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英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第一章 英雄の帰還
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王都オーフェン 1

 茜色の空が漆黒に染まったころに俺たちは木陰から出た。門も先ほどまでのお祭り騒ぎから一転して、静寂を取り戻している。

 ちなみに今は門を通過するためにフードは被っていない。夕焼け空だと髪の紅色が強く出てしまうが、夜空になるとむしろ黒にしか見えないので俺にはありがたい。

 門では入国料と身分証の提示を求められたが、生憎そんなものは持っていない。


「悪いが、身分を証明できるものが無いんだが……」

「ならこの国に来た理由は?」


 この問いかけは衛兵Aによるもの。あまり高圧的な言い方ではないのは俺のように身分証を持たない人間も多いからである。

 俺がここに来た理由はルナを送るためだがその当人はいないし、何よりそれを馬鹿正直に言ったところで先ほどのレイの二の舞だろう。


「旅の途中で立ち寄っただけだ、王都の見学みたいなもんさ」

「ふーん、いいだろう。所定の入国料をあいつに払ってくれ」

「あんたは身分証がないから銀貨1枚だ」

「……はぁ、了解だ」


 溜め息をつきながら、しぶしぶ銀貨1枚を衛兵Bに手渡す。身分証があれば1/10の銅貨10枚で済むところを、ないばかりに銀貨1枚払わなくてはいけないなんて溜め息も自然とこぼれてしまう。

 剣も先の無益な争いのために折れて使い物にならなくなってしまったし、出費がかさむ。


(一応金には困らないと思うが、少しは冒険者として働く……ん?)


 今は旅人だが、俺は前までは一応冒険者をしていた。そして冒険者にはとある身分証が必ず渡されている。つまり――――。


「……あったね、身分証」


 すっかり失念していた自分が許せない。だがもう後の祭りである。


「はぁ……格安の宿でも取って寝よ」


 空腹を忘れるほど自分が情けなくなり、盛大に溜め息をつきながら宿を探すことにした。

 トボトボ歩きながら見つけた宿は王都では最も安いと言われる場所、にも関わらずそのお値段はガラッタで泊まった安宿よりも10倍近く高かった。

 さすが王都だ、と思わず舌を巻きながら渡された鍵で部屋に入ると設備としては大したことはなくガックリと項垂れた。


「マフユ、大丈夫?」

「……ああ、大丈夫だ」


 ベッドで寝そべる俺の顔をフィンが覗き込むようにしながら心配してくれた。こんな下らないことでいつまでもウジウジト悩んでいても仕方ないので、そろそろ頭を切り替える。

 フィンに花蜜の小瓶を渡し、ツルキには干し肉を与え、話し合う。


「とりあえず明日は武器屋と……王都に来たし、あそこ行くか」

「ん?あそこって……」


 小瓶を抱えながら頭を傾けるフィン、思えばこうやって俺とフィンとツルキの三人だけの時間は久しぶりな気がする。この落ち着く時間をもっと味わいたいと思ってしまうが、時間は限られているのでするべきことを終わらせるために話を進める。


「冒険者としての仕事を少しもらいに行こうと思ってな」

「そうなの?お金的には困らないと思うけど……」

「そうなんだが、最近やたらと出費が多いから一応、な。それにあそこなら情報もありそうだし」


 ルナに聞いたヘスティアの話、それの真偽について調べるのが今回わざわざ王都まで来た理由である。俺としてはもう前の旅のことには関わりたくないというのが本音だし、今の俺に何かできるとも思っていない。


(単なる非力な一人の人間でしかないしな)


 だからと言って見過ごすということも何故か躊躇ってしまう。贖罪なのか、偽善なのか、それが何か分からない。


(結局俺はどこまでいってもどっち付かずの、矛盾した存在ってことか)


 あの旅は矛盾した俺の象徴ともいえる。俺の存在と旅の目的、それは表裏一体で決して交わることがないものだった。


「全く嫌になるね……」


 思わず声に出てしまった。おそらくフィンにも聞こえていたのだろう、こちらを心配そうに見つめている。それでも声をかけてこないのはきっと俺が今何を思い出しているか理解しているからだろう。

