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英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第一章 英雄の帰還
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王都オーフェン 2

 ギルドを出たあと、俺は当初の予定通り武器屋に向かっていたのだが、一つだけ予定外のことをしていた。武器屋の場所が分からない風に装って、あえて遠回りをしていたのである。

 最初は隣を歩くレイアードに向けられた視線だと思っていたのだが、俺にもその視線が向けられている。おそらくレイアードと俺の関係が気になる奴が大半だとは思うのだが、その中に無視できない視線がいくつか混じっている。


(……いくら巻いても絶対に無くならないな)


 その視線から逃れるために遠回りしながら幾度となく姿をくらませようと試みたのだが、どうやら相手はかなりの人数で俺を監視しているようで常時最低3人の視線を感じる。


(……一体全体なにしたいんだ?)


 今のところ向こうから何か仕掛けてくる様子はないし、俺が巻こうとしてるのにも気が付かれていない。 

 レイアードのせいでギルドで情報収集できなかったし、今は監視されてるし王都に来てから踏んだり蹴ったりである。


「兄貴、そういえばどこ向かってるんすか?」


 こいつは呑気に俺に質問してきやがる。俺と戦ったときは俺の視線に気が付いていたのに今回は気がつていないようで、なんかムカつく。完全に八つ当たりなのだが、この際関係ない。


「はぁ……武器屋だよ」

「え?武器屋ならこんなに遠回りしなくて済んだのに……」


 知ってるよ、と声を荒げて答えてやりたがったが、ぐっとこらえる。

 レイに悪気はないのは良く分ってるし、おそらく街中では視線に慣れているので気が付かないのだろう……仕方ないことだと割り切る。

 

「それよりお前が弟子になりたがった理由ってなんだよ?」

「兄貴が強いからですよ」

「そんな建前を聞きたいんじゃないよ。本質の部分が知りたいんだよ」


 レイが一瞬たじろいだ。

 人はそもそも目的が無ければ強くなりたいと思わない。それこそ生き延びるためとか。

 だが、レイは違う。こいつははっきり言って今でも十二分に強いし冒険者としてもかなりの地位を築いている。前に女にモテたいとか言ってたが、おそらくそれは目的の一部であって、こいつが弟子入りしたいとまで言う本質ではない。

 そこまで俺には分かっていたからこそ、聞いてみたかったのである。


「……さすが兄貴です、隠し事はできないっすね」

「仮にも師匠に隠し事でどうなんだよ」


 苦笑い気味に言い返してやる。確かに正式に弟子にしてないし、弟子にするつもりもない俺にそこに踏み入るのは躊躇われたが、どうしても気になった。


「前に久々に負けたって言いましたよね。俺が負けたのは人生で兄貴が二人目なんです」

「……つまり、お前は前に負けた奴に勝ちたいから俺に弟子入りしたいと?」

「勝ちたいというよりは……あいつは俺が倒さなきゃいけないんです」


 口調こそ落ち着いていたのものの、レイの瞳の奥には燃えるような業火が渦巻いていた。


「……復讐か?」


 レイは何も言わず、ただ頷いていた。それ以上は気かないでください、と言いたげに……。

 俺もそれ以上聞いてもどうにもならないと思ったので、この話はここで打ち切った。それから無言のまま、武器屋を目指した。



「へぇ~、さすが王都の武器屋だな」

「そりゃあ冒険者の"格"も他とは違いますからね、品揃えはかなりですよ」


 武器屋に到着した後は、いつも通りかは分からないが俺の知るレイアードに戻っていた。イケメンは神妙な顔つきも似合うのだが、俺には何も得なとこがなかったので一安心である。

 そんなことはどうでもいいとして、レイアードの言うとおり品揃えがとても良く、剣や槍、弓など基本的にポピュラーな武器だけでなく、斧や大剣などの扱いが難しい武器まで種類が豊富である。

 だからと言って目を輝かせて、あれこれ手に取るようなことは一切しない。。俺にとってアレは相応しい品ではないし使えないのだが、比較してしまうとどうしても見劣りしてしまう。

 なので迷うことなく俺は剣と短剣カテゴリーの武器が置いてある一角を目指そうとしたところ、レイに話しかけられ足を止めた。


「兄貴、本当にここでいいんすか?」


 レイが言いたいのは、おそらく鍛冶師の打つ世界に一本だけの品(ワンメイク品)じゃなくていいのか、ということである。

 武具をランク分けするなら伝説級レジェンダリー古代級エンシェント、銘持ち、一般向けと言った感じになる。

 伝説級は、神々が作ったと言われるもので特異な能力を宿している。それこそ天候を操ったり、大規模な魔法を何度も発動できる魔法陣が組み込まれているなど、おおよそ特異的で信じられない能力を有している。神器などと呼ばれる。

 古代級は、大昔に名工が造ったワンメイク品が長大な年月をかけて魔力に晒されてできるもので、強力な退魔の力や使用者の魔法や能力を高める力などを持っている。魔剣や聖剣などはこの部類に入る。

