守護する黒衣の鎧騎士 1
食事の後、ルナを馬車まで送り届け俺たちは宿に向かった。
城で寝泊まりしてもよいと言われたのだが、悩みながらも断った。別にフワフワのベッドが気になったとか、おいしい酒がとかそんな不埒な理由で迷ったのではない……断じて違う。
(……確実に堕落してるな)
半ば迷った理由を認めたようなものだが、この際気にしない。今考えるべきはこれからのこと。
安宿の硬めのベッドの上で寝転がりながらルナから聞いた情報を整理していた。
あの後、結局話題転換もとい、話題を戻すことはうまくいかずなんとも言えない雰囲気が漂う中お目当ての情報を聞いていた。
侵入を阻んでいるのは、2体の漆黒の鎧騎士で近接戦闘はもちろん、魔法による戦闘も可能。それだけでも十分に厄介なのに肉体を持たず、魔力も大気中から常に供給されているので3日は継続して戦闘できるらしい。
(無尽蔵のスタミナに、有限とは言え膨大な魔力量……か)
よくもまあそこまで凄いモノを召喚できたな、と尋ねたところどうやらヘスティアが多少の協力をしていたらしい。それなら何となく納得できる。
『それでも昔は普通の鉄色の鎧騎士だったのです。ですがヘスティア様と交信ができなくなってから……』
『鎧が黒く染まり、暴走し始めた……と』
幸か不幸か、祠の入口から動くことはなく周囲に被害はないらしい。そのかわりにおびき出している間に侵入という手段も使えないのだが。
「女神に寵愛された守護者、か」
どことなく自分と似た境遇ではないかと思い、思わず苦笑いを浮かべる。
召喚魔法とは、聖属性の魔法であり、大抵は魂と仮の器をセットで召喚する。例えば、鳥を召還するならその魂と生前の肉体を模した器をセットで召喚し、使役する。なので生前の戦闘能力と大差はない。
しかし今回の場合は少し違う。ヘスティアは魂のみを召喚し、器は別途に用意してそれを魔法陣で繋ぎ止めていると推測してる。その結果膨大な魔力と、無尽蔵のスタミナを持った守護者を創ることに成功している。
(……魔法陣をいかに早く見つけられるかが鍵だな)
魔法陣で繋ぎ止めているので、それさえ壊せれば機能は停止する。やることは単純だが、実際はかなり厳しい。
まず見つけなければいけないし、何より戦闘力が厄介である。召喚魔法で使役できる守護者は大抵は魔獣なのだが稀に人の霊を使役する者もいる。そして今回予想されるのはその稀な英霊である。過去の才を有する人たちの霊を総称が英霊。英霊を召喚する場合には色々と誓約がある。
まず無理に使役することはできず、志半ばのままこの世を去ったものたちや生前の主などに誓った忠誠を果たすために契約し、同意の上で召喚しなければいけない。
また英霊の格が高いほど、高位の者でないと召喚できない。今回はヘスティアが協力してるところを鑑みるとおそらく最高位の英霊ではないかと推測される。
「ただでさえ英霊でも厄介なのに最高位とか……武器をしっかり準備しないとな」
はぁ、と自然に溜め息が漏れてしまう。最高位ともなればその戦力は一騎当千ものとも言われ、しかも一説には別次元から呼び出されているとまで噂される。そんなものが二体もいれば溜め息も出るし、泣きたくもなる。もちろん泣かないけど。
(でもなんか違和感があるんだよな……)
いくらヘスティアの力が今は制限されているとはいえ、その管理下にある守護者が暴走するなんてことがあるのか。
仮に何者かが妨害しているとしても、最高神の1柱の寵愛を受けている魔法に割り込めるなんて可能なのか。
(そんなこと可能な奴なんて冥界の大貴族の奴らか、それこそ……)
