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英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第一章 英雄の帰還
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新たなる旅路4

 宴もたけなわ、とは少し違うがそれでもそれなりに盛り上がっていた夕食は本格的に日が暮れる前に終えた。そして今は火を囲んで明日のことやこの辺りに出没する魔物についてのレクチャー、今日のおさらいなどをしている。

 俺の肩の上ではフィンがおいしそうに花蜜を味わっており、火の近くではツルキが丸まって暖をとっている。

 ルナを城まで送っていくことにした当初は色々不安が多かったが、今日でその不安がかなり解消された。それにこんなに和気藹々(わきあいあい)とした旅になるなんて想像していなかった。


(俺がこんな旅をするなんて、昔だったら想像できなかったな)


 あの頃の殺伐とした旅、正直笑顔なんて浮かべることは無かったと思う。あってもフィンやツルキといるときに何回か浮かべていたくらいだと思う。

 あの時の旅は毎日のようにひたすら血生臭い身体に嫌気がさしていた。同じ目的をもつ奴らと時には一緒に旅をしたこともあったが、積極的に顔を合わせることなんてしなかったし、話した記憶もない。お互いに名前も顔も知らないような状態でよく旅をしていたと思う。そんな関係だったからこそ次の日には俺以外全滅なんてざらだった。


(そんな俺が今ではコレ、か)


 思わず自嘲気味の笑みがこぼれる。あの頃の俺が知ったら、どんな言葉を言ってくるのだろう。何も言わずただ無言のままか、それとも幸せになる資格なんてないと罵られるか。


「あの、どうかなされましたか?」


 俺の雰囲気を敏感に察知したのか、それとも自嘲気味の笑みに気が付いたのか分からないが、ルナが心配そうに聞いてくる。その優しさが相変わらず俺には辛いのだが、そんなことはおくびも出さない。


「何でもないよ。少し昔のことを思い出してたらね」

「そうですか。何かお辛いことなんですか?」

「辛い、か。……もしかしたら辛かったのかもな」


 火に視線を向けながらつぶやく。あの頃の俺は知らぬ間に無理をしていたのかも知れないとルナの言葉で今更ながらに思う。


「えっと……私なんかではお助けはできませんが、お話ぐらいはお聞きできますよ?」

「いや、大丈夫だよ。それにその優しさだけで十分助けられてるしな」


 まさか自分よりおそらく年も人生経験も下の少女に気遣われてしまうとは思わなくて、自分が情けなくなってしまう。

 知らぬ間にフィンも花蜜を吸うのを止めて俺の頬の寄り添う格好で慰めていてくれたようだし、ツルキも俺の脚の上で丸まってくれている。


(全く、俺はいつまでも餓鬼のままだな)


 「ありがとう」と心の中で述べて、三人には大丈夫と告げた。


「さて、明日も早いことだし寝るか。フィンいつものやつ頼む」

「りょーかい!」


 そういってフィンを連れて、焚き火を中心に2mほど離れたところにある木に近づく。フィンは木に魔法陣を書き始める。それをルナが興味深そうに見ている。


「あの、何をしているのですか?」

「ん?見ての通り魔法陣を書いてもらってるんだよ」


 そう言いながらすでに魔法陣が書き終わっているので、それに触れる。すると文字が一瞬だけ薄暗く発光する。それを確認すると、フィンはまた別の木に移動し同じように魔法陣を書き始める。


「前にも言ったが俺には魔法が使えないからな。だからいつも外で寝るときはフィンに魔法陣だけ書いてもらってるんだよ」


 どうやら俺のやりたいことが理解できていないようで、「はあ……」と要領の得ない返事が返ってきた。どこから説明するべきかわからないので、とりあえず最初から説明することにする。


「ルナは魔法陣がどういうものか知ってるか?」

「えっと……決められた魔法を発動するためのものですよね」

「まあ認識としてはそんなもんかな。じゃあ、魔法陣を行使しての魔法の発動と、ルナが昼みたいに魔法を発動するときの違いって分かるか?」

「……魔法陣を使用したことないので分かりません」


 申し訳なさそうに俯くルナを簡単にだが慰めつつ違いについて説明する。


「まあ簡単に説明するなら本人の魔力でしか発動できないか、できるかってだけだな」


通常、魔法使いは自らの身体を魔法陣として魔法を行使している。何でも魔法使いたちは感覚的に体の中に魔法陣を組み立て、それに魔力を込めることによって魔法が発動しているらしい。

