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英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第一章 英雄の帰還
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王都オーフェン 3

 眼前にいる男とは一言しか交わしていないのだが、かなりの実力者だということがそれだけで分かった。俺たちを見失わなかったこともそうだが、なによりその立ち振る舞いである。

 腰にある剣の柄に肘をかけ、無駄な力を一切入れず、自然なゆったりとした構えを取っている。それを部下が三人無力化した男の前で取れるなんて正気沙汰とはとても思えない。

 現に俺たちを囲う冒険者風の人物たちは武器を構えいつでも俺たちに攻撃できる姿勢をとり、殺気立っている。それに釣られレイアードも殺気を散らしている。


(こんな状況下で平然としているとは恐れ入ったな)


 だからと言って部下を何とも思ってないわけでも無いようで、倒れている二人と俺に拘束されている一人をチラッと見てたあと、その顔には完全に安堵の表情が浮かんでいた。まるで俺たちが傷害を与える気がないことが分かったかのような態度である。


「ふむ……この状況では質問をしにくいか。お前たち、少し落ち着け」


 俺が無言のまま周囲を視ていると、騎士風の男が空いている手で顎を触りながら周囲を見渡し、部下たちに指示を出した。


「し、しかし、隊長!三人が人質に取られているんですよ。こいつらは危険です!」

「ロイズ、落ち着け。問題ない」


 比較的若い、ロイズと呼ばれる男が隊長の男に抗議した。確かにこのロイズの反応はとても正しいものである。それでも隊長の男は指示を変えず、身振りで武器を納めるように促した。


「仮にこの二人が危険人物だったとして……後ろの短髪の男はともかく、外套を羽織っている青年の方が本気を出せば俺たちなんて一瞬でお陀仏だ」


 隊長の男はニヤッと口角を上げながら言い放った。

 その発言に周りの兵士たちは驚き一層緊張感が増しているが、それ以上に俺が驚いている。この男が俺の何を知っているかとか、そういうこと以前に一瞬にして俺を超危険人物のように仕立て上げられたことに絶句してしまった。

 俺に拘束されている男は今にも泣きだしそうな雰囲気を醸し出している。


「だから問題ないんだよ。その青年は一切殺気を発していないからな。殺気を発せないで殺る奴もたまにはいるが、青年は違う……だろ?」


 自信ありげな表情を浮かべたまま俺を見据えている。

 何者かは知らないが、ずいぶんと厄介な人間に出くわしたものだと溜め息が漏れる。


「ずいぶんと自信ありそうですね……しかし、その判断はどうなんでしょう?」


 左手に握るモノを怯える男の首筋に強く当てる。「ひぃっ……」と完全に弱り切った声が漏れる。おそらく精神的にギリギリなんだろう。

 俺の行動に周囲に戦慄が走る中、やはり眼前の男だけは変わらず自然体のままである。


「確かに交渉などの際は脅しは有効な手段だな。だが、そんなモノで人は殺せないと思うのだがね?」

「……なるほど、コレに気づいてましたか」


 侮れない男だな、と感心しつつ首筋に突き付けていたモノを俺と隊長の男の前に投げ捨てる。低い金属音を立てて地面に落ちたのはスプーンである。

 それを見て周囲の兵士たちは驚いている。


「いつ気づいたんです?俺としては見えないようにしていたんですが……」


 そう言いながら周囲に目をやる。俺たちを囲うように集まってきた奴らの位置を考え、金属が見えるか見えないかの絶妙な位置にスプーンを当てていたはずなのだが――――。


「最初にチラッと鈍い金属の反射が見えてな、それで刃が無いことに気付いたのさ。スプーンだったのは予想外だったがな」

「なるほど、俺はまんまとやられたんですね」

「それはお互い様さ。それに先にも言ったが、殺気が無かったからな。後ろの連れはともかく、こんな状況下殺気立たないで平然としているってことは最初から誰も傷つけないと決めてたんだろ?」