いろいろな推測が浮かぶが、所詮推測の域を脱しないものばかり。どれも根拠に欠け、疑念しか生まれない。
用心するのは大切だが、それで視野を狭めるのはかえって危険と判断し、頭の片隅へと追いやる。
「……最悪の場合は頼むぞ、ツルキ」
俺の腹の上で寝ている相棒の一匹の頭を撫でながら呟く。撫でられて気持ちよくなったのか、仰向けになるツルキを見て、どうにかなりそうな気がしてきた。
「もちろんフィンも頼りにしてるからな」
「えへへ、任せてよ!」
もう一人の相棒にもきちんと声をかけて意識を遮断して眠りについた。
俺の名を呼ぶ声が頭の中に響き渡る。憎しみや悲しみ、怒りや苦しみ、様々な感情が籠った声。だが、そのどこにも喜びの感情だけはひとかけらも存在しない。
ただひたすら同じ声で、違う感情を籠めてひたすら呼んでくる。その声は闇となり俺に徐々に近づき、そして――――。
目を開けると、金色の二つの瞳が心配そうに見つめている。
「……おはよ、フィン」
こみ上げてくる気持ち悪さをなるべく悟られないように、小さめの声であいさつをした。
だが長年の相棒にはやはり隠し事は出来ないらしく、腰に手を当てながら頬を膨らませている。だがこんな仕草も怖くなく、むしろ愛らしく思える。
「おはよっ、ただ無理に隠そうとしないで!今日もうなされてたの?」
「ああ……ちょっとな。でも少しすれば大丈夫さ」
体中をじっとりとした嫌な汗が覆っている。ベッドから体を起こすと眩暈がして、思わず胃を押さえてしまう。フィンが心配そうに肩の上から見守っている。
ベッドに座り込み深呼吸を繰り返す。気分は最悪だし、手足は氷のように冷たくなっている。それにも関わらず感覚だけは名刀のように鋭く研ぎ澄まされている。
(……精神だけは人間らしさが残ってるってことか)
嬉しいのか悲しいのか分からず、自嘲めいた溜め息が深呼吸と一緒に漏れる。何度か握り拳を作り、力が入ることを確認する。
体は重いし、気分も悪い……けど動ける。それを確認して立ち上がり、フィンの頭を撫でる。
「悪い、心配かけたな。もう平気だ」
「……うん。でも無理だけはしないで」
おそらく顔はまだ真っ青なのだろう。だけど俺の意思を尊重してくれる。その優しさに報いるために、今は少しでも心配かけないように手早く準備を整え外に出た。
手早く朝食を済ませ、俺とフィンとツルキ、あとついでにレイアードは再び城を訪れていた。
問題の祠の場所はヘスティア家の縁者しか知らないために案内役を誰にするのかと、俺たちに同伴する者を決めるのとその他の問題を解決するために来ていたはずなのだが……。
(どうして俺はこんなとこに立っている……)
現在、俺は城の訓練場の真ん中で刃がない剣を構え、ある男と対峙している。巨大な盾と剣を持ち、静かな殺気を発してるルドルフ。いつもの飄々としたやる気を感じさせない姿とはまるで違い、別人ではないかと疑いたくなる。
そのルドルフの隣には殺気をむき出しにした若き騎士のロイズ。ルドルフとは違い、細身の剣を構えている。
俺たち三人を囲うようにこの城の騎士たちと、国王陛下とその妻、そしてルナがいる。そして何よりこの状況を作り出した張本人であるレイアードは俺の後ろで伸びている。
事の発端は後ろで伸びているレイアードの余計な一言だった。
会議室のような部屋で国王と俺、ルドルフと部下のロイズ、ついでにレイアードで今後のことを話し合っていた。その中で俺のお供に誰を連れて行くか聞かれていた時だった。
『ふむ、それでお主は誰を連れて行きたいと考えてる?必要なら騎士団をも派遣するが……』
