伝説と旅の始まり
ある時、世界は大きな混乱に包まれた。世界を創り上げた四人の神々がその姿を消したのだ。彼らに付き従う多くの眷族たちでさえ、その行方を知らなかった。
神々が姿を消した影響で『世界の影』との境界が曖昧になり、闇に潜むモノ達がこちら側に紛れ込んだ。
人々は各地にいくつもの神殿を建て、神の再臨を祈った。
神々は姿を現さなかった。その代わりに希望の光が与えられた。
「光に選ばれた者がそれぞれの眷族達と共に我らの元にたどり着く……」
この言葉を聞いて神を探しに行く者もいたが、見つけ出すどころか手掛かりを掴むことさえ出来なかった。
そして眷族の長たちは眠りに就き、光に選ばれた者が現れるのを待ち続けているという…。
『レイド神話』より 海に囲まれた大地があった。レイドと呼ばれるこの土地は中央山脈によって気候・環境に違いがあり特色ある4つの地域に分かれている。
東には農業と牧畜が盛んなフーガル。
西には宝玉と磁器の産地であるトージ。
南の火山地帯フィアスは鉄鉱の街。
北には水路と商業の都ウォーリア、といった具合だ。
かつてはこれらの地域同士で争いを繰り返していた。しかし、戦争に嫌気がさした人々が平和を求めて立ち上がり、既に大きな戦争が起こらなくなって久しい。世界は安定を取り戻そうとしていた。 フーガルの北に優しい風が吹き抜ける小さな村があった。気さくで働き者の村人たちが住むこの村に、いつもと変わらない朝日が昇り、いつもと変わらないのんびりとした1日が始まろうとしていた。
そして1人の少女にとっては旅に出る特別な日だった。
「じゃあ、行って来るね!」
明るい声が響き渡る。年の頃は16ぐらいだろうか。肩より少し短く明るい茶色の髪と、意志の強そうな瞳を持つ可憐な少女である。革のブーツと濃緑色のマントがよく似合っている。
「あんまり無理しちゃ駄目よーっ!!」
「大丈夫だって!そんなに心配しないでよ!!」
心配そうな母親の声を背に少女――ユリアは意気揚々と世界へと足を踏み出した。
――それが5時間程前の出来事だった。始まったばかりのユリアの旅は順調とは言えなかった。
「まっすぐ遺跡に向かってたはず、だよね?」
現在彼女がいるのは薄暗い森の中である。『術師』になるために街道を外れてこの森に入ったのだが、どうも道に迷ってしまったようだ。
『術師』とはレイドを創ったとされる神々の力の片鱗を操る者のことである。
術師になるのに特別な素質や修行は要らない。遺跡と呼ばれる古代の神殿で簡単な儀式を行い、一滴の血を捧げる。それだけで自分と相性の良い属性の術師になることが出来る。
属性には『火』『水』『風』『土』の四種類があり、術師の手の甲にはそれぞれの属性をかたどった紋章が現れる。
ただし術の発動には条件があり、術師になることで新たに生まれる危険もある。術師=最強という訳では無いのだ。
それらを承知したうえでユリアは遺跡に向かっていたのだが……。
「どこで道間違ったんだろう……」
不安げな呟きがこぼれ落ちる。
見渡す限り木、木、木である。遺跡の近くに何故か必ずある目印の白い石を探して歩き続けていたが、それもそろそろ限界に近い。俯いてしまう顔を上げてひたすら前を見据える。
――視線の先で何かが光った気がした。
慌てて目を凝らすと、低く張り出した枝の奥で何かが木漏れ日に照らされているようだ。夢中で駆け寄り枝をどけるとその先には、白い石が点々と並んでいた。
「あ、あったーっ!!よかった、これさえ見つけたらもう迷わないで行ける」
張り詰めていた緊張の糸が緩んだのか、ユリアは泣き笑いを浮かべながら石を目印にして再び歩き始めた。