 本当に厄介で食えない男だな、と呆れながら内心で呟く。


「その質問に答えかねますが、殺気立ってないのはお互い様でしょ?」

「違いないね、その若さでやはり恐ろしいね。さて、質問があったんじゃないか?」

「ええ、無駄話が多くて本題に入れなかったんでね。でもその前に……レイ、殺気を抑えろ」


 いつもとは違い冷たい声で後ろで殺気をまき散らしているレイに抑えるように言った。恐らくいつも通りの適当な感じで言えば、何かしら反抗しようとしただろうが、今回は違いを感じとり素直に引き下がった。


「ほう、狂拳を声だけで制するとは。……お前たちもいい加減諦めろ」


 前半部分は愉快そうにしていたのだが、後半部分の部下たちへの指示の時は厳かな、反論を許さないような雰囲気だった。

 だが、俺はそれ以上に狂拳がそこまですごい通り名だということに驚いていた。

 内心で驚いていると周りの冒険者風の部下たちは俺のジッーと見て、その後どこか諦めたような表情のまま武器をしまい、構えを解いた。

 森にあふれていた殺気が霧散したのを感じたあと、俺はようやく口を開いた。


「では率直に問おう。あんたたちの目的はなんだ?」

「……なるほど、"誰"ではなく目的を聞いてくるとはな。」


 男は周りには聞こえないくらい小さな声で納得したように呟いた。

 俺としてはこれ以上無駄話に付き合う気はない、という理由で敬語を止め語調を強めにして言い放ったのでその呟きは無視した。


「さて、我々の目的だったね。実は俺も知らないのだよ」

「なっ!?……あんたらは目的も()()()()()に俺らを追い回してたのかよ?」


 俺はあえて目的も"無く"ではなく"知らず"と言った。


「ずいぶんと聡いな。その通りさ、君を監視し、そして連れてこい、としか命じられていないのでね」

「……なるほど、ずいぶんと立派な信頼関係だな。だが、そんな人の前に俺のような危険人物を連れて行っていいのか?」


 レイは未だに誰がこいつらに命令をしているのか分かっていないらしく、頭の上に疑問符を浮かべている。だが、これが普通だと俺も思う。周りを囲うのは冒険者のような統一感のない格好をした集団で、眼前の男もただ鎧を着こんでいるようにしか普通は見えない。

 だが、俺には確信があった。この眼前の男と周りを囲う者たち、そしてこいつらに命令をしている人物の正体に――――。


「下手したらヘスティアの国王の首が飛ぶかもしれないぞ?」


 わざわざ獰猛な笑み作って、右腰の剣の柄に手をかけて爆弾を投下した。本来なら俺はこんなリスクを負うようなことは言わないし、ましてや好まない。だが、どうしても眼前の男を試したかった。

 俺の発言で再び森がざわめきだした。動揺と殺気が空間で入り乱れ、それが結果として囲う者たちの行動を阻害している。


「えっ、国王?飛ぶ?兄貴っ!?」


 レイアードに至っては一度に流れ込んできた情報を処理できず、思考が停止し始めているようだ。

 しかし今は構っている暇はない。眼前にいる男の一挙手一投足に全神経を注ぐ。


「……っ」


 額から玉状の汗が流れ落ち、喉がぐっと音を立てる。右手が震えながらも腰にある剣の柄にのびそうになるが、そこを何とか堪えている。

 今まで飄々としていた男に初めて目に見える動揺が走った。

 それを確認すると満足げな表情を浮かべ、柄から手を離し、発していた殺気とは異なる剣呑な雰囲気を消した。


「レイ、冗談だ。落ち着けよ」


 まだ後ろで事態が把握できていないレイを落ち着かせようと声をかけた。それが結果として森の静寂をもたらした。


「……末恐ろしいな、青年」

「こういうのは好まないだが、あなたがどういう人間か知りたくてね。それに最近なにかとストレスが多くて、つい」


 未だに震えが止まらないながらも何とか平静を装おうとしてる姿を見ながら、愚痴気味に言葉を漏らす。その愚痴をどう思ったのかは分からないが苦笑いを浮かべている。


「さて戯れはこれくらいで、王サマのとこに案内をお願いしても?」

「……断ったら俺の首が飛びそうだな」


 周囲の部下たちに命令しながら、俺たちに付いてくるように促す。なんだか俺らが脅迫しているような状況になってしまったが、そんな事実は一切ない。むしろ俺個人としては会いたくもないし。


(ってか、俺たちを連れてくるように命令されてるだろ?)