『そこまで必要はありません。それに数がいればどうにかなるわけでも無いので』
正直言って俺には騎士団なんてお荷物としか思ってなかった。いくら訓練されていると言っても高が知れてるし、守らなきゃいけない対象が増えるだけとしか思っていなかった。なので一人で赴き、二対一で戦う方が楽だし、なにより勝算もある。
そう思っての発言だったのだが、失敗に終わった。今思えばもう少し言葉を選べばよかったと後悔している。俺の横に座っているやつのことを考えておけばよかった、と。
『そうっすよ!こんな頼りない騎士団なんかより俺がいれば十分すよ!ね、兄貴』
正直レイアードも連れて行く気はなかった。なので、ルドルフとロイズの方をわざわざ横目で見ながら挑発するような発言には思わず絶句してしまった。
おそらくルドルフに下に見られていたことが気に食わなかったのだろう、フラストレーションが溜まりまくっていたに違いない。しかし、そのルドルフは相も変わらずの態度で一切気にしていない。伊達に騎士団のトップではないようだと感心してしまう。
しかし、その横には若さのためか額に青筋を浮かべ完全にこちらを睨んでいるロイズ。ってか睨むべきは俺じゃなくて隣の奴だぞ、と言いたくなる。
『ほう、確かなかなか名の通った冒険者だったな!この際だ、ルドルフと模擬戦でもしたらどうだ』
このまま無視して話を続けようと思っていた矢先、国王がこちらをしげしげと眺めながら予想外のことを口にした。俺と同様に、振られたルドルフも思わず目を見開いている。それと対照的に、嬉々とした表情を浮かべる二人。意外と煽り耐性の低くかったロイズと、戦闘狂のレイアード。
『隊長、ぜひやってください!こいつどころかそこの奴もついでに!』
なんか知らないけど俺までロックオンされた。ルドルフとともに苦笑いを浮かべるしかない俺。
『よし、では訓練場で今から取り行おう!』
変にノリの良い国王に先導され、何も言えぬまま謎の模擬戦が開幕した。
第一試合と言うべきなのかは分からないが、レイアード対ルドルフの戦いは終始レイアードの防戦一方のまま終わった。レイアードの魔闘拳は全てルドルフによって防がれ、いなされ、疲れて鈍ったところにルドルフの一撃が入り、レイアードは気を失った。
戦闘慣れしているルドルフが流れを掴むとは思っていたが、ここまで圧倒するとはさすがに予想外だった。
(これからアレとやるの?ってか、アレより強い守護者と戦わなきゃいけないのか……)
逃げたいな、とか思ってもさすがに逃げられる雰囲気じゃなく、仕方なしにフィンとツルキをルナに預け、中央まで足を進める。フィンは俺が負けることなんてありえないと言わんばかりの表情浮かべている。
ルドルフと相対すると、なぜかロイズも歩み寄ってきた。訝しげな視線を送っていると、ロイズが剣を構えた。
もしや選手交代か!と期待したらまさかのぬか喜びに終わり、逆に悲劇が伝えられた。
『お主は凄腕と聞いておるし、ルドルフも連戦だからな。ハンデということでロイズにも参加してもらうぞ』
戦場では常に連戦だ、と抗議したかったが、周りからの歓声がそれを許してくれなかった。なにより国王がそれを許してくれない雰囲気である。
(完全にアウェーだな……)
溜め息をぐっと飲み込み、鈍った勘を取り戻すための荒療治だと無理に割り切って仕方なしに二人の騎士と対峙することにした。
審判の声が響くとともに俺は地面を駆け、ロイズに肉迫した。数的不利な状況なら先手で確実に弱い方を倒すのがセオリー。
予想通りロイズは俺の動きに付いて来ることができずに、回避の動作も防御の動きも出来ていない。
(……まずは一人目っ!)