 要するに魔法を使える人間とそうでない人間の差は、魔法陣の組み立てができるか、できないかの差とも言い換えることができる。つまり、魔法陣さえあれば俺のような残念な人間にも魔法が行使できるということになる。

 しかし、魔法使いたちは()()()に魔法陣を組み立てている。なのでほとんどの者は魔法陣を書くことができない。そういう理由で先ほどのルナのように魔法陣を使ったことがないと発言する魔法使いたちが多い。

 ちなみにこんなことを知っている理由は昔、お偉い神様やらに教えてもらったからである。

 俺の知識の出所はさて置き、魔法陣を書くことのできるフィンは天才ともいえる。俺としてもこんな自慢の相棒がいて鼻が高い。


「博識なのですね!ですが、ならなぜ魔法陣が多く普及していないのですか?誰にでも使えるなら普及させるべきなのでは……」

「まあ普通はそう思うよな。特に魔法が使えない人間なら尚更な」


 魔法が誰にでも使えるようになれば確かに利点アドバンテージはある。

 しかし、魔法陣が普及しない理由は3つある。一つは先にも述べたが、魔法陣を書ける人が少ないということがある。複製すれば問題ないと思うかもしれないが、魔法陣は複製しただけでは実際に発動させることが出来ない。魔法陣に書かれた魔法を魔法陣()()で使えることと、その人物が魔力を込めて書かなければいけないという制約がある。

 二つ目は魔法陣は一度しか使用できないということである。一度発動した魔法陣は崩壊してしまい、複数回の使用ができない。

 そして最後に自分の手の内を明かしてしまうということが挙げられる。魔法はまさに千差万別ともいえるので、優秀な魔法は真似される危険があるし、劣った魔法なら弱点にもなり得る。それなので魔法陣を明かすのはリスクが高いのである。


「そんなわけだから魔法陣は普及しないんだよ。それに便利なだけでもないし」

「確かに一度しか使えないという制約はありますが、それ以外には問題がなさそうですが?」

「書きあがってるならそう思うけど、今の状況だとそうも言えないだろ?」


 今の状況、つまりフィンに魔法陣を書いてもらっている。そう言うと、ルナはハッと気が付いたように口を開いた。


「なるほど!書くのに時間が必要ということですね」

「その通り。前もって準備しているなら話は別だが、いつ何が起こるかなんて誰にも分らないだろ?」

「何か起きてから書いたのでは遅いですもんね……」

「魔法陣があれば、ほぼ同時に複数の魔法を展開できて有利だけど、実際そんな時間を与えてくれるはずないからな。だから奇襲とか待ち伏せ、あと防衛には最適だな」


 なぜ待ち伏せや防衛に最適化と言うと、魔法陣はリンクした者が任意のタイミングで使用できる。今の状況ではリンクしているのは俺であり、俺が発動したいとき使える。

 さらに魔法使いが通常行使する魔法は、本人の意識がなくなると自動的に効力を失うが、魔法陣の場合は違う。魔法陣が壊されるか、リンクした者の魔力が枯渇すると効力を失う。たとえば防壁魔法などを発動したまま寝るなんてことも可能にできる。


「そんで今まさにそれをするためにフィンに書いてもらってるんだよ」


 そう言いながら最後の魔法陣を焚き火の近くに書いてもらっている。今回書いてもらった魔法陣は全部で5つ。焚き火を囲うように正方形の四隅とその中心にあり、それぞれが互いに作用しあって、一つの防壁魔法を展開している。

 フィンが最後の魔法陣を書き終えたところで、それに触れてリンクを確立する。薄暗く発光した魔法陣にそのまま魔力を込め始める。すると、4隅の魔法陣も同調したように薄暗く発光し始める。それを確認したら手を放す。


「これで仮に外から攻撃されても平気だし、侵入もできない」

「すごいですね!」


 ルナは感心したように周囲を見回す。まあ見たところで何も見えないのだが、もしかしら魔法が使える者には見えるのかもしれない……たぶんそんなことは無いけど。


「フィン、お疲れ様。ありがとな」


 お礼を言いながら頭を指先で撫でてやる。すると気持ちよさそうな顔を浮かべる。


「どういたしまして!でもここからはマフユの仕事だからね」

「ああ、任せとけ」

「あれ?マフユさんの魔力で維持するんですよね?平気なのですか?」

「問題ないよ。元々魔力はいらないほど余ってるし、二人と違ってこれ以外に使い道がないからな」

 