 我ながら女々しいと思っているのだが、どうしてもあの旅のことが忘れられない。ふとした瞬間に鮮明に思い出してしまう。あの血まみれた世界を忘れる資格はお前にはない、まるでそう言わんばかりに俺の心の中に楔として撃ち込まれている。


(やめやめ、もう寝よう……)


 素振りだけでも忘れようと頭を横に数回振って外套を脱ぎ、そのまま布団に潜り込んだ。



 オーフェンは高さが20m近くある堅牢な壁に囲われた都市であり、その内側に一回り小さいが更に城壁に囲われたエリアがある。外側には宿や武器屋など主に冒険者や旅人が利用する施設が多くあり、暮らしている人々も中流階級である。こちらのエリアは城下町と呼ばれている。

 一方、内側の城壁に囲われたエリアの中央には城がそびえ立ち、その周囲には城には見劣りするものの豪勢な屋敷が建ち並ぶ。こちらは貴族街と呼ばれる。

 翌日、俺はフィンに優しく起こされ、そのまま朝食を簡単に済ませた後に街中を歩き回ることにした。もちろん、俺がいるのは城下町の方である。貴族街は冒険者などよそ者は入ることが許されず、また王都に住む人々も許可証がない限り立ち入ることは許されない特別な領域エリアである。


(そもそも貴族街に用件もないんだがな)


 俺が王都で用件がある場所は武器屋と今から向かっているとある場所だけである。

 あと王都ですることと言えばルナとの約束を守るくらいか。ちなみにレイの行方は知らない、探す気もないし、王都で別れる予定だったので丁度いいと言えば丁度いいし。


(それにしても王都ともなると人の数が凄いな、ルナとかいたら大変だったな……って何考えてんだかね)


 人間だけでなく、道や店先には尻尾や頭の上に耳がある獣人や身長が人より一回り小さいが力強い腕っぷしを持つ炭鉱族ドワーフ、美男美女揃いと言われる魅族エルフなんかも見受けられる。

 この際、どんな種族がいるかは横に置いておくとして、問題は俺が今考えていたことである。

 ここ最近ルナがずっとそばにいたのでそれに慣れてしまっていた。誰もいない方が都合が良いし、今もレイを置いていくことを考えていたはずなのに知らないうちに考えてしまう。

 ジレンマ、矛盾、そんな言葉が俺の中に渦巻く。


「本当に困ったもんだね……まったく」


 激しい人々の往来の中に俺の呟いた言葉は誰に届くこともなく、気が付かれることもなく静かに飲み込まれていった。


 それから俺は人ごみをなるべく避け、尚且つ人目に付かないように移動しながら目的地にたどり着いた。今目の前には大きな建物がある、もちろん貴族街にあるものと比較すれば小さいのだが、おそらく城下町では一番大きいと思われる。

 

「へぇ~、いまどき冒険者ってたくさんいるんだな」


 扉を開けた瞬間、目に飛び込んできた人の多さに思わず感想を漏らしてしまう。

 ここは冒険者ギルド、通称ギルドと呼ばれる建物である。主な役割は冒険者への依頼の仲介所であるが、ほかにも一階には食事や酒を楽しむスペースや二階に宿泊施設を完備しており、また冒険者の預金預かりなどいろいろな冒険者向けのサービスを提供している。

 冒険者ギルドは大都市にしか設置されていない。小さい村に設置しても冒険者が来なければ基本的に無意味な建物になってしまうからである。だからと言って小さい村は依頼を出せないというわけではなく、地方の村には定期的に冒険者を向かわせる依頼がギルドから発行しているので、地方の小さい村でもそんなに不自由はしていない。

 そういう理由があるので大抵の冒険者は大都市周辺に拠点を構えながら定期的に移動し依頼をこなすことが多く、俺のように常にフラフラ旅をする冒険者は比較的少ない。ましてやここはヘスティア領最大の冒険者ギルド、人が多いのは必然ともいえる。

