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地下の小部屋と一つの決意と

――カツン…カツン…

 ゆっくりとした足音が響き、仄かな光の中で影が揺れる。

 造られてから長い年月が経っているであろう石の階段には傷んだ様子はなく、降りるのに十分な幅も取ってある。

 地下に足を踏み入れてから数分、この先に何があるのか考えながら、ユリアは階段を一歩一歩慎重に進んでいた。

 

 だいぶ時間を掛けて階段を降りきると、目の前に木で出来た重厚な扉が現れた。古びた扉の表面には風と光の紋章が刻み込まれている。

 「……」

 そっと押してみると、ユリアの紋章が一瞬輝きを放ち、すんなりと扉は開いた。

 扉をくぐると、その先は小さな部屋になっていた。五歩も歩けば向かいの壁にたどり着くことが出来そうな狭さ。変わった所などどこにも無い普通の部屋。そんな部屋の中央で、支えも無しに浮かんでいる白い球体だけが現実離れしていた。

 恐る恐る近付いてみると、球体はちょうど胸の辺りに浮いている。大きさは子供の頭ぐらいだろうか。先ほどは分からなかったが、その表面には文字が刻まれていた。

 「『闇を払う目覚めの光よ 全ての希望へ輝きを 永き微睡みに終焉をもたらせ』これ、もしかしたら発動詩かもしれない……!!」

 もう一度、文の最初に目をやるがそこには何も無かった。いつの間にか球体の表面から全ての文字が消え去っていた。 「無くなってる……!ていうか、なんかさっきより透明になってる気がするし…ん?中に何か入ってる……これは…扇子?」


 その瞬間、ほとんど透明になっていた球体がまばゆい輝きを放ち、幾千もの鈴のような音を出して砕けた。同時に立っていられなくなる程の突風が部屋を駆け巡る。


 「きゃぁぁぁっっ!!」 近くにいたユリアも勢いよく壁際まで吹き飛ばされ、身体中を壁や床に打ち付ける。転がったまま腕をかざして頭を庇いながら風の中心を見ようとするが、あまりに風が強すぎて目が開けられない。

 ユリアはそのままじっと目を瞑って風が止むのを待つしか無かった。

 しばらくして始まった時と同じように唐突に風は収まった。

 耳元で鳴っていた風の音が不意に聞こえなくなって、恐る恐る目を開けると部屋は何事も無かったかのように静まり返っていた。

 少し安心して、そもそもの原因である謎の球体があった所にに恨めしげな顔を向けたが、その表情は一瞬で強張った。

 「ど、どちら様?」

 ――視線の先には一人の若者の姿があった。


 垂れ込める雲のような灰色の髪は、左側で一筋だけが編んで垂らされている。丈の短い着物を薄紅の帯で留め、着物と同じ素材で出来ているらしい膝下までのズボンを穿いたその姿は、精悍な顔立ちと相まってユリアに若い牡鹿を思い起こさせた。

 しばらく確かめるように身体を動かしていた若者だったが、壁際で固まっているユリアにようやく気付いたらしく、ちょっと驚いた顔をしておもむろに近付いて来た。


 「キミが光の……?」

 「えっ……あっハイ、そうらしいです。……あのー、もしかして風の長さんですか?」


 物凄い風、突然現れた人物。思い当たるのはそれしかない。多少混乱していたとはいえ、どちらさま?などと呟いた自分を殴りたい気分だった。

 「当たり。俺は風の所で長やってたカイン。まあ、眷族の長っていうよりは補佐の色合いが強かったんだけど。あ、キミの名前は?伝説の光の術師さん」

 (だいぶイメージと違う…何かこう、もう少し威厳とか……)

 からかうように訊ねられ、想像とのあまりの差にくらくらする。


 「ユリアです」

 「そっか、よろしくなユリア。他の奴らはいないみたいだけど……俺だけ?」

 「そうですね、カインさんが一人目です」

 そう答えるとカインが妙な顔になり、明後日の方向を向いてしまった。

 「あー、出来れば普通にタメ口で話してくれない?さん付けもしなくていいし。呼ばれ慣れてないからくすぐったい」

 「え、でも……」

 戸惑うユリアだったが最終的には何だかんだでカインに押し切られてしまった。


 「カインさ……カインは風の術師なの?」

 もうあの部屋には用がないということで、地上へと戻る階段を昇りながらユリアは隣を歩くカインに訊ねた。

 「そうだよ。ほら」

 そう言ってカインは、歩きながら左手に巻いていた布をほどき、手の甲を見せてくれた。

 「……紋章が光ってる……!」

 細部まではっきりと浮かび上がったカインの紋章は暗闇の中でうっすらと燐光を放っていた。

 「あぁ、俺が風で最初の術師でそれなりに強いから」

 紋章の濃さは強さと比例する。ならば光っていたら?

 「…もしかしてカイン凄い強かったりする?」

 「純粋に力だけなら誰にも負けないと思う。もちろん風の中でね。他の属性の奴らも同じ。だからこその補佐役だった訳だし」

 あっさりと最強説を肯定されたが、話にはまだ続きがあった。

 「だけど他の術師達と違って、俺達は人間に致命傷を与えることが出来ない。世界が簡単に壊れないようにそう決められてる。――ここで問題。制約なしで俺達が世界とか人類とかを滅ぼそうと思ったらどのぐらい掛かると思う?」

 急に問題を出されしばらく考えてから答える。

 「一ヶ月…やっぱ二ヶ月ぐらいかな」

 それでも常識はずれだなぁと思ったが、実際はそれ以上だった。

「外れ。正解は一週間でした」

 カインは嬉しそうに、とんでもない解答を口にした。

 「まあ、そんなことにならないように制約があるんだけど……あれ、ユリアどうした?」

 いつの間にかユリアが数段後ろで立ち止まっていた。

 「……正直、いきなり神様探してーとか言われてもやる気なかったんだけど、なんていうか、話聞いてたら真面目にやらないとレイドに大災害が起こりそうだし、頑張ることにする」

 きょとんとしていたカインだったが、徐々に笑いが込み上げて来たらしく肩を震わせ始めた。

 「そ、そっか!頑張ってくれるんだ、うん、凄く助かる、よ…!!」

 「え、あり得ない、何でここで笑うの!?感激の涙とかならともかく!!」

 平静を装おってはいるが、笑いを噛み殺しているのがバレバレである。

 「笑ってない笑ってない!……っと、ほら外が見えた!早く行こう!」

 「誤魔化すなー!!」


二人は騒ぎながら地下を後にした。

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