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春風と共に

作者: 邊川 弘

何気ない小学校での会話。

昼休みの男女のからかいあい。

「あれ?徹もしかしてお前神野のこと好きなんじゃねーの?」

否定すれば終わるそんな何気ない会話。

でも彼は否定しなかった。

「え、僕は好きだよ。神野さんのこと」

にへっと笑う。

彼の魅力。特にカッコイイわけでもない。運動も人並み。勉強だって中の下。

ちょっぴり背は小さいけど。

笑顔が……まぶしかった。

私は嫌いじゃない。いいえ、好きだった。

だから彼のその言葉はとてもうれしかった。

でもね、だめなの。

みんなが見てる。

そう、私の答えを待ってる。

だめなの、みんなが見てるから。

ここで私が本当の気持ちを口にしたら笑われてしまうの。

だから・・・こんなセリフが出てしまう。

「ちょっと、やめてくれる?きもちわるいよチビ」

「ええ?でも嫌われるよりか好かれてる方がいいよね」

「いや、嫌ってくれたほうがうれしいですぅ」

「あれ、そうなの」

笑顔が少し……崩れる。

「ほんとほんと!まじキモイ!」

「あんたみたいなチビ輔に好かれるくらいなら嫌われたほうがましぃ!」

「あっちいってくれる!?」

本当に女の子ってこういうのが好きだ。

一人が言い出したらもうとまらない。

これがまた深く根付くから厄介だ。

「うわ、徹マジありえねーわお前。あんなデカ女が好みなのかよ!」

デカ女。

女子の成長期は割と早い。

小学生で一気に伸びる子もいる。わたしもその類だ。

だから私と彼とではすごい身長差になる。

二人で並ぶと姉と弟みたいに見られそうで恥ずかしい。

こんな要因も関係していたのかもしれない。

このときの私は少し変だった。

「ごめんね神野さん。君がそれを望むなら。なるべく嫌いになれるように努力するよ」

「てかさ、私の視界に入らないでくれる?まじ邪魔なんだけど」

「はは、ごめんね」

彼の笑顔はもう乾いていた。

もう、戻れない。

この日から彼へのいじめがはじまった。


あの一件を境に彼にはキモイというレッテルが貼られることとなった。

男子からはからかわれ。

女子からは陰湿な嫌がらせを受けていた。

日直の当番を押し付けられたり。

内履きを隠されたり。

ランドセルをカッターナイフで切り裂かれていたり。

私の知らないところではもっとひどいことをされていたかもしれない。

でも、彼は……笑ってるの。

あのころの笑顔とは違う無機質な笑い。

顔だけ笑ってる。

そんな感じ。

だから、なおさらいじめられた。

「なに笑ってんだよ!」

「気持ち悪いからコッチ見ないでくれる?」

ここまでくると原因なんて関係ない。

自分達より弱いものをを見下す。

集団というものにはどうしてもこういう面がある。

彼はその位置におさまっていた。

だから、私がいじめなくても誰かがいじめる。


ある日、私は教室に忘れ物をした。

夕焼けの学校。

橙色に染め上げられた廊下を抜け私は教室に向かう。

「・・・っく。ぅえっく」

誰かが泣いてる。

否、私は分かってる。

彼だ。

彼は落書きだらけの体操服を握り締めて泣いてた。

いつも笑ってるのに。

今日は泣いてた。

辛くないはずがない。

笑っていられるはずがない。

だから彼は人知れず放課後の教室で泣くんだ。

「……天原」

ビクッ!