 俺も元冒険者だが、基本的に王都には立ち寄らず、また比較的人の少ない夜に依頼を山のように受けて旅をしながらこなすという生活スタイルだったのでギルド内に人が多くいるのを見たことがなかった。

 新鮮だったので思わずキョロキョロとしてしまっていたのか、近くの椅子に座っていた集団に絡まれた。


「おいおい、あんた新人かい?」

「新人が王都で依頼受けるのかよ、平気か?」

「貴族のお偉いさんのペット探しでもしてな」


 王都はほかの都市と比べても難易度の高い依頼が舞い込んでくる。そのため新人には敷居が高いと言われている。なので冒険者になるときは大抵、王都は避け、経験を積んでからというのが通例になっている。

 男たちには俺の態度を見て背伸びして王都にやってきた自信家のアホとでも見えたのだろう、一斉にワハハハと馬鹿した笑い声を上げた。

 俺はそんなことで怒ったりしないし、わざわざ訂正するのも面倒なので無視しようと思ったのだが、外套の下でモゾっと怒れる阿修羅さまが動いた。

 ここで暴れられるわけにはいかないし、フィンの姿も晒したくない。かと言って撤退という手段を取ると俺が後で文句言われて大変な目に遭う。


(引けないなら進むしかないのか……)


 面倒だが訂正だけすれば少しは怒りが収まるかなと腹を括ったところで予想外の人物がやってきた。


「あっ!!兄貴じゃないっすか、探しましたよ~」

「ん?ああ、レイか……」


 そこに現れたのは昨夜連行されるように連れて行かれたレイアードだった。俺としてはさらに面倒な事案が舞い込んだとテンションが下がっていたのだが、俺以上にテンションが下がっている連中がいた。テンションが下がるというより、顔があからさまに青くなり、口をあんぐりとアホみたいに開けて、驚いて怯えている感じか。 

 俺を馬鹿にしていた三人はレイの顔を見た後、俺の顔を見て、再びレイを見ている。


(なんて顔してんだ……)


 まるで信じられないものを見たかのような表情である。そんなことを思っていると、レイが隣にまでやってきていた。


「兄貴、酷いじゃないっすか!昨日大変だったんすよ」

「悪い、悪い。だが修行の一環だと思え」


 全く悪びれず、むしろ正当化しようとする俺。レイもそれを「そうだったんっすか」と受け入れている。


「ところで兄貴、何してるんすか?」

「ん?ああ、ここの人たちにな……」


 そう言いながら男たちの方を見ると顔から完全に血の気が引いていた。なにかしたかな、と思っていると、男のうち一人が何とか口を動かして俺に尋ねてきた。


「え、えっと……お前さん"狂拳"とどういう関係が……?」

「きょうけん?どこの犬だよ?」


 足元にでも犬がいるのかと思って、下を見るがもちろん何もいない。視線を戻すと横から名乗りが上がった。


「あ、俺のことっす!」

「えっ、お前獣人なの?」

「狂犬じゃないっすよ、狂拳っす!」


 この顔立ちのどこに犬要素があるのかと思ったが、どうやら違ったらしい。何でもレイアードは狂拳の異名をもつ冒険者として恐れられているらしい。


「へぇ~、お前ってそんなにすごい冒険者だったのか」

「一応Bランクっす!」


 自慢げにギルドカードを見せてくれるレイ。

 冒険者のランクにはF~Sがある。冒険者の大半はCからなかなか上がらずそのまま引退することが多いので、レイのこのランクは十分に自慢できるレベルである。

 そしてそのランクを証明してくれるのがギルドカードと言われるものである。これは冒険者として登録すると貰えるカードで偽造なんかもできない優れものらしい。


「それで兄貴はこの連中と何かあったんすか?」


 胸ポケットにカードを仕舞いながらレイが聞いてきた。事のあらましを説明しようと男たちの方を見ると今にも死にそうな顔をしている。そんなにレイが怖いのか……だが知らん。

