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プロローグ

 こんな俺が言うのも説得力に欠けるかも知れないが、紅瀬弥生は極めて普通の部類に入る人間だ。そもそも普通=平凡という考えが的外れなんだ。そんな俺だけど唯一、自分を取り巻く環境が普通じゃないってのは認めよう。

 高校生の身でありながら俺はセレブが通う超が付くような上流階級が通う白鷺学園高等部に在籍している。断っておくが家柄を自慢する為にこの話を持ち出した訳じゃないからな? 家は絵に描いたと言えるくらい平凡っぷり。借金とか生活費とかそういうのは困っている様子はないけど、私立にいけるほど裕福って訳でもない。強いて他の家と違うトコを挙げるなら父子家庭で親父が刑事ってことぐらいだ。

 話を最初に戻そう。そんなごく普通の家庭環境で育った俺がセレブたちが通う学園に籍を置けるのもひとえに奨学金制度によるもの。この学園は優秀な人材を輩出する傾向が強いからこの奨学生制度が採用された生徒は定期試験で常に上位をキープし続ける義務を負う代わりに三年間の学費諸々が都立高校並みになる。

 そしてこれは俺という庶民が、セレブたちが通う学園で過ごすほんの一部分の話だ。


 朝起きてまず何をするかと言えば朝食の支度をすること。一人っ子政策よろしく親父と二人で暮らしていると自然に家事は俺がすることになる。親父・紅瀬恭一郎は一課でバリバリ活躍してる刑事。そのせいか、帰ってくる時間が不定期で顔を合わせる機会が少ない。お袋のことは正直、殆ど覚えてない。親父からは交通事故で亡くなったとしか聞いてないからな。

 で、俺が作る朝食だが申し訳ないぐらいありきたりなメニューだ。きつね色に焼いたパンにベーコンエッグを乗せたトースト。飲み物はその日によってまちまちだが今日は紅茶にした。親父の分の朝食を用意して自分の分の食器を片付けてから俺は家を出る。

「行ってきます……と」

 誰も居ない家に向かって言うのも変だがこれはもう習慣化してるし俺自身、変だとも思わない。

 今日の天気は快晴。気持ちが良いくらい澄んだ空気をめいっぱい吸い込んで伸びをする。真っ先に浮かんできたのは数日前に行われた中間テスト。

 正直に言おう、自分でも怖いくらいの手応えを感じた。走り出したペンが止まらないとはきっとあのことを言うに違いない。テストが終わってから自分で答え合わせをしてみても全教科を通して平均八十点は固い。入学当初は奨学生としての義務をちゃんと果たせるかどうか心配だったけど春休みに届いた教科書で予習しておいたお陰で周りの皆よりも気持ち控え目にゆとりを持って授業に臨むことが出来た。

 ただ、同時にほんの少しだけ拍子抜けだったところもあった。良家の子息・息女が通うような学園だからハイレベルな授業内容を予想してたがその実、蓋を開けてみれば学力レベルは全国でいうところの上の下。勿論それでも上位をキープし続けるってのは大変だが日々の努力さえ怠らなければどうにかなりそうな範囲だ。そういう意味では度肝を抜かれたと言ってもいい。

 学校へと近づくに連れて学園の生徒たちが増えていき、それに伴って高級車とも頻繁にすれ違うようになる。きっと日本中探しても国内外の高級車が頻繁に通る道路はここぐらいだろう。(因みに今さっきすれ違ったのはメルセデスとかいう外車)

 そりゃあ良家の人間が多く通うような学園だし自動車通学が禁じられてないとはいえ、在校生の半数以上がお抱えの運転手に送迎を頼んでもらってる辺りは流石、セレブと言うべきか。

 かく言う庶民出の俺は家から学園までは電車で二十分、駅から徒歩二十分掛けて登校してる。自動車の送迎が認められている癖に自転車通学を認めない学園の横暴ぶりにはほとほと呆れている。畜生、誰だこの学園選んだ奴は。……俺でした。

「ごきげんよう、鳴海さん。先日はパーティーにお招き頂き──」

「今度、父上の会社で──」

 セレブな世間話を聞き流し、のんびり登校してる生徒を掻き分けるよう歩いて校門を通る。ちょうどその時、頭上からばらばらと独特のエンジン音と風切り音が響き渡り、同時に風が巻き起こる。

(相変わらず迷惑な登校するねー)

 車で登校するってのは小説やドラマの世界じゃよく聞くが自家用ヘリで登校してくるよーな奴は白鷺学園の人間ぐらいだ。しかも学園からのお咎めはなし。多分、週に一度のヘリ登校だから許容してるんだろーけど。

 ぼんやりと校舎の屋上に着陸したヘリを見上げているとチラシが何枚か踊りながら地面に落ちていくのが目に止まった。興味本位で風に踊らされながら落下していくチラシを手に取る。

『素敵な学園生活を謳歌したいあなたへ

 学園生活と言えば何を想像しますか? 学業もスポーツも魅力的だけど学生時代に料理修行をするのも魅力の一つじゃないでしょうか? 我が料理研究部はそんな生徒たちを応援する為に設立された部活です。料理を通して一つのことをやり遂げる達成感を味わった時、あなたはきっと料理研究部に入ってよかったと心から実感する筈です。

 我が料理研究部は入部希望者を決して拒みません! 入部希望者は放課後、家庭科室まで来られよ! 料理研究部部長・桐生玲子』

 この際だから断言しよう。勧誘期間のピークはとっくに過ぎている。うちは情緒教育を徹底するようなところじゃないから年中勧誘しようと節度を弁えていればお咎めはない。ただ、料理研究部というのは聞いたことがない。今年になってから出来た部活だろうか?

「料理研究部に興味ありませんかー! まだ入部を決めかねている方は是非料理研究部へお越し下さーい!」

 チラシを読みながら歩いていると、不意にそんな声が耳に届いた。

 女子生徒(タイの色を見ると三年生だった)の第一印象は活発で何事にも全力で取り組む三年生と言ったところか。部員らしき人が一人もいないってのが少し気になるが。

(料理部ねぇ……)

 毎日家事仕事をしてる人間としては少し興味があった。具体的な活動内容は書かれてないがチラシによると見学だけでもオーケーらしい。ただ、正式な部ではないらしく部員が足りない現状では部費は落ちず材料は自費だという。

 それでも俺の興味が削がれることはなかったが、正直なところ入部は難しい。何故かって? 家に帰れば家事仕事という名の恋人が俺を待ってるからだ。皆が皆、青春を謳歌してる間に俺は一人で商店街で買い物を済ませ、家に帰るなり夕飯の支度をしたり洗濯物の面倒を見たり疲れた身体を引きずりながら勉強に励んで……やべ、自分で言っておいてちょっと泣けてきた。

 でも……なんかいいよな、部活動って。中学までは親父の勧めで剣道やってたけど高校に入ってからは完全に勉強に切り替えている。奨学生の身としてはやっぱりちゃんと勉強という形で成果を残さなきゃならない使命感があるからな。

 今でも部活動をしたいと聞かれればイエスと即答するが多分、この学校じゃ思うように馴染めないと思う。いかんせん周りは金持ちばかりで俺みてーな庶民が入り込む余地なんて欠片もないって感じがするから。

 けどこの時の俺は多分──いや間違いなく予想もしていなかった。この一枚のチラシが切っ掛けで俺の人生はコメディよろしく賑やかなものへ豹変していくことを。

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