 そして銘持ちは、現代の名工が作るこの世に一つしかない武具で、古代級には劣るもののそれなりの力がある。

 一般向けとは、銅や鉄、鋼を材料とした普通の武具である。

 レイ(こいつ)の中で俺がどれだけの評価を得ているのかは知らないが、はっきり言ってそんな銘持ちレベルは俺の手に余る。


「別に俺には安物で十分だよ」


 もちろんこの武器屋に置いてある品がずば抜けて安いというわけではなく、むしろ折れた剣よりはどれも高いのだが、銘持ちよりは格段に値が落ちる。

 それに結局はまた壊すことになると考えれば正直どんな武器でも変わらない。壊すことが前提なのがおかしいのだが、そこは仕方ない。

 それでも尚食い下がり何か言いたそうだったが、無視をして剣の置いてある一角を目指すことにした。


「うーん、これでいいか」


 吟味するようなことはないのだが、とりあえず握ってみて使い勝手程度を比較していると、後ろから何か言いたげな視線が未だに向けられる。

 さすがにここまでされると、溜め息もつきたくなる。


「あのな、レイ。本当に俺はこの程度で満足だし、相応の品だと思うぞ」

「でも、兄貴の剣は俺のせいで折れちゃったので……」

「お前、まさか気にしてんのか?」


 巷で狂剣と恐れられる男が、まさか性格までイケメンだとは思わないかった。ここまで律儀だと俺の性格の悪さが余計に際立つ。


「戦いの末に折れた物を相手だったお前が気にしてどうすんだよ。それに安物だったんだから気にするな」

「……うす」


 納得してないようだが、それでも小さい声で返事をしたのでこれ以上相手にするのは止めた。

 次に短剣を選ぶ。選ぶと言ってもほとんど悩んだりすることはないのだが。適当に一本とり、ほかに必要なものがないか周囲を確認する。


「……矢を買い足しておくか!」

「あの~、兄貴……」

「はぁ……次はなんだよ?」


 最近矢の消耗が激しかったのを思い出し、一応買い足そうと思い足を進めようとしたらレイが意を決したように、しかしおずおずと声をかけてきた。狂拳と恐れられている雰囲気などすでに無くなっており、本当に捨て犬にしか見えない。

 俺は少しぶっきら棒に振り返ると、ビクッとレイが体を震わせた。


「えっとですね……せめてここのお代だけでも俺に払わせてください!!」


 その言葉とともに、バッと頭を下げた。見事な直角になっている。


(……周りからどう見られてるんだろか)


 悪の親玉とその子分の一幕にしか見えない気がする。それでなくても頭下げてる奴は怖がられてるのに。

 もしくは俺がイケメンに求婚されてるとか……それは無いな、うん。ほら、向こうからお姉さま方が熱い視線を……。


「おいっ!?さっさと頭を上げろ、アホ!」


 大声を出さなかっただけでも褒めてもらいたいほど、動揺していたに違いない。

 だが、考えてもらいたい。周りの視線を一手に集め、その中に熱い視線が混じっていたら誰だって怖くなる。


「じゃあ俺に支払任せてくれるんですね!!」


 一方でそんなのお構いなしに顔を上げてキラキラとした視線を送ってくるレイ。そんな視線を向けられると余計に周りに誤解を与えそうである。

 それにここで拒むとこいつ(レイ)は地面に額をこすり付けそうな勢いがあったし。


「支払とか任せるからその視線を俺に向けるのやめてくれ!!」


 手に持っていた剣一式をレイアードに雑に渡し、矢束を握りしめてカウンターに向かった。


 右腰に2本の剣を携え、左腰には重みの増した矢筒、外套の下に短剣を忍ばせた状態で店を出た。正直言って重たいし、軽装が好みの俺としては折れた剣だけでも外そうと思ったのだが、止めた。

 店内では感じ無かった()()視線が出た途端に俺の知覚に引っかかったからである。


(荒事はなるべく避けたいんだがな……)


 本来なら向こうから仕掛けてこない限りは無視をしようと思っていたのだが、さすがにここまで大規模に見張られていると意図が気になる。

 それ以前にやはり監視されているのは不快でしかない。

 まず目を瞑り視覚情報を遮断する。次に行き交う人々の話し声と足音、露店から漂う香ばしい匂い、肌を撫でる風の感覚、それから向けられる好奇の視線、不要な情報を全て削ぎ落とし、監視している視線()()を感じ取る。


(1、2、3……全部で12か)


 あくまでも現在、俺たちを監視している人間が12人もいる。つまりこれより多いことは十分に考えられる。

 それにしても、と思わず感心してしまう。


(どこの馬の骨かも分からないやつをここまで大規模に監視してどうしたいんだか……)