 最後に男が呟いた一言にはさすがにツッコミを入れたくなった。


 装飾過多な屋敷が建ち並ぶ貴族街を馬車に揺られながら、ぼんやりと眺めていた。

 俺の横には間隔を開けてレイアードが腰かけており、俺とレイアードの丁度中間の対面の席に隊長と呼ばれていた男が座っている。


「そういえば自己紹介がまだだったな。ルドルフ・シーケットだ、一応騎士団の隊長をしている」


 震えも収まり、再び飄々とした態度で自己紹介をしながら俺たちに手を差出してきた。あまり人となれ合うのは好まないのだが、俺個人としてこの男に嫌な感情を抱いていないし、少し気になることがあったので握手に応じることにした。

 しかし、隣に座るレイアードは嫌悪を丸出しにして犬のように唸りだしそうな雰囲気である。とりあえず鬱陶しいので隣に座る野犬は無視する。


「マフユだ。世界中を旅している最中ってとこだ」

「ふーん、そうなのか」


 まるで何かを知っているぞ、と言わんばかりに顎を撫でながら俺を見てくる。

 いつもならこのような態度や視線をされるのは苦手なのだが、今回は()()が知りたかった。訝しげな視線を向けながら尋ねる。


「……あんた、何を知ってるんだ?」

「別に知ってるとかじゃないさ。ただ、昔似た人物を見かけたことがあってな」


 思わず全身が強張りかけたのをどうにか堪えたものの、背中に嫌な汗が流れる。

 とある理由により俺を見かけたところで顔を覚えている()()()()()のだが、どうしても体と心は反応してしまう。


「まあ遠巻きにしか見てないんだが……うーん、気のせいか」

「……きっと気のせいさ」


 息の詰まるような感覚に囚われながら、平静に装って嘯いた。ルドルフも納得したようでそれ以上突っ込んでこなかった。

 様々な英雄像が世界中で伝えられているのだが、その中には俺と結びつかないものも多い。だから俺としても気にする必要はないのかもしれないが、どうしても戦っていた姿は人々の記憶の中に深く刻み込まれてしまっている。『英雄の姿は消されたのだが、存在自体は世界に残されている』そのことがネックとなり、俺を不安に駆り立てている。

 不安な気持ちを押しやるように強引に話題を変えた。


「そんなことよりも、何人規模で俺たちを監視してたんだ?」


 この馬車を追うように付いて来る兵士の一団を見て、内心辟易としながら聞いてみた。


「うーん……街の中では20人くらいはいたかな」


 相変わらず顎を撫でながら、さも悪びれる様子もなく言ってのけた。しかも遠方から魔法まで使用して監視していたと聞いたときは呆れたのを通り越して賞賛してやろうかと思った。


「はぁ……王都の騎士団ってのはずいぶんと暇な職業のようだな」

「手厳しい一言だな」

「だってそうだろ?俺のような善良な旅人を監視してるなんて、暇以外に何がある?」


 肘掛けに手を置き、わざとらしい態度を取った。

 善良なんてどの口がほざいてる、と言われたらぐうの音の出ないし、なにより自分が一番そう思っていたが、生憎ここ場では誰も言わなかった。

 その代わりにルドルフの雰囲気に目に見える変化があった。


「暇じゃねーんだが、何もできないのは暇と変わらない、か」


 自分の無力さに打ちひしがれながら独り言のように呟いた。

 それから俺の視線に気が付いたのか、飄々とした態度を装いながら言葉をつづけた。


「まあ、詳しいことは城に到着したら国王様から直々に説明してもらえるさ。俺から言えることは、君のような()()な旅人に頼らないといけないほどの状況ってことだけだな」