 簡単に説明するとレイが男たちの方を見て、指をペキペキと鳴らしている。


「俺の兄貴に失礼なことするとはいい度胸だな……」

「ひぃ……あんたの兄貴とは知らなかったんだよ……」


 完全に怯えきって逃げることすらできないらしい。

 それに満足してくれたのかフィンがおとなしくなっている。


「レイ、止めろ。これ以上騒ぎを大きくしたくない」


 レイの登場ですっかりギルド内の注目を攫ってしまったらしい。目立ちたくない俺としては好ましくない雰囲気である。


「まあ兄貴がそういうなら……」


 不承不承と言った感じだが、それでも言うことを聞いて男たちから離れた。


「そういうことなんで、それでは」


 どういうことかよく分からないが、とりあえず男たちに一瞥し奥のほうに向かった。後ろから助かった……と安堵の声が聞こえてきた。


 それから依頼を受けるために依頼板リクエストボードを見ようと思ったのだが、レイが隣にいるとどうにも落ち着かない、というか視線が集まりすぎて居心地が悪い。一応恩人なのだが、嫌なものは嫌なのでギルドの外で待たせることにした。

 これで少しは落ち着くかと思ったのだが、そうでもなかった。むしろ視線が増えたようにすら感じる。

 結局落ち着いて見ることはできなかったので、目の前にあったFランクの依頼書を取ってカウンターに向かった。


「こちらの依頼ですね。ギルドカードの提示をお願いします」


 さすがに職員のお姉さんは何事もなかったように対応してくれた。その何気ない対応に嬉しさを感じながらギルドカードを提示すると、一転して、えっ、と驚きの表情を見せた。何回か俺の顔をカードを見比べて、戸惑いながらも「それではお気を付けて」と見送ってくれた。


(俺のカードなんかあるのか?)


 見てみるが、別に何も特記して変なことは書かれていない。強いて言うなら古いのかもしれないが、別段驚くことでもないと思う。

 悩みながら外に出るとレイが待っていたのでとりあえず見せて変なとこがないか見せてみる。


「なあ、俺のカードなんか変なとこあるか?」

「どういうことですか?」


 カウンターのお姉さんに驚かれたことを話し、レイに渡す。受け取ったレイはそれを端からじっくり見ていき、ある個所に目が行くとレイが目を見開いた。イケメンはそういう顔もカッコいいな、とどうでもいい感想を抱きつつ何に驚いているのか聞いてみる。


「何を急に驚いてるんだよ?変なとこあったのか?」

「なっ!!兄貴、ランクのとこ何も書かれてないって、まさか"空位"持ちなんすか!?」


 通常は先にも述べた通りF~Sに分けられるのだが、国の危機を救うなど通常では考えられない偉業を成し遂げた冒険者には"空位"と呼ばれる称号が与えられる。この称号を持つ者は各国で国賓級の扱いを受けられるとともに、願い出れば自分の領地を持つことさえ可能である。


「兄貴は一体何者なんすか……空位を与えらえた人なんて歴史上数人しかいないのに……」

「あ~、昔いろいろあってな。……絶対に誰にも言うなよ」

「も、もちろんっす!!ところで何したかとかおしてもらえ……ないっすよね」


 教えろと言い終わる前に一睨みして黙らせておく。

 それにしてもこれでは下手にギルドカードを身分証として使えない。俺は国賓扱いなんてまっぴらである。


(うーん、何か新しい身分証を手に入れな……ん?)


 頭を悩ませていると何やら視線を感じた。辺りを見回すと通行人たちがこちらをチラチラと見ている。なぜだろうと横を見ると、何となく理由が分かった。


レイ(こいつ)のせいか)


 レイアードはいい意味でも悪い意味でも視線を集めてしまう。女性たちの目を奪うとともに、狂拳の異名を知っている人たちからすれば近寄りたくないという嫌悪的な視線。


(厄介なものを拾ってしまったな……)


 俺からすれば本当にレイなど捨て犬のようなものである。むしろ捨て犬のが断然良い。

 レイを見ながら「コレと同列にされる犬が可哀そうだな」と視線が集まることから逃れるように考えていた。

誤字やら脱字がありましたらご連絡願います。

感想とかもあればお願いします、参考にしたいので。

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