 俺の渾身の自虐ネタともいえる魔力量。だが、ルナはそれを苦笑いするどころか心配そうに見つめてくる。それが逆に俺には辛い。


「本当に心配いらないから安心して寝てくれ」


 居た堪れない気持ちになったので安心させるべく声をかける。すると納得してくれたのかそのまま座ってくれた。


「さて、じゃあ寝るか。ルナはこれを使え」

 

 頭陀袋から寝袋を取り出してルナに渡す。ルナはそれをおずおずと受け取ったあと、考え込むように寝袋を見つめている。


「安心してくれ、まだ俺も使ってない新品だから」

「え、あっ、いえ。そのようなことは気にしてませんので」


 てっきり俺の使用済みが嫌なのかと思って言ったのだが、なぜか若干残念そうになった。いや、きっと焚き火を通して見ているせいでそう見えただけで実際は安堵の表情を浮かべていたはず。


(……それはそれで悲しいな)


 悲しくなったので俺も寝るために頭陀袋から毛布を取りだし、それを体に巻きつけるようにして包まり、木を背もたれにして寝る姿勢を取る。


「マフユさんはそれで寝るのですか?なんなら私がそちらでも……」

「いや、ルナは寝袋使え。それかなり高級でフカフカしてるらしいから寝やすいだろ?」

「はい……ですが、」

「まだ初日だし、疲れてないかもしれないがここから辛くなるんだからしっかり寝た方が良いぞ。それにたぶんこれじゃルナは寝れないと思うし」


 初めて外で寝るというのは以外とストレスになるようで、寝つけない者が多いらしい。ましてや冒険者じゃなく王女様のルナには尚更辛いのは明白である。


「だから遠慮せずに使ってくれ」

「それではありがたく使わせて頂きますね、ありがとうございます」


 そう言ってルナは俺に背を向ける格好で横になった。その背中を見ていると、フィンとツルキが俺の毛布の中にモゾモゾと入って来た。その温もりを感じながら俺も目を閉じた。

 もちろん謎の追跡者のこともあるので実際は、いつも以上に浅い眠りで半分起きている状態なのだが。

 そんな状態でルナとの冒険者らしい旅の初日が終わった。



「ん……」


 何か小さな物音が聞こえたので、目を覚ました。

 焚き火はすっかり消えて、灰になっている。空を見上げると星や月は見えないが、まだ日が昇ってはいない。

 焚き火の残骸の向こうには規則正しい寝息を立てるルナがいる。寝袋のおかげか、それとも豪胆な性格のおかげなのかは判断できないが、とりあえず寝れていることに安心する。

 とりあえず、今見渡した限りでは物音の正体はいない。毛布の中には2つの温もりをしっかり感じる。


(防壁魔法にも異常はないみたいだしな)


 今もしっかり魔力が減っているのは微かにだが感じられる。

 魔力が久々に減ったことに少し感動していると、モシャモシャと小さな何かを咀嚼している音が聞こえた。そちらに目を向けると――――いた。


「そういえば、お前も今回から旅に加わってたんだな」


 ここまで脚としてルナを運んでくれていた馬、なかなか大きいはずなのだがすっかり忘れていた。ガラッタの村を発った日こそ乗ったがそれ以来ずっとただ単に手綱を握っていただけで、ほとんど何もしていなかったので俺の中では空気と化していた。

 ルナの乗馬スキルが高いのと、元々頭が良いのか本当に何もしなくて済んでいたので言葉通り横で綱を握っていただけ。世話もルナが全部やってくれていたし。


(だから忘れていたのは仕方ないんだよ)


 草をむしゃむしゃ食べている姿を見ながら心の中で馬に対して言い訳をしていた。

 馬に言い訳をするなんて情けない話のように思える……いや実際情けないのだが、仕方ない。だって俺はこの世界で一番情けない男なんだから。

 

(今だって選んだって言いながら、逃げてるだけだし)