「誰に何を聞いてどんな評価をしているかは知らないし、知りたくもないが……少なくともあんたたちのご期待には添えないことは確かだな」


 わざとらしくニヤリと口角を上げて、善良という言葉を強調してきたので、俺はそれを真っ向から否定するように吐き捨てた。

 そのまま馬車は王城の巨大な前門を静かに通過して行った。


 馬車から降り、目に飛び込んできたのは貴族街とは異なる風景だった。

 貴族街の屋敷や建物は矢鱈豪華に装飾が施され、はっきり言ってしまえば自己顕示欲の塊と象徴ともいうべき品性に欠くものばかりだった。

 それが一転して、今目の前に広がっているのはほとんど無駄な装飾が施されず、一言で言えばシンプルな城と手入れが行き届いた趣きのある中庭だった。


「ずいぶんと質素な城だろ?」

「隊長、質素は不適切だと思いますが?」


 俺の感想が顔に出ていたわけではなく、おそらく誰もが同じことを思うのだろう。ルドルフは推測よりも同意を求めるようなニュアンスだった。

 そのルドルフの俺に向けた軽口をロイズと呼ばれていた若い騎士が俺を睨みながら窘めていた。


「相変わらずお堅い男だな、お前さんは」

「隊長が軽すぎるだけです」


 ルドルフは立ち振る舞いは騎士だと感じさせるのだが、その所作や雰囲気はとてもそうは思わせない、どこか不思議な男だった。

 それとは対照的にロイズは動作も雰囲気もお堅い、融通の利かないという印象の男である。


(ある意味、この二人がいるからバランスが取れてるのかもな)


 そんなどうでもいい感想を抱きながらルドルフとロイズの後に続いた。


 城の中も外観と同じく、無駄なものがほとんど見受けられなかった。そんな簡素な長い廊下を歩いている途中で、今まで静かにしていた男が話しかけてきた。


「兄貴、今更ですけどこのまま信用してあいつらについて行っていいんですか?」


 レイアードはどうやら先を歩く二人の騎士を信用できず不安らしい。というか、嫌っているといったほうが適切か。


(仕方ないと言えば、仕方ないのかもな)


 レイアードは尊敬できる相手には敬意を表すと言っていた。その尊敬もおそらく基準は自分より強いかどうかなのだろう。しかも風格とかで計るのではなく、実際に戦うという極めてシンプルな基準で。

 なので逆に言えば戦ってもいない相手に軽く見られるのは好まないのだろう。それが原因で目の前を歩く騎士たちを嫌っているのだと思われる。


「信用できる、できないは別として、何かあればその時はどうにかするさ」


 そう言いながら腰の剣をレイアードに見せる。任せておけ、とは言いたくないがこういうパフォーマンスをすれば多少はレイアードの不安は無くなるだろう。レイアードも納得してくれたようで静かになった。

 それを確認すると俺は腰の剣に目を向けた。不思議なことに俺の武器は一切取り上げられることがなかったのである。もちろん謁見の時はさすがに回収されるとは思うが、さすがに不用心だという感想を抱いてしまう。

 ヒソヒソと話しているのに気が付いたのか、予想外の人物が話しかけてきた。


「ご安心ください。お二人を()()して武具は一切取り上げませんので」

 

 ロイズが振り向き、目じりをキッと上げて俺たちに言い放った。しかも信頼という部分をわざわざ強調して。


「まあそれは建前で、要するに青年を抑えることは俺たちにはできないからってだけだよ」

「ちょっ!?隊長、それ言ってどうするんですかっ」

「建前より本音言ったほうがお互い安心だろ」


 ガハハハッ、と笑うルドルフの自由さにロイズは頭を痛めている。

 俺としてもルドルフという男に付いてきた理由はこういうところにあった。

 俺と相対していた時も、しっかりと部下のことを見ていたし、怪我がないと分かると安堵の表情を見せていた。

 加えて、俺を強者と認めつつも国王に害を為すなら戦おうという姿勢を見せたことも評価できる。もちろん剣に手を掛けなかったこともである。

 飄々としつつも、部下にも国王にも尽くしている、そんな姿が見られたからこそ俺は何もせず黙ってここまで来た。


(もちろん暴れる気も無かったけど)


 争うくらいなら逃げるというのが俺の信条である。

 しかしながら、ここ最近は争い事に愛されてしまっている感じが否めない。そして今も争い事が俺に寄って来ている、確証はないが確実に感じる。


「……全く何を恨めばいいことやら」


 誰にも聞こえない声でそっと嘯いた。

 そのまま俺たちは玉座の間に通ずる大きな扉を潜った。

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