 とりあえずポケットにしまった紙を取り出し、先ほど何も見ないで受けた依頼の内容を確認してみる。

 隣から覗き込んできたレイアードが不思議そうな顔をして依頼内容を見ている。実際レイアードの反応に共感を覚えてしまう。


「兄貴……コレ受けたんすか?」

「ああ……そうだ」


 何とも言えない表情をしたまま俺たちは門の外へ向かった。


 俺たちは門を出て近くにある森の中を地面と睨めっこしながら歩き回っている。

 Fランクの依頼には討伐系のモノはない。つまり必然的にお遣い系の依頼にしかならない。

 そして門の外で行われるお遣い系の依頼の中で最もポピュラーなのが今俺たちがやっている地味な作業である。


「兄貴、トナの葉ってどれですか?」

「お前の足元に生えてるやつだよ」


 薬草採取という冒険者じゃなくてもできるだろ、って言いたくなる依頼を現在こなしている。

 この薬草採取と言うのは戦闘がないから比較的安全なのだが、その分知識が要求される依頼である。薬草によっては、それこそ似たような見た目の草も生えてれば、わけの分からない場所にしか生えないなど見る目と経験が要求されるので意外と難易度が高いのだがその割には報酬は低いと、割に合わないためベテラン冒険者には忌避される依頼である。

 俺的には戦闘がないから好ましいようにも思えるが、やはり野兎を狩るなど楽をしたいというのが本音である。


(……でもこれはこれで好都合かもな)


 レイアードに指示を出しながらも、意識は監視してる者に向ける。

 幸いにもここは森の中で余計な情報が少なく、相手の動きが察知しやすい。加えて、薬草探しなら戦闘がないので姿を晦ませるのも容易にできる。


(あとは仕掛けるタイミングのみ)


 そのためにまずはレイアードを呼び寄せる。さすがのこいつも森の中だと監視されているのには気づくらしい。


「(門を出る直前にも言ったが、俺たちはなぜか監視されてる)」

「(そうみたいですね。さっきから嫌な視線を感じますね……もちろん兄貴ほど分からないですけど)」

「(別に分からなくていいさ。それより準備も整ったし、やるぞ)」


 コクンと頷いたのを確認し、行動に移した。


「さて、あとはトーパの実だな。あっち探してみるか」

「そうっすね!」


 あえて手振りと大声で行く方向を示し、茂みの方へと歩みを進める。

 そして相手の視線から外れた瞬間、音を立てず一気に地面を蹴る。ある程度離れたとこで今度は向こうに気づかれる前に木に登り、息を潜める。

 少しすると森の中が少しずつ慌ただしくなり始め、数人単位の息遣いがいくつか聞こえてくる。


(ここまでは予想通りだな。あとは……)


 俺たちが見えなくなると散開して探し始めると俺は踏んでいた。そしてその予想は見事に的中した。

 まあ普通は考えなくても大人数で負うことはしないと思うが。

 そんなことを思いながら、そのタイミングは訪れた。

 俺たちがいる木の下に3人組の男たちが小走り気味にやってきた。装いは冒険者風なラフな格好だが、間違いなく冒険者ではない。何者か気になるが、それは無力化してから調べればいい。

 音を立てないようにポケットから物を取り出す。右手に液体の入った小瓶を持ち、左手にはこの状況には似合わない物。


(見ようによっては食いしん坊だな)


 苦笑い気味に左手を見る。だが、これはこの状況ではきっと役に立つと信じている。

 近くに隠れるレイと視線を交わし、小瓶の中の液体を二人の男を目掛け少しだけ垂らす。その液体は男たちの首筋に見事に命中し、途端に液体が付いた二人が倒れた。

 それを確認すると同時に俺とレイは飛び降りる。

 残りの一人の男は未だ何が起こったのか分からず狼狽しているが、構わずにその男の手を背に回し締め上げ、木に押し付けながら男の首に左手にある物を触れるか触れないかのギリギリぐらいに付きつける。


「動くな。そして騒がずに俺の質問にだけ答えろ」


 完全に悪者のセリフを低く冷たい声で呟く。

 男はひぃっ、と小さい悲鳴を上げた。

 横目でレイを見ると、倒れている男たちの意識がないかを確認している。


「兄貴、完全に意識失ってますね。それにしてもコレすごいっすね」


 小声で俺に状態を伝えた後、しげしげと小瓶を眺めている。


「お前なら大丈夫だと思うが、下手に触れんなよ。さて、質問に答えてもらおうと思ったんだが……こちらの方よりあなたのが詳しそうですね。出てきたらどうです?」


 男から視線を背後の茂みに向けた。俺の言葉に反応したようにレイアードはハッと臨戦態勢を取った。

 現れたのは壮年の男性だった。しっかりと鎧を着こみながらも一切の重みを感じさせないその立ち姿はまさに騎士と言った感じである。

 彼の登場を皮切りに蜘蛛の子を散らしたようになっていた気配が続々と集まってきて、次第に俺たちを囲んでいく。

 俺はそれをただ無関心に感じていた。


「さて、これで全員そろいましたね。質問してもよろしいでしょうか?」


 森の中にある気配が全てここに集合したところで俺はリーダー格らしい壮年の騎士風の男にあえて慣れない丁寧語で話しかけた。もちろん先ほどの男は未だ解放していない。


「ああ、なんでも答えよう」


 その声は低いながらも穏やかさを帯びていた。そして同時にこの空間で俺を除き唯一殺気を一切纏っていなかった。

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