俺の逆袈裟が肩口に吸い込まれていく直前で、突然巨大な盾が俺の視界に急に現れ、激しい音を立てながら剣を止めた。そして、同時に盾の影から強烈な突きが左肩を狙い放たれた。柄から左手だけ離し、体を半身にしてそれを何とか躱し、距離を取る。
「大丈夫か、ロイズ」
「すいません、隊長。油断しました……」
「仕方ないさ、俺たちは規格外の男と戦ってるんだ。それよりもまだ向こうは準備運動程度だ、気を引き締めろよ」
言ってることは相変わらず俺を過大評価してる飄々とした口調だったが、盾の影から出てきた男の雰囲気は完全に名刀のごとく鋭く研ぎ澄まされていた。今まで見ていた男とは別人の顔つきをしている。
そしてそのルドルフの雰囲気に感化されたようにロイズから油断が無くなっていた。
(こりゃ、本気でまずいな……ってか嫌になるね、本当に)
気持ち的には意気消沈してるはずなのに、感覚だけは妙に研ぎ澄まされ始めていることに思わず苦言を呈した。
そんなことを思いながら俺は先ほどよりも更に速く地面を駆けた。
それから続いた攻防は、俺が若干押しているかな程度のほぼ膠着した状態であった。
俺が先手を取ろうと斬りかかれば、半ば当たり前のようにルドルフが盾で防ぎ、俺の連撃が止まった瞬間にロイズの細剣が確実に急所目掛け放たれる。最初のうちはそれに手を焼いていたが、今は余裕を以って躱せるのだが、やはり攻め手には欠いていた。
(と言っても身体強化の魔法を使っている人間相手に油断はできないな……)
身体強化の魔法には様々な種類がある。
例えば、雷魔法を身体に流すことで限界以上の速度と反射神経を高めることができるし、風を身体に纏わせれば移動距離を伸ばせたり、爆発的な加速が可能になる。
そして目の前の二人はと言うと、ロイズはやはり雷による速度を上昇させ、ルドルフは土魔法で防御力を上げている。
(押してダメなら……っていうけど、引いてもダメだもんな)
先手が討てないなら、とカウンターを狙ったのだが、逆にルドルフとロイズの連携剣技にカウンターのタイミングを完全に潰され防御に専念させられてしまった。
その結果、俺の剣先が時々どちらかに掠る程度のほぼ膠着状態が10分以上続いた。
(二人相手だとやっぱりまだきついな)
距離を取り、一息付いてからこれまでの応酬の分析を始める。
二人の連携は長年の賜物なのだろう、かなり洗礼されているし、何よりも二人の剣の愛称も最高だと思う。防御向きではないが、手数と速さを持つロイズの剣技と圧倒的な防御力と重い一撃を誇るルドルフ剣技。
(特に厄介なのがルドルフだな)
この10分の間、訓練場からは剣がぶつかり合う音しか聞こえなかった。何度も打ち合ったが、戦闘にかなり慣れている。そして何より動きが洗練されいる。ロイズの死角を確実に消し、尚且つ動きを一切邪魔していない。そして自身も的確に攻撃してくる。
その攻撃方法も多彩で、盾で守る一辺倒じゃなく、時には武器として剣と一体となり連撃を繰り出してくる。変則的な二刀流を相手している気分になる。
(兎にも角にもこのままじゃジリ貧なのには変わりないな)
いくら若干押していると言っても、決定打に欠けば不利なのは俺。加えて先手もカウンターも封じられ、単調な攻めしか出来ていない。
「……はぁ」
思わず短いため息が漏れる。直接の攻撃魔法がないにせよ、二対一の圧倒的不利な状況で若干押している俺を褒めてほしいし、むしろここで負けを認めて終わらせたいと思う。
だが、どうしてもそれを口にすることができない。戦いが好きなわけじゃないから自分から好んで戦いに飛び込むことはないし、頭では勝ち負けに拘りたくないと思っている。長年命の駆け引きをしていたせいか、あるいは生物としての本能か、あるいは両方か、戦いが始まってしまうと勝つまで身体が止まることがない。刻まれた何かが"勝て"とひたすらに命じ、身体が勝手に動き続ける。
(……生きるための本能か、あるいは刻まれた呪いか)
今まで右手で握っていた剣を本来の利き手である左に持ち替え、対峙する二人の男を交互に見据える。
そして、左に立つ細剣使いの男が動いたと同時に、俺も地面が抉れるくらい強く蹴りだし、肉迫した。