 思えば自分を"知って"から卑屈な奴になった気がするな、戦いに身を置いていた頃は卑屈ではなかったし。……その分荒んでいたのは否めないが。

 相変わらずのネガティブモードになりそうだったので気分転換に頭陀袋からいつものアレを取り出す。


「ふぅ……」


 口の中にユーカリープの清涼感が広がる。フィンにはさんざん言われるが、このシンプルな感じが嫌なことを忘れさせてくれる……気がする。 

 口の中に広がる清涼感を目を閉じて味わっていると、不意に視線を感じた。一瞬追跡者のことが頭をよぎったが、すぐに違うと分かった。

 こちらに敵意や不信感を持って向けてくるような視線ではなく、ここ数日の旅で感じているもの同じであった。言い表すなら興味や好奇と言った類の視線。

 目を開けると、その視線と合った。


「おはよ、よく眠れた?」

「おはようございます。おかげさまで眠れました」


 ご丁寧に体を起こして、頭を下げてくる。さすが王家の人間は礼儀正しい。 

 それに釣られて丁寧に返せるほど、身体の芯まで礼儀は染み込んでいない。なんせ礼儀なんて知らずに育ったようなものだし。


「冒険者というのは朝が早いものなのでしょうか?まだ日が出始めたばかりなのに……」

「まあ確かに早いが、それでも普通の冒険者ならまだ寝てる時間だよ」

「じゃあマフユさんが特別早いということですね」

「そうなるかな。だけどルナも早いじゃないか、習慣なのか?」

「そうですね!城にいた頃からの習慣でして」


 王女様となれば確かに色々と準備とか大変そうだしな、それに女性は朝準備が多いらしいし。あくまで噂だけど。

 そんな他愛のない話をしていると、毛布のなかでモゾモゾと何かが動き、そしてフラフラと眠そうに目を擦りながらフィンが出てきた。


「ん……マフユ、おはよ」


 挨拶をしながら俺の肩までやってくると、やはり寝ぼけているのか頬にちゅっと温かいものが触れた。確かに男として寝起きの口づけを頂けるのは非常に光栄なのだが、時と場合を考えて頂けると嬉しかった。まあ、寝ぼけているのだから仕方ないのだが。

 その様子を見ていたルナは、まあ予想通り頬を赤らめながら何とも言えない視線を送ってきている気がする。実際は本当に恥ずかしそうにチラチラこちらを見ているだけなのだが、俺には軽蔑の視線にしか見えない。目覚めのキスを強要している変態野郎とか思われたらどうしよう、とか朝からネガティブ思考が冴えわたる。


「それにしても、相変わらずマフユはそれ好きだね」


 この居た堪れない空気を作り出した張本人フィンが話題の転換のチャンスをくれた。まあ当の本人は空気に居心地の悪さを感じていないご様子だが。

 これが所謂いわゆる"落として上げる"という高等テクニックかと思考を巡らせようと思ったが、俺は相棒がそんな性悪だとは思わない。なにせフィンは天然なのだから。


(今だって屈託のない笑顔をこちらに向けてくれているし)


 この癒しの笑顔の裏に企みなんて存在するはずないと確信を持ちながら、差しのべられた手を掴むことにする。


「このシンプルさが良いんだよ」

「むぅ……」

「そうむくれないでくれよ、俺にはこれがお似合いなんだし」

 

 フィンから鋭い抗議の視線が向けられていると同時に、もう一つ興味津々といった視線が向けられている。俺はフィンの視線から逃れるべく、そちらを逃げ道に使う。


「ルナ、どうした?何か気になるのか?」

「えーっと、マフユさんが咥えているそれはなんなのですか?」

「ん?これか。ユーカリープだ」

「それがユーカリープなんですか」


 へぇ~と感心したように覗き込んでくる。上目づかいで覗かれるその燃えるような真紅の瞳に、思わずドキッとしてしまう。加えて女性特有の甘い香りがほのかに漂い、思考が止まりそうになる。

 こんな至近距離で人の顔を見たことがなかったし、何よりそれが美少女なのだから余計にどうしていいか分らなくなり、なぜか目を合わせようとしてしまった。

 そして目が合った瞬間、ルナはハッと飛び跳ねるように俺から離れ、正座した。顔が真っ赤になり、頭から湯気が出そうなほどである。

 それを観察していた俺の顔も別の意味で赤くなる危機を迎えていた。


「いでででで、ギブギブ!」

「なに鼻の下伸ばして、ドキドキしてるのさ!浮気者~~」


 抓られて、赤くはれ上がった部分にフィンの渾身の回し蹴りがクリティカルヒットし、後ろの木に後頭部を見事にぶつけた。

 そのあと、俺は朝ごはんを作りながらフィンのご機嫌取りに奔走した。



 それからはとりあえず大きなイベントは発生せず平和的に旅を続けた。

 事態が急変したのはガラッタの村を出発して2週間が発った日だった。

次回はきっと戦闘回になる予定です!

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