。

 確かに魔物はどこにでもいるし、こんなとこじゃまともに倒せるやつもいないかと思ったが、ここであることを思い出した。


「なあ、ここには勇者?がいるんだろ?そいつに倒してもらえばいいじゃねーか」


 その提案にたいしてここで再び外套の中で蹴られたような痛みが走る。何に対し怒っているかは理解しているが、痛みを我慢し無視をする。


「一応彼に依頼はしたよ。ただ、なかなか行ってくれなくてね」


 それを聞いた瞬間、確実に偽者だと確信した。いや、正確には聞いたときから偽者だと分かっていたが。

 なんでも、仲間が欲しいとか依頼料上げろとか色々難癖付けて渋っているらしい、なんとも勇者らしくない発言だ。

 そのわりに勇者の名を語っているとはなかなか豪胆な持ち主でもあると思わず感心してしまう。

 きっとその偽者さんが勇者だったら英雄の称号を二つ返事で貰ったに違い、どっかに消えた本物と違ってな…

 そんなことを考えていると、花蜜を小瓶に入れ持ってきてくれた。代金を支払い、ツルキおいで、と行儀良く座っている子犬のような生き物に話しかける。

するとツルキと呼ばれた生物は足を器用に登り外套の下に消えていった。そしてお礼を行って店を出ようとする。


「そうだ、青年。君も冒険者ならこの依頼を引き受けてくれてもいいからね」


 こんな格好(なり)の人間に依頼するとは、余程偽者にうんざりしているんだろう。

 受ける受けないは言わず、手をヒラヒラと振り店から出る。

相変わらずごった返している広場を避け、なるべく人のいないとこを探す。

 予想通り人がいるのは広場の近くであり少し離れるとほとんど人がいなくなり、民家の影に隠れる。

 そして人がいないことを確認し、外套の下に合図する。

 するとそこから可愛らしい影が出てきた。金色の長い髪に2対の羽があるそれは妖精族ピクシーと呼ばれる。とても高貴で美しい見た目で優しいのだが、この時は違った。


「なんで怒らないのよ!」


 第一声がそれですか、と溜め息ついてしまった。

 まあ蹴ったりがするほどフラストレーション溜まってたんだから仕方ないのかも知れないけど、もう少し冷静になってくれと小声で言ってみるが、どうやらそれどころではないらしい。


「許せないよ!マフユがあんなに苦労したのに…」

「落ち着けよ、フィン。仕方ないことなんだからさ」



 妖精族ピクシーは花蜜が好物でこのフィンは中でも最高級を好むというまあ金のかかるやつでもある。そんなんでも結局は俺のために怒ってくれてる、本当に優しいやつだよな。

 …花蜜でも怒っていたがまあそれは…忘れよう、うん。


「別に俺は世界のためとかそんなんで闘ってたわけじゃないんだから…」

「だからって…マフユは辛かったのに…」


 フィンとツルキはずっと俺と旅をしてくれてるいわば相棒たちだ。辛いことも楽しいこともともにしてきたからこそ、こうやって怒ってくれて泣いてくれる、本当にいい相棒たちだよ。

 そんな相棒を慰めるために先程買った花蜜をやる。少し不満げな顔をしたが、受け取りストローを差して飲んでいる。

 すごく嬉しそうな顔だな、さっきまでの怒りや涙が演技ではないかと疑いたくなるほどに…いや、そんなことはないと信じたい。

 そんな癒される時間をもっと享受していたかったのだが、どうやらそんなわけにもいかないようだ。

 素早くフィンを呼び、外套の中に戻ってもらう。そして、周りに注意を払う。


(…これは口喧嘩か何か、か?)


 どこからか口論をしてるようなやり取りが聞こえてくる。とりあえず、その声がする方に気配を消して近づく。

 陰から様子を探る、どうやら大柄な男二人組と後ろ姿で判断出来ないが、小柄な人影が言い争いをしている。


「だから、勇者さんに話をしたいんです!」

「悪いが、あんたのような人を相手にするほどあの方も暇でないんでな」


 男たちの高笑いが聞こえる。どうやら、偽物勇者さんに何か言いたい人とそれの取り巻きの話のようだ。そこまで理解すると、外套の中で暴れるフィンに再び蹴られる。

 怒るのは分かるから蹴らないで頂きたい、本当に今は隠れてる訳なんだし…やっとフィンの怒りが収まったと思えば、あちらは逆にヒートアップし始めた。


「聞き分けのない相手には…多少強引でも仕方ないな」


 男の一人がが獰猛な笑みを浮かべながら腰から得物えものを抜く。形状からして曲刀の一種だろう、と分析してから刃を向けられた者の方を見る。多少の動揺が見られるが、逃げる素振りは見せない。

 男はそれを挑発とでも捉えたのか、凶刃を振り下ろす。だが、その人影は見事な足捌き(ステップ)で華麗にかわす。流麗なダンスとでも言うのか、思わず見惚れてしまった。相手の男は力任せになり始め、その隙をつき、いつの間にか抜いていた短剣を突き立てる。男は曲刀を手から離し、降参とばかりに両手を軽く挙げた。

 お見事と感嘆するのと同時に、ある弱点ウィークポイントに気が付いた。

 それは向こうで見ていたもう一人の男も同じようで、ニヤニヤしながら自分の得物を取り出す。こちらは通常よりも一回り大きめの直剣で両手でしっかり握っている。かなり戦いに馴れてる風貌をしている。剣を水平に構える。そこから水平斬り、斬り上げ、斬り下ろしと連続技が続く。それを先程と同じように見事に躱すのだが、先程と同じような躱し方。


(…あれは王宮剣術のたぐいだな)


 王宮剣術の本質は戦闘よりも見た目に重きを置いている。そのため流麗な足捌き(ステップ)をするが、型通りに動いてしまうため動きが単調で読まれやすく、流れを崩されると脆い。そのため実戦にはどちらかといえば不向きである。そのことを相手の男も理解しているようで、足捌き(ステップ)を先読みし足運びを邪魔する。この短時間でそれを見抜き、実行に移せたあたりを見るだけでこの男がどれだけ戦闘慣れしていることがよくわかる。

 そしてこの男の目論もくろみ通り、邪魔をされたことにより小柄な人影は体勢を崩す。そこに男の凶刃が襲い掛かる。

 体勢を崩したと思った瞬間、俺は駆け出て二人の間に割り込み無意識の内に握っていた長い木の棒で迫りくる刃を防ごうとする。

 突然の乱入者に流石に剣を振り下ろす男も戸惑いの表情を見せたが、その手にあるのが木の棒だと分かると構わず俺ごと斬ろうとする。

 もちろん俺もこんな棒切れで真正面から襲い掛かる刃を防げるとは思っていない。刃が接触する刹那、少しずつ棒を寝かし受け流しにかかる。もちろん木の棒のため、刃を受け止めることは出来ず、少しずつだが食い込み始める。ここで恐怖に負け下手に力を入れると抵抗が生まれ受け流しきれずに俺と後ろの奴は切り裂かれる。自分の経験と力量を信じ、相手の力だけを利用する。そのまま刃は棒を切り飛ばしたが、俺の横をギリギリで通過し、地面に突き刺さった。

 なんとか受け流すことに成功して思わず息が漏れる。こんな棒切れでかなりの無茶をしたな、と思わず自分の手に握られている先の尖った木の棒を見て思った。後ろの奴の表情は生憎見ることが出来ないが、目の前で信じられないと言った表情を浮かべているの男を見てパフォーマンスとしては十分だと確信した。

 棒を握っていたのは無意識だったが、これだけ力量の差を見せられれば退いてくれるのではと心の中で考えていた。その考え通りに男は剣を納め、背を向けて去ろうとする。そのまま視界から消えれば万事問題なしだったのだが、立ち止まり振り向く。

 まだ続けるのかと思ったが、男の眼に戦う意志は見えず、話しかけてきた。


「あんたは何者だ?」


 これは自分の名前を言うべきか、などなんと答えるか少し悩み、最終的にある意味では定番の少しカッコつけたことを言ってしまった。


「…単なる通りすがりの旅人さ」

「単なる、ね」


 冷めた反応や苦笑いされなかったことにとりあえず内心ホッとしながら、平静を装い簡単に肯定する。

 それをどう捉えたのか定かではないが、そのまま踵を返し今度こそ立ち去った。二人の気配が消えたことを確認し、手に持っていた棒を放し、後ろで座り込んでいる者の方を見て手を差し出す。


(ん?そういえば…)


 ここである重大なことを思い出す。目の前で腰を抜かしたように座り込んでいる者は王宮剣術を使っていた。ということは王族の可能性があり、この体勢はもしかして無礼になるのではと今更ながらに思った。だが、ここで手を引っ込めるのもどうかと思うし、なにより相手はその手を掴んでいる。

 こうなってはどうにもならないと、とりあえず引っ張り上げ立ち上がらせる。


(あれ?思いのほか軽いぞ、それに…)


 手が自分と違い柔らかく、微かにだが良い匂いがしてくる。

 これまでの疑問がある1つの確信を生み出す。つまり、今目の前にいるのは…

そこまで思い至ったところで、相手が今まで被っていたフードを脱ぎ、素顔を表す。燃えるような深紅の長い髪に整った顔立ち、まさしく美少女であった。

 それを見てたっぷり3秒ほど思考が停止したあと、自分の運命を本気で呪いたくなった。


 神々にも格付けあり、その最上位には十二柱の神が存在する。

 その中の8柱は人間との間に繋がりを持ち、その八家は王族として人間界に存在してる。それらの王族に特徴として出るのが特殊な髪の色、紅・橙・金・緑・青・藍・紫・白銀の八色である。

 つまりこの少女は王族であり、姫様の可能性がある。似た色の毛色をしているからと言ってこの少女と繋がりがあるわけではないが、とても都合が悪かった。

 だから、ここは即退散という選択をして一目散に少女の前から姿を消そうと走り去ろうとしたが、できなかった。少女に外套の端を掴まれてしまっていた。


(どうしたもんかね…)


 後ろを振り返ると何か言いたげな顔をした少女、とりあえず外套の下にいる相棒フィンの機嫌が悪くならないことを祈るしかできなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