彼は落書きだらけの体操服で涙を拭うと必死に笑顔を貼り付ける。

「な、なんだ。神野さん。みてたの?」

「………あの」

「はは、コレ油性だからね。明日までにとれるかなぁ?母さんにばれないようにしないと。へへへ」

そのとき、数人の女子達が教室に歩いてくる。

「あれ?神野っち。どしたの?わすれもの?」

「やだ!チビいるじゃん!」

「うぜぇよ。さっさと帰れよ」

彼は体操服をランドセルに押し込むと逃げるように教室を出る。

「ごめんね、また視界に入っちゃったね。なるべく入らないようにしてるんだけどな」

「今度からは気をつけてね」

「わかったよ」

本当に素直じゃない。

私って………最悪だ。


そんな日々は8ヶ月も続いた。

そう、今日は卒業式。

結局、あれ以来彼とは一言も話していない。

彼に対するいじめはもちろん継続。

私は、それを視界の片隅に捉えながらも見て見ぬ振りを続けた。

だって見ていられないから。

だけど私にはそれを止めることもできない。

だから見ないようにしてた。

きっと彼は私を恨んでるだろうな。

でも、もう終わる。

だって今日で卒業だもの。

コレで彼は解放される。

私はこう思うことで罪悪感から開放されたいだけなのかもしれない。

彼がもう誰にもいじめられない。

このことがうれしいのは本当。

よかったね、天原。

そしてごめんね。




「遅かったね」




桜並木の中、彼が立っていた。

にへっ。

あの時の笑顔をうかべて。


「………天原。……な、なに?お礼参り?通学路で待ち伏せとは恐れ入ったわよ」

「僕ね。アレから神野さんの事嫌いになれるように努力したんだ」

「へ」

「神野さんが言ったから、嫌いになってほしいって」

「あんた」

「イジメられてるときも、これは神野さんのせいだって言い聞かせた。でもさ、やっぱりだめだった」

「……………」

「やっぱりさ。僕、神野さんの事好きみたいだから。嫌いになんてなれなかったよ」

トクンッ。

まただ、この笑顔。

どうして笑えるの。こんな私をまだ好きだといってくれるの?

わからない。

理解不能。

「神野さんさ、いつも悲しそうな目をしてたから」

「え?」

「みんな僕をいじめるときは笑ってるんだよ目が。でも神野さんだけがさ悲しそうな目をしてたんだよ」

「はんっ!どうしてそんな事がいえるの?言ってて恥ずかしくない?」

「恥ずかしくない。ここには僕と神野さんだけだよ」

確かにここは人通りの少ない道だ。

通学路とはいえこの方面から歩いてくる生徒は少ない。

「ここには他人の目はないんだ」

みんな見てない。

だから恥ずかしくないんだ。

「だから、もう一度だけいいかな」

「なにが」

「僕は神野さんのことが好きだよ」

笑う。

この人は………。

本当に………バカだ。

私は彼の胸に飛び込む。

胸に飛び込むと言っても彼のほうが身長が小さいから私は立てひざで彼にすがり付いてる様な情けない格好だ。

だけど、涙は止まらない。

溢れる想いは頬を伝い彼の制服を濡らす。

「天原なんて大っきらい!!ほんとうにバカで!お人よしで!」

「ごめんね。不器用なんだ僕」

そっと頭をなでてくれる彼の小さな手は大きくて暖かく感じられる。

「神野さんだって本当は優しくてお人よしでしょ?ただみんなの目があったからこうなってしまったんだよね。僕がもう少し気配りができたら、神野さんをこんなに傷つけることもなかったのにね」

「どうして!どうして私を責めないの!いっそ責めてくれたほうが!」

「責めなくていいからだよ。神野さんの言動はあの場面では仕方なかったかもしれない」

「そんなことない。もっと言い方があったはず!なのに……」

「僕は気にしないよ。ただ一つだけいいかな」

「なに?」

「これからは君を好きでいていいのかな?」

ざぁぁぁ

花の香りのする暖かい風が彼の柔らかい髪を躍らせる。

彼は笑っている。

だから私も……。

服の袖でぐいっっと涙を拭い、笑顔で答える。

「……当たり前でしょ。本当に………バカなんだから」

私達はこの春風に乗ってどこまでもいける。

恋物語はここからはじまるのだから。



END



大分まえに書いたものですが登録記念に投下。

これから少しずつ書いていけたらいいなと